フライパンを取り出し、調理を始める。
手を動かしながら、キッチンの使い勝手を確かめる。
まだ慣れない。
けれど、致命的な問題点も見当たらない。
(これだけあれば、朝は何とかなる)
一方で、別の問題も見えてくる。
(……昼は、少し厳しいか)
材料が少ない。
食事を「しない」という選択肢も、理屈の上では存在する。
この身体はアバターだ。
本当は、食事も睡眠も必須ではない。
それでも――
そうしないと、自分は“生きている感覚”を失ってしまう。
だから、食べる。
だから、眠る。
楽しむためではなく、存在を繋ぎ止めるための行為として。
(……買い物に行くか)
朝食のため。
生活を維持するため。
それだけで、十分な理由だった。
フレンチトーストを裏返しながら、セイは静かにそう結論づけた。
――ふと、昨日のことが思い浮かぶ。
共有拠点での、共同作業。
特別な人イベント。
ポイント獲得のための、合理的な選択。
料理は、その手段でしかなかった。
感情を伴う必要は、なかった。
目的は、条件を満たすこと。
2人で何かを「共同で行う」という事実。
それだけのはずだった。
――それなのに。
食べている途中、自分が「おいしい」と感じていることに気づいた。
イベントのためでもなく。
生活の義務でもなく。
誰かと同じ時間を共有していたから。
それだけで、生じた感覚。
(……そうか)
これまでの食事は、生きるための工程だった。
でも、昨日の食事は違った。
楽しむ、という意味が、初めてそこに混ざっていた。
まだ名前はつけられない。
けれど、確かに、違っていた。
普通のプレイヤーなら、ここに24時間も留まらない。
来て、用事を済ませて、ログアウトする。
拠点は、通過点。
舞台装置に過ぎない。
でも、自分は違う。
ログアウトできない以上、ここは生活そのものになる。
だから、無計画ではいられない。
かといって、物を増やしすぎる気もない。
ミニマムでいい。
必要なものだけを、必要な分だけ。
それでいい。
彼女の好みも知らないまま、勝手に空間を作り替えるつもりもない。
まずは、自分1人で困らずに生活できること。
それだけを整えよう。
必要なものは、必要になったときに、少しずつ。
そう決めて、セイはフライパンの火を止めた。
(第46話に続く)