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普通人の映画体験―虚心な出会い

私という普通の生活人は、ある一本の映画 とたまたま巡り合い、一回性の出会いを生きる。暗がりの中、ひととき何事かをその一本の映画作品と共有する。何事かを胸の内に響かせ、ひとときを終えて、明るい街に出、現実の暮らしに帰っていく…。

2016年5月27日(金)新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3-15-15、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、18:50~鑑賞。

作品データ :
製作年 2016年
製作国 日本
配給 松竹
上映時間 129分


千両もの大金を藩に貸し付け、その利子を配分し、寂れた宿場町の復活を成功させたという、江戸時代の実話を映画化した時代ドラマ。時代劇では初主演となる阿部サダヲほか、瑛太、妻夫木聡、竹内結子、松田龍平らが共演。『白ゆき姫殺人事件』『予告犯』の中村義洋がメガホンをとり、時代劇に本格初挑戦。

ストーリー :
江戸時代中期。仙台藩は財政が厳しく、重税にあえぐ百姓や町人たちの破産と夜逃げが後を絶たなかった。小さな宿場町・吉岡宿もすっかり寂れてしまい、造り酒屋の当主・穀田屋十三郎(こくだや じゅうざぶろう)(阿部サダヲ)は町の行く末を案じていた。そんな中、知恵者の茶師・菅原屋篤平治(すがわらやとくへいじ)(瑛太)がある秘策を打ち出す。それは、大金を藩に貸し付け、藩から利息を得るというものだった。目標額は、千両。しかし、これが明るみになれば打ち首必至。十三郎とその弟・浅野屋甚内(妻夫木聡)、さらに宿場町の仲間たちは、水面下で大金を掻き集めようと知恵を絞り、奔走する。

▼予告編

2016年5月24日(火)吉祥寺オデヲン(東京都武蔵野市吉祥寺南町2-3-16、JR吉祥寺駅東口徒歩1分)で、18:35~鑑賞。

作品データ :
原題 CAPTAIN AMEICA:CIVIL WAR
製作年 2016年
製作国 アメリカ
配給 ディズニー
上映時間 148分


マーベル・コミック原作「キャプテン・アメリカ」シリーズの第3作(2011年『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』→2014年『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』)。また、様々な「マーベル・コミック」の実写映画を、同一の世界観のクロスオーバー作品として扱う「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」シリーズとしては13作目の映画となる。2015年製作の『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(cf.本ブログ〈July 22, 2015〉)での戦いから約1年後を舞台に物語が展開される。許可なしでの活動を禁じられたアベンジャーズのメンバーたちが、平和、仲間、友情を守りたいと願いながらも、それぞれの信念や考え方の違いから対立していくさま~キャプテン・アメリカ、アイアンマンらおなじみのアベンジャーズの面々に、アントマンやブラックパンサー、そしてスパイダーマンと新たなヒーローも続々参戦~が綴られる。『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』に引き続き、監督はアンソニー・ルッソとジョー・ルッソ。

ストーリー :
平和を守る「アベンジャーズ」の戦いは、アメリカ国内のみならず全世界に広がり、多くの人々を救ってきた。だがその反面、国境を軽々と飛び越える戦いがもたらす被害も甚大になっていく。やがて、世界中で巻き起こるアベンジャーズを危険視する声。ついに彼らは、国際的な政府組織の管理下に置かれ、無許可での活動を禁止される。アイアンマンとして数多くの人々を救いながらも、一般市民を危険に晒したという罪の意識を持つトニー・スターク(ロバート・ダウニー・Jr.)は、これに賛成。しかし、自由を重んじるキャプテン・アメリカことスティーブ・ロジャース(クリス・エヴァンス)は、そんなトニーに失望する。両者の対立がエスカレートする中、事態は大きく動く。ウィーンの政府組織の本拠地でテロ事件が発生。その犯人としてキャプテン・アメリカのかつての親友、ウィンター・ソルジャーことバッキー・バーンズ(セバスチャン・スタン)が指名手配されたのだ。アイアンマンと彼を支持するブラック・ウィドウ(スカーレット・ヨハンソン)は、政府組織の指示を受けてウィンター・ソルジャーの捜索を開始。その頃、キャプテン・アメリカは、過去を共にした親友バッキーか、それとも未来を共にするアイアンマンたちか、二つの友情の間で葛藤していた。そんな彼に味方するのは、ファルコン(アンソニー・マッキー)、ホークアイ(ジェレミー・レナー)、スカーレット・ウィッチ(エリザベス・オルセン)たち。アイアンマンの傍にも、ウォーマシンこと長年の友人ローズ(ドン・チードル)、その戦いを支え続けた人工知能ジャーヴィスが進化したヴィジョン(ポール・ベタニー)がいた。さらに、復讐のためにウィンター・ソルジャーを追うブラックパンサー(チャドウィック・ボーズマン)もこれに加わる。こうして、アイアンマンとキャプテン・アメリカを中心に、アベンジャーズを二分する壮絶な戦いが幕を開ける…。

▼予告編

2016年5月24日(火)ヒューマントラストシネマ有楽町(東京都千代田区有楽町2-7-1 有楽町イトシア・イトシアプラザ4F、アクセス:JR山手線・有楽町駅中央口から徒歩1分)で、15:10~ 鑑賞。

作品データ :
原題 THE EICHMANN SHOW
製作年 2015年
製作国 イギリス
配給 ポニーキャニオン
上映時間 96分


1961年、“ホロコーストの実行人”といわれた元ナチス親衛隊将校アドルフ・アイヒマンの裁判(いわゆるアイヒマン裁判)を全世界にテレビ中継し、ホロコーストの真実を伝えた実在のテレビマンたちの姿を描いた作品。
監督は2006年にデビュー作『London to Brighton(日本未公開)』で新人ながら高い評価を得たポール・アンドリュー・ウィリアムズ。ホラーコメディ『The Cottage』(2008年)やスリラー『Cherry Tree Lane』(2010年)でイギリス本国では定評を得るも、日本で公開されるには至らなかった。彼の作品が日本で公開されたのは2012年の『アンコール!!』が初めてで、本作が2作目となる。
テレビプロデューサー、ミルトン・フルックマン役を『ホビット』シリーズのマーティン・フリーマンが、ドキュメンタリー監督、レオ・フルヴィッツ役を舞台やテレビで活躍するオーストラリア出身の俳優アンソニー・ラパリアが、それぞれ演じる。

ストーリー :
1945年9月2日、人類史上最大の犠牲者を出した第2次世界大戦が終戦を迎えた。死者5千万人、その内の600万人がユダヤ人だった。
ヒトラー独裁政権下のナチス・ドイツによる残虐行為が明らかになるにつれて、重要な戦犯として、浮かび上がってきた一つの名前があった。
アドルフ・アイヒマン(1906年3月19日~62年6月1日)。“ユダヤ人問題の最終的解決”、つまりホロコースト(ユダヤ人絶滅)を推進したナチス親衛隊の将校である。
彼は戦後すぐに米軍によって拘束されるが、偽名を使って捕虜収容所から脱走。ドイツ、イタリアなどを点々とし、1950年に親ナチだったファン・ペロン政権下のアルゼンチンに密かに渡っていた。家族を呼び寄せ、リカルド・クレメントの名前で生活していたが、1960年、ついにイスラエルの諜報機関モサドは、彼を追いつめ、ブエノスアイレス市内で身柄を拘束した。終戦から15年後のこと。イスラエルへ移送された彼は、エルサレムの法廷で裁かれることになった。cf. 本ブログ〈February 07, 2016〉記事。

1961年、エルサレム。アメリカの若き敏腕TVプロデューサー、ミルトン・フルックマン(マーティン・フリーマン)は、アイヒマン裁判を世界中にテレビ中継するという前代未聞の計画の実現に向けて、全力を注いでいた。
「ナチスがユダヤ人に何をしたのか、世界に見せよう。そのためにテレビを使おう。これはテレビ史上、最も重要な事件となるだろう。過去、現在、そして未来においても」
一世一代の大仕事にあたって、フルックマンは最高のスタッフを集めようと考えた。白羽の矢が立てられたのは、アメリカのドキュメンタリー作家・監督レオ・フルヴィッツ(アンソニー・ラパリア)。
ロシア移民としてNYのブルックリンで育ったフルヴィッツは、マルチカメラを用いたスタジオ放送の草分け的存在である。その仕事は高く評価されていたが、反共産主義に基づくマッカーシズムの煽りを受けてブラックリストにあげられたため、10年以上も満足に仕事ができていなかった。彼にとっても、このアイヒマン裁判は大きな賭けだった。
フルヴィッツはフルックマンが編成した撮影チームとともに急ピッチで準備を始める。フルックマンは裁判を撮影できるように判事たちに根回しを始めた。だが、存在感のあるテレビカメラが裁判の妨げになる。法廷の壁を改造して、隠しカメラを設置するアイデアによって、何とか撮影許可を得るが、一方で、フルックマンのもとには、ナチス残党から脅迫状がくるなど様々な壁が立ちはだかる。

また、フルヴィッツはアイヒマンをマスメディアが騒ぎ立てるような“モンスター”ではなく、一人の人間としての姿をカメラを通して暴き出したいと考えていた。
「“モンスター”などいない。だが、人間は自分が行なった怪物的な行為に対して、責任をとる必要がある。何が子煩悩な我々と同じようなありふれた男を、何千人もの子どもを死に追いやる人間に変えたのか。我々は状況下によっては、誰でもファシストになる可能性があるのだ」
しかし、スタッフの中には、「アイヒマンは、私たちと同じ人間ではない。私は、アイヒマンのようには決してならない」と、フルヴィッツのリベラルな考え方に反発を唱える者も少なくなかった。

そして、ついにアイヒマン裁判が開廷する。
4ヶ月にわたる裁判の間、撮影された映像は、すぐに編集され、世界37カ国でTV放映された。
アイヒマンが「私はただ(ヒトラーの)命令に従っていただけだ」と表情ひとつ変えずに言い放つ様子が映し出され、112人に及ぶ証人が生々しくホロコーストの体験を語った。強制収容所内の衝撃的な実録映像も証拠として流された。(BBCのアーカイブから掘り起こした実際のアイヒマン裁判のモノクロの記録映像が組み込まれる。)
このアイヒマン裁判のTV放映は、その後世界が知ることになるホロコーストの真実が、映像として明るみに出た最初の瞬間だった。

衝撃的な証言や映像は、世界中の視聴者を驚かせた。だが、アイヒマンは来る日も来る日も、悔恨の情を垣間見せることなく、平然と罪状を否定し、無罪を主張しつづけた。そんな中、フルヴィッツのいら立ちは最高潮に達していった…。

▼予告編

2016年5月24日(火)シネスイッチ銀座[東京都中央区銀座4-4-5 旗ビル、地下鉄銀座駅A10番から徒歩1分(和光ウラ通り)]で、12:20~ 鑑賞。

作品データ :
原題 45 YEARS
製作年 2015年
製作国 イギリス
配給 彩プロ
上映時間 95分


長年連れ添った夫婦の関係が1通の手紙によって揺らいでいく様子を通し、夫婦の愛の姿~男女の結婚観や恋愛観の決定的な違い~を浮かび上がらせていく人間ドラマ。監督はこれが長編3作目(『Greek Pete』2009年→『ウィークエンド』2011年)のアンドリュー・ヘイ(Andrew Haigh、1973~)。『愛の嵐』『スイミング・プール』のシャーロット・ランプリングと『長距離ランナーの孤独』『カルテット!人生のオペラハウス』のトム・コートネイが夫婦の心の機微を繊細に演じ、第65回ベルリン国際映画祭で主演女優賞と主演男優賞をそろって受賞する。

ストーリー :
イギリスの小さな地方都市に暮らす夫婦、ジェフ(トム・コートネイ)とケイト(シャーロット・ランプリング)は、結婚45年になる。子どもはおらず、仕事を引退した今はささやかな日常を送っている。土曜日に結婚45周年祝賀パーティを控えた月曜日、スイスの警察からジェフ宛てに一通の手紙が届く。それはケイトと知り合う以前にジェフが付き合っていた恋人カチャの遺体が、アルプスの氷河の中から当時の姿のまま発見されたという知らせだった―。ジェフが「ぼくのカチャ」と不用意に口にしたとき、二人の日常に変化が訪れる。ケイトに事情を説明するジェフは目の前の妻の存在を忘れ、上の空となっている。ケイトは家の中に冷たいものが入り込むのを感じる。祝賀会の下打ち合わせに出かけたケイトは、時計店でスイス製の高級時計を見つける。45周年の記念に夫にふさわしいと思い、家に電話をかけるが、夫は出ない。何かに気を取られて電話に出られないのだと察し、ケイトの気持ちに陰りが生まれていく。ケイトが家に戻ると、ジェフはいつもの夫に戻っていた。しかし夕食の席で、ジェフはケイトにカチャとの出来事を語り出す。警察には夫婦と言ってあり、カチャはおもちゃのような指輪を左手の薬指にしていた、と。ケイトは余裕の表情でやり過ごすが、内心は話を切り上げたくて仕方なかった。ケイトは存在しない女への嫉妬心を重ねていき、夫へのぬぎいきれない不信感を募らせていく…。

▼予告編



▼ドラマを彩る、プラターズ(The Platters)「煙が目にしみる(Smoke Gets In Your Eyes)」:





本作では、二人~ジェフとケイト~が青春だった頃の60年代のヒット・ポップスが数多く流れる。
ダスティ・スプリングフィールドの「二人だけのデート」(I Only Want to Be with You)、アーロン・ネヴィルの「Tell It Like It Is」、ゲイリー・パケット&ザ・ ユニオン・ギャップの「Young Girl」、タートルズの「ハッピー・トゥゲザー」(Happy Together)、ムーディー・ブルースの「ゴー・ナウ」(Go Now)などが、劇中の様々なシチュエーションで効果的に使われる。
この音楽演出において、存在感を印象づける格別のナンバーがプラターズの「煙が目にしみる」である。ケイトは45年前の結婚式で踊ったこの名曲を、結婚後も犬との散歩やキッチンでの料理の際、決まって口ずさむ。
祝賀パーティの当日、夫・ジェフは感極まって落涙しながらのスピーチをする。「君と結婚できたことが、僕の人生で最良の選択だった」と。思い出の曲「煙が目にしみる」がダンスタイムの時間を告げる。ライトを浴びた二人が踊るこのクライマックス・シーンで見せる妻・ケイトの苦い幻滅の表情。(この目の前でダンスをしている男はいったい誰なのだろう…。)上辺だけからはうかがい知れない、歳月を重ねた結婚生活の奥底に横たわる、老いと人間の絆の危うさと儚さ!
本作は愛の孤独~結局は男女のコミュニーケーションの齟齬!~という普遍的なテーマに鋭いメスを入れた傑作である。

ちなみに、「煙が目にしみる」は元々、1933年のミュージカル『ロバータ(Roberta)』のための楽曲(ジェローム・カーン〈Jerome Kern〉作曲+オットー・ハーバック〈Otto Harbach〉作詞)である。
その後、この曲は多くのジャズ・ミュージシャンにより演奏されて何度もヒットを重ね、さらに1958年~59年にThe Platters(ポップ・コーラスグループ)がカバーして世界的な大ヒットとなった。今ではJazz standardsというよりPops standardsとしても広く知られ、ジャンルを越えたスタンダード・ナンバーとして愛され続けている名曲である。

蛇足:「煙が目にしみる」とは、“タバコの煙”が目にしみるわけではないということ。当の煙は、恋の炎が燃えさかる時に恋する者の目を盲目にし何も見えなくさせる煙⇒恋の炎が消えた時に恋する者の目に入って涙を流させる煙にほかならない。
2016年4月27日(水)TOHOシネマズ新宿(東京都新宿区歌舞伎町 1-19-1 新宿東宝ビル3階、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、18:30~鑑賞。

作品データ :
原題 BATMAN V SUPERMAN: DAWN OF JUSTICE
製作年 2016年
製作国 アメリカ
配給 ワーナー・ブラザース映画
上映時間 152分


DCコミックスが誇る2大スーパー・ヒーロー、バットマンとスーパーマンがスクリーンで激突する夢の企画が実現したSFアクション大作。英雄から一転、悪に傾倒したスーパーマンと人類の最後の希望バットマンとの「最終対決」~見応え十分の壮絶なバトル!~が描かれる。
ストーリー的には2013年の『マン・オブ・スティール』(Man of Steel)~元祖アメコミヒーローの「スーパーマン」をリブート~の続編で、クラーク・ケント=スーパーマン役のヘンリー・カビルほか主要キャスト(エイミー・アダムス、ローレンス・フィッシュバーン、ダイアン・レイン)と、製作のクリストファー・ノーラン、監督のザック・スナイダー、脚本のデヴィッド・S・ゴイヤーが続投。新たなキャストとしてブルース・ウェイン=バットマン役のベン・アフレックほか、ジェシー・アイゼンバーグ、ジェレミー・アイアンズ、ガル・ガドットが登場する。

ストーリー :
スーパーマン(ヘンリー・カヴィル)が、メトロポリスでゾッド将軍と死闘を繰り広げてから2年。当時、現場に居合わせた実業家ブルース・ウェイン(ベン・アフレック)は、人知を超えた戦いで出た被害により、友人や部下を失っていた。ゴッサム・シティでバットマンとして悪と戦い続けるブルースにとって、これは見過ごすことのできない事件だった。一方、スーパーマンはそれからも世界各地で人々を救い続けていた。新聞社デイリー・プラネットの記者、クラーク・ケントとして過ごす日常では、その正体を知る同僚の女性記者ロイス・レイン(エイミー・アダムス)との仲もさらに深まっていた。ある日、アフリカの武装勢力を取材中のロイスが銃撃戦に巻き込まれ、救出に駆けつけるスーパーマン。ところが、その行動が思わぬ形で世界に波紋を呼ぶ。自らの正義を貫こうとするスーパーマンを、ある者は恐れ、ある者は崇拝するようになる。そんなスーパーマンとバットマンの行動を密かに見守っていたのが、大企業レックス・コーポレーションの若き社長レックス・ルーサー(ジェシー・アイゼンバーグ)。異星人とそのテクノロジーに強い興味を抱く彼は、政府に手を回し、2年前に墜落した宇宙船や異星人の遺体を独自に研究し、やがて世界を破滅へと追いやる恐ろしい計画を実行に移す。
また、地球にはスーパーマン以外にも超人的な力を持った「メタヒューマン」と呼ばれる存在が秘密裏に確認されており、その一人でもある女戦士ダイアナ・プリンス(ガル・ギャドット )もレックス・ルーサーを追っていた。そして、ルーサーのシナリオ通りにスーパーマンとバットマンは衝突するも、やがては和解し強大な敵に戦いを挑んでいく…。

▼予告編

2016年4月22日(金)新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3-15-15、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、18:00~鑑賞。

作品データ :
原題 THE REVENANT
製作年 2015年
製作国 アメリカ
配給 20世紀フォックス映画
上映時間 157分


過酷な大自然の中で繰り広げられる一人の男~アメリカの西部開拓時代を生きた実在のハンター(罠猟師)ヒュー・グラス~の壮絶な復讐劇を壮大なスケールで描いたサバイバル・アクション・アドベンチャー。
原作(原案)は、マイケル・パンクの小説(ノンフィクションノベル)『蘇った亡霊:ある復讐の物語(The Revenant:A Novel of Revenge)』(2002年)。
レオナルド・ディカプリオが主演を務め、ディカプリオとは『インセプション』(クリストファー・ノーラン監督、2010年)でも共演したトム・ハーディが主人公の仇敵として出演。監督は『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ。
第88回アカデミー賞(2015年の映画を対象とする)では、3部門受賞。
ディカプリオが主演男優賞を(5度目のノミネートにして悲願のアカデミー賞受賞)、イニャリトゥが監督賞を(『バードマン』に続いて2年連続受賞)、エマニュエル・ルベツキが撮影賞を(『ゼロ・グラビティ』→『バードマン』に続いて3年連続受賞)、それぞれ受賞。ルベツキは今作で、すべて屋外の自然光にこだわっての撮影を敢行!

CAST : 
・Leonardo Wilhelm DiCaprio(1974~):【ヒュー・グラス】
ヘンリー隊長のもとで働く探索ナビゲーター。 厳寒の未開拓地で探索中にハイイログマに襲われて重傷を負い、 敵意を抱く仲間に見捨てられる。最愛の息子の命までも奪われたことで復讐を誓う。
・Tom Hardy(1977~):【ジョン・フィッツジェラルド】
ヘンリー隊長のもとで働くハンター。 敵意を抱く重傷のグラスを見捨て、さらに彼の息子をも殺害し、極寒の地を逃亡する。
・Domhnall Gleeson(1983~):【アンドリュー・ヘンリー】
グラスらを率いる狩猟チームの隊長。フィッツジェラルドらにグラスの臨終を看取るように命じた。
・Forrest Goodluck(1998~):【ホーク】
ヒュー・グラスとポーニー族の女性との間に生まれた息子。グラスを殺害しようとしたフィッツジェラルドに殺される。
・Will Poulter(1993~):【ジム・ブリジャー】
グラスのもとでガイド見習いとして働く若者。フィッツジェラルドに欺かれ、彼と行動を共にする。

ストーリー :
1820年代初頭のアメリカ北西部。アンドリュー・ヘンリー(ドーナル・グリーソン)隊長が率いるハンターチーム(罠猟師隊)は、ミズーリ川のほとりのベースキャンプで獲物から毛皮をはぎ取っていた。そこにアメリカ・インディアンのアリカラ族による襲撃を受ける。獲物を追っていた主人公のヒュー・グラス(レオナルド・ディカプリオ)とその息子のホーク(インディアンのポーニー族との混血)(フォレスト・グッドラック)は、襲撃の音を聞きつけてキャンプ地に戻るが、アリカラ族を撃退できずにチームの生き残りと一緒に、船を捨て陸路で逃走する。
その道中で、グラスは子連れのグリズリー(Grizzly、ハイイログマ、アメリカヒグマ)に襲われ、瀕死の重傷を負ってしまう。グラスを急造の担架で運んで砦をめざすが、きつい山越えに彼が足手まといになってチームの動きが取れない。そこでヘンリーは、その場に誰かが残って、余命いくばくもないグラスを看取る~死期まで見守り、遺骸を埋葬する~ように命ずる。ホークとジム・ブリジャー(ウィル・ポールター)が手を挙げ、そして大金に釣られたジョン・フィッツジェラルド(トム・ハーディ)も加わり、3名が残ることになった。
グラスに対して元々反感を持っていたフィッツジェラルドは、隙を見てグラスを殺そうとするが、ホークに見つかり、グラスの目の前で彼を殺してしまう。また、アリカラ族が近くに迫っているとブリジャーに嘘を伝え、グラスを置き去りにする。
一部始終を見ていたが動けずじまいのグラスは、激しい怒りと絶望を力に変え、奇跡的に死の淵から生還する。
彼は最愛の息子を失った悲しみを胸に、フィッツジェラルドにリベンジを果たすべく、危険に満ちた極寒のフロンティアをひたすら前へと突き進んでいく…。

▼予告編



▼ディカプリオのインタビュー映像:

2016年4月15日(金)吉祥寺オデヲン(東京都武蔵野市吉祥寺南町2-3-16、JR吉祥寺駅東口徒歩1分)で、16:05~鑑賞。

作品データ :
製作年 2016年
製作国 日本
配給 東宝 アスミック・エース
上映時間 122分


夢枕獏のベストセラー小説『神々の山嶺』(かみがみのいただき)~『小説すばる』にて1994年7月号から97年6月号まで連載され、97年8月に集英社により上下巻が刊行~を映画化した人間ドラマ。世界最高峰(標高8848M)エヴェレスト(英語:Everest)に魅了された二人の男、その男たちを待つ一人の女性、彼らの交錯する人生を軸に、厳しい山嶺に命を賭けて挑む人々の姿と強い想いを描く。
実際にエヴェレストの標高5200m級での撮影を敢行するなど、迫力のある映像はもちろん、山岳カメラマン役の岡田准一、伝説のクライマー役の阿部寛ら実力派たちの演技も見ものだ。メガホンを取るのは、『愛を乞うひと』『太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男~』などの平山秀幸。

ストーリー :
1993年、ネパールの首都カトマンズ(英語:Kathmandu)。2人の滑落死者を出して失敗に終わった、日本のエヴェレスト遠征隊。カメラマンとして参加した深町誠(岡田准一)は、目的だった写真集もキャンセルになり、喧騒の街を独り彷徨(さまよ)っていた。ふと立ち寄った骨董屋で年代物のカメラ(Vest Pocket Kodak)を発見、それが1924年にエヴェレスト頂上をめざしながら行方不明になったジョージ・マロリー※のものである可能性に気づく。エヴェレスト初登頂に成功したか否かが判断できるカメラかもしれないのだ。
だが深町の前に、アン・ツェリン(テインレィ・ロンドゥップ)というシェルパとビサル・サルパ(毒蛇)と呼ばれる大男が現われ、「そのカメラは自分たちから盗まれたものだ」と言って、持ち去ってしまう。眼光鋭いビサル・サルパに、深町は見覚えがあった。彼こそは日本から数年前に突如消息を絶った孤高の天才クライマー、羽生丈二(阿部寛)にほかならなかった。
(マロリーのカメラを、なぜ羽生が持っているのか…)帰国した深町は、山岳史を塗り替えるやもしれぬスクープを追って、まず羽生の過去を調べ始める。かつての山仲間・井上真紀夫(甲本雅裕)は、羽生の天才的な登攀センスを称えながらも、人間は最低だと言い捨てる。そんな羽生を唯一慕ったのが、山岳会の後輩・岸文太郎(風間俊介)だった。だが羽生と岸が二人で登攀中に、岸が落下して死亡。羽生がザイルを切り自分だけ助かったという噂が立ち、以来、羽生の山は単独行になっていった。
羽生の過去を追い続ける深町のもとに、岸の妹・涼子(尾野真千子)が訪ねてくる。文太郎の死をきっかけに羽生と交際していた涼子もまた、自分の前から突然消えた羽生を探していた。涼子の紹介で、羽生のライバルだった長谷渉(佐々木蔵之介)に会った深町は、羽生が冬のグランドジョラスで滑落し骨折しながらも、片手片足と歯だけで奇跡の生還を果たした話を聞く。かつて共にエヴェレスト遠征に参加し、羽生の山への熱情を目の当たりにした長谷は、断言した。「どこにいようと、羽生には山しかない。きっととてつもないことを狙っている。羽生にしかできないことを」
深町は涼子と共に再びカトマンズへ向かう。羽生の居場所を突き止めたが、彼はこの地で妻と子を持ち、別の人生を歩んでいた。涼子は羽生の無事を祈りながら、身を引く覚悟を決める。
一方、深町は羽生が前人未到の“エヴェレスト南西壁・冬季無酸素・単独登頂”を計画していることを知る。深町は羽生の挑戦を見届ける決意を固め、ベースキャンプで羽生を待ち受けた。「俺を撮れ。俺が逃げ出さないようにな…」。そう言い放って独り山へ向かう羽生を、カメラを構えた深町が追う。
男たちは自然の脅威に晒(さら)されながらも、人間の限界を超えて、ひたすら世界最高峰の頂きをめざす。彼らは生きて帰る事ができるのか?命を削って挑むその先に果たして、何があるのか…?

※ジョージ・マロリー(George Mallory、1886年6月18日~1924年6月8日or 9日?)は、
1920年代にイギリスが国威発揚をかけた3度のエベレスト遠征隊に参加。24年6月の第3次遠征において、パートナーのアンドルー・アーヴィン(Andrew Irvine、1902年4月28日~24年6月8日or 9日))と共に頂上をめざすも、北東稜の上部、頂上付近で行方不明となった。彼らが最後に目撃されたのは6月8日、山頂からわずか数百メートル手前だった。
マロリーとアーヴィンの最期は、死後75年にわたって謎に包まれていた。しかし、1999年5月1日に国際捜索隊によって、マロリーの遺体が発見される。その遺体はザイルによって腰部が損傷(出血)していたことから、二人はザイルで結ばれたまま滑落したのではないかと推測された。アーヴィンの遺体は、未だに発見されていない。
マロリーとアーヴィンが世界初の登頂を果たしたか否かは、未だに不明である。
二人は頂上にアタック後、生きて帰ってくることはなかったが、何らかの事故に遭ったのが「登頂前」なのか「登頂後」なのか、今日に至るまで答えは出ていない。
マロリーは24年のエベレスト挑戦時にカメラ【ヴェスト・ポケット・コダック(Vest Pocket Kodak)モデルB】を携帯しており、99年に遺体が発見された際に登頂に成功したか否かという歴史的疑問が解かれると期待されたが、カメラは見つからなかった。
第二次世界大戦後、多くの国々がエベレスト初登頂の名誉をかけて争う中、ついに1953年5月29日、イギリス隊のメンバーでニュージーランド出身のエドモンド・ヒラリーがシェルパのテンジン・ノルゲイとともに山頂を初制覇、マロリー以来の悲願が達成された。


▼予告編

2016年4月7日(木)有楽町スバル座(東京都千代田区有楽町1-10-1 有楽町ビル2階、JR有楽町駅・日比谷口正面)で、16:05~ 鑑賞。

作品データ :
製作年 2016年
製作国 日本
配給 マ ジックアワー
上映時間 109分


福井県越前を主舞台に、妻を亡くし要介護となった偏屈な和紙職人と、勘違いで来日した韓国人ヘルパーが、ぶつかり合いながらも心を通わせていく人間ドラマ。出演は『瀬戸内海賊物語』の石倉三郎(役者人生50年にして本作が映画初主演)、『息もできない』のキム・コッピ。監督は『カミングアウト』の犬童一利。
撮影は越前和紙作りも行われている福井県丹南地域と、世界遺産百済考古遺跡のある韓国の扶餘郡(プヨぐん、ふよぐん)で行なわれた。

ストーリー :
福井県、越前。和紙職人の剛生(たけお)(石倉三郎)は、不遜で偏屈な性格で、妻を亡くして以来、誰とも心を通わせずに生きてきた。
韓国、扶余郡。無職で怠惰な生活を送るヨナ(キム・コッピ)は、人付き合いもうまくできず、人生の目標も見出せずに、空虚な思いを抱いていた。そんなヨナを見かねた父親は、ワーキングホリデー制度を利用して日本に行くことを勧める。
交わるはずのなかった二人の運命は、ある日、剛生が病魔に倒れたことで、つながり合う。脳腫瘍による半身マヒで介護が必要になった剛生のために、和紙組合の理事長・石川(日野陽仁)が手配したのは、和紙づくりの手伝いと勘違いして来日したヨナだったのだ。石川と介護施設「なごみ」の施設長・山下(宇野祥平)らの計らいにより、剛生は訪問介護を受けながら、日常生活ではヨナのサポートを受けることになる。
頑固で偏見に満ちた剛生は、ヨナを受け入れようとしない。勝気な性格のヨナもまた、剛生に反発してぶつかり合うばかり。言葉も文化も価値観もまるで違うために、介護もうまくいかない。
だが、ヨナの常識にとらわれない介護は、次第に固く閉ざされた剛生の心を開いていく。また、ヨナも石川や新米和紙職人の宇野(森永悠希)から剛生の和紙の素晴らしさを聞き、剛生の仕事に興味を持つようになる。
一方その頃、「なごみ」の介護福祉士である涼香(吉岡里帆)や蓉子(内田慈)は、介護の理想と現実の間で悩んでいた。特に若くて経験の浅い涼香は、型破りな接し方で剛生や「なごみ」の利用者の心をつかみ、注目を浴びるヨナに対して複雑な思いを抱く。
そんなある日、ヨナと剛生は小さな旅に出る。タクシーで水族館や東尋坊などを回り、開放感を味わう二人。いつしか剛生とヨナは、人としての大切な心の結びつきを知っていくが、二人には過酷な運命が待ち受けていた…。

▼予告編

2016年4月4日(月)目黒シネマ(東京都品川区上大崎2-24-15 目黒西口ビルB1、JR山手線目黒駅西口から徒歩3分)で、17:25 ~鑑賞。『母と暮せば』15:00~と2本立て上映。

作品データ :
原題 Mother
製作年 1952年
製作国 日本
配給 新東宝
上映時間 98分


1951年に出版された『おかあさん―全国児童綴り方集』(講談社発行)を元に水木洋子が脚本を書き、成瀬巳喜男が監督した人間ドラマ。数ある成瀬作品の中でも評価の高い一本。戦災で烏有(うゆう)に帰した一家が、母親~家庭思いの良妻賢母で、数々の不幸に遭遇しながらも、強く家庭を支えていく~を中心に貧しさにも負けず、助け合って生きていく様子を優しく描く。主演は田中絹代、香川京子、岡田英次で、三島雅夫、片山明彦、中北千枝子、加東大介などが助演している。

映画「おかあさん」

「おかあさん」
     ↑ 左から香川京子、田中絹代。

ストーリー :
ダウンオープニング・シーン:
福原一家の長女・年子(香川京子)による、明るい口調のナレーションで始まる。
「あたしのお母さんは、よそのお母さんに比べると、少しちっちゃくて小ぶりなので、長い箒(ほうき)が大嫌いです。短い箒は慣れているから苦しくないと言います。お母さんは、眼の開き方が優しくて、あたしは大好きです。進兄さんは羅紗屋の奉公から病気で帰って来ました。羅紗(ラシャ)の埃で病気になったのだそうです。妹の久子はあたしの言うことよりも、お母さんの言うことの方をよく聞く癖があります。見かけによらないお洒落です。これがあたしです。おねしょの布団。勿論、あたしのではありません。則子おばちゃんから家に預かっている哲ちゃんです。満州から引き揚げて来たのです。お父さんは、もと腕のいい洗濯屋です。あたしたちはポパイの父ちゃんと呼んでいます。この隆々とした力瘤(ちからこぶ)を見てください。子供のときから、重い蒸気アイロンで鍛えたのだそうです。今は工場の門衛です…」

キラキラ物語の舞台は、戦後間もない東京の下町。
年子の父・良作(三島雅夫)は、かつては腕の良い洗濯屋だったが、戦災で焼け出されたため、今は守衛の仕事をしている。彼は戦後の苦境下、洗濯屋の再建を夢見て、毎日必死に働いている。
年子の母・正子(田中絹代)は、父(夫)の夢の実現のために、露店の飴売りに精を出す一方、家族の面倒を見る生活に追われている。
年子の兄・進(片山明彦)は、肺を患っていて、現在は自宅で療養する日々を過ごしている。

さらに福原家には、素直で天真爛漫な二人の子ども―年子の妹で利発な小学生の久子(榎並啓子)と年子の従弟(いとこ)で腕白坊主の哲夫(伊東隆)がいる。哲夫は正子の妹で、美容師の資格を取るために修行中の栗原則子(中北千枝子)の一人息子である。則子は満州からの引揚げ者=「戦争未亡人」だった。

正子の露店仲間に、小間物を扱うおせい(沢村貞子)がいる。彼女もまた、銀行の宿直室にいた夫を空襲で失った「戦争未亡人」。屋台を並べた、この二人が商売物を「おひとつ、どうぞ」などとやりとりする時、そこには何とも下町的な優しい情緒が溢れる。 
明朗闊達な年子は、冬は今川焼き、夏はアイスキャンディーを売って、やりくりが厳しい家計を何とかサポートしている。
彼女には、近所のパン屋の息子である平井信二郎(岡田英次)というボーイフレンドがいる。彼は「ピカソパン」~蜜とジャムとカレーとソーセージが次々に出てくる正体不明のパン~という前衛的なパンを発明する好青年である。

スペード福原夫妻は長男の進を肺疾患の療養のために施設に入れたものの、進はその療養所を母恋しの一念から脱出、ほどなく彼は母に看取られつつ息を引き取る。

正子と進の最後の会話(息子は布団の中にその身を包んでいて、母は息子の手を握っている):
「どうして帰って来ちゃったの?」
「母ちゃんの傍で寝たかったんだ」
「どうして?」
「どうしてって、何となくそんな気がして。ここで寝てくれよね、母ちゃん」
「ああ、いいとも」
「病気うつるかな?・・・安心した」(母の柔和な表情を確認して、息子は最後の一言を残した)

進の墓の前での、年子の心の呟き:
「人間は何のために生まれるのでしょう。そして、なぜ死ぬのでしょう。今までいた人が消えていってしまうなんて…あたしのお父さんも、お母さんも、こんな風に消えてしまったら、あたしはどうしよう」

スペードやがて福原家は自宅で洗濯屋(クリーニング店)の再開に漕ぎ着ける。
しかし、この開店の時期に合わせるかのように、良作の健康が優れず、悪化していく。
その代わりに店を手伝うようになったのが、父の弟子で、「捕虜のおじさん」(=シベリアからの帰環兵)こと木村庄吉(加東大介)である。彼は真面目で、仕事熱心な男だった。

死を前にした良作と、それを気取られまいとする正子が交わす夫婦の会話(昔話):
「楽しかったなぁ。初めてここで所帯を持った頃は、夢中だったからなぁ。何しろこの町で、クリーニングという店は、俺の家一軒きりだったからなぁ。二人でびしょ濡れになって洗ったり、4年目に電話買ったときは嬉しかったなぁ。名刺を一軒一軒配り歩いて、今度電話が引けましたから、ご注文はいつでも飛んで伺いますって、そう言って歩いた格好まで目に見えるようだ。母ちゃんも若かったな、あの頃は…俺は晩に豆つまみながら、焼酎飲むのが何より楽しみだったよ…」
二人はさらに、昔、狸や鼬(いたち)を飼っていた頃の思い出話に花を咲かせる。
話し疲れた夫を気遣って、就寝させた後、じっと夫の顔を見つめる妻…。そして、彼女は一人表に走り出て、抑制的に嗚咽する。
永遠の離別を目前にした夫婦の、胸を衝かずにはいない愛の情景である。

一家の大黒柱である良作は、遂に病の万年床の中で逝去してしまう。
年子のナレーション:「10月の空は青く澄んで、どーんと、どこかで、花火の煙が上がっていそうな日でした。私は、この日のことを一生忘れることができません」

スペード通夜の晩、福原家の経済事情を案じる叔父(良作の弟)夫婦は、養子の話を密かに交わす。
叔父・福原直彦(鳥羽陽之助)「この際、やっぱり一人もらおうじゃないか」
叔母・福原こよ(一の宮あつ子)「そう、良作さんはこの前話したとき、承知していたんですから。本家のことだからって」
叔父「そうすれば、ここの家も助かるだろうしな」

正子は木村の手を借りて再開したクリーニング店を切り盛りするが、家計の遣り繰りは困難を極めた。
そんな時、一家の困窮を救おうと叔父夫婦が次女・久子の養子縁組を申し入れてきて、苦慮の末、正子はその話を受諾する。

ある日、母の正子は久子に、さりげなく養女の件を切り出す。
「叔父ちゃんの所には、跡取りが誰もいないからね。どうしても一人欲しいの…学校も上まで行かしてあげようって言われるんだけど…チャーコ(久子)にはそうした方がいいんじゃないかと母ちゃんは考えるのよ。あんたも、もう大きいんだから、自分のことばかり考えないで、人にしてあげることも考えるような子になれたらいいなと思うの…」
いつものように、柔和な語り口の母がそこにいた。
しかし、その母の話の中身は、子どもが即答できるほど軽いものではなかった。
「ダメよ、そんなこと」と年子。
久子は終始、無言を貫く。そこには、次女の正直な気持ちが露呈されていた…。

その晩、布団の中から、年子が母に自分の思いを告げる。
「母ちゃん・・・」
「あら、まだ起きてたの?」
「ねえ、母ちゃん、働くわ、あたし。父ちゃんの代わりに。働くから、ねえ…」
「働くから?」
年子はそれ以上何も語らなかった。
しかし、長女の思いを理解している母には、それ以上の言葉は残酷だった。

それから間もない夜、寝床の中で、久子は年子に、きっぱりと思ったままを告げる。
「やっぱり行くわ、あたし」と久子。
「どこへ?」と年子。
「叔父ちゃんの家へ」
「え?」
「だって、叔父ちゃんたち、寂しいでしょ。可哀想だもん。母ちゃんだって可哀想よ。あたしが行けば助かるのよ。家だって今日、お米屋さん来たけど、母ちゃん配給取らなかったのよ」
「バカね、うどんの方が経済だってこと知らないの?バカね、女のくせして」
「うどんばかり食べてたら、母ちゃん可哀想じゃないの。姉ちゃんだって、洋裁学校行きたいんでしょ?あたしだって、考えてんのよ。そうバカバカって言わないでよ」
「だって、バカだから、バカって言うんじゃないの!」
「何よ、自分だってバカじゃないの」
「バカよ、行くなんて!」
「焼きもち!」
年子は眼に涙を溜めながら、妹を軽く叩いた。
妹は姉の気持ちが分っていながらも、自分なりに考えたことを分ってくれない姉に、その遣り切れない思いをぶつけていく。
そこに母が入って来て、姉妹の様子を怪訝そうに窺(うかが)う。
「だって、チャーコったら、叔父さんち、行くって言うんだもん」
この年子の一言に、母は何も反応できなかった。

ダイヤ年子は妹の「養子縁組」問題に加えて、母が木村と「一緒になる」(再婚)という噂に娘心を痛めていた。
ある秋の日曜日、彼女が信二郎と連れ立って~久子と哲夫も同伴して~ピクニックに出かけた時のこと。仲良し⇒恋人(?)の彼が意外なことを口にした。
「年子ちゃんとこのお母さん、あの人と一緒になるんだって?」
「え?」
「ほら、手伝いに来ているあの人」
「捕虜のおじさんのこと?」
「うん」
「誰がそんなこと言ってた?」
「ちょうどいいんじゃないかって話していたよ、近所で」
「やだぁ」
「君がいくらサービスしたって、母さん幸せにならないからな」

それから後、多感な年頃の年子は、母と木村の関係を何かと気にかけるようになる。
彼女には、母に向けられる木村の笑顔すら不潔なものに見えてくるのだ…。

ある夜、心の整理がおぼつかない年子は、寝床から起きて、針仕事をする母の傍らに寄り添っていく。
「どうしたの?」と母。
「母ちゃん、木村のおじさんと一緒になるって、皆(みんな)がそう言ってるわ。嫌い!あたし、嫌い!そんな母ちゃん」
「何を言っているんです。笑われますよ。母ちゃんは皆のためばかり考えてばかりいるんだから、余計な心配はしなくたっていいの。チャーコが行くにしたって4月からだから、ずっと先の話でしょ。皆でそのときは、お花見でも行こうよ」
娘はもう何も言えなかった。

桜4月、桜が満開の季節。福原家の4人(正子・年子・久子・哲夫)は、「向ヶ丘遊園」に遊びに行った。
それは次女の久子が養女として一家を去る前日の、恐らく最初で最後の家族揃っての行楽だった。
遊園地で思い切りはしゃぐ子どもたち…。チャーハンをガツガツ食べる子どもたち…。慣れない行楽の疲れを隠して、母の正子は特別の思いを込めた貴重な一日を過ごしていた。

「母ちゃん、面白かったわね」と久子。
「良かったわね…」と正子。
それ以上の言葉は必要なかった。

スペードいよいよ、久子との別れの日がやって来た。
養家の直彦(叔父)に向かって、「何でも用事言いつけて、やらせて下さい。悪い所は、ビシビシ叱ってやって下さい」と正子。
久子に向かって、「また、遊びにおいでね」と年子。
久子は頷(うなず)くだけだった。

人の良さそうな叔父の手に引かれて、久子は福原家を後にする。
哲夫は久子が欲しがっていた箱を手にとって、それを久子に渡すために追っていった。
喜ぶ久子の表情の内に、初めて子どもらしい率直さが垣間見えた。
直後、久子は突如想い出したように、家に走って戻ってくる。
久子は自分で描いて壁に貼っていた母の似顔絵を取りに帰ってきたのだ。
それを持って、走り去って行く久子を見て、正子は嗚咽する感情を懸命に抑えていた。
見つめるだけの母は、必死に別れの寂しさを封印しつづけた…。
久子の健気さと正子がみせる芯の強さ!

スペードクリーニング店を一手に支えていた木村は、年子の訴えるような視線にめざとく気づくとともに、「独立」~自分で店を出す~を名目に福原家を去っていく。
今や正子が彼に仕込まれて独り立ちできるので、彼に代わる新しい奉公人~16歳の書生~が現われたところで、彼は自ら身を引いたのだった。

福原家で、進と良作が病死し、久子が養子にもらわれていき、木村が店をやめた。
そして、やんちゃ坊主で寝小便たれの栗原哲夫も遠からず、母親の則子の元に戻されることに決まる。
念願の美容師試験に合格して、やっと一人前の美容師になった則子が、これまで預かってもらった息子の哲夫をそろそろ引き取ろうと決意した次第。

ダウンラスト・シーン:
夜になり、長女の年子が台所仕事を片付けていると、蒲団の上で母の正子と未だ預かっている甥っ子の哲夫が相撲を取っている(じゃれあっている)。
年子のナレーションが入る。
「今日もまた静かな夜は更けていきます。そして、明日も雀の声で幸せな朝がやってくるのです。お母さん、あたしの大好きなお母さん、幸せですか?あたしはそれが心配です。お母さん、あたしの大好きなお母さん、いつまでも、いつまでも生きてください。お母さん…」

問いかけられた母の表情が、画面一杯に映し出される。
子どもの相手になった淡い喜びの表情から、次第に笑みが失われていく。疲労感と安堵感がないまぜになった複雑な表情には、寂しげな翳(かげ)が生まれていた…。

■私感 :
香川京子がまぶしいほどに美しい!私は彼女の輝かしい魅力の虜(とりこ)になりました!

本作が公開されたのは、1952(昭和27)年6月12日。
当時、小学生だった私は、残念ながら、この映画を観る機会を逸していた。

少年時代の私にとって、映画はたまらなく面白く、楽しく、ためになるものだった。だから、小学生→中学生の私は、手当たり次第に映画を観つづける、まさに映画少年にほかならなかった。

そんな私が香川京子という女優の存在を初めて知らされたのは、1953年に『ひめゆりの塔』(今井正監督、1953年1月9日公開)を観たときのこと。

映画「ひめゆりの塔」

「ひめゆりの塔」
        ↑ 『ひめゆりの塔』 左から主演の香川京子、岡田英次(玉井先生)、津島恵子(宮城先生)。

同作は、太平洋戦争末期の沖縄戦に「臨時」看護婦として動員された「ひめゆり学徒隊」の悲劇の運命を描いた反戦映画。
私は今なお、清純な乙女の一隊とその教師たちが次々と無惨な死を遂げていく、目をそむけたくなるような光景をまざまざと思い起こす。
一体、この戦争は何なんだ!?こんな残酷な戦争を引き起こした悪(わる)は、誰なんだ!?許せない、絶対に許せない!!
私は切迫した映像に見入りながら、子ども心にも、胸底からむらむらと湧き上がる激しい憤りをどうしようもなく持て余したものだった。

同作の出演者で、私が強く印象づけられた俳優は第一に「宮城先生」を演じた津島恵子(1926~2012)であり、第二に女生徒たちの一人「上原 文」を演じた香川京子(1931~)だった。
清楚な美人教師・津島は、命の危険を冒しても生徒たちを最後の最後まで守り抜く。その凛とした気迫に、私は圧倒された。
彼女はひめゆり学徒隊を率いる教師として、彼女を姉のように慕う生徒たちに向かって言い放つ。「死ぬときはみんな一緒。生きるのも一緒。誰が一人離れても先生はイヤ、イヤよ!」

そして、清純な乙女子(おとめご)たちの中にあって、ひときわ目に立つ美少女の香川。
彼女がみんなの前で「オー・ソレ・ミオ」(我が太陽)を透き通るようなソプラノで歌う場面は、私の胸に切々と迫った。

それにしても、本作『おかあさん』に、この2016年4月4日に初めて出会って、私は今更のように、福原家の長女を演じた香川の清らかな美しさに、目を奪われました!

生き生きと輝く目!
向日葵のような明るい笑顔!
無性に可愛らしい顔立ちと仕草!
可憐に花開こうとする知恵や愛情!


たまりませんネー!

Cf. 本 「香川京子×川本三郎/行きつく映画は成瀬巳喜男―名女優と語る〈静かな巨匠〉の面影」([川本三郎『成瀬巳喜男 映画の面影』(新潮選書)刊行特別対談]『波~E magazine Nami~』〈新潮社の月刊読書情報誌『波』のデジタル版〉2015年1月号):
http://www.shincho-live.jp/ebook/nami/2015/01/201501_08.php :

≪川本 成瀬巳喜男は私の一番好きな監督で、長いあいだ、きちんとした成瀬論を書かなければいけないと思ってきました。やっと、十二月に『成瀬巳喜男 映画の面影』として出版の運びになりまして。
香川 おめでとうございます。成瀬監督の映画、そんなにお好きなんですか?
川本 ええ、『行きつく映画は成瀬巳喜男』というタイトルにしようとしたくらいで(笑)。今日は、成瀬作品に「銀座化粧」(51年)、「おかあさん」(52年)、「稲妻」(52年)、「驟雨」(56年)、「杏っ子」(58年)と五本出演されている香川さんに、監督との思い出を伺おうと思います。戦後スランプだった成瀬が「復調した」と評されたのは「めし」(51年)ですが、その前々作の「銀座化粧」も充実した作品だと思います。香川さんがこの作品にお出になったのは、まだデビュー間もない頃ですね。
香川 永島一朗という私の叔父が新東宝の宣伝部にいて(のちプロデューサー)、監督をよく存じ上げていたものですから、お声をかけて頂いたのだと思います。
川本 みなさん、成瀬は物静かな監督だったと仰いますが、香川さんにもそうでしたか?
香川 こちらは駆け出しですから、怖かった(笑)。現場での目は厳しい方でしたけど、「ダメだ!」とか大きな声を出したりはなさいませんでした。私はまだ、自分の演技がこれでいいのか悪いのか、わからない頃なんです。でもまあ、監督さんがOKを出されたんだから大丈夫でしょう、と自分を納得させていました(笑)。
川本 高峰秀子さんは成瀬作品に十三本も出ていますが、高峰さんの本を読むと、「成瀬監督とはすごく仕事がしやすかった」と。今風に言うと、撮影は九時五時できちんと終わって、飲みに連れて行かれることもなく、「ハイ、また明日」なので実にやりやすかった、というんです。
香川 高峰さんは、「成瀬監督と個人的に会話したことはほとんどない」って、何かに書かれていましたね。私はまだ子どもだったし、成瀬監督は偉かったから、個人的なお話をすることはなくて当然ですが、高峰さんでもそうだったんだ、と少し吃驚(びっくり)しました。でも、私、ほかの監督さんともそうですね。黒澤組はよく、みんなでお食事に行ったりするんですけど、私はお酒飲めないし、撮影が終わるとすぐに帰っちゃう(笑)。

川本 「銀座化粧」と「おかあさん」では、田中絹代さんと共演されていますね。「銀座化粧」では女給の先輩後輩、「おかあさん」では母娘の役です。戦前の「愛染かつら」(38年、野村浩将監督)もそうでしたが、この二本で、田中さんはこれまでの娘役から、本格的に母親役になる。
香川 田中さんはすごく優しくして下さいました。「おかあさん」の撮影後、永島の叔父と、やはり叔父が親しくしていた宇野重吉さんと三人、鎌倉の御殿へ呼んで頂いたこともあります。
川本 鎌倉山にあった〈絹代御殿〉へ。
香川 その時、いろいろお話を伺いましたけど、田中さんがアメリカからお帰りになった時に…。
川本 はい、あの投げキッス事件があって(50年、田中絹代は日米親善芸術使節として渡米、帰国時にパレードの車上から大勢のファンに投げキッスをして、激しいバッシングを受けることになる)。
香川 私みたいな新人に、「ファンレターが一通も来なくなっちゃったのよ」って仰るんです。私は何とお返事していいのか。でも、そんなにお辛そうな感じではなくて、さらっとした口調でした。「裏の崖から飛び降りようと思ったのよ」とも仰ってた。田中さんが、使節としてアメリカを廻っていらっしゃるドキュメンタリーはご覧になりました?
川本 はい、見ました。
香川 お振袖でずっと廻って、大変でしたよね。やっと日本に帰れて、すごく解放された思いもあったんじゃないかしら。みんな、アメリカでどれだけ大変だったか知りませんからね。田中さんにしたら、あちらにいる間に、投げキッスも当り前になっていたでしょうし 。
川本 「おかあさん」で、長女役の香川さんは焼跡みたいなところに屋台を出して、今川焼を売りますね。あそこはロケですか?
香川 あれはオープンセットでした。いま、オークラランドっていうレジャー施設になっているところに新東宝の第二撮影所があって、そこに作ったんです。
川本 すごい、あの町はオープンセットですか。その今川焼の屋台の前を、昔の同級生が二人通ります。彼女たちは当時流行っていたドレスメイキング、ドレメに通ってるんですが…。
香川 そうそう、洋裁学校ね。
川本 普通なら、「友達はドレメで、自分は今川焼か」と、いじけちゃうでしょう? でも、香川さんは明るく対応する。成瀬映画のああいうところが好きなんですよ。
香川 「帽子作ってあげる」「うまくなったらね」とか会話するんですよね。
川本 お父さん役の三島雅夫が、卓袱台でご飯を食べている時に具合が悪くなる。その時、香川さんの腕白な甥っ子役の伊東隆が、よく事情がわからなくて、食べかけの茶碗を持ったまま立ち尽くす。あそこの演出もすごい。
香川 成瀬監督の子役さんへの指導のなさり方はお上手ですよね。ちょっと鼻をほじらせてみたり、チョコチョコっとした動作が自然でおかしい。でも、お父さんが亡くなるシーンはないんですよね。
川本 そうなんです。成瀬は大げさなのが嫌いだから。脚本は水木洋子さんですが、伊東隆が寝言で、引き揚げの時は怖かったみたいなことを言うのを、成瀬はカットしてます。確かに、ない方がいい。
香川 今のテレビや映画は、すごくセリフが多いんですね。最近、脚本を読ませて頂いたりしても、成瀬監督だったら「これは要らない」「これも」って、どんどん消しちゃうだろうな、と思うんです。今は、言葉で説明しないと、わからないのかもしれないけど。
川本 やはり水木さんが書いた「浮雲」(55年)でも、成瀬は大げさだなと思うと場面もセリフもどんどん削っていくから、水木さんが「削らないでよ」(笑)。
香川 だから、「おかあさん」の家族も、お父さんとお兄さんが続けて死んだり、不幸はあるんだけど、どこか明るいですね。愁嘆場にならないというか。貧しいは貧しいけど、別に落ち込まないし。
川本 貧しいと言えば、病気で寝ている香川さんの兄役、片山明彦(高倉健さんと同じ日に彼の訃報も新聞に載りましたが)のために、「夏みかんを買ってきなさい」と、田中絹代が末っ子役の榎並啓子に言うんですが…。
香川 そう、「果物屋じゃなくて、八百屋で買うのよ」って注意する。ああいう、その一家の感じが伝わって来るセリフがいいんですね。啓子ちゃん、この後、「山椒大夫」(54年、溝口健二監督)で安寿役の私の小さい頃を演じてくれました。
川本 成瀬って、お金に細かいんですよね。香川さんも出演した「驟雨」では、あの原節子に「焼芋ください」ではなくて、「焼芋、二十円ちょうだい」と言わせたり。
香川 原さんがああいう役をなさるの、面白くて大好き。「驟雨」で、夫役の佐野周二さんと口論しながら、お台所で立ったままでお茶漬けをかきこんだり。小津組ではめったに見られないシーンでしょう?(笑)
川本 成瀬にかかると、原節子でも急にヌカミソくさくなる(笑)。小津の「麦秋」(51年)では、原節子は銀座であの頃まだ贅沢品だったケーキを買って来るのに、成瀬では焼芋、それも二十円だけ。
香川 それに、女の人の嫌な面も描きますしね。小津監督の原さんと、成瀬監督の原さんは随分違いますね。
川本 女性の嫌な面というわけではありませんが、「おかあさん」で、三島雅夫が亡くなり、田中絹代は生活のために夫のクリーニング屋を継ぐことになって、その手伝いをシベリア抑留帰りの男、加東大介がする。年頃の娘が、母親と親しい男性に対して複雑な思いを抱くのを、香川さんは品良く、巧みに演じてらっしゃいますね。
香川 そうでしょうか。
川本 加東大介が結局、身を引くというか、出て行くことになる。その時、お風呂帰りの香川さんが、(私、なんか悪いことしちゃったかな…)という感じで見送るあたり、実に素晴らしいです。成瀬監督はあまり俳優に繰り返し演技させなかったと言いますが、ああいう繊細な演技が必要なシーンもほとんど一回か二回でOKが出るものですか?
香川 あんまり何回も、という記憶はありません。だから、話が戻っちゃいますけど、これでいいのかな、って(笑)。
川本 「ひめゆりの塔」(53年)―昭和十九年生まれの私には、この映画は辛すぎて未だに観ていないのですが―の今井正監督は何度もNGを出すんでしょう? それも、どこが悪いとも言わずに。
香川 ええ。「もう一回」と仰るだけ。溝口監督もそうです。「自分で考えなさい」という方だから、何も仰しゃらない。成瀬監督も無口なんだけど、テストやNGは少なかったと思います。ただ、私、「杏っ子」はあまりうまくいかなかったんです。
川本 あれは、室生犀星の私小説が原作で、映画に向いてない話ですからね。
香川 私が年齢的に変り目の時期だったのでしょうね。それまで、あまり考えずにのびのびやってきたのに、あの頃は、もう一つできそうなのに、うまくできなくてじれったい、みたいな感じでいました。「森と湖のまつり」(58年、内田吐夢監督)や「人間の壁」(59年、山本薩夫監督)もそう。「もうちょっとやらなきゃいけない」と思うけど、何か、できなかった。その後、黒澤組の「悪い奴ほどよく眠る」(60年)や「天国と地獄」(63年)、「赤ひげ」(65年)などでまた変わることができたように思うのですが―。
川本 そう言えば、黒澤さんは若い頃、成瀬組に助監督でついていましたね。
香川 ええ、珍しく私も参加したお酒の席で伺ったのですが、黒澤監督が「成瀬さんは怖いよ」と仰って。
川本 へえ! 怖いというのは意外です。
香川 どうしても芝居が気に入らない俳優がいると、成瀬監督は、一応撮って、でも、編集でカットしちゃう。それで黒澤監督が「怖いよ」(笑)。監督さんのお仲間で飲みに行っても、成瀬監督はちょっと離れて、独り静かに飲んでいらしたそうです。

川本 今日は何だか「おかあさん」の話を中心に、成瀬作品の魅力を語る、という形になりました。私の大好きな映画ですが、香川さんは他にもたくさんお仕事されてきたのに、申し訳なかったです。
香川 いいえ。私、あの年子って役をすごく好きなんです。それまで自分の個性がどういう役に向いているかなんて考えたこともなかったのに、「おかあさん」で、「あ、私はこういう庶民的な明るい役が合ってるのかな」と初めて意識したんです。体ばかり大きくて、中身はまだ子どもっていうのが、あの当時の自分にピッタリで、すごくのびのびとやれました。
川本 今でも時々、ご覧になりますか?
香川 最近、あちこちで上映されるんですよ。盛岡で映画祭があって、私の出た中から「モスラ」(61年、本多猪四郎監督)と「おかあさん」をやって下さったり。
川本 妙な取り合わせですね(笑)。
香川 でも、どこか近いのかもしれませんね。「モスラ」の明るく元気な役、自分でも好きですよ。今年の夏にソウルの国際女性映画祭で、私の映画を七、八本上映して下さった中にも、この二本が入っていました。「おかあさん」は秋にあった新文芸坐の成瀬特集でも上映されましたし、川本さんの今度のご本でもたくさんページを割いて下さって。
川本 当初からフランスでは評価が高かったといいますが、あれは名作ですよ。もちろん、語り草になっている香川さんが花嫁姿になる場面の可憐さたるや…。あれが初めてですよね、花嫁姿?
香川 そうなんですけど、あの後、文金高島田の花嫁は何回もやったんです。「悪い奴ほどよく眠る」でも「女囚と共に」(56年、久松静児監督)でも、テレビでも。だから新鮮味がなくなって、自分が結婚する時はウエディングドレスがいいなと、教会で式を挙げたんです(笑)。
≫
2016年4月4日(月)目黒シネマ(東京都品川区上大崎2-24-15 目黒西口ビルB1、JR山手線目黒駅西口から徒歩3分)で、15:00 ~鑑賞。『おかあさん』17:25~と2本立て上映。

作品データ :
製作年 2015年
製作国 日本
配給 松竹
上映時間 130分


長崎で暮らす女性と原爆で亡くなったはずの息子が繰り広げるエピソードをつづる、山田洋次監督初のファンタジー。
井上ひさしが晩年に構想していた、「ヒロシマ」・「ナガサキ」・「沖縄」をテーマにした「戦後命の三部作」の意思を山田監督が引き継ぎ、「ナガサキ」をテーマに制作された。「ヒロシマ」が舞台である井上の戯曲『父と暮せば』と対になる形となっている。
吉永小百合と二宮和也が不思議な体験をする親子役で初共演するほか、山田監督作の『小さいおうち』で第64回ベルリン国際映画祭銀熊賞に輝いた実力派・黒木華が浩二の恋人・町子を演じる。山田監督の84本目の映画である。

ストーリー :
1948 年8 月9 日。長崎で助産婦をして暮らす福原伸子(吉永小百合)の前に、ちょうど3 年前に原爆で亡くしたはずの息子・浩二(二宮和也)がひょっこり現われる。
「母さんは諦めが悪いから、なかなか出てこられんかったとさ」。
伸子は呆然とした。その日浩二の墓の前で「あの子は一瞬の間に消えてしまったの。もう諦めるわ」と言ったばかりだったのだ。
「あんたは元気?」そう伸子が尋ねると、浩二は腹を抱えて笑い出した。
「元気なわけなかやろう。僕はもう死んでるんだよ。母さん、相変わらずおとぼけやね」。
その日から、浩二は時々伸子の前に現われるようになった。
二人は楽しかった思い出話から他愛もないことまでたくさんの話をするが、一番の関心は、医学生だった浩二の恋人・佐多町子(黒木華)のことだった。
結婚の約束をしていた浩二を突然失ってしまい、心の行き場もないまま、この3 年ずっと伸子を気にかけてくれる優しい娘だった。
「浩二、もし町子に好きな人が現われたら、あなたは諦めるしかないのよ。だって、あなたはもうこの世の人じゃなかやろ。あの子の幸せも考えなきゃね」。
伸子の言葉に、浩二は顔色を変えて抗議する。「嫌だ!そんなの嫌だ。町子には僕しかおらん!」 わかっているけれど、どうしても自分の死を受け入れることができない浩二。
伸子はそんな息子が抱きしめたいほど愛しかった。二人で過ごす時間は特別なものだった。奇妙だったけれど、喜びに満ちていた。その幸せは永遠に続くようにみえたが…。

▼予告編