注:前回の50話を2月7日に加筆修正。
目を覚ましたとき、セイは一瞬だけ、今日が何日目なのかを考えた。
(……この家に来てから、5日目)
そこまで思ってから、ほとんど間を置かずに、もう1つの基準が浮かぶ。
(セツナさんと会ったのは……4日前)
頭の中で、いくつかの出来事が自然に並び替えられる。
共有拠点を持ってからも、彼女は、だいたい3日おきくらいの間隔で来ている。
そして彼女からは、前日に、次回は少しログインが遅れるとの連絡が来ていた。
つまり――
(今日は、セツナさんが来る日だ)
胸の奥が、ほんのわずかに反応した。
期待、と呼ぶほど明確なものではない。
けれど、無関係だとも言い切れない。
だからといって、何か特別な準備をするつもりはなかった。
いつも通りでいい。
普段通りに迎えられれば、それで十分だ。
セイはベッドから足を下ろし、ゆっくりと身体を起こす。
(今日を、どう過ごすか)
それは「待つ」ための時間ではなく、彼自身の1日として向き合う問いだった。
そう考えながら、キッチンへ向かう。
キッチンに入ると、窓から差し込む光はまだ柔らかく、昼には少し早いことが分かる。
(……まだ、午前中だな)
手を洗い、いつもと同じ手順で食事の準備を始める。
昨日と同じような内容。
特別な工夫も、余計なこともしない。
火にかけたフライパンを見ながら、頭の中で自然と時間を計算していた。
(いつも通り仕事終わりで来るなら、この世界での感覚では、昼過ぎから夕方にかけて。早くても、午後1時か2時頃。それでも今回はもっと早く来るかもしれない……)
だとしたらーーー
(……あと、3、4時間もないかもしれない……あまり長くはないな……)
焦る必要はない。
だが、何もしないで過ごすには、少しだけ間がある。
食事を皿に移し、席に着いて一口運ぶ。
(……悪くない)
味に対する評価はそれだけで終わる。
だが、噛みながら、意識の端に別の思考が浮かんだ。
――飲み物は、足りているか。
――空間は、落ち着いているか。
考える必要はないと分かっているのに、自然とそういう方向へ思考が向いてしまう。
(……今は違う)
1度、意識的に思考を切る。
今日もいつも通りだ。
まずは、自分のリズムを崩さない。
そう言い聞かせて、残りを食べ終えた。
皿とカップを洗いながらも、先ほどの思考が完全に消えたわけではないと気づく。
(……何か、足りない気がするな)
だが、その正体は分からない。
理由を探すほどの違和感ではない。
だから、深追いはしない。
(気のせいだろう)
水を止め、布巾で手を拭きながら、小さく息を整えた。
食後、部屋を1度見渡す。
床は片付いている。
埃も目立たない。
空気も、悪くない。
(……十分だ)
完璧に整える必要はない。
ここは、誰かを迎えるための展示場じゃない。
生活の延長線上でいい。
時計に目をやる。
(……まだ、時間はある)
彼女が来る予定の時間まで、おそらくあと数時間。
急に張り切る理由もなければ、逆に完全に休む気にもなれない。
(……少し、外を見るか)
用事はない。
買い足すものもない。
ただ、この街の空気を確認するだけ。
上着を羽織り、外へ出る。
通りは穏やかで、人の流れも落ち着いていた。
騒がしさはなく、必要以上に視線を感じることもない。
(……悪くないな)
短く歩き、遠出はせずに戻る。
時間を持て余すことなく、しかし消耗もしない距離。
部屋に戻ると、先ほどよりも空間が静かに感じられた。
時計を見る。
(……そろそろ、来てもおかしくない)
そう思った矢先、操作端末が小さく反応した。
――〈今から行くね〉
短いメッセージ。
それ以上も、それ以下もない。
〈……了解です〉
即座に返し、立ち上がる。
特別な動作はしない。
慌てることもない。
ただ、玄関へ向かう。
その途中で、なぜか一瞬だけ、自分の動きがほんの少し早くなっていることに気づいた。
特別な理由は考えない。
考えるほどのことでもない。
そう思いながら、セイは足を進めた。
(第52話に続く)
