みなさん、こんにちは。
せのじむこと社労士の妹尾です。
「至誠(しせい)は息(や)む無し」
以前にもご紹介しました、
孔子の孫である子思が書いた
「中庸」第二十六章にある言葉です。
「至誠は息む無し
息まざれば則(すなわち)ち久しく、
久しければ則ち徴(しるし)あり
徴あれば則ち悠遠(ゆうえん)なり」
至誠とは「聖人の心」という意味だそうです。
(「中庸に学ぶ」致知出版社 伊與田覚著より)
聖人でなくても「本気になって取り組む」ことは
できます。
「本気になって取り組むこと」が「聖人の心」に
近いとすれば、
つまり、
「至誠は息む無し(=休む時がないくらい)」とは、
「本気だから久しく続くことができる 」
という意味であると解釈できます。
寝食を忘れるぐらい物事に本気で取り組むと、
ある日、雲の隙間から覗く、日の光を見ることが
できる状態にいたることがあります。
それを徴(しるし)というのでしょう。
いったん、徴が見えてくると、
さらにやってみよう、
もっとやってみようという欲が生まれます。
つまり、逆に考えると、
物事で成果を出すためには、
何かコツを会得するまで続けなければならない
そのためには、なんとしても達成したいという
「本気」になる必要がある
そのようなことを
この「中庸」の一節は教えてくれているように思います。
私たちは、何か本気で取り組んでいることが
あるでしょうか。
そして、途中止めせず、継続しているでしょうか。
★本日も最後までお読みいただき有難うございます。m(__)m
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