朝、セイはいつも通り起き、顔を洗い、朝食を用意した。
食事を済ませると、自然と庭へ目が向く。
芽はまだ出ていない。
昨日と変わらぬ光景だが、それを確認すること自体が習慣になっていた。
今日は彼女が来る日だ。
特別な準備はない。
ただ、彼女の存在を想像しながら静かに時間を過ごす。
それだけのことだった。
時計を確認する。
彼女が来るはずの時間までには、まだ少し余裕がある。
そう思いながら、セイは静かに1人の時間を過ごしていた。
そして、そろそろかと思ったその数分後、操作端末が小さく反応した。
〈今からそっちに行くね〉
短いメッセージ。
それ以上でも、それ以下でもない。
〈了解しました。お待ちしていますね。〉
そう簡単に返信をしてから、セイは彼女を出迎えるために席を立った。
間もなく、インターホンが鳴る。
一拍だけ間を置いてから、セイは玄関へ向かう。
ドアを開けると、扉の向こうにセツナが立っていた。
「来たよー」
「いらっしゃいませ、セツナさん。お待ちしていました」
「お邪魔します」
部屋に入ったセツナは靴を脱ぎ、そのまま上着を肩から外した。
……そして、一瞬、動きが止まる。
「……あれ?」
「どうかしましたか?」
「上着。どこ置こっかなって思って」
セイは室内を1度見渡した。
床。
椅子。
机の端。
「特に決めていないので、その辺で大丈夫かと」
「そっか」
セツナは笑って、軽く肩をすくめる。
「1人暮らしだとそうなるよね。私も1人の時は、だいたい投げてるし」
そう言ってから、少しだけ言葉を続けた。
「でもさ、家族とか、複数で住んでると、誰の物かわかるように、置き場所が決まってたりするんだよ」
「……なるほど」
セイにとって、「誰の物か」という発想自体が新しかった。
「服とかもそう。人数分あると、かける場所がないと地味に困るんだよね」
セイはクローゼットの方を見た。
扉を開き、中を確認する。
「……これ、1人用ですね」
「だよね」
セツナはあっさりと頷く。
「まあ、今すぐ困るわけじゃないし、急がなくてもいいよ」
その一言で、話題は自然に終わった。
けれど。
(……1人用、か)
彼女のその言葉だけが、静かに、胸の奥に残っていた。
(第57話に続く)