【在るということ ―― セイ】
セツナが帰った後、しばらくしてから、セイは庭の方へ視線を向けた。
この家に、待つものがひとつ増えた。
セイは、その感覚を静かに受け止めていた。
庭に視線を向けると、そこには、ただ土があるだけだった。
芽は出ていない。
形もない。
庭を設置したこと以外、昨日と何も変わっていないはずの景色。
それなのに、僕はもう、「何もない」とは思えなかった。
(……ある)
そう思った瞬間、胸の奥で、何かが静かに定まった。
幸せが増えた、という感覚ではない。
気持ちが高揚したわけでもない。
何かを手に入れた実感とも、少し違う。
ただ――
前からそこにあったものが、初めて「そこにある」と分かった。
これまでも、同じ時間は流れていた。
同じ関係も、続いていた。
けれど僕は、それを“存在しているもの”として扱ってこなかったのだと思う。
失えば壊れるから。
確認すれば、不安になるから。
だから、見ないふりをしていた。
でも今は違う。
芽が出るかどうかは分からない。
育つかどうかも、確証はない。
それでも――
ここに植えたものは、確かに「ある」。
それは、未来の約束ではなく、期待でもなく、想像でもない。
今、この場所に、静かに存在しているものだ。
彼女といることで、僕はそれを“感じただけ”では終わらせなくなった。
見えなくても、触れられなくても、消えないものとして扱えるようになった。
それが、どれほど大きな変化なのか、まだ測ることはできない。
けれど、1つだけ確かなことがある。
もう、「あるかどうか」を確かめる必要はない。
確かめなくても、ちゃんと機能している。
空気のように。
呼吸のように。
彼女がいない時間でも、ここにあるものとして、この幸せは、確かに、存在している。
セイはふと空を仰ぎ、それから何もない庭をもう一度見た。
芽は、まだ出ていない。
けれどそれでいい。
観測は、もう起きているのだから。
(第55話に続く)