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普通人の映画体験―虚心な出会い

私という普通の生活人は、ある一本の映画 とたまたま巡り合い、一回性の出会いを生きる。暗がりの中、ひととき何事かをその一本の映画作品と共有する。何事かを胸の内に響かせ、ひとときを終えて、明るい街に出、現実の暮らしに帰っていく…。

2016年3月25日(金)新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3-15-15、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、18:40~鑑賞。

作品データ :
製作年 2016年
製作国 日本
配給 松竹
上映時間 108分


山田洋次監督が『男はつらいよ』シリーズ終了から約20年ぶりに手がけたコメディ。突然の両親の離婚問題に揺れる子供たちら8人が繰り広げる騒動を描き出す。橋爪功と吉行和子が離婚の危機を迎えた熟年夫婦を演じるほか、西村雅彦、夏川結衣といった『東京家族』で一家を演じた8人のキャストが再集結し、別の家族を演じている。

ストーリー :
初秋。東京の郊外で暮らす三世代同居の平田一家の主・周造(橋爪功)は、モーレツサラリーマンだった時期を終えて今はすっかり隠居生活を送っている。今日も仲間とゴルフを楽しんだ後、美人女将・かよ(風吹ジュン)がいる小料理屋で散々女房の悪口を言って盛り上がり、上機嫌で帰宅。長男・幸之助(西村雅彦)の嫁・史枝(夏川結衣)は酔っぱらっている周造に気を遣いながらも義父の苦言に笑顔で付き合う。妻の富子(吉行和子)もまた、そんな夫を優しく迎え、寝室で脱ぎ捨てる服を拾い歩きながら着替えを手伝うのだった。周造はいつものように靴下を脱ぎ捨てながら、ふと寝室に飾られたバラの花瓶を見て「その花どうした?」と尋ねる。なんでも誕生日にお花をプレゼントする事は仲間の決まりで、今日は私の誕生日なのだと富子は言う。すっかり忘れていた周造だったが、たまには妻に誕生日プレゼントでもしてやろうかと欲しいものを聞いてみる。「あら、いいの?」と富子が机から持ち出してきたのは、まさかの「離婚届」だった。突然の宣告を受け、唖然と凍りつく周造!富子はそんな周造にはお構いなしに、冷静に部屋を出ていってしまう。…こうして、平田家の“離婚騒動”は幕を開けた。
10月26日、秋晴れの日曜日。周造と富子、幸之助と史枝、長女・成子(中嶋朋子)と夫・泰蔵(林家正蔵)が集まっている。件の離婚問題について議論しようとしたとき、今日が家族会議だと聞かされていなかった次男の庄太(妻夫木聡)が突然恋人を紹介しようと憲子(蒼井優)を連れてくる。なかなか本題に入れない一同だったが、ようやく憲子を交えた8人で家族会議が始まった。だが、幸之助と成子が口論を始め、ついには史枝、庄太、泰蔵まで巻き込まれ、会議は思わぬ方向に進んでしまう。やがて長年抱え続けた富子の思いがけない本音が暴露されると、事態は更に思いも寄らぬ局面を迎えるのだった…。

▼予告編

2016年3月4日(金)新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3-15-15、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、19:15~鑑賞。

作品データ :
原題 THE FINEST HOURS
製作年 2016年
製作国 アメリカ
配給 ディズニー
上映時間 118分


アメリカ沿岸警備隊史上最も困難とされた海難事故、SSペンドルトン号の救出劇を映画化。冬の寒さが厳しい北大西洋上で悪天候により遭難した巨大タンカーに残された生存者32人の救助に、4人の沿岸警備隊が定員12人の小型木製救助艇で挑む。
救助艇の船長バーニーを『スター・トレック』シリーズのクリス・パインが熱演し、『ミュンヘン』のエリック・バナ、『ゴーン・ベイビー・ゴーン』のケイシー・アフレックらが共演。『ラースと、その彼女』『ミリオンダラー・アーム』のクレイグ・ギレスピーがメガホンを握る。

ストーリー :
1952年2月18日未明、超大型ブリザードが大西洋沖を航行中の大型タンカー、ペンドルトン号を襲った。雪が混ざった強風と大きくうねる波にさらされて、前月に船体を補修したばかりの継ぎ目が避け浸水、真っ二つに裂かれてしまう。タンカーの構造に精通する一等機関士レイモンド・シーバート(ケイシー・アフレック)の指揮のもと、船員たちは沈没を食い止めようと懸命の作業にあたる。一方、沿岸警備隊チャタム支局にペンドルトン号遭難の知らせが入り、新任の司令官クラフ(エリック・バナ)は木製の小型救助艇で生存者救出に向かうよう一等水兵のバーニー・ウェバー(クリス・パイン)に命じる。1年前に似たような状況で8人の命を救えなかったバーニーは、今度こそ誰も死なせないと心に決め、仲間のリヴシー(ベン・フォスター)やフィッツ、マスキーとともに救出に向かう。しかし、タンカーの生存者は32人であるものの、小型救助艇の定員は12人。また、コンパスが壊れてしまい、視界がないにも拘わらず方角もわからなくなってしまう。雨と雪が混じった風速40mを超える強風と20m超の高波が襲う中、刻一刻とタイムリミットが迫るペンドルトン号のもとへバーニーらは命がけで向かう…。

▼予告編



▼特別映像

2016年2月6日(土)ル・シネマ(東京都渋谷区道玄坂2-24-1 Bunkamura6F、JR渋谷駅ハチ公口より徒歩7分)で、16:45~鑑賞。

作品データ :
原題 LES SOUVENIRS
製作年 2015年
製作国 フランス
配給 アルバトロス・フィルム
上映時間 93分


フランスの国民的歌手アニー・コルディ主演のヒューマンドラマ。夫に先立たれ姿を消した祖母を探す旅に出た孫が、初めて知った彼女の過去とは。他に、『仕立て屋の恋』のミシェル・ブラン、『ディディエ』のシャンタル・ロビーらが出演。監督・脚本は、『アデル/ファラオと復活の秘薬』などの俳優として知られるジャン=ポール・ルーヴ。

ストーリー :
クリスマスを控えたある日、パリの小さなアパルトマンに暮らすマドレーヌ(アニー・コルディ)は最愛の夫を亡くす。3人の息子を育て上げ、ささやかだけど充実した人生を過ごしてきた彼女は、独りになってふと自分の人生を振り返り始める。中年の危機を迎えた息子(ミシェル・ブラン)と小説家志望の夢見がちな孫ロマン(マチュー・スピノジ)は、それぞれの平凡な毎日を生きている。ある日、マドレーヌはある夢を実現するため、突然パリから姿を消す。親友のように仲の良かったロマンは、手掛かりは祖母の想い出のどこかにあると考え、彼女を探す旅に出る…。

▼予告編

2016年2月6日(土)渋谷シネパレス(東京都渋谷区宇田川町20-11 渋谷三葉ビル7F、JR渋谷駅ハチ公口より徒歩3分)で、14:50~鑑賞。

作品データ :
原題 AMERICAN ULTRA
製作年 2015年
製作国 アメリカ
配給 KADOKAWA
上映時間 96分


向精神薬によって一般市民をスパイに改造しようとする、CIAが実際に行っていたマインドコントロール・プログラムを題材にしたアクション・コメディ。ジェシー・アイゼンバーグがある日突然、エリート・スパイとして覚醒する田舎のコンビニバイト青年に扮し、彼のガールフレンド役でクリステン・スチュワートが共演する。メガホンを取るのは、『プロジェクトX』のニマ・ヌリザテ。

ストーリー :
1953年以降、アメリカ政府は一般市民を最強のスパイに改造しようと秘密裏にマインドコントロール実験を行なってきた。だが、この極秘計画は封印されたはずだった…。片田舎でコンビニのバイトをしているマイク・ハウエル(ジェシー・アイゼンバーグ)は、勤務中にレジでスーパーヒーローのサルを主人公にした自作漫画を描きながら、のらりくらりと日々を過ごしている。そんな彼が一念発起で最高のプロポーズを演出しようと同棲中のガールフレンド、フィービー(クリステン・スチュワート)とのハワイ旅行を計画する。しかし、直前にパニック発作を起こし、飛行機に乗ることさえできないマイク。フィービーはそんな彼を責めることなく優しく見守っていた。ある日、マイクは店番中に謎の女から意味不明の暗号を告げられ、気が付くとスプーン1本で二人の暴漢を刺殺していた。実はマイクは、CIAの極秘計画によってマインドコントロール・トレーニングを受けた最強エージェントだったのだ。計画の封印を目論むCIA幹部は、マイク殺害を指示。州を封鎖され、殺人マシーン化したエージェントたちが次々とマイクに襲いかかり、さらにフィービーまでも人質に取られてしまう…。

▼予告編

2016年2月5日(金)新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3-15-15、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、17:30~鑑賞。

作品データ :
原題 BLACK MASS
製作年 2015年
製作国 アメリカ
配給 ワーナー・ブラザース映画
上映時間 123分


ジョニー・デップがFBI史上最高額の懸賞金で指名手配された実在の凶悪犯ジェイムズ“ホワイティ”バルジャーに扮し、彼が起こしたアメリカ犯罪史上最大のスキャンダルの行方を描くクライムドラマ。FBI捜査官のコナリーをジョエル・エドガートン、バルジャーの弟をベネディクト・カンバーバッチが演じるなど、実力派俳優が多数顔を揃える。監督は『クレイジー・ハート』『ファーナス/訣別の朝』のスコット・クーパー。原作はディック・レイアとジェラード・オニールのノンフィクション『Black Mass:The True Story of an Unholy Alliance Between the FBI and the Irish Mob』(2001年)。

ストーリー :
アメリカのサウスボストンで育ったジェームズ・バルジャー(ジョニー・デップ)とその弟ビリー(ベネディクト・カンバーバッチ)、二人の幼なじみジョン・コノリー(ジョエル・エドガートン)は、やがてギャング、政治家、FBI捜査官とそれぞれの道に進んでいった。コノリーはイタリア系マフィアの撲滅させるために彼らと抗争中のジェームズに敵の情報を流すよう持ちかける。FBIとの密約を利用し敵の組織を壊滅に追い込み、犯罪帝国を築くジェームズ。そして、ビリーもまたジェームズの力を借り権力を握る。利害を一致させ手を組む彼らの関係は、アメリカ史上最悪の汚職事件に発展していく…。

▼予告編

2016年2月5日(金)新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3-15-15、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、14:30~鑑賞。

作品データ :
原題 THE MARTIAN
製作年 2015年
製作国 アメリカ
配給 20世紀フォックス映画
上映時間 142分


マット・デイモンが火星に一人取り残された宇宙飛行士を演じる、リドリー・スコット監督による宇宙サバイバル映画。残り少ない酸素や食料をよそに、科学の力を武器に生き残ろうとする主人公ワトニーと、彼を火星に置き去りにしてしまったことを悔やみ、救出しようとする人々の葛藤や友情を描く。原作はアンディ・ウィアーのベストセラー小説“The Martian”(2011年)(小野田和子訳『火星の人』ハヤカワ文庫SF、2014年)。

ストーリー :
人類3度目の有人火星探査ミッション“アレス3”は、18日目に突然吹き荒れた猛烈な嵐によって、任務中止に追い込まれる。ところが、全6名のクルーのうち、マーク・ワトニー(マット・デイモン)は、突風でバラバラになった通信アンテナの直撃を受けてどこかへ吹き飛ばされ、行方不明になってしまう。タイムリミットが迫る中、必死の捜索を続ける指揮官のメリッサ・ルイス船長(ジェシカ・チャステイン)だったが、ワトニーは発見できず、やむなく離陸を決断。ルイス船長以下5人は宇宙船ヘルメス号で地球への帰途につく。ワトニーは死亡したと判断され、NASAのサンダース長官(ジェフ・ダニエルズ)が記者会見を実施した。しかし、ワトニーは生きていた。辛うじて砂漠から人口住居施設“ハブ”に帰還した彼は、この上なく絶望的な現実を思い知らされる。ハブに残された食料はほんのわずか。ところが、次の探査ミッション“アレス4”のクルーが火星にやってくるのは4年後だ。それまで生き抜くためには、酸素や水を作り出すところから始めなければならない。植物学者でメカニカル・エンジニアのワトニーは、ありったけの科学知識と持ち前のポジティブ思考によって、これらの途方もないハードルを一つずつ乗り越えていく。しばらくして、NASAもワトニーの生存に気づく。火星の衛星画像を調べていた職員が、ワトニー生存の証拠を発見したのだ。ただちに食料を送るための補給機の準備を開始。再び記者会見を開いたサンダース長官がワトニーの生存を発表したことで、火星で孤独なサバイバルを続けるワトニーは一躍、全世界の“時の人”となった。ところが、時間との厳しい戦いを強いられた救出プランはトラブルに見舞われ、ワトニーは再び絶体絶命の危機に陥ってしまう。やがてワトニーの命運は、宇宙を航行中のヘルメス号のクルーを巻き込み、誰も想定していなかった最終手段に託されることとなる…。

▼予告編



▼本作では、ディスコソングだらけのサウンドトラックが格別にいい!
主人公のワトニー飛行士(マット・デイモン)は、どんな絶望的な状況でも決して諦めはしない。希望を捨てない。悲観的にならず次善の策を考え続ける。
この楽天的に明るく生きる彼の姿勢がまさしく1970年代の、ノリノリのリズム感を募らせるディスコヒット曲集とシンクロしている。

●セルマ・ヒューストン(Thelma Houston)“Don’t Leave Me This Way”


●グロリア・ゲイナー(Gloria Gaynor)“I Will Survive”(邦題『恋のサバイバル』)


●ヴィッキー・スー・ロビンソン(Vickie Sue Robinson)“Turn the Beat Around”


●ヒューズ・コーポレーション(Hues Corporation)“Rock the Boat”


●デヴィッド・ボウイ(David Bowie)“Starman”


●ドナ・サマー(Donna Summer)“Hot Stuff”


●アバ(Abba)“Waterloo”(邦題『恋のウォータールー』)


●オージェイズ(The O'Jays)“Love Train”
2016年2月4日(木)シネマカリテ(東京都新宿区新宿3-37-12 新宿NOWAビルB1F、JR新宿駅東南口および中央東口より徒歩2分)で、18:55~鑑賞。



作品データ :
原題 5 FLIGHTS UP
製作年 2014年
製作国 アメリカ
配給 スターサンズ
上映時間 92分


ジル・シメントのロングセラー小説“Heroic Measures”(2009年)(高見浩訳『眺めのいい部屋売ります』小学館文庫、2015年)を、『ファイヤーウォール』のリチャード・ロンクレイン監督が映画化。モーガン・フリーマンとダイアン・キートンというオスカー俳優2人の初共演で贈るハートフル・ドラマ。大物俳優二人が夫婦を軽やかに演じ、今の家を売って新しい住居を得ようと奮闘する熟年カップルの悲喜こもごもの数日間を映す。『セックス・アンド・ザ・シティ』のシンシア・ニクソンが敏腕な不動産エージェントを好演。

本作はニューヨーク(New York City)のブルックリン(Brooklyn)とマンハッタン(Manhattan)で展開される。物語の中心となるブルックリンのウィリアムズバーグ(Williamsburg)は、昨今のブルックリンブームの火付け役となったエリア。90年代にニューヨークの中心地・マンハッタンから対岸のブルックリンへ安い家賃に惹かれて多くの若者が移り住んだことで、現在は話題のお店が並ぶ人気スポットとなっている。

ストーリー :
ニューヨークのブルックリンの街を一望できるアパートメントの最上階。画家のアレックス・カーヴァー(モーガン・フリーマン)と元教師の妻ルース(ダイアン・キートン)がこの理想的な家に住んで40年が経った。しかし、この建物にはエレベーターが無かった。アレックスが日課としている愛犬ドロシーとの散歩を終え、5階にある我が家への階段をようやく上り終えて帰宅すると、姪のリリー(シンシア・ニクソン)が明日の準備のためにと訪問していた。夫の今後を心配したルースがエレベーターのある住居へ引っ越そうとアレックスを説き伏せ、今の住まいを売ることにしたのだ。そして明日が購入希望者のためのオープンハウス(open house)の日。リリーはやり手の不動産エージェントであった。そんな折、ドロシーに異変が起こる。夫妻は5番街の行きつけの動物病院へとタクシーを走らすが、車は一向に動かない。どうやらマンハッタンへ渡る橋の上でタンクローリーが道をふさいでいるらしい。ようやく獣医に見てもらったドロシーは、ヘルニアを患っており、手術が必要と言われてしまう。翌朝、やる気満々のリリーがお客を連れてやって来る。オープンハウスは一風変わったニューヨーカーたちで大賑わい。早速いくつかのオファーが入ると同時に、獣医からドロシーの手術成功の連絡を受け取り、夫妻はほっと一安心。一方、いそいそと新居候補を探し始めるルースとアレックスをよそに、タンクローリー事故は一夜にして「テロ事件」へと様相を変えていた。
アレックスとルースの見晴らしの良い家は誰の手に渡り、そして二人の新居はどうなるのだろうか…。

▼予告編



▼ Official Trailer



■私感 :
都会的で瀟洒(しょうしゃ)な小品ながら、さりげなく人生の機微に触れた、見どころ満載の、上質な大人のドラマだ。
何よりも長年連れ添った夫婦の深い絆を描く物語が心に響く。
夫婦の理想の愛の形とは、どのようなものか…。
お互いに一回限りの人生を楽しく染め上げながら、心安らかな時間をフルに共有することだろうか…。

カーヴァー夫妻(アレックスとルース)は、大切にすべき何かを伝えてくれる。
1)年を取っても決して人生は終わらない⇒年を取ることは楽しいことでもある―。
2)夫婦の愛とは、“彼がいれば大丈夫”“彼女がいれば大丈夫”そう思わせる何かがあるような相互の関係を年を追うごとに粘り強く築き上げべきものである―。言ってみれば、それは実体的なものではなく、形成的・過程的なものにほかならない。

カーヴァー夫妻、異人種カップル(夫が黒人で妻が白人)の愛の歴史は、幾つかの回想シーンで巧みに描写されている。
黒人と白人との結婚が 30の州で禁止され、20の州で嫌悪されていた時代に、偏見や困難を乗り越えて夫婦となり、自由に気強く助け合って生きてきたアレックスとルース。
若き日の二人(アレックス役=コーリー・ジャクソン、ルース役=クレア・ヴァン・ダー・ブーム)は共に初々しさをほしいままにし、明日への希望に胸を膨らまし、互いに病める時も健やかなる時も変わらずに愛し合っている…。
彼は彼女を、常に柔和な眼差しで見つめ、温かい思いやりで包む。そして、彼女は彼に、常にユーモアをもって快活に接し、濃(こま)やかな配慮を怠らない。その、機に応じたユーモアの裏に、さりげない優しさがにじみ出る…。
クレア・ヴァン・ダー・ブーム(パツキンのメガネ美人!)のユーモアのセンスにかなう演技が何とも魅力的だ!

本作では、含蓄に富んだシーンの数々が繰り広げられている。
特に私の関心・興味が募ったシーンを挙げれば…
1)カーヴァー夫妻の愛犬ドロシーが急病になり、マンハッタン5番街の行きつけの動物病院へとタクシーを走らすシーン。近所でテロ騒動が勃発して、交通渋滞に巻き込まれる夫妻とドロシー…。

2)ドロシー(ボーダーテリアの老犬)が動物病院でCT検査を受けるシーン。
ドロシーの神妙な様子と、夫妻と医師との現実味を帯びたやりとり:
・・獣医が夫婦にかける言葉「心配しないで、犬は人間より、よほど順応力がある。“今”に懸命なんです」
・・夫・アレックスの言葉「犬が今を生きる動物なら、延命はかえって酷かも」

3)ブルックリン北部のウィリアムズバーグでの「オープンハウス」で、何度も会うことになるメガネ少女のゾーイ(スターリング・ジェリンズ)とアレックスとのやりとりのシーン。歯も抜け替わらぬゾーイの台詞のうまさと、アレックスの表情の柔和さ・優しさ…。

4)アレックスの姪っ子で、不動産仲介人のリリー(シンシア・ニクソン)が大詰めの不動産交渉が打ち切りになって、ついにプッツンするラスト・シーン。
夫妻は家の売買について、思いも新たに~今住むブルックリンの「我が家」の買い手、今後住みたいマンハッタンの家の売り手など様々な人々に出会って会話を交えた末に~決断を下した。
やはり、二人の想い出-歴史の詰まった、「今」愛着のある「我が家」に今まで通り住み続けようと。
結果、生き馬の目を抜くニューヨークで、バリバリ仕事をこなす超やり手のリリーとしては、いかにも立つ瀬がないではないか、〈まあ、あきれた、とんでもない!〉怒りがムラムラとわき起こった次第。
もっとも映画全体を通して、彼女は基本的にコメディ・リリーフの役割を果たしている。バタバタ飛び回り、しゃべりづめにしゃべる彼女がむき出しにした終極の怒りにも、どこかコミカルな味が出ている。
この口八丁手八丁のリリー役は、ニューヨークの化身とまで評される女優シンシア・ニクソン(『セックス・アンド・ザ・シティ』のクールな弁護士のミランダ役で有名)にとって、まさに適役というほかはない。

▼エンドロールを飾るヴァン・モリソン(Van Morrison)の名曲「Have I Told You Lately」:





ヴァン・モリソン(1945~)はイギリス(北アイルランド出身)のミュージシャン。高い音楽性と歌唱力で、多くのミュージシャンからの尊敬を集める。1993年にロックの殿堂入りを果たし、96年に大英帝国勲章OBEを受章。
♪Have I Told You Lately は、1989年のアルバム『アヴァロン・サンセット』の収録曲。

♦Have I Told You Lately Lyrics :
Have I told you lately that I love you
Have I told you there's no one above you
Fill my heart with gladness
Take away my sadness
Ease my troubles, that's what you do

最近 僕は君に「愛している」と言ったかな?
「きみ以上の人はいない」と言ったかな?
僕の心を喜びに満たし
悲しみを取り去り
苦しみを和らげる…君がそうしてくれるんだ


Oh the morning sun in all it's glory
Greets the day with hope and comfort too
And you fill my life with laughter
You can make it better
Ease my troubles, that's what you do

ああ輝かしい朝の太陽が
希望と安らぎを持って一日を迎えると
君が僕の人生を笑いで満たし
より良いものにして
苦しみを和らげる…君がそうしてくれるんだ


There's a love that's divine
And it's yours and it's mine
Like the sun
At the end of the day
We should give thanks and pray to the One

Have I told you lately that I love you
Have I told you there's no one above you
Fill my heart with gladness
Take away my sadness
Ease my troubles, that's what you do

There's a love that's divine
And it's yours and it's mine
And it shines like the sun
At the end of the day we will give thanks
And pray to the One

Have I told you lately that I love you
Have I told you there's no one above you
Fill my heart with gladness
Take away my sadness
Ease my troubles, that's what you do

Take away my sadness
Fill my life with gladness
Ease my troubles, that's what you do
Fill my life with gladness
Take away my sadness
Ease my troubles, that's what you do


☆☆ヴァン・モリソンの「ハヴ・アイ・トールド・ユー・レイトリー」。
この歌はいつ聞いても、素晴らしい!曲・歌詞共に私の心をとらえて離さない絶品だ!
2016年2月4日(木)シネマカリテ(東京都新宿区新宿3-37-12 新宿NOWAビルB1F、JR新宿駅東南口および中央東口より徒歩2分)で、16:40~鑑賞。

作品データ :
原題 99HOMES
製作年 2014年
製作国 アメリカ
配給 アルバトロス・フィルム
上映時間 112分


ジョセフ・E・スティグリッツ(2001年にノーベル経済学賞受賞)の著書『世界の99%を貧困にする経済』(2012年)をベースに、住宅ローンの返済不能により家を差し押さえられた人々の事実に基づくドラマ。主演は『アメイジング・スパイダーマン』のアンドリュー・ガーフィールド。共演は『マン・オブ・スティール』のマイケル・シャノン、『私に会うまでの1600キロ』のローラ・ダーン。監督は『チェイス・ザ・ドリーム』のラミン・バーラニ。
ベネチア国際映画祭コンペティション部門正式出品作品。トロント国際映画祭正式出品作品。サンダンス国際映画祭正式出品作品。

ストーリー :
無職のシングルファザーのデニス・ナッシュ(アンドリュー・ガーフィールド)はある日突然、たった2分間の猶予しか与えられずに、長年暮らしてきた家から強制退去させられる。家族の思い出が詰まった家を何としても取り戻そうとするナッシュは金に釣られ、自分たちを追い出した不動産ブローカーのリック・カーパー(マイケル・シャノン)の儲け話に手を染めていく。カーパーは法の穴を抜け、銀行や政府、そしてかつての自分と同じ境遇の人々を巧みに操り、家を差し押さえて大儲けしていた。ナッシュは母親と息子に真実を言えないまま、人々を破綻させ、大金を稼いでいく。しかしやがて、自らも大きな代償を払うことに気づくが…。

▼予告編

2016年2月4日(木)シネマカリテ(東京都新宿区新宿3-37-12 新宿NOWAビルB1F、JR新宿駅東南口および中央東口より徒歩2分)で、14:00~鑑賞。

作品データ :
原題 SAUL FIA
英題 SON OF SAUL
言語 ドイツ語・ハンガリー語・イディッシュ語・ポーランド語他
製作年 2015年
製作国 ハンガリー
配給 ファインフィルムズ
上映時間 107分


一人のユダヤ人の勇気と尊厳に関する2日間の記録とホロコースト【ナチス・ドイツによる約600万人のユダヤ人に対する組織的大量虐殺】の実態を浮き彫りにした衝撃作。強制収容所に送り込まれたユダヤ人がたどる過酷な運命を、同胞をガス室に送り込む任務(下働き役)につく主人公サウルに焦点を当て、サウルが見たであろう痛ましい惨劇を観る者に想像させながら描く。ハンガリーの新鋭ネメシュ・ラースロー監督、驚異の長編デビュー作。ブダペスト出身の詩人で作家のルーリグ・ゲーザが主役に抜擢された。第68回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作品。

ストーリー :
1944年10月、ビルケナウ絶滅収容所(アウシュヴィッツ第2強制収容所ビルケナウ)には、連日、移送列車(正確に言えば、家畜用貨車を連結したもの)で、大勢のユダヤ人が運ばれてきていた。彼らは到着するや、その場で、ナチスの軍医によって労働力になるかどうかで選別され、働けないと見なされた老人・女性・子供・病弱者などはガス室に送り込まれる。

※「アウシュヴィッツ強制収容所」とは、1940~45年にかけてナチス・ドイツ占領地のポーランド南部・オシフィエンチム(ドイツ語名アウシュヴィッツ)市郊外につくられた、強制的な収容が可能な施設群の総称である。
主要な収容所として、1940年5月に「アウシュヴィッツ第1強制収容所(基幹収容所)」、1941年10月に「アウシュヴィッツ第2強制収容所ビルケナウ」、1942~44年に「アウシュヴィッツ第3強制収容所モノヴィッツ」が設立された。このすべてで収監された囚人が強制労働に就き、うち1つのビルケナウ収容所は長期間、絶滅収容所【ジェノサイド(大量虐殺)を主な目的とする強制収容所の一種】としても機能していた。
第1、第2の二つの収容所跡地は、1979年に「アウシュヴィッツ強制収容所」としてユネスコ世界遺産に登録され、「ポーランド国立オシフィエンチム博物館」が管理・公開している。なお、その世界遺産登録上の名称は2007年6月27日に、「アウシュヴィッツ=ビルケナウ ナチス・ドイツの強制・絶滅収容所(1940年-1945年)」に変更・改名された。


ハンガリー系のユダヤ人、サウル・アウスランダー(ルーリグ・ゲーザ)は「ゾンダーコマンド」の一員で、同胞たちの衣服を脱がせ、ガス室へと誘導すると、残された衣服を処分して、金品を集める。ガス室の扉が閉ざされ、続いて阿鼻叫喚が響きわたる…。殺戮が終わると、彼は黙々とガス室の床や壁に散った血痕を拭い去り、折り重なって横たわる死体の山を焼却室で焼き、集めた遺灰を近くの川に捨てる。

※ゾンダーコマンド(Sonderkommando)とは、ナチスが選抜し、わずか数か月間の延命と引き換えに、同胞であるユダヤ人の死体処理に従事する「特別労務班」のこと。

ある日、サウルはガス室で死にきれなかった息子とおぼしき少年を目撃する。ナチスの軍医に少年は容赦なく殺害されてしまうが、彼はその遺体を解剖室から持ち出し、何とかラビ(ユダヤ教の聖職者)を捜し出し、ユダヤ教の教義にのっとって手厚く埋葬しようと収容所内を奔走する。

※ユダヤ教では死後、救世主メシアが死者を復活させるために死体をそのままの状態に保つ必要があり、火葬は禁忌である。サウルが土葬に執着するのは、そのためだ。

ナチスの親衛隊(SS)による殺戮は、ますます残酷をきわめる。白昼、夜間を問わず、火炎放射器や銃撃によって、大勢のユダヤ人たちが無残に殺される光景が日常茶飯の出来事として繰り広げられる。
そんな中、ゾンダーコマンドの間では武装蜂起し、死体焼却炉を破壊して、収容所を脱走する計画が秘密裏に進んでいた。そして、ついにゾンダーコマンドが反乱を起こし、ナチスの護衛兵を射殺し、死体焼却炉を火薬で爆破することに成功。

※“ワルシャワゲットー蜂起”【第二次世界大戦中の1943年4月から5月にかけて、ポーランドのワルシャワ・ゲットーのユダヤ人レジスタンスたちが起こしたナチス・ドイツに対する武装蜂起】によって、他のゲットーや絶滅収容所の反乱も誘発された。抵抗者の多くは、自分たちが戦闘能力においてドイツ軍よりも圧倒的に劣ることを知りながら、戦って死ぬことを選んだ。
1943年8月2日のトレブリンカ絶滅収容所の反乱→1943年10月14日のソビボル絶滅収容所の反乱→1944年10月7日、ビルケナウ絶滅収容所では、ゾンダーコマンドの集団(囚人)が蜂起し、親衛隊の護衛兵を何名か殺害し、死体焼却炉を爆破する。この反乱はすぐに鎮圧され、彼らは全員殺害される。彼らに協力し、工場の火薬を提供した4人の女性囚人は、収容所が解放される数週間前の1945年1月6日に公開絞首刑に処せられた。
 

その熾烈な戦闘の混乱に乗じて、サウルも仲間たちと収容所を脱出。少年の遺体が入った麻袋をかき抱いた彼は、森の中に遺体を埋葬しようとする。だが、刻一刻、追手が迫るために、その場を離れ、川を渡っている途中で、少年の遺体を流してしまい、茫然と立ちすくむ。
彼は仲間たちと森の中にある小屋にたどり着く。ふと、入り口の方を見ると、そこに一人の純朴そうな少年が顔をのぞかせていた。終始、無表情だった彼は初めて、まるで自分の息子に再会したかのように、少年に微笑みかける…。

あらゆる感情を喪失してしまい、荒み切った表情のサウルが、ラスト近くで一瞬、見せる柔和な微笑み!それは、あまりに深い絶望に覆い尽くされた酷薄な世界の中に、一条の希望の光が垣間見えたような瞬間だった。

▼『サウルの息子』 日本語予告編



▼ SON OF SAUL アメリカ版予告編



■私感 :
何とも凄い映画だ!
極限までシンプル化された「ホロコースト」の傑作!
死とほぼ同義である絶滅収容所の限界状況が息づまるような緊迫感に満ちた迫真力で描き出される!

本作では、これまで歴史の闇に葬られてきた強制収容所の悲劇の部隊“ゾンダーコマンド”にスポットが当てられている。
この「特別労務班」は入所の際、見かけだけの強健さから、一般被収容者(囚人)から引き離され、ナチス・親衛隊(SS)の命令どおり働かせられる側に回された集団だ。彼らは端的に言って、同胞ユダヤ人に対する“死への案内”役を務める。ナチスによるユダヤ人殺害の、その殺人幇助の仕事を遂行する。しかも、彼ら自身も3、4か月働かされた後に、口封じに~大量虐殺の証人を残さないよう~SSによって抹殺される運命が待っている。

主人公のサウルは、ゾンダーコマンドとして働いている。
彼はユダヤ人として自由を奪われた囚人=被害者でありながら、ナチスの命令どおりに同胞のユダヤ人虐殺に手を貸す犯罪者=加害者でもあるという、おぞましくも恐ろしい二重性を生きることを余儀なくされた人間だ。

●映画の冒頭、男の着衣の背に記された、大きな赤い×印が映し出される。
カメラは男の動きを延々とワンシーン=ワンショットでとらえつづける…。

※この禍々しい「×」印は、SSが逃亡した者を狙い撃ちしやすいように作った「標的」である。

本作では、カメラは常に、ほとんど感情を露わにしないサウルの顔にフォーカスを当て、あるいは背後からその行動を手持ちカメラで追いつづけるという手法(定点観測)が徹底している。その結果、画面上では視界が極端に限定され、彼の背後で起きていること、人物たちは輪郭がぼやけて、曖昧で、不確かな、実在感を欠いたものに映る。見せたくないものを意図的に見せないように配慮しつつ、サウルの体験する過酷で悲惨きわまりない状況を、そのまま生々しく観客に経験させるという卓越した効果を上げている。
歴史の真実を限りなく忠実に描きつつも、殺戮の場所や出来事は断片的に(必要十分な情報だけ)見せることで、観客に“現実を再構成する”想像力を働かせる余地を残し、観客の心の中で個々ばらばらな断片をつないだ、絶滅収容所という地上の地獄に関する自分なりの全体像が紡がれる。

●映画の冒頭シーン:
Σ 部屋に集められた数多くの老若男女が、次々に衣服を脱いでいく。男(サウル)は同じように×印の服を着た男たちとともに、シャワーを浴びたあとには熱いスープが待っていると伝えられた全裸の人々を、隣の部屋に誘導する…。

観客の私は、瞬間はっとする。
まさしく私自身がホロコーストの最終段階、大殺戮の現場(シャワー室ならぬガス室!)にただならぬ臨場性をもって否応なしに向き合わされているのだ!

Σ 扉が閉まると、(扉の外の)サウルの無表情な顔がアップになり、そこへ(扉の中の)阿鼻叫喚の響き~叫び声やうめき声や物音など~がオーバーラップされる…。

私は思わず息を呑む。(シャワーから出てくるのは、水ならぬ青酸ガス!)
人々の絶叫~殺されゆくユダヤ人たちの断末魔の声~、救いを求めて、ドア、壁を叩くくぐもった打音が、私の耳にこびり付いて離れない!
苦しみの末の、激しく、やがて弱まっていく、無数の打音は、私の想像力をマックスに高める音響である。それらは視覚性・触覚性をともなって、私自身の知覚を異様に生々しく侵略する。

Σ 部屋(ガス室)の中は、やがて静かになる。声が消えたら、サウルたちは扉を開けて、完全に青酸ガスの入れ換えを行なってから、中に入る。
と、肌色のものがいっぱい、床に倒れている…。死屍累々…。


ウワッ、怖い!(“Stücke”〈部品、パーツ〉と呼ばれる肌色の物体…殺されたユダヤ人の無惨な死体!)
一切の感情を圧したサウルの顔越しに見えるピンぼけの、周りが具体的によく見えない、その映像に、私は慄然と身を震わす。

Σ 短い暗転に続く次のカットでは、
サウルが血や汚物にまみれたガス室の床や壁を、タワシできれいに洗っている…。

私は天を仰いで嘆息する。
苦悶とともに絶命したがゆえの血と排泄物!
次の仕事(処刑)の準備作業にほかならぬ「ガス室」清掃!
……

私は本作の鑑賞中、まるで自分がサウルに乗り移り、そのままアウシュヴィッツにいるような感覚にとらわれつづけた。
私はサウルと共に行動しつづけ、サウルの呼吸がだんだん私のものになっていく…。
ずうっとサウルと一緒に、私は絶滅収容所の狂気~毎日数千人ものユダヤ人を機械的に処理する殺人工場!思考が停止し、ただ死の工場の歯車となった無機的な人間集団!~に飲み込まれ、閉鎖的な収容所内を切羽つまって闇雲に駆け巡るのだった…。

ナチス・ドイツによるホロコーストは、これまで数多くの映画で取り上げられてきた。
私自身が現に観たホロコースト映画を、さしあたり思いつくままに挙げれば、

『夜と霧』(アラン・レネ監督、1955年、日本公開:1961年)
『ソフィーの選択』(アラン・J・パクラ監督、1982年)
『シンドラーのリスト』(スティーヴン・スピルバーグ監督、1993年)
『ライフ・イズ・ビューティフル』(ロベルト・ベニーニ監督、1997年)
『灰の記憶』(ティム・ブレイク・ネルソン監督、2001年) 
『戦場のピアニスト』(ロマン・ポランスキー監督、2002年)
『ヒトラー~最後の12日間~』(オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督、2004年)
『白バラの祈り~ゾフィー・ショル、最期の日々~』(マルク・ローテムント監督、2005年)
『ヒトラーの贋札』(シュテファン・ルツォヴィツキー監督、2007年)
『カティンの森』(アンジェイ・ワイダ監督、2007年)
『愛を読むひと』(スティーブン・ダルドリー監督、2008年)
『イングロリアス・バスターズ』(クエンティン・タランティーノ監督、2009年)
『黄色い星の子供たち』(ローズ・ボッシュ監督、2010年)
『サラの鍵』(ジル・パケ=ブランネール監督、2010年)

この14作はすべて力作であり、秀作である。各作各様ながら、どの作品に対しても、鑑賞中も鑑賞後も、私はくっきりした好ましい印象をいだき、うたた感慨に堪えなかったものだ。

とはいえ、ここで強調すべきは、本作『サウルの息子』こそ、これらの映画よりもホロコーストの罪と暴力と闇を格段に深くとらえている点である。

そこでは、酸鼻を極めた、のっぴきならない状況に落ちこんだ一人の人間の2日間がありありとシンプルに描破され(“サウルの視点に止〈とど〉まり、彼の視力・聴力・存在を超えたフィールドに立ち入らない”)→よってもって、観客の想像力(⇒創造力)が激しく刺激され、観客の想像世界の中に絶滅収容所の恐ろしいシステムの有機的で連続的な映像が構築されていった…。

●私は本作を見終わり、映画館外に出→帰宅し→今日に至るまで、この間ずっと、絶滅収容所の亡者の目をことさらに意識しつづけてきた。

1942年1月20日、ベルリンのヴァンゼー(ヴァン湖Wannsee)にある別荘で開催の「ヴァンゼー会議」で、「ユダヤ人問題の最終的解決」(Die Endlösung der Judenfrage)が決定された。
それは、ヨーロッパのユダヤ人を一人残らず地上から消すことを意味する―。

人間は一体全体、どこまで残酷になることができるのか !!

私たちはたじろがずに凝視しなければならない、
人類の中の狂暴性や凶悪性を!
文明社会が孕む自己破壊願望(本能)を!

20世紀において、人類の凶暴性が最も肥大化したのが、第二次世界大戦だった。
現在の世界の情勢には、当時と同じような、人類を破滅へと駆り立てる危うさがうかがえる。

人類が、私たち日本人が、自滅の道をたどらないためにこそ、負の遺産としての歴史を決して忘れずに、不断に見つめ直さなければならない。
私たちは苦難の歴史から目をそらさず、謙虚に学ぶ~“痛み”を負う~ことではじめて、未来に向かって着実に歩を進めることができるだろう―。
2016年2月3日(水)下高井戸シネマ(東京都世田谷区松原3-27-26、京王線・東急世田谷線下高井戸駅から徒歩2、3分)で、18:45~鑑賞。

※京王線下高井戸駅から下高井戸シネマへの歩き方:
(1)改札口を出たらすぐ左にある階段(=パン屋手前の「東口」階段)を下りる。
(2)階段を下りたら、左にぐるっと曲がり駅を出る。
(3)前方に見えるレストラン(TONINO)の左側の道(=京王線ホーム沿いの道)をまっすぐ歩く。
(4)80メートルほど歩いて右手にあるビルの2Fが映画館(1Fは美容院と歯科医院)。


作品データ :
原題 IM LABYRINTH DES SCHWEIGENS(沈黙の迷宮の中で)
製作年 2014年
製作国 ドイツ
配給 アットエンタテインメント
上映時間 123分


戦時中にナチスが犯した罪をドイツ人自ら裁き、戦争責任に向き合う契機となった1963~65年のアウシュヴィッツ裁判開廷までの道のりを、事実に基づき描いた人間ドラマ。戦後十数年が経ち戦争を過去のものとする雰囲気に包まれる中、ナチスの罪を浮かび上がらせようとした検察官たちの苦闘に迫る。
監督はドイツ在住のイタリア人で、俳優・プロデューサーとしても活躍するジュリオ・リッチャレッリ。短編映画をいくつか監督した後、本作で長編監督デビューを果たし、自ら脚本も手がけた。主演は『ゲーテの恋』『イングロリアス・バスターズ』のアレクサンダー・フェーリング。共演に『ハンナ・アーレント』のフリーデリーケ・ベヒト。

第二次大戦の終了から70年。戦争の記憶は薄れ、若者の間ではアウシュヴィッツ収容所の存在、そこで行なわれた残虐きわまりない行為を知らない者もいる―。2015年1月、ナチス虐殺の被害者の追悼式典で、独・メルケル首相が発言した。「ナチスはユダヤ人への虐殺によって人間の文明を否定し、その象徴がアウシュヴィッツである。私たちドイツ人は、恥の気持ちでいっぱいです。何百万人もの人々を殺害した犯罪を見て見ぬふりをしたのはドイツ人自身だったからです。私たちドイツ人は過去を忘れてはならない。数百万人の犠牲者のために、過去を記憶していく責任があります。」

ストーリー :
1958年、フランクフルト。戦後十数年を経て、西ドイツは経済復興の波に乗り、ほとんどの人が戦争の記憶、自分たちが犯した罪を過去のものとして忘れ去ろうとしていた。そんな折、かつてアウシュヴィッツ強制収容所で親衛隊員(SS)だった男が、違法にも学校の教師になっていることが判明する。
駆け出しの若き検事ヨハン・ラドマン(アレクサンダー・フェーリング)は、上司の引き止めにも耳をかさず、この一件の調査を始める。ジャーナリストのトーマス・グニルカ(アンドレ・シマンスキ)、強制収容所を生き延びたユダヤ人のシモン・キルシュ(ヨハネス・クリシュ)とともに、アウシュヴィッツでの悪行に関わりながら、罪を問われることなく普通に市民生活を送っている元親衛隊員個々人の証拠を集め、検事長フリッツ・バウアー(ゲルト・フォス)の指揮の下、ナチスがアウシュヴィッツでどのような罪を犯したのか、その詳細を生存者の証言や実証を基に明らかにしていく。
そして、1963年12月20日、ドイツの歴史認識を大きく変えることになったフランクフルト・アウシュヴィッツ裁判の初公判が開かれた―。

★ ≪フランクフルト・アウシュヴィッツ裁判(Der Frankfurter AuschwitzProzess≫
1963年12月20日から1965年8月10日までフランクフルトで行なわれた裁判であり、ナチス・ドイツの「ホロコースト」の蛮行をドイツ人自身によって裁いた裁判をいう。戦後すぐのニュルンベルク裁判で裁かれなかったナチスの過ちに対する責任が問われたことがきっかけで実施された。

アップ 経済復興を遂げ、「1954 FIFA World Cup Switzerland 」で初優勝!西ドイツ人は失っていた自信を取り戻し、ナチス犯罪の過去を忘れようとしていた…。
敗戦から十余年、1950年代の後半。ナチスの主要指導者たちは、敗戦直後のニュルンベルク国際軍事法廷ですでに裁かれ、ナチスを支持した知能犯たちも脱ナチ化法によって審判を受けていた。暴力的な実行犯に対する訴追は続いていたが、決め手となる証拠はなかなか集まらない。1950年に809件あった有罪認定は、58年にはわずか22件にまで減少する。
当時、社会には古傷には触るな…といった暗黙の了解があった。しかし、追及の手をゆるめない人々がいた。ヘッセン州の検事長フリッツ・バウアー(Fritz Bauer、1903~68)が中心となって、シュトゥットガルト近郊ルードヴィヒスブルクに「ナチ犯罪追及センター」が設立されたのは58年12月。最も重い謀殺罪の時効は7年後に迫っていた。
やがて60年、ユダヤ人根絶計画の実行責任者アドルフ・アイヒマンがイスラエルの諜報機関モサドによって、潜伏地アルゼンチンから拉致される。この件には、フリッツ・バウアーが先に居所を突き止め、訴追と身柄送検に必要な手続きを要請したが却下されたため、モサドに情報を流すというプロローグがあった。
当時、司法内部にはナチ党員の活動歴を隠す裁判官や検事が数多く存在し、政治中枢も国内での裁判を望まなかったのである。こうして61年、アイヒマンがエルサレムの法廷に立ったとき、西ドイツ国民は背負った過去の重さに圧倒されてしまった。

アウシュヴィッツ強制収容所要員に対する裁判は63年12月、このような国民感情を背にフランクフルトで開廷する。世論調査では54%の国民が裁判に反対。新聞には、「もうたくさんだ」、「異常な状況下での行為に罪を問うのか」などの投書が並んだ。
原告団を率いたのはフリッツ・バウアー。ドイツ=ユダヤ人夫婦の間に生まれ、ナチス政権下でデンマーク、スウェーデンへと亡命、49年にクルト・シューマッハーSPD党首の呼びかけに応えて西ドイツへ戻り、56年からフランクフルトの検事を務めていた。
起訴への発端は59年1月、彼のもとに届いた1通の封書だった。差出人はフランクフルター・ルンドシャウ紙の記者トーマス・グニールカ。中には偶然見つけたという、1人の生還者がブレスラウ(現ポーランド領ヴロツワフ)裁判所から“お土産”に持ち帰ったとされる書類が入っていた。アウシュヴィッツ強制収容所の殺人記録だった。バウアーはこの証拠書類を連邦最高裁判所に提出し、裁判をヘッセン州で開く許可を得た。
被告は収容所に勤務した副官ロベルト・ムルカのほか、看守、衛生兵、親衛隊医師、歯科医、薬剤師、衣服担当ら22人。彼らは互いに罪を否定しあい、あるいは転嫁しあって自分の容疑から逃れ、いくら19カ国から召喚された359人の証人(アウシュヴィッツ生還者211人を含む)が被告らの残虐行為を生々しく語っても、過去を悔いる様子は微塵も見せなかった。
ヴィルヘルム・ボーガー被告は、法廷から退席する時にナチス式の敬礼さえする。高い横棒にユダヤ囚の膝を折って逆さに吊るす拷問方法を考え出し、アウシュヴィッツの野獣と呼ばれた親衛隊(SS)上官だった。収容ブロックの棟長だった当時19歳のSSハンス・シュターク被告に対しては、1人の生還者が「ガス室へ送られる前の女性たちを壁の前に並ばせ、1人また1人と撃っては、立て!と狂ったように叫んでいました」と証言。あまりにも惨い出来事を思い出さなければならないために、言葉を失ってうずくまる証言者もいた…。
被告22人については、裁判中に1人が死亡、1人が病気で除外され、20人が判決を受け、ボーガーを含む6人が終身刑、3人が無罪、シュタークを含む11人が最長14年の懲役刑となった。裁判後、バウアー首席検事は「加害者の口からせめて一言でも人間的な悔いの言葉を聞きたかった」と語った。
西ドイツではこの後も、ナチ戦犯を巡って責任追及派と、終止符を打つ声が対立した。そのプロセスを経て時効は2度延長され、3度目に廃止された。そして現在、歴史家はこのフランクフルト・アウシュヴィッツ裁判を社会のターニング・ポイントだったと評価している。匿名だった民族虐殺の実行犯に初めて名前と顔がつき、この時から過去の検証が始まった。ドイツ人の歴史認識を変えたのは、彼ら勇気ある検事、裁判官、そして証言者たちだった―。

▼予告編



■私感 :
このドイツ映画は、日本人必見の逸品だ!
数々の圧力に見舞われながらも、アウシュヴィッツの、嘘いつわりのない真実に迫る、少数の勇気あるドイツ人。そこには“個”の弱い日本人が範とすべき思想的態度が現前している。

今なお東アジア諸国と「歴史認識」に関する諍いが絶えない日本。周辺諸国との間で虐殺の犠牲者数や慰安婦の数をめぐる不毛な「論争」に汲々とする日本人(思想と認識の意義を十分にわきまえぬ徒輩!)。
事態は究極するところ、個の“中核”が定まらぬ日本人が、過酷な歴史的現実をまともに正視できないがゆえの悲劇的な愚行に起因する。

ファシズムは決して特殊な現象ではない。ある時、気がつくと、良き隣人たちが残酷なファシストになっている。現に小市民として日常生活を送っていた人間が強制収容所で信じがたい残虐な行為をやってのけた―。
この「ありふれたファシズム」の怖さを、いかに克服できるか。問われるべきは、自らの「歴史=過去」と対決し⇒世俗にまみれた「嘘と沈黙」の壁を突き崩し⇒人間としての良心‐正義感を呼び覚ますことができるかどうかだ。

この根本的な問題を投げかける本作は、我々日本人にとっても、その歴史⇔実存のあり方に重い問いを突きつけてやまない秀作である。