こんにちは、亜希です




夫がわかってくれない

と不満や我慢をため込んでいたのは


いつの間にか

自分と夫が同化していたから


と書きました




夫と私は別の人で


あなたはあなた、私は私


その心理的な境界線が

曖昧になっていたのですね




境界線が曖昧になると


あなたはこうしたほうがいい

と相手をコントロールしたくなる


自分の機嫌や考えを察してほしいと思う



逆に、相手の不機嫌に

自分の感情が左右される等があります




相手には相手のやり方や考え方がある


そうであるならば


やり始めるタイミングも、かかる時間も

やった結果も、その時の思いも


自分と同じにはならないのですね




頼んだからすぐやってほしいと思っても

相手がすぐにやるとは限らないし


〇時までにやってほしいと伝えても

相手がそれに同意するかは


相手次第になります




逆に、夫に頼まれたことを


やるのが遅いと怒られたとしても

やり方が悪いと言われたとしても


それは夫側の都合で

ただ夫がそう思ったという話




言われてもいないのに察する必要もないし


夫の思いに応えるかどうかも

自分で決めていいのですね




相手も私もずっと機嫌よくはいられなくて

不機嫌になるときがあってもいいし


相手が不機嫌になったとして

誰かが機嫌を取らなくてもいい



相手の不機嫌は相手のもので

自分の不機嫌は自分のもの、なのです




相手の言動に感情が揺れるとしたら

自分の中に反応する種があって


もっと自分の気持ちに目を向けてみて

と知らせてくれています




そうだとしたら

どこにモヤモヤしますか




不機嫌な人がいるとなんとかしたくなる

相手に意見をされると否定された気がする


自分(相手)を責めてしまう

自分(相手)が悪いような気がする




それは、自分の内側が引き起こした

自分の思考のクセなのです




私は《役に立たなければならない》

と思い込んでいたので


夫が家事育児に協力してくれたら

助かるし、嬉しいはずなのに


役目を果たせなかった

→役に立たなかった私はダメ


と脳内で勝手に変換されて




夫がやればやるほど


「役立たず」と責められているような

気がしていました




自分の中の

《役に立たなければならない》

が強く影響しなければ


やってくれてありがとう

と、ただ受け取れるだけなのです




自分の中のルールが強すぎて


夫がやってくれる

私を責められている気がする

不快に感じて受け取れない

夫も(喜ばれないから)やった甲斐がない

次第に義務的になり消耗する

またはやらなくなる、指示待ちになる



無意識に

そんな流れを繰り返していました






モヤモヤもイライラも

自分のなかに理由があります



それを見せてくれる相手が

目の前にいるなら


「相手のせい」「相手が悪い(変)」

で終わらせてしまうのは


もったいないと感じます




相手はただ映しているだけ


自分と向き合うきっかけを

提供しているだけなのです




NEWよく読まれている記事です

 


いいね、コメント、フォロー

お気持ちがとても励みになります

皆さまいつもありがとうございますハート

 


うまくいった今日も

うまくいかなかった今日も

後悔した過去も、泣きたかった日々も

いつもありがとう

全部、ありがとう


過去の私が諦めずにいてくれたから

ここまでたどり着けました

 

※名前を《せり》から変更しました