人類の自殺70 救援5 | ヒロシマときどき放送部

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2016年広島で高校の教員を定年退職し現在は山奥のお寺の住職をしています。ヒロシマのこと、放送部顧問をしてきたことを書いてみます。

 広島に落とされた原爆に消防は全くの無力だった。当時、広島市の東消防署は八丁堀の福屋百貨店旧館にあったが、建物はあっという間に炎に包まれ、4台あった消防車は1台も出動することができなかった。また大手町にあった西消防署も木造庁舎が倒壊し庁舎の消火さえできなかった。それでも残った市内周辺の出張所や警防団が懸命の消火活動を行ったが火の勢いを止めるのも困難だった。

 現代では、高層ビルならスプリンクラーなどの防火設備があるし、火災になっても消防車が何台も駆けつけて消火にあたることができる。しかし、核爆発によって都市の全域に火災が発生したらどうだろうか。たとえ消防署が爆発に耐えても、目の前の道路が横転した自動車で埋まってしまえば出動することさえ不可能だ。

 また『核兵器攻撃被害想定専門部会報告書』はこう指摘する。

 

 16キロトンの核兵器の空中爆発(爆発高度600m)の場合、爆心地周辺では、相当程度の期間、レベルの差こそあれ、放射性物質となった地上の物質からの残留放射線が観測されるだろう。これにより、少なくとも爆発後1時間は、爆心地から半径500m以内に救助に入ることはできないだろう。(広島市国民保護協議会核兵器攻撃被害想定専門部会『核兵器攻撃被害想定専門部会報告書』2007)

 

 これに加えて放射能を持つ「黒い雨」がどこに降ってくるかわからない。「爆発後1時間」とか「爆心地から半径500m以内」と言った数字はあくまでもシミュレーションによるものだから、実際は放射線量を測定しながら消火や救助活動を行う必要がある。活動は大幅に制約されるだろう。

 核爆発で都市全体が火災となった場合、高層ビルに取り残されたら消防による消火や救助はまず期待できない。建物の防炎設備がどれだけ機能するか、スプリンクラーの非常用電源や貯水槽の水がどれだけ持つか、運を天に任せるしかなかろう。

 また地下街に逃げ込んでも安全ではない。「地上での火災が拡大し、長時間にわたり続いた場合、地下街もまた高温・酸欠の状態となる」と指摘される(『核兵器攻撃被害想定専門部会報告書』)。さらに、地下街には火災による煙の充満も心配されるし、放射能をもった粉塵も立ちこめることになろう。

 そして都市火災で忘れてならないのは火災旋風だ。関東大震災や東京大空襲でも起きた。それはまるで炎の竜巻。

 

 そこへ突如として、対岸から大たつまきが舞いおこった。燃えさかっている木片をふきあげながらみるみるうちに火の渦は川を越えて私達の立っているところまで近づいて来た。周囲の人達はなだれのように一斉に川にとびこんだ。藤井さんと、私は倒れた大木の幹を伝って川にすべりこみ、その枝をしっかりもって体を水に没した。上から火のついた木片がパラパラと落ちてくる。慌ててもぐればすぐに息が苦しくなる。顔を水面にだせば、じりじりと髪のやける音がする。あとで思い出してもこの時が一番恐ろしかった。本当にもう駄目だと思った。(倉田美佐子「通信部の解散まで」旧比治山高女第5期生の会『炎のなかにー原爆で逝った旧友の25回忌によせてー』1969)

 

 火災旋風を防ぐ方法はただ一つ。それは火事を起こさないことだという。