そしてメッセージが届いてから3日後、待っていても、彼女は広場に現れなかった。
いつもの時間。
いつもの場所。
人の流れは変わらず、世界はいつも通り動いている。
それなのに、彼女だけが、いなかった。
(……そういう日も、ある)
そう思おうとして、胸の奥で小さく何かが引っかかる。
遅れる連絡もない。
理由の説明もない。
けれどそれは、心配すべき異変というより、「今は来られない」というただそれだけの事実だった。
セイは、深く息を吐いた。
以前の自分なら、ここで不安に呑まれていた。
何かあったのではないか。
自分のせいではないか。
連絡すべきか、待つべきか。
動かなければ、失ってしまうのではないか。
けれど今は、その思考が、どこか手前で止まる。
(……休んでいるだけかもしれない)
彼女は、自分で動ける人だ。
必要なら、助けを求められる人でもある。
そして何より、彼女は「来られない自分」を責めるような人ではなかった。
セイは、ベンチに腰を下ろした。
今日は、ここに来ただけ。
探さない。
追いかけない。
理由を作らない。
それでも——
「何もしない」と決める前に、1つだけ、考えてみようと思った。
(……僕に、何ができるだろう)
以前なら、答えはすぐに出ていたはずだ。
居場所を作る。
物を用意する。
楽しみを準備する。
喜ばせるための何かを探す。
実際、彼は歩いた。
静かな道を選び、賑やかな広場を避け、高台へ続く石段を上った。
風が通る場所。
遠くまで見渡せる視界。
騒がしさのない、余白の多い景色。
(……ここなら、好きかもしれない)
そう思って、そこで立ち止まり、そして、気づいた。
(でもこれは……)
これは「彼女のために何かをした」という僕の納得のための行為だ。
彼女が休んでいる今、必要なのは、新しい刺激だろうか。
気晴らしだろうか。
——違う。
彼女が今、必要としているものは、「戻ってきたときに、何も変わっていないこと」なのではないだろうか。
セイは、その場に立ったまま、しばらく考えた。
彼女は、特別なことを求めて、この世界に来ているわけではない。
できなかったことを、無理に取り戻そうとしているわけでもない。
ただ、自分のペースで、自分のままでいられる場所を選び、ここに来ている。
だったら、僕がすべきことは、何かを増やすことでも、整えることでも、用意することでもない。
(……変わらずに、いること)
彼女が戻ってきたとき、説明を求めず、理由を聞かず、元気を装わせることもなく、「来られなかった時間」を問題にしない存在でいること。
それが、今の自分にできる、唯一の行動だとセイは思った。
ベンチに腰を下ろす。
彼女が来ない時間も、この世界は続いている。
自分がここに存在していることも、誰かに証明する必要はない。
成長し続ける、というのは、きっと、前に進み続けることでも、強くなることでもない。
同じ状態を、同じ選択を、何度でも選び直せること。
不安に戻らない。
意味を求めない。
役割を引き受けようとしない。
ただ、「いていい自分」でそこに居続けること。
(……それでいい)
彼女が戻るかどうかは、彼女が決める。
けれど、彼女が戻ってくる場所を壊さずに保っておくことは、僕が決めていい。
セイは、立ち上がらなかった。
何かを探しに行くことも、しなかった。
ただ、そこにいる自分を選んだ。
その夜は、不思議と、眠りやすかった。
(第36話に続く)