前回は、自分で好きな曲や作曲家の楽譜を買って演奏することで、初めて音楽の楽しさを感じたというお話を書きましたが、今回は「たくさんの人と奏でる音楽の楽しさ」について書いてみようと思います。
私は、好きな曲を自由に演奏できることの楽しさを知ってから、改めて音楽が好きになりました。
ただ、初めて「ハーモニーを奏でることの喜び」を心から感じたのは、中学生のときの演奏会だったように思います。
当時、音楽系のクラブのようなものに所属していた気がしますが、特に心に残っているのは、卒業生を送るための演奏です。
たしか、各クラスから代表者が選抜され、卒業生のために合奏を披露することになったような記憶がありますが、細かいところは少し曖昧です。
とにかく私は、その代表メンバーの一人として参加することになり、いろいろな楽器のパート練習を経て、初めて全体での合奏に臨んだときのことが、強く印象に残っています。
私が担当していたのはアコーディオンでしたが、、演奏したのは2曲ほどで、そのうちの1曲が、すぎやまこういちさん作曲の『ドラゴンクエスト』の有名なオープニングテーマでした。
この曲は、さすがの私でも知っているくらいなじみのある曲でしたが、個人練習のときはパート演奏だったこともあり、正直あまり楽しくは感じませんでした。
主旋律の担当でもなかったため、曲全体のイメージがつかめず、どんな演奏になるのかも想像がつかなかったのです。
でも、いざ初めてみんなで音を合わせて演奏してみた瞬間、私は鳥肌が立つほどの感動を覚えました。
あの壮大なファンファーレのようなメロディが、各パートの音が重なり合うことで立ち上がり、圧倒的な音の波に飲み込まれるような感覚を味わったのです。
それまでは、ただの「音のかけら」だった自分のパートが、まるでパズルのピースがぴたりと組み合わさって完成するように、音の中に溶け込みながらもはっきりと存在し、初めて「音楽が生まれる瞬間」に立ち会えたような気がしました。
私の父は吹奏楽団に所属していて、子どもの頃からその練習風景を見たり、演奏を聞かされたりすることがありました。
でもその頃は、楽しいともすごいとも感じたことはありませんでした。
ただ、吹奏楽の演奏を大きなホールで聴いたときの「音の大きさ」や「体に響く音圧」には驚いた記憶があります。
けれどその時の私は、あくまで“聴く側”でしかありませんでした。
しかし今回の合奏では、私自身がその音楽を“作る側”の一員となり、重なり合って奏でられる音の厚みや、音楽としての完成形を感じたことで、「これが音楽を作るということなんだ」と心から思えたのです。
それまでは、ひとりでピアノを弾いて好きな曲を楽しむだけでしたが、このときは自分が「音のピース」として合奏に参加し、全体のハーモニーを生み出しているという感覚に、心が大きく震えました。
あの時の音の響きは、ただただ気持ちよくて、心の底からワクワクし、ものすごい高揚感に包まれていました。
まだ初めての全体での音合わせだったにもかかわらず、あれほど感動したのですから、曲を最後まで通して演奏し、完成形を体感したときの感動は、それはもう、言葉では言い表せないほどでした。
「血沸き肉躍る」とは、まさにこのことだったのかもしれません。
それが、私にとって「初めて合奏に感動した出来事」だったと思います。
小学生のときに入らされていた音楽同好会では、アコーディオンやトランペット、リコーダーなども演奏したことがありましたし、みんなで演奏することもありました。
けれど、先生が選んだ曲をただ演奏していただけで、あまり楽しいとは思えませんでした。
クラシックのような、子どもには退屈に感じられる曲が多く、盛り上がる部分以外は長く感じるだけで、自分が演奏していてもまったく感動はなかったのです。
私はどんな楽器でも、あまり必死に練習しなくても、わりとすんなり弾けてしまう子だったようです。
加えて、父が音楽に熱心だったこともあり、先生から重要なパートを任されることも多かったのですが、感情を込めて演奏するのはあまり得意ではなく、言われた通りに楽譜をなぞるだけの、いわば「そつなくこなすタイプ」だったように思います。
それが中学生のあの演奏会で、ドラクエの曲を合奏したことで、初めて「合奏の楽しさ」「音楽の感動」を体感できたのです。
それからは、自分ひとりでも合奏のような楽しみ方ができないかと、工夫するようになりました。
最初は、ラジカセに自分のパートを録音して、それを再生しながら演奏するようなことから始めました。
やがて自分専用のキーボードを購入し、プリセットされたリズムに合わせて演奏するようになり、さらに録音機能を使って伴奏を録音してから主旋律を加えるなど、1人で合奏する工夫を重ねていきました。
そのうち、シーケンサーにも手を出し、好きだったバンドの楽譜を買って、読めもしないのにベースやドラムを打ち込んで、自作の伴奏を作り、それをカラオケのように使って演奏するようにもなりました。
一人での演奏しか知らなかった私が、合奏の楽しさを知ったことで、より広く音楽に触れるようになったのです。
子どもの頃は、嫌々ピアノの練習をさせられていたのに、音楽の楽しみ方を知ってからは自分から積極的に音楽に向かうようになり、そのことを父も喜んでくれていました。
私にとって父は、専属の音楽の先生のような存在でもありましたので、演奏についてわからないことがあると父に質問したりすることで、自然と父との交流も増えていきました。
音楽を通して、子どもの頃とはまた違う形で父とつながることができた気がします。
あれほど嫌だった音楽が、こんなに楽しいものになるなんて、本当に何がきっかけで変わるかわからないものですね。
今では、子どもの頃に音楽に触れる機会が多い環境で育ててもらえて、本当に良かったと思っています。
そして、どんな経験も決して無駄ではないのだと、今になってしみじみ感じています。
音楽があって良かった。
父がいてくれて良かった。
過去を振り返りながら、改めてそう思えた思い出でした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。