『オッペンハイマー』3 ロスアラモス2 | ヒロシマときどき放送部

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2016年広島で高校の教員を定年退職し現在は山奥のお寺の住職をしています。ヒロシマのこと、放送部顧問をしてきたことを書いてみます。

 映画『オッペンハイマー』では、アメリカ先住民族のことがチラッと出ていた。ロスアラモスには墓所があるのだとか。

 雄大な岩石の台地と渓谷、しかしこの場所は無人の荒野ではない。アメリカ先住民の一部族プエブロ族にとって昔からとても大切な場所だったのだ。

 

 たとえばピクリス・プエブロ族の元部族長、ジェラルド・ネイラー(Gerald Nailor)はこう語った。  

「あの丘(ロスアラモス)とその周辺は、すべてのプエブロ族にとって神聖な地域です」。  

 先住民族とロスアラモスの土地との精神的、身体的なつながりは、研究所の建設によって引き裂かれた。ネイラーによれば、研究所の設置に伴い、連邦政府はフェンスを張り巡らせ、周辺の警備を厳しくおこなうようにな った。プエブロの住民は以前のように、自由に周辺の山に入って狩猟や採集をしたり、伝統的な儀式を執りおこなうことができなくなった。(鎌田遵「アメリカ核開発における植民地主義と環境破壊  マンハッタン計画国立歴史公園の設置をめぐる一考察」亜細亜大学総合学術文化学会『亜細亜大学学術文化紀要』2016)

 

 研究所ができてから、この辺りに以前から住んでいた人たちの暮らしは大きく変わった。男も女も、研究所とともに新しくできた町でメイドや運転手、警備員に雇われて生活するようになったのだ。

 

 毎日、近くのインデフォンソ先住民保護施設から、家政婦として働くプエブロ・インディアンの女性をバスで運んできた。鹿皮で覆われたブーツと、カラフルなプエブロ・ショールを着用し、大量のトルコ石と銀細工の飾りを身に着けたプエブロ女性は、すぐに町の景色に溶け込んだ。(カイ・バード マーティン・J・シャーウィン『オッペンハイマー(中)原爆』ハヤカワ・ノンフィクション文庫2024)

  

 このように先住民の人たちを雇うことで、ロスアラモス研究所の科学者の妻たちの多くが研究室の秘書や計算装置のオペレイターとして働くようになった。

 映画『オッペンハイマー』に出てくるロスアラモスの女性といえば、オッペンハイマーの妻キティがシーツを干している場面ぐらいしか記憶にないが、ロスアラモスでは多くの女性が男性と同様に原爆開発に関わっていたことが映画では描かれていないという批判もある。

 だが、男も女も一緒になって働けるのも先住民族の「下働き」があってのことということもまた、映画では割愛されているのだ(だったと思う)。

 それでもよい現金収入があったからいいじゃないかと言われるかもしれない。しかしその代償が大きかった。研究所から廃棄されたプルトニウムなどの放射性物質や有害な化学物質が周辺環境を汚染しているのだ。鹿などの野生動物は放射能に汚染されて狩猟禁止。2000年にはプエブロ族の子どもが二人白血病になった。

 一人の先住民が訴える。

 

 「われわれは放射性廃棄物処理場の影響だとみている。しかし、 ロスアラモス研究所は『裏付けるデータがない』『先住民の独自の環境調査は科学的でない』と取り合わない。残念だけど、最近は長老たちも抗議をしないんだ」(「中国新聞」2002.1.27)

 

 長老たちはなぜ抗議しないのか。それは相手が絶大な権力、そして金を握っていることをよく知っているからに違いない。