こんにちは、亜希ですハート




先日の

イライラ、モヤモヤ、ぐるぐるしていた日




私は夫宅に行きました




昔の私は

「感じのいい人」「明るい人」「機嫌のいい人」がよくて


「感じの悪い人」「暗い人」「機嫌の悪い人」はダメだと思っていました




だから、昔の私なら

イライラ、モヤモヤを抑え込んで



隠した状態で


「私は何にもありませんでした」 

みたいな感じで夫宅に滞在したと思います




でも、今は自分の中に

どちらが良い悪いとかはないので


抑えたり隠したりすることなく

そのまんまで、夫宅にいました




そこに帰ってきた小学生に

一言二言、会話しただけで


「お母さんなんかあった?」

と言われました




「よくわかったね〜」

と言うと


「何があったの?」

と聞かれたので




「お母さん、今日すごく不機嫌なの」

と前置きした上で



実際の原因ではない


その日にあった嫌だったエピソードを

2、3個伝えました




それを聞いた子どもは


「それは(相手が)ちょっとどうかと思う〜

またいつでも聞くから何でも言ってね」


と話してどこかに行きました




私がやったことは

《愚痴を話した》のではなくて


境界線を引いた上で



親だって不機嫌になるけど


私の不機嫌は《あなたのせいではない》

ということを伝えました




嫌だったことをまるごと

愚痴や相談として伝えるのは


子どもを同列に見て

世代間境界を越えることになります




友達や配偶者など、同世代に伝える内容を

世代が違う子どもに伝える



そうすると…


子どもは《子どもらしく》いられるための

境界線があやふやになり




子どもが親の聞き役、相談役をするなど

親子の逆転が起こることもあります




次第に、自分の言いたいことが

言えなくなったりして


安心して

《子どもらしく》いられなくなります




子どもに愚痴を聞かせてはいけない


と聞いたことがある方も

いらっしゃると思います




《子どもらしく》いられたかどうか

親に受け入れてもらえたかどうかが


その後にも影響するのですね




今回、私が子どもに話した目的は


私は子どもに聞いてもらおう

私の気持ちをわかってもらおう

ではなく



私の不機嫌はあなたのせいではないですよ

と、子どもを安心させること




そのために…


不快だった事実だけを

子どもが聞いて問題ない範囲を選んで

端的に話しました



きっと子どもは


お母さんの心配をしなければ

機嫌を取らなければ


自分が何かしなければ

とは思わなかったと思います




子どもの頃は心の器も小さく

境界線もあいまいなので


人の不機嫌や怒りを《自分のせい》なのではないかと、思いやすい側面があります



理由がわからないと、不安なのです




人は不機嫌でいてもいい

でも、この不機嫌は私の不機嫌なんだ


私はこの説明も、大事だと感じています




子育てをしていると


つい怒りすぎて、あとからつらくなる方も

いらっしゃると思います




不機嫌にも取り扱い方があって


無理に機嫌のいいポジティブな人で

いなくても



自然体のまま、自分の心も相手の心も

大切にできますよ




うまくいった今日も

うまくいかなかった今日も

後悔した過去も、泣きたかった日々も

いつもありがとう

全部、ありがとう

 

 

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※名前を《せり》から変更しました