『オッペンハイマー』20 トリニティ11 | ヒロシマときどき放送部

ヒロシマときどき放送部

2016年広島で高校の教員を定年退職し現在は山奥のお寺の住職をしています。ヒロシマのこと、放送部顧問をしてきたことを書いてみます。

 アメリカがマンハッタン計画に投じた費用は約22億ドルと言われる。今だったら3〜4兆円? 当然、戦争が終わったら政府は議会から説明を求められる。どんな成果があったかと。日本を降参させるだけでなく、戦後は原子力を独占してアメリカ企業を儲けさせるというアピールもしないといけない。そのためには世界の国々、特にライバルとなるソ連に対して睨みを効かせないといけないが、それには原爆が有効だ。アメリカ政府の首脳にはそんな魂胆があったのではないだろうか。

 1945年5月28日、日本への原爆投下反対を訴えるためレオ・シラード(アインシュタインにローズヴェルト大統領宛の手紙に署名を勧めた科学者)がトルーマン政権で国務長官就任予定のジェームズ・バーンズに面会した時、バーンズは言った。「爆弾をちらつかせればロシアを手玉にとれる」と。これを聞いたシラードは愕然とした。(カイ・バード マーティン・J・シャーウィン『オッペンハイマー(中)原爆』ハヤカワ・ノンフィクション文庫2024)

 5月31日、オッペンハイマーはスティムソン陸軍長官が主宰する暫定委員会に科学顧問の一人として参加した。ここでも原子爆弾の効果について議論が交わされている。どうも建物がどれくらい壊れるかといった物理的な破壊力だけでなく、心理的な効果、いかに恐れおののかせるか、ということにも関心が持たれたようだ。

 会議の席上、ある委員が、原子爆弾一個の効果はB-29爆撃機による日本への大規模空襲と大して変わらないのではないかと発言した。それに対してオッペンハイマーはこう述べた。

 

 「原子爆弾の視覚的効果は、ものすごい。投下の後には、高さ一万フィートから二万フィートの輝く閃光が続く。爆発の中性子効果は、少なくとも半径三分の二マイル以内の生命に危険を及ぼす」(『オッペンハイマー(中)原爆』)

 

 これは大事な話だ。でも、後のトリニティ核実験にとっておこう。会議は、原爆は「多数の労働者を雇用しており、労働者の住宅に接近している不可欠な軍需工場」、要するに日本の一般市民を標的に、そして警告なしで使用することを決定し、オッペンハイマーも反対はしなかった。

 6月16日、オッペンハイマーたち4人の科学顧問はスティムソン陸軍長官に宛てた勧告書に署名した。この中で、前も書いたが、「フランク報告」に対する反対意見が述べられている。

 

 「この戦争で爆弾を使用することによって、各国はこの特殊な兵器の排除よりも、戦争自体を回避することに関心を持つようになるだろうという意味で、国際的な展望を改善する可能性がある。われわれは、これら後者の見かたに近いと思う。われわれは、戦争を終わらせるような技術的デモンストレーションを提案することはできない。直接的な軍事利用に替わるもので、受け入れられるものは見当たらない」(『オッペンハイマー(中)原爆』)

 

 最初は、原爆ができる前にだった。それが、できてからに変わり、そしてとうとう、実際に都市の上で爆発させ、ものすごい閃光に世界の人々が度肝を抜かれてからでないと、将来の戦争回避はできないことになってしまった。そしてその時、原爆で市民がいかに悲惨なことになるかに心を痛めた者はいなかったのだ。