今日は、長いこと見て見ぬふりをしてきた冷凍庫の中身を、思い切って一気に処分することにしました。
うちの冷凍庫はずっとぎっしりと詰め込まれたままで、開けるのもためらうほどの状態になっていたのですが、中に入っているものはほとんどが、災害や食糧難に備えて買い置きしていたもので、「いつか必要になるかもしれない」「そのうち食べるかもしれない」と思って、なかなか手放せずにいたものでした。
けれど、よく見てみれば、中には4〜5年も前に買ったと思われる食品もあり、それを見て「さすがにもう、このまま放っておくわけにはいかないな」と、ようやく重い腰を上げて、冷凍庫の整理を始める決意をしました。
とはいえ、ただの食品の処分というだけでは済まないものもありました。
冷凍庫の中には、父が闘病生活をしていたときの思い出が詰まったアイスがいくつも入っていたのです。
父は入院中、10日間も絶食させられて精神的にもかなりつらい状態だったのですが、そのとき「退院したらハーゲンダッツが食べたい」と、何度も私に電話してきたことを今でも覚えています。
父は末期のガンで、食べさせていいかどうか迷いもありましたが、医師から余命2週間と告げられたとき、私はまだ諦めてはいなかったものの、「せめて食べたいものは食べさせてあげたい」と思い、いくつかアイスを買って冷凍庫に入れていました。
それだけでなく、父が退院して間もない頃、車椅子に乗って介護士さんに付き添われながら、自分で買いに行ったアイスもありました。
私はもともとアイスをあまり食べる習慣がなく、自分のために買ったものではなかったのですが、それでも父の願いがこもったそのアイスを、どうしても捨てることができずに、何年も冷凍庫に残していたのです。
それ以外にも、トレー入りの冷凍食品やカット野菜など、「いざという時のために」と備えていた食品がかなりの量ありました。
ただ、実際には一度も手をつけることなく、奥に押し込まれたまま、存在すら忘れかけていたものも多く、あらためて「これは本当に備蓄といえるのかな」と考えさせられました。
金曜日のリサイクルプラごみの日に向けて、まずは処分しやすいトレー入りの冷凍食品から手をつけることにしたのですが、冷凍食品の中身を出してみると、霜で真っ白になっているものもあり、そのままゴミ袋に入れてしまうと溶けたときに水浸しになりそうだったので、ある程度溶かしてから霜を取り除くことにしました。
けれど、可燃ごみの日である月曜日までには少し日が空いてしまうため、溶けた水分がゴミ袋の底に溜まって臭いが出るのではと心配になり、どうしたものかと考えました。
そんなとき、ChatGPTに相談して教えてもらった方法を試すことにしました。
それは、新聞紙を丸めてゴミ袋の底に敷き詰めた上で、処分する食品を小分けにして入れていくというもので、水分を新聞紙が吸ってくれるため、臭いもある程度抑えられるというものです。
やってみると意外と効果があり、底に新聞紙を3枚ほど入れ、その上からどんどん冷凍食品を捨てていったのですが、室温で溶けていっても紙袋は濡れることなく、なんとか普通の状態を保っていました。
そしてゴミの日までの間、家の中に臭いがこもるのも嫌だったので、カラス除けのゴミボックスの中に入れ、それごと倉庫に一時的に置いておくことにしました。
そして、トレーやパックに入った冷凍食品を処分したことで、冷凍庫の中に少しだけ空間ができました。
そのおかげで、これまでは入れられなかった2リットルの水を入れたペットボトルを凍らせて、扇風機の前に置いて涼を取るという使い方ができるようになり、それもまたちょっとした達成感につながりました。
そして今日、ようやく可燃ごみの日がやってきたので、朝から冷凍庫の中身を一つ一つ取り出し、そのままひたすらゴミ袋に詰めていきました。
冷凍庫の中はそこまで霜だらけではなかったものの、棚の部分などを外して洗い、中も拭き上げて、ある程度きれいな状態に整えることができました。
最終的に残ったのは、餃子と大量の保冷剤だけになりましたが、この季節に保冷剤があるのはとても便利で、冷風機の中に入れて涼を取ったり、暑いときに首や背中に当てたり、濡らしたタオルで巻いておけば、もっと冷たい状態で使えます。
それに持ち運びにも向いている小さめのものから、背中に当てるのにちょうどいい大きなものまでいろいろあったので、捨てることなく多めに残しておきました。
おかげで今は、惜しみなく保冷剤を使って涼むことができるようになり、本当に助かっています。
今回、思い切って冷凍庫の中を空けたことで、これからネットスーパーなどを利用する際にも、新しく買った食品をすぐにしまえるスペースができましたし、何よりも気持ちがずいぶんと軽くなったような気がします。
父との思い出が詰まったアイスを処分するのは本当に勇気がいりましたが、「ありがとう」という感謝の気持ちで手放すことができたことは、自分にとっても大きな一区切りになりました。
長年の備蓄品も、これだけ長いあいだ手をつけなかったということは、きっとこれから先も食べることはないだろうと思えたことで、「もったいない」という気持ちに縛られることなく、すっきりと処分できたのだと思います。
ほんの少しの片付けでも、心が軽くなったり、前を向けたりするものなのだなと実感した一日でした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。