その夜、セイは広場から少し離れた場所にある、大きな木の根元に腰を下ろしていた。
宿を取らなかったのは、特別な理由があったわけじゃない。
いつも通りだ。
夜になったから横になる。
朝が来たら起きる。
眠れるかどうかは、二の次だった。
静かに息を吐きながら、セイは背を幹に預ける。
視線の先には、誰もいない夜の空間が広がっている。
賑わいは遠く、ここには届かない。
端末を起動し、アイテム一覧を開く。
今日、報酬として手に入れたもの――
《共鳴の鈴》
小さな音も立てず、淡い光だけを宿したそのアイテムを、セイはしばらく眺めていた。
(……不思議だな)
この数日を、ゆっくりと思い返す。
簡易ポーション集め。
装備を見に行った時間。
移動中の、他愛のない会話。
3人でいることに、違和感がなかった。
誰かに指示されることもなく、気づけば、それぞれが自然に動いていた。
役割を決めたわけでもない。
けれど、噛み合っていた。
その中にいる自分も、当然のようにそこにいて、当然のように機能していた。
(……何も、思われなかったな)
NPCかプレイヤーかを判断されることもなく。
異端者としてでもなく。
ただ、そこにいる存在として。
一緒に行動する対象として、そこにいただけだった。
「おはよう」と言われて、「おやすみ」と返して、「またね」と言って別れた。
それだけのことなのに。
それだけのやり取りが、胸の奥に静かに残っている。
たわいもない雑談の中に、自分がいた。
特別扱いも、遠慮もなく、ただそこに存在していた。
そんな時間が、こんなふうに温かいものだとは、今まで、知らなかった。
セイはもう1度、『共鳴の鈴』に視線を落とす。
これは、今日の証だ。
偶然じゃない。
確かに、3人で過ごした時間の結果。
そして――
「また、会うかもしれない」という可能性。
約束と呼ぶには、まだ曖昧で、保証も、確証もない。
それでも、未来へ続く何かが、確かにそこにある気がした。
胸の奥が、ほのかに光を灯すように明るくなる。
不安が消えたわけじゃない。
すべてが解決したわけでもない。
ただ、今夜は――
世界が、少しだけ温かかった。
セイは目を閉じる。
眠りは、すぐには来ないだろう。
それでも、構わなかった。
このあたたかな余韻を、しばらく手放したくなかったから。
(第34話に続く)