人類の自殺96 核の行方6 | ヒロシマときどき放送部

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2016年広島で高校の教員を定年退職し現在は山奥のお寺の住職をしています。ヒロシマのこと、放送部顧問をしてきたことを書いてみます。

 ギリギリのところでアメリカとソ連はブレーキを踏み、世界を巻き込む全面的な核戦争は回避された。アメリカは自国の喉元とも言えるカリブ海からソ連の核兵器を撤去させ、ソ連はアメリカによるキューバ侵攻の脅威を取り除き、またトルコからソ連を狙っていたアメリカの核ミサイルを撤去させることができたので、双方ともなんとかメンツを保つことのできた取引だったといえよう。

 こうした危機回避ができたのは何故か、山崎雅弘さんの『キューバ危機』にはこう書かれてある。

 

 …双方が「相手側も破滅を望んでいない」ことを確信した時、破滅に向けて進んでいた時計の秒針が停止し、ソ連側のキューバからの核ミサイル撤去という解決策へと事態が流れていったのである。(山崎雅弘『キューバ危機』六角堂出版2015 Kindle 版)

 

 米ソ両国の指導者が不信や憎悪の泥沼にはまり込むことなく、平和的な解決を模索する理性をなんとか保てたからだと言えるのだろう。

 しかし、外交にしても軍事的圧力をかけるにしても大統領一人でできることではない。多くの人が共通認識を持って事に当たらなければならないのだ。どこかで突っ走る人間が出てきて暴発したら、一度発射された核ミサイルはもう後戻りができない。キューバ危機で核ミサイルが一発も発射されなかったのは運が良かったからだとも言われている。

 キューバ危機について近年NHKは次のように解説している。

 

 ウクライナにも通じる教訓は戦術核の危険性です。

 実はキューバにはこのほか、戦場で使われる射程の短いミサイルや爆撃機用の核爆弾など160個が配備されていました。アメリカはその事実を全く知りませんでした。恐ろしいことに現地司令官にはアメリカが軍事侵攻した場合の使用権限が与えられていました。

 「アメリカの空挺部隊が上陸作戦を行ったら躊躇無く戦術核兵器を使用したでしょう」(キューバ派遣部隊司令官(当時)ヤゾフ元国防相 2006年取材)

 つまりケネディが軍部の強硬策に同意して軍事侵攻していたら核戦争となった可能性が高いのです。(NHK「キューバ危機60年 戦術核の危険性と米ロの責任」2022.10.28)

 

 キューバにはアメリカ全土を狙う「戦略核兵器」のほかに多数の「戦術核兵器」が配備されていた。「戦術核兵器」とは、戦場において通常兵器の延長線上で使用される核兵器だ。アメリカの核戦略の専門家マシュー・クローニグ教授が言うように、「全面的な核戦争にはならないようにしつつ、相手を引き下がらせるために少しだけ核を使う」にはうってつけの(恐ろしい)核兵器だ。「核の威嚇」が口から出まかせだとみくびられたら嫌なので、一発だけお試しで撃つようなことがあるかもしれない。小さな都市ひとつぐらいは無謀なチキンゲームの道連れにされてしまうかもしれない。

 それに対して相手国は何もしないでいることができるだろうか。

 2019年、アメリカのプリンストン大学は、ロシアの一発の核の警告発射によって核戦争が勃発しうるとし、そうなれば数時間で9000万人以上が死傷するという試算を公表した(渡辺丘『ルポ アメリカの核戦力』岩波新書2022)。世界を不信感が覆っている現在、それはいつ起きてもおかしくはない悪夢だ。