2012年4月18日
今日4月18日は、娘の誕生日。
誕生日には、
娘にあてた誕生日カードに、
妻と二人でメッセージを書いている。
今年で3回目。
まだ字は読めないことは百も承知。
いつか、大きくなって、
字が読めるようになり、
言葉の意味が分かるようになった時に、
1歳からのカードをまとめて贈るつもりだ。
娘に手渡すまでに、
10年くらいかかるかも知れない。
結構、壮大だ。
時間がかかる分だけ、
書かれた言葉にも、
家族の歴史が刻みこまれるだろう。
All the best with a four-leaf clover.
自分が、「守護する側」に回ったら
以前の会社でお世話になった先輩方との会食のとき、
いわゆる「守護霊」の話題になった。
先輩A:「守護霊って、武士とか僧侶とか貴族とか、
どんな職業だったか大体決まっているらしいね。」
私:「そりゃそうだと思いますよ。
守護って、簡単にいえば『人の世話』ってことですから、
自分に余裕がないとできないと思います。
例えば、乞食のような、生きるのに精一杯だった人は、
人の世話まで手が回らないでしょう。
もちろん、これは私の理解している範囲の説明なので、
絶対ではないのですが・・・。」
先輩B:「そう考えると、説得力があるねぇ。
確かに、ある程度人生経験というかそういうものがないと、
バックアップできないね。」
こんな風に話している現在の自分たちも、
いつ、意思体だけになって、
向こうの世界から「守護をする立場」になるか、
わからない。
もし、自分が守護をする立場になったら、
どんな人をバックアップしたいか?
私だったら、
人生を正面から真っ直ぐに生きている人を
バックアップしたい。
そして、その人が困っているとき。
ルール違反かも知れないけど、
ただ
「学びだ」
とか、
「必然だ」
とか、一言で片付けてしまうような物言いではなく、
もう少し詳細に説明したい。
例えば、
「これこれこうだから、このように必然なのだ」
と。
「学びだ」や「必然だ」と一言伝える方が、
守護する側からしてみれば、
「楽ちん」だろう。
でも、それだけしか伝えられないなんて、
何だか味気ない気がする。
All the best with a four-leaf clover.
「ちくしょう!」と鳴く
例えば、
絶望感、無力感、虚しさ、そして、悔しさ。
そんな気持ちに、
長渕剛の「蝉 semi」が響く。
http://www.utamap.com/viewkasi.php?surl=B36238
「蝉が泣く、ちくしょうと」
自分のこの気持ちは、
一体、どこから沸いてくるのか?
どうやら、
時を超え、今生でもシチュエイションを変えて、
襲ってくるらしい。
「あなたの心の底にあるのは、『悔しさ』です。」
約10年前に、
あるスピリチュアル・セッションで言われたことがある。
「そのときの感情が深く刻まれているから、
だから、反権力というか、反体制というか、
長いものには巻かれない、
みんながよいというものには簡単に同調しない姿勢が、
表れているようね。」
こう、そのスピリチュアル・カウンセラーは続けて言った。
そのときに、私の心の中に浮かんだ光景は次のようなものだ。
「おそらく、それは、
人間として生まれてきてそれほど回数を経ていないとき。
時代背景は、日本で言うなら、
弥生時代とか、まだ正確な為政者が出現する前の時代。
場所は、日本ではないだろう。
民族間の争いが、起こってるような時代。
争いが起こると、殺るか殺られるで決着する。
どうやら、自分は、その争いに巻き込まれた様子。
自分は、争いで、大切な家族か友人を殺された。
その大切な人を、自分の腕の中で介抱している。
胸から血を流したその人は、
今にも息を引き取ろうとしている。
『なぜ、こんな酷いことをするのか!
こいつには何の罪もないのに・・・。
天よ、こんな酷いことを、
なぜあなたは黙って見過ごすのか!』
こう思った自分は、
天に向かって『ウォーッ!』と
言葉にならない雄叫びを上げた。」
All the best with a four-leaf clover.