翌朝。
朝のルーティーンを済ませ、庭に出て植物を確認する。
昨日と同じように見た目は変わらないが、なんとなく気になり、表面の土を軽く指先でほぐしてみる。
「……まあ、焦る必要はないか」
自分の声が、静かな庭に低く響く。
部屋に戻り、暖炉の火が爆ぜる音を聞きながら、昨日のうちに整えた小物やリースを眺める。
一昨日は彼女がここに座っていた、あそこに立っていた——そんな記憶が、無彩色の景色に薄く色を重ねていく。
(……少しだけ、心が軽い気がする)
それが雪だるまを作った達成感なのか、あるいは「また来る」という約束のせいなのか、セイは深く追求しないことに決めた。
夕暮れ、窓から差し込む斜光が部屋をオレンジ色に染める頃。
セイは吸い寄せられるように庭へ出て、もう1度プチトマトや『幸せの種』の様子を確認した。
柔らかな風が吹き抜ける中、静かな地面は音もなくただそこにある。
けれど、そこには「見えない何か」が確かに存在していた。
まだ形にはなっていないけれど、土の下で眠る生命、積み重なった思い出、そして名前のつかない感情。
目には見えないけれど、確かにそこに「在る」もの。
セイはその気配を心で受け止めるように、静かに目を閉じた。
その余韻を胸に、夜、静かに横たわる。
今日という1日が終わっていくのを、セイはかつてないほど穏やかに受け入れた。
(第85話に続く)