さらに翌朝。
習慣に導かれるように庭へ出る。
いつものように屈み込んで土を確認したとき、セイの視線が一箇所で止まった。
「……あ」
茶色い土の間から、ほんの数ミリ。
鮮やかな緑色の点が、朝日を浴びて顔を出していた。
プチトマトの芽だった。
ようやく、この場所に見えなかったものが形となって現れたことに、セイの胸は温かくなる。
その存在を確かめるように、そっと手を伸ばしてみる。
自分の手が触れ、そこにあることを感覚で感じた瞬間、セイはようやく存在をはっきりと認識した。
(……本当に芽が出たんだな)
セイはその小さな芽を視覚と触覚で確認し、確かにあることを認識する。
「これを知ったら、きっと彼女も喜ぶだろうな」
自然と、次に彼女が来たときにどうやってこれを伝えようか、と考えている自分に気づく。
だが、ひとまずその考えは頭から切り離し、セイは静かに部屋に戻る。
いつも通り、簡単に朝食を済ませ、食器を片付ける。
午後も淡々と過ごしていたが、明日はセツナが来ることを思い出し、なんとなく物の位置を移動させてみる。
(……これでいいだろうか……)
何が正解かわからないまま、セイはひとまず手を止める。
そして気分転換に、もう1度庭に出てみる。
朝と変わらない様子の芽を確認して、こういうものかと思いながらも、今朝触れた小さな芽の、あの柔らかくも確かな感触を思い出す。
(セツナさんは、どんな顔をするだろうか。驚くだろうか、それとも、僕以上に喜んでくれるだろうか)
そんな想像を繰り返すだけで、午後という時間は、以前の何倍もの速さで過ぎ去っていった。
夕暮れ。
最後に1度だけ、と自分に言い訳をして庭に出る。
夕日に照らされた芽は、朝よりも少しだけ、その命の輝きを増しているように見えた。
(……明日は一緒に見るのだろうか……)
そう心の中で呟いて、セイは1度空を見上げ、息をそっと吐き出して部屋へ戻った。
その夜。
セイは布団に入り、静かに目をつむる。
瞼の裏に浮かぶのは、プチトマトの小さな芽。
そして、それを見たときに見せるであろう彼女の笑顔。
(明日には、彼女が来る……)
その予感に包まれながら、セイは深い眠りへと落ちていった。
(第86話に続く)