普通人の映画体験―虚心な出会い -50ページ目

普通人の映画体験―虚心な出会い

私という普通の生活人は、ある一本の映画 とたまたま巡り合い、一回性の出会いを生きる。暗がりの中、ひととき何事かをその一本の映画作品と共有する。何事かを胸の内に響かせ、ひとときを終えて、明るい街に出、現実の暮らしに帰っていく…。

2016年7月5日(火)シネスイッチ銀座[東京都中央区銀座4-4-5 旗ビル、地下鉄銀座駅A10番から徒歩1分(和光ウラ通り)]で、15:00~ 鑑賞。
「ロイヤル・ナイト」
作品データ :
原題 A ROYAL NIGHT OUT
製作年 2015年
製作国 イギリス
配給 ギャガ
上映時間 97分


キラキラ1945年4月30日、アドルフ・ヒトラーが自殺。5月7日未明、ドイツ軍は無条件降伏文書に調印し、ここに6年に及んだ第二次世界大戦における欧州戦線は終戦を迎えた。
翌5月8日、「ヨーロッパ戦勝記念日(VE Day)」、各地で大規模な祝典が開催された。特にロンドンでは盛大で、100万人以上の群集がカーニバルのような雰囲気の中で欧州戦線の終わりを祝った。トラファルガー広場(Trafalgar Square)からザ・マル(The Mall)を経てバッキンガム宮殿(Buckingham Palace)に至る地域は群集で埋まり、ジョージ6世とエリザベス王妃、ウィンストン・チャーチル首相が宮殿バルコニーから人々に手を振った。この時、エリザベス王女とマーガレット王女はロンドンの群衆の中へ入って人々と共に祝うことを許された。

映画 本作は英国王女エリザベスの生涯一度のお忍びの夜を描く、史実に基づいたロマンティック・コメディ。
今年生誕90周年を迎え、イギリス史上最高齢・最長在位の君主であるエリザベス2世(1926.4.21~)は王女時代、妹のマーガレット王女と共に、ロンドンの街中でお忍びの一夜を過ごした。1945年5月8日、国民と共に戦勝を祝うために、当時19歳のエリザベスは父である国王ジョージ6世の許しを得て外出し、バッキンガム宮殿の外で“英国王のスピーチ”に耳を傾け、リッツ・ロンドンでワルツを踊ったという。そんな実話をベースに、プリンセスが最初で最後の自由を謳歌した、ときめきと感動の一夜~数々の思いがけない出会い~が、1950年代に一世を風靡したグレン・ミラーサウンド~「イン・ザ・ムード(In the Mood)」「タキシード・ジャンクション(Tuxedo Junction)」「アメリカン・パトロール(American Patrol)」などの名曲~に乗せて映画化された。
エリザベス王女には、「世界で最も美しい顔ベスト100」に4年連続でランクインしたサラ・ガドン(Sarah Gadon、1987~)。マーガレット王女に『ミニー・ゲッツの秘密』のベル・パウリー(Bel Powley、1992~)、ジョージ6世に英国美青年ブームの先駆けとなったルパート・エヴェレット(Rupert Everett、1959~)、エリザベス王妃にアカデミー賞2度ノミネートを誇るエミリー・ワトソン(Emily Anita Watson、1967~)。監督は『キンキーブーツ』(2005年)、『ジェイン・オースティン 秘められた恋』(2007年)のジュリアン・ジャロルド(Julian Jarrold、1960~)。

ストーリー :
1945年5月8日、英国ロンドン。バッキンガム宮殿から、歓呼に沸く群衆を、陸軍の軍服に身を包んだリリベット(愛称)ことエリザベス王女(サラ・ガドン)が静かに見つめていた。そこに妹のマーガレット王女(ベル・パウリー)が現われ、今宵こそ王宮の外へ出たいと胸を躍らせる。リリベットは母エリザベス王妃(エミリー・ワトソン)に願い出るものの、姉妹の予想通り却下される。リリベットはマーガレットの部屋を訪れ、結果を伝える。軍服のリリベットに対し、マーガレットは若い娘らしい花柄のワンピースを着、その部屋にはブロマイドが飾られ、流行の音楽が流れていた。侍従から聞いた、ロンドン一のホット・スポット、「カーゾン・クラブ(Curzon Club)」に憧れるマーガレットはリリベットの手を取って流行りのステップを踏む。6年に及んだ戦時下生活に加え、王族としての義務と慣習の中で「尼僧のように」暮らす姉妹は若さを持て余していた。

連合国の大使や要人との会談の予定を確認する席上、姉妹は再度、母后に外出を願い出る。王族としての立場、“国民”との身分の違いを理由に、やはり許可されない。そこへ国王ジョージ6世(ルパート・エヴェレット)がやってくる。吃音のある国王は、戦勝に際するラジオ放送の準備に余念がない。時折、言葉に詰まりながら練習する。リリベットは父王に外出を願い出る。国民の反応を感じたい、と。国王は期せずして王位継承者となったリリベットの立場を理解し、外出を許可する。

トラファルガー広場に、カーゾン、チェルシー兵舎でのパーティ…と、心が浮かれながらピンク色のカクテルドレスに身を包んだ姉妹の前に、チェルシーの連隊から派遣された二人の陸軍将校が現われる。二人を護衛に「監視下で安全に」外出をするよう母后から言い含められる。門限は当初0時だったが、停戦発効時間が英国時間5月9日0時01分であることから、国民の反応を見てから戻れるよう1時とされる。

市街では、人々が国旗を手に大興奮していた。二人の王女は、その様子を車中から眺める。やがて、車はリッツ・ロンドン(The Ritz London)に到着する。ホテル内でも人々は大はしゃぎしていた。王女たちは、母后の差し金か、特別室で貴族たちの接見を受ける。その頃、護衛の将校たちは娼婦たちと過ごし、王女たちへの監視を怠っていた。まずマーガレットが抜け出し、海軍士官に誘惑されるまま、ロンドンバスに乗ってどこかへ消えてしまう。リリベットはマーガレットを追って、後続のバスに乗り込む。ガラス越しに、マーガレットはトラファルガー広場へ行くと伝えるが、姉妹は離れ離れになる。リリベットの元に、乗務員が運賃を回収しにやってくる。現金を持っていないリリベットは困り果てるが、居合わせた空軍兵士が代わりに支払う。その兵士にバスの降り方を聞く途中、二人は誤ってバスから転落してしまう。リリベットは兵士に案内されるまま、パブに入る。市井の人々でいっぱいのパブで、国王のスピーチ放送を聞く。人々は直前の喧騒が嘘のように静まり返り、深い敬意と感謝を胸にスピーチに聞き入る。リリベットはその様子に感銘を覚えるとともに、父王が吃音を呈せずに放送を行なっていることに安堵する。

ところが、先ほどの空軍兵士だけが、綺麗ごとばかり言いやがって、と露骨に反感を示す。パブの客たちと喧嘩になり、店をつまみ出される。兵士を頼るリリベットは、トラファルガー広場に連れて行って欲しいと頼むが、二人はいつの間にか広場に到着していた。彼の名はジャック・ホッジ(ジャック・レイナー)。リリベットはマーガレットを探すが、全く見当たらない。それどころか、ジャックはその場で知り合った女二人と、バッキンガム宮殿前に行ってしまう。その頃、マーガレットは噴水に入ってはしゃぎ、さらに海軍士官と共に歓楽街ソーホー(SOHO)へ行く。停戦発効の瞬間、リリベットは宮殿前に行き、両親がバルコニーに出て国民の歓呼に応える様子を見る。リリベットはジャックと一緒にいる女に、本心から国王に感謝しているか問う。すると、彼女が誰か知己を亡くし複雑な思いでいることを察するのだった。停戦の時刻、人々はハグし合い、恋人たちはキスを交わした。リリベットも、周囲の人々とハグし喜びを共にする。そして、ジャックの恋人だと主張して女たちを追い払うと、マーガレット探しに協力させる。リリベットは「恋人は遠くに居て、いないのと同じ」とジャックに説明する。

マーガレットは「カーゾン」よりホットな場所として、裏通りの娼館に連れて行かれ、怪しげな薬入りのピンク・ジンを飲まされていた。泥酔したマーガレットは、娼館の元締めの元にたどり着き「P2」こと第二王女(2nd Princess)であると名乗る。元締めは彼女が本物の王女であると見抜くとともに、海軍士官を追い払う。さらに彼女が、チェルシー兵舎の合言葉を知っていることから、娼婦たちを連れて兵舎へ向かうのだった。一足遅く、娼館に潜入したリリベットとジャックは、マーガレットの行先を知って、そこを何とか脱出する。その途上、ジャックが実は軍隊からの「脱走」を決意しており、現時点では「無許可外出」であることを知る。

タグボートでチェルシーに向かいながら、ジャックの事の経緯を尋ねる。ジャックはベルリン空襲に参加していたが、ある日、高射砲の反撃を受けて機体が大破、戦友の死を目の当たりにしたのだった。ジャックは休暇を願い出るが、逆に「意欲低下」の烙印を押され「ジャップと戦うため」極東に転戦させられる予定だった。功績はお偉方のものに、だが兵士や労働者たちこそ懸命に戦い働いているのではないか!ジャックの話や、廃墟の中で生きる人々の姿を見て、彼女なりに懸命に従軍してきたリリベットは我に返る。

チェルシー兵舎では、たくさんの女たちと兵士・将校たちが踊り騒いでいた。姉妹を護衛できなかった将校たちも、「処刑」の前にと酒を飲んでいた。ついに姉妹は再会し憧れのステップを踏む。さらにジャックとリリベットも手を取り合って踊るが、そこに憲兵が現われ、ジャックを捕らえる。ついにリリベットとマーガレットは身分を明かし、護衛の将校、「友人」ジャックと共に兵舎を後にする。ジャックはエリザベスが王女だと知ってショックを受けるも、「脱走」の前に訪れるつもりだった実家へ姉妹を案内する。ジャックの実家では、老いた母が慎ましく暮らしていた。リリベットはその質素な部屋に国王一家の写真が飾られている点に気づき、王室をごく自然に受け入れる感じを好ましく思った。

マーガレットを将校ともども先に宮殿に帰すと、リリベットはジャックと一緒に遠回りして宮殿へ帰る。リリベットとジャックは、父王・母后と共に朝食をとる。リリベットは父王に“国民”たちの様子を伝え、またジャックが戦線で活躍した英雄だと紹介し、今回いろいろ彼に助けられた旨を告げる。ジョージ6世は姉妹が過ごしたのはリッツ・ロンドンだけとしつつも、リリベットが無事に宮殿に帰り着いたことでジャックに感謝する。そして、リリベットがアメリカの要人との会談に同席したいと言うのを聞き、娘が次期女王としての自覚を強くしたことを喜ばしく感じるのだった。

日朝点呼までに部隊へ戻るというジャックを、リリベットは車で送る。ノーソルト空軍基地に着くと、衛兵に「エリザベス・ウィンザー准大尉の特別任務」※としてジャックの無許可外出を不問にさせる。ジャックは野に咲いていたマーガレットを王女に手渡し、別れのキスを交わす。何事もなかったようにジャックは点呼に参加した。そして、宮殿に戻るエリザベス王女もまた、晴れやかな微笑みを見せるのだった。

※エリザベス2世女王のフルネームは、エリザベス・アレクサンドラ・メアリー・ウィンザー(Elizabeth Alexandra Mary Windsor)。

▼予告編

2016年7月2日(土)吉祥寺プラザ(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-11-19、JR吉祥寺駅北口サンロード突き当たり左)で、18:30~鑑賞。

作品データ :
原題 ER IST WIEDER DA
製作年 2015年
製作国 ドイツ
配給 ギャガ
上映時間 116分


現代にタイムスリップしたアドルフ・ヒトラーがモノマネ芸人としてテレビで人気になっていくさまを描き、話題を呼んだ風刺小説【ティムール・ヴェルメシュ(Timur Vermes)著“Er ist wieder da(「彼が帰ってきた」)”(2012年)】を映画化したコメディードラマ。
リアリティを追求するため、無名の舞台俳優オリヴァー・マスッチ(Oliver Masucci)がヒトラー役に選ばれたほか、実在の政治家や有名人、ネオナチと顔を合わせるなど、アドリブシーンを交えて物語が展開する。監督は、これが日本初紹介のデヴィット・ヴェント(David Wnendt、1977~)。
21世紀の民衆が、知らず知らずのうちにヒトラーに扇動されていくさまに注目!

ストーリー :
2014年のベルリンに蘇ったヒトラー(オリヴァー・マスッチ)は、疲労で倒れ込んだところをキオスク(新聞販売店)の主人に助けられ、そのままキオスクに居候することになった。同じ頃、テレビ会社「My TV」をクビになったザヴァツキ(ファビアン・ブッシュ)は、撮影した映像にヒトラーそっくりの男が映り込んでいるのを発見し、テレビ会社に復職するための自主動画を撮影するためヒトラーと共にドイツ中を旅する。ザヴァツキは撮影した動画を手土産にテレビ会社に復職し、ヒトラーはトーク番組「クラス・アルター」へのゲスト出演が決定した。ヒトラーの政治トークは視聴者の耳目を集め、一躍人気者となる。しかし、ドイツ人にとってタブーである「ヒトラーネタ」で視聴率を高める局長のベリーニ(カッチャ・リーマン)に反発するスタッフが現われ始め、中でも局長の地位を狙う副局長のゼンゼンブリンク(クリストフ・マリア・ヘルプスト)は、ベリーニを失脚させるため、ヒトラーのスキャンダルを探していた。ゼンゼンブリンクはザヴァツキの撮影した動画の中からヒトラーが犬を射殺するシーンを見つけ出し、トーク番組で映像を公開させる。視聴者からの批判を受けたヒトラーは、番組を降板させられ、彼を重用したベリーニもテレビ会社をクビになる。

ザヴァツキの家に居候することになったヒトラーは、自身の復活談を描いた『帰ってきたヒトラー』を出版する。『帰ってきたヒトラー』はベストセラーとなり、ザヴァツキとベリーニは映画化を企画する。一方、ヒトラーが降板した「クラス・アルター」は視聴率が低迷し打ち切りが決まり、新局長となったゼンゼンブリンクは番組を立て直すため映画製作への協力を申し出る。映画製作が進む中、監督となったザヴァツキは恋人のクレマイヤー(フランツィスカ・ウルフ)の家にヒトラーと共に招待されるが、ユダヤ人であるクレマイヤーの祖母がヒトラーを拒絶する。クレマイヤーがユダヤ人だと知った時のヒトラーの反応を見たザヴァツキは疑念を抱き、ヒトラーが最初に現われた場所が総統地下壕跡地だったことに気づき、ヒトラーがモノマネ芸人ではなく、本物の「アドルフ・ヒトラー」だと確信する。ザヴァツキはベリーニに真実を伝えるが相手にされず、取り乱した様子から「精神を病んだ」と判断されたザヴァツキは精神病棟に隔離されてしまう。映画がクランクアップした頃、ヒトラーは自身を支持する若者を集めて新しい親衛隊を組織し、再び野望の実現のために動き出す…。

▼予告編



▼特別映像



▼ cf. 「ヒトラー最後の日~新資料が明かす独裁者の末路~」(NHK“その時歴史が動いた”、放送日:2002年9月25日):

2016年7月1日(金)新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3-15-15、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、19:10~鑑賞。

作品データ :
原題 ALICE THROUGH THE LOOKING GLASS
製作年 2016年
製作国 アメリカ
配給 ディズニー
上映時間 113分


「不思議の国のアリス」のその後を描き、大ヒットを記録した『アリス・イン・ワンダーランド』(2010年)の続編。悲しい過去に心を奪われたマッドハッターを救うため、時間をさかのぼるアリスの冒険がつづられる。前作の監督ティム・バートンが製作を務め、『ザ・マペッツ』のジェームズ・ボビンがメガホンを取る。ミア・ワシコウスカ、ジョニー・デップ、アン・ハサウェイ、ヘレナ・ボナム=カーターら前作の豪華キャストが続投し、“時間の番人”タイム役でサシャ・バロン・コーエンが新たに登場する。

ストーリー :
ワンダー号での3年に渡る大航海を終えてロンドンに戻ったアリス(ミア・ワシコウスカ)は、母(リンゼイ・ダンカン)が生活苦から元婚約者のヘイミッシュ(レオ・ビル)に自宅の所有権を譲渡する契約を結んだことを知る。ヘイミッシュは「ワンダー号を譲渡すれば自宅の権利を返す」と告げるが、父から譲り受けたワンダー号を手放したくないアリスは返答に窮した。そこに、蝶になったアブソレムが現われマッドハッター(ジョニー・デップ)の異変を伝え、アリスは再びワンダーランドに向かう。マッドハッターは「死んだはずの家族が生きている」と信じ、アリスに家族を探して欲しいと告げるが、アリスに「死んだ家族を探すことは不可能」と返答され病床に伏してしまう。マッドハッターを救うため、アリスは白の女王(アン・ハサウェイ)の助言で、時間をコントロールできる“クロノスフィア”を手に入れるため、ワンダーランドの時間の番人であるタイム(サシャ・バロン・コーエン)の元に向かう。

タイムと会ったアリスは、クロノスフィアを貸して欲しいと伝えるが、「クロノスフィアを城の大時計から取り外すと世界が崩壊する」と断わられてしまう。しかし、アリスはタイムが赤の女王(ヘレナ・ボナム・カーター)の応対に気を取られている隙にクロノスフィアを持ち出し、マッドハッターの家族を救うため(時間を遡り)過去に向かう。アリスは過去に戻りマッドハッターの家族や赤の女王の過去を変えようとするが、いずれも失敗してしまう。そこに、タイムが現われクロノスフィアを取り返そうとするが、アリスは元の世界に戻り難を逃れる。

病院のベッドで目覚めたアリスは、ワンダーランドに戻りマッドハッターの家族が死んだ日に向かうが、そこでアリスはマッドハッターの家族は死んでおらず、赤の女王に連れ去られた事実を知る。現在に戻ったアリスは、マッドハッターに家族が生きていることを伝え、意識を取り戻したマッドハッターや白の女王たちと共に赤の女王の城に乗り込む。マッドハッターの家族を見つけだしたアリスたちだったが、赤の女王に捕まりクロノスフィアを奪われてしまう。赤の女王は、白の女王を連れて、白の女王が自分に嘘をついたことを認めさせるため過去に向かう。

赤の女王のわがままにウンザリしていた家来たちに解放されたアリスは、赤の女王に捕まっていたタイムの協力で赤の女王を追うが、赤の女王が過去の自分に会ってしまったため、世界の崩壊が始まる。アリスたちは現在に戻りクロノスフィアを大時計に戻そうとするが、ワンダーランドの仲間たちは次々に崩壊に飲み込まれてしまう。アリスも崩壊に飲み込まれてしまうが、間一髪でクロノスフィアを大時計に戻すことに成功し、ワンダーランドの崩壊が止まる。アリスは「一緒に暮らそう」というマッドハッターからの誘いを断わり、元の世界に戻る。元の世界に戻ったアリスは、母と共に貿易会社を設立し、交易を行なうためワンダー号に乗り込む。

▼予告編

2016年6月27日(月)目黒シネマ(東京都品川区上大崎2-24-15 目黒西口ビルB1、JR山手線目黒駅西口から徒歩3分)で、18:30~鑑賞。『ビリィ・ザ・キッドの新しい夜明け』16:20~と2本立て上映。

作品データ :
原題 THE HATEFUL EIGHT
製作年 2015年
製作国 アメリカ
配給 ギャガ
上映時間 168分


     ↓ アメリカ版ポスター
『ヘイトフル・エイト』アメリカ版ポスター

『イングロリアス・バスターズ』『ジャンゴ 繋がれざる者』などでバイオレンス・アクションの世界を究めたクエンティン・タランティーノ監督の長編第8作。猛吹雪でロッジに足止めをくらったクセ者8人を主人公に描く【密室】殺人ミステリー西部劇。
タランティーノにとって8作目の監督映画であるため、様々なアートワークの中で『The H8ful Eight』、『The Hateful 8』と「8」を強調して表記されている。
タランティーノ作品常連のサミュエル・L・ジャクソンを筆頭に、カート・ラッセル、ジェニファー・ジェイソン・リー、ウォルトン・ゴギンズ、デミアン・ビチル、ティム・ロス、マイケル・マドセン、ブルース・ダーンが出演。
音楽をタランティーノが敬愛する巨匠エンニオ・モリコーネ(Ennio Morricone、1928~)が担当し、第88回アカデミー賞で作曲賞を受賞。
残虐描写、フルヌードのシーンなどの理由から、日本では映画倫理委員会によりR18+(18歳未満の入場・鑑賞を禁止する指定のこと。いわゆる18禁や成人映画と呼称される)指定を受けた。

ストーリー :
南北戦争の終結(1865年4月9日)から数年後の冬、ワイオミングの山中。どこまでも続く白銀の世界。
元・北軍少佐で今は賞金稼ぎのマーキス・ウォーレン(サミュエル・L・ジャクソン)が、レッドロックへ運ぶお尋ね者3人の凍った死体を椅子代わりに座っている。寒さで馬がやられ、誰かが通りかかり拾ってくれるのを待っているのだ。
やがて1台(6頭立て)の駅馬車がウォーレンの前で停まる。馬車の客は、同じく賞金稼ぎのジョン・ルース(カート・ラッセル)。ゴツい腕にはめた手錠の先には、連行中のデイジー・ドメルグ(ジェニファー・ジェイソン・リー)が繋がれていた。1万ドルもの賞金をかけられた重罪犯の彼女は、さんざん殴られて顔面が青痣や鼻血まみれになっても不気味にニヤニヤしている。
迫り来る猛吹雪から避難するため、ルースはレッドロックまでの中継地で、うまいコーヒーにシチュー、装飾品から武器まで何でも揃っているミニーの紳士服飾店へ向かうが、途中でもう一人、新任保安官だと名乗るクリス・マニックス(ウォルトン・ゴギンズ)を乗せる。しかし、ルースはマニックスが黒人殺しで名を馳せる凶悪な南軍くずれの略奪団の一員だと知っていた。
ミニーの店へ着くと、見知らぬメキシコ人、カタギとは程遠いルックスの怪しい男、ボブ(デミアン・ビチル)が現われ、母親に会いに行ったミニーの代わりに店番をしていると言う。凍えたルースは早速ストーブの上のコーヒーを飲むが、ボブが作ったらしいそれは泥水のようにマズく、自分の手で淹れ直す。
店には、3人の先客が吹雪で閉じ込められていた。絞首刑執行人のオズワルド・モブレー(ティム・ロス)は、冷静で一見紳士的ながら、どこかウサン臭い英国訛りの饒舌を弄する男。カウボーイのジョー・ゲージ(マイケル・マドセン)は、獰猛な風貌を備えた無愛想な男で、母親とクリスマスを過ごすために帰る途中だということ以外は一切語らない。そして、サンディ・スミザーズ(ブルース・ダーン)は元・南軍将軍の無口な老人、限度を超えた黒人嫌いで、かつてバトンルージュの戦い(1862年)で多くの黒人を虐殺した。
ルースはこの怪しげでワケありな男たちに疑いの目を向ける。この中にデイジーの仲間がいて、奪還するチャンスを待っているのではないか?あるいは1万ドルのお宝を横取りしようとしているのでは?
偶然集まった他人同士のはずが、マニックスは父親がヒーローと崇めていたスミザーズとの出会いに感激し、そのスミザーズの息子の謎の死についてウォーレンが何かを知っていた…それぞれの過去の糸が複雑にもつれ出したとき、コーヒーを飲んだ者が激しく苦しみ、まもなく息絶える!夜も更け、外の吹雪はますます激しくなっていく…。
8人~人種も境遇もバラバラな7人の男と1人の女~がぶつかり合う「嘘」と「嘘」、やがて浮かび上がる予想外の「真相」―。生き残るのは、誰だ !?

追記 :
ストーリーが急展開するのは、ウォーレン少佐が南北戦争で黒人を大量虐殺したスミザーズ将軍をぶち殺すシーンから―。
そして、怒涛のクライマックスを迎えるのは、ウォーレン少佐が突然床の下から銃で(陰嚢を)撃たれるシーンから―。
“ミニーの店”にいたのは8人ではなく、実は9人目が床下にいた!デイジーの弟ジョディ(チャニング・テイタム)の唐突な出現だった!
私はこの意想外の展開に、まさしく虚を衝かれてビックリ仰天 !!

▼予告編




▼特別映像 :



▼エンドクレジットで流れるロイ・オービソン(Roy Orbison、1936~88)の“反戦ソング”「There Won't Be Many Coming Home」:
「ゼア・ウォント・ビー・メニー・カミング・ホーム(多くは家へ帰れない)」は、ロック歌手オービソン唯一の主演映画『The Fastest Guitar Alive』(1967年)の主題歌。



■私感 :
タランティーノ印のブラックな笑いと過剰なアクション満載!
毒のある名優たちによる虚々実々の駆け引きぶり!
ストーリーの息詰まるような意表をつく展開の妙!

私は一般に映画作品を鑑賞する際、基本的に当の作品を~サスペンスであれ、アクションであれ…~シンプルに楽しむことをもってよしとする。

私はこれまでに、クエンティン・タランティーノ(Quentin Tarantino、1963~)監督の長編映画全7作を鑑賞した。
・『レザボア・ドッグス』(原題:Reservoir Dogs、公開年:1992年)
・『パルプ・フィクション』(Pulp Fiction、1994年)
・『ジャッキー・ブラウン』(Jackie Brown、1997年)
・『キル・ビルVol.1』(Kill Bill:Vol.1、2003年)
・『キル・ビルVol.2』(Kill Bill:Vol. 2、2004年)
・『デス・プルーフ in グラインドハウス』(Death Proof、2007年)
・『イングロリアス・バスターズ』(Inglorious Bastards、2009年)
・『ジャンゴ 繋がれざる者』(Django Unchained、2012年)

1990年代前半以降、犯罪や暴力をテーマに独特の雰囲気を醸し出すタランティーノの映画作品は、根強い人気を誇ってきた。ギャング映画と大衆小説とサスペンスと西部劇をグツグツ煮込んで、味付けする―。他のどの監督とも違うし、他のどのハリウッド映画とも違うタランティーノ独自のスタイルは、熱狂的なファンを持ちつづけてきた。
私自身は彼の処女作(犯罪映画)『レザボア・ドッグス』に妙に引き付けられて以来、その長編映画すべてに何らかの関心を寄せつづけて、今日にいたっている。
とはいえ、私は決してタランティーノ監督の格別に熱心なファンだったわけではない。私の場合、彼の映画世界に何かしら引っかかるものを覚えながらも、それなりに面白いことも事実、マアいいんじゃない、と気軽な気持ちに駆り立てられ、性懲りもなく好奇に充ちた目を向けつづけた。

ハート本作の場合、私の個人的な興味と関心をかき立てるのは何よりも、その時代背景にある。
1舞台は雄大な自然が広がるワイオミング[準州]の高原地帯(ワイオミングは1868年に準州〈Wyoming Territory〉となり、1890年にアメリカ合衆国44番目の州〈State of Wyoming〉に昇格)。南北戦争(American Civil War、1861~1865)の終結で西部への拡大に再び拍車がかかり始めた頃(⇒西部開拓時代)。

そこでは、先に入植して広大な土地を独占していた大牧場主と、後から入ってきた小牧場主&農民の対立が露わになる。
あの屈指の名作『シェーン』(原題:Shane、ジョージ・スティーヴンス監督、1953年)こそ~私の人生史上何度となく観つづけてきたベスト映画の一つ~、まさにこの時期のここが舞台、両勢力の対決が主題で、アラン・レッド演じる「流れ者」シェーンは後者(開拓民ジョー一家)に味方、ジャック・パランス演じる悪役ウィルソンは前者(悪徳牧場主ライカー一派)に雇われた殺し屋だった。
両勢力の対決は史実では「ジョンソン郡戦争(Johnson County War)」(1892年)が有名で、双方で数十名から数百名の対決に膨れ上がり、ベンジャミン・ハリソン大統領命令で騎兵隊がこれを鎮圧。
この騎兵隊の中核が、黒人編成の第9および第10騎兵隊である。騎兵隊は基本的にインディアン掃討へ振り向けられるから、この白人暴徒鎮圧に黒人騎兵隊が使われたことは、歴史の皮肉だった。

本作でサミュエル・L・ジャクソン(Samuel Leroy Jackson、1948~)演じるマーキス・ウォーレン少佐のような黒人兵士“バッファロー・ソルジャー(Buffalo Soldier)”は、多くのインディアン部族が住んでいたワイオミングで、インディアン戦争(=米国における白人入植者によるインディアンの征服戦争)にかり出され→同じ有色人種との戦闘に投入された。
ウォーレン少佐がバッファロー・ソルジャーの出世頭ながら(彼は南北戦争に従軍し、奴隷制存続を主張する「南部同盟」の捕虜収容所から脱走した経験の持ち主!)、“賞金稼ぎ”に変貌したこと、これまた歴史の皮肉というほかはない。

2劇中に登場する「リンカーンの手紙」【第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln、1809年2月12日~1865年4月15日)大統領の感状】のこと。
黒人の賞金稼ぎ・ウォーレン少佐が懐に蔵している手紙がある。手紙の差出人は、かの有名なエイブラハム・リンカーンだ。なぜ、米国大統領からの手紙を彼が持っているのか。本人いわく、自分・ウォーレンとエイブ(Abe)は南北戦争時からの友人で、文通メイトでもある―。

白人賞金稼ぎのジョン・ルースがウォーレンとエイブの関係性を羨み、当の手紙を見せてくれとウォーレンに頼むシーンがある。
快く了承したウォーレンがルースに手紙を見せると、ジョンの腕に繋がれた女囚人デイジー・ドメルグがいきなり手紙に唾を吐きかける。
怒ったウォーレンがデイジーをぶん殴って馬車から突き落とすと、一緒に繋がれていたルースと手紙も落下してしまう。
雪の上に乗っかった手紙を改めて後生大事に懐にしまうウォーレンだった…。

しかし実のところ、「リンカーンからの手紙」はウォーレン自身の手によって書かれたものだった。
黒人嫌いの自称保安官クリス・マニックスによって、その偽装手紙のウソが皆にバラされてしまう。「この中(ヘイトフル・エイトの連中)で、リンカーンと文通できる奴なんているわけねぇよ!」

「20世紀アメリカ黒人文学」の先駆者として知られ、「ブラックパワー」という言葉を作った黒人作家、リチャード・ライト(Richard Wright、1908~60)は、ミシシッピの公立図書館で、白人が書いたように見せかけた自作の紹介文を図書館司書にいちいち渡して、本を借りていたという。この「白人による紹介文」は、ある時代まで、アメリカのごく一部の黒人にとっての生きる知恵だった。

ウォーレンはその手紙を虚栄心で書いたわけではなかった。「黒人が安全なのは白人が丸腰のときだけ」と彼は言う。心底憎み、まったく信用ならない白人たちと何とか巧くやっていくための手段がこの時代には必要不可欠だった。彼はやむをえない成り行きで、世渡りの詐術として、手紙を書いた。それは偽物であっても彼にとって、(黒人・白人の別なく)同じアメリカ人として認めてもらうためにも、護符のように大事な手紙にほかならなかった。

ダウンこの「リンカーンの手紙」には、どんな文言が記されているのか。
≪親愛なるマーキス(Dear Marquis)
どうか、この手紙が届く頃も、君は変わりなく元気でいてほしい。私はとても順調だ。だが、1日の時間がもっとあればと願う。仕事が多すぎるのだ。
時はゆっくりと変わる、だが確実に。そして君のような人間が時代を作るのだ。君の輝かしい戦績が君だけのものではなく、黒人たち(your race)への信頼となる。君の活躍を聞くたび、私も誇らしくなる。我々が進むべき道はまだ遠い。だが手をたずさえ、共にたどり着こう。忘れないでいてほしい。君はいつも心の中にいる。
願わくば、近い将来ぜひ、君と会いたい。その日まで、私は君の友でいる。
メアリー・トッドが呼んでいる。
床に就く時間だ。

尊敬を込めて(Respectfully)
エイブラハム・リンカーン(A.Lincoln)≫

※文中のメアリー・トッド〈Mary Todd Lincoln、1818~82〉は、リンカーン大統領の妻。

リンカーンからの、生き生きしたリアリティーに溢れた、励ましと労(ねぎら)いの言葉!
黒人のウォーレン自身が書いたものとはいえ、「偉大な解放者(the Great Emancipator)」リンカーンの高潔な人物像~慈愛に満ちた人間性~をうかがわせる文面だ。
「リンカーンの手紙」は実際問題としては、リンカーンの思いにほとんど重なるようにして、ウォーレンの明日への希望が、さらにはタランティーノの切なる願いが込められたものと言えよう。

スペードタランティーノの諸作品において問題は、血みどろ満載-憎しみ激突-言いたい放題・やりたい放題のドラマがグロテスクに演出(誇張!)されていること。
みんなでドンパチやって、血がドバーって噴き出す…。
頭が吹っ飛ばされたり、大量の血しぶきを被ったり…。
グロ、ゲス、ゲロの見事な3Gが揃って…
いやはや、バイオレンスさもここに極まれりの描写が多すぎる!

本作でジェニファー・ジェイソン・リー(Jennifer Jason Leigh、1962~)演じる罪人デイジー・ドメルグは、下品で粗野で性悪な女だ。とはいえ、ギターを片手に歌い出す人間臭さもあり、怖いもの知らずで勇敢な一面も覗く。
そんな彼女が男たちに引きずり回されて、サンドバッグのようにボコボコにされて…、あげくの果てに~血腥(なまぐさ)いラストシーンで~縛り首にされて…。

なるほど、『ヘイトフル・エイト』にはタランティーノ自身の「反戦」テーマの思惑が透けて見える。
いつまでも“憎しみに溢れ(ヘイトフル) ”、復讐や絞首刑にこだわり続ける8人(+1人)!
それこそ、ヘイトクライムと復讐の連鎖によるテロ戦争~今そこにある危機~の現在を痛烈に皮肉っている(上掲のエンディングテーマ「There Won't Be Many Coming Home」がこの点を如実に物語る)。

だが、そうは言っても、彼タランティーノの場合、嗜虐趣味が過ぎる。おどろおどろしい血腥い残虐描写は、悪趣味に過ぎる。

慎重に考慮すべきは、作劇上の人物造型が人格と理性が崩壊し、乱暴で刹那的な、感情を抑えることができない、「動物のような」それ~知性と獣性のバランスが壊(こわ)れてしまった人間~になってしまっていないか、ということ。
大事な点は、人間の知性と獣性のバランスをいかに勘案するかだ。
映画として傑出しているかどうかの最大の決め手は、いかに知性と獣性のバランスを保った、たまらなく魅力的な人間を登場させることができるかどうかにある。

▼ジェニファー・ジェイソン・リーの“ヘイトフル”な怪演ぶり :

2016年6月27日(月)目黒シネマ(東京都品川区上大崎2-24-15 目黒西口ビルB1、JR山手線目黒駅西口から徒歩3分)で、16:20~鑑賞。『ヘイトフル・エイト』18:30~と2本立て上映。

作品データ :
製作年 1986年
製作国 日本
配給 パルコ
上映時間 109分


ギャングたちの襲撃から一軒の店を守るため、「6人」の用心棒たちが店のマスターと共に闘うまでを描く。高橋源一郎の原案(『さようなら、ギャングたち』『虹の彼方に』『ジョン・レノン対火星人』などの作品から引用)を基に、彼と山川直人が脚本を共同執筆。監督は自主映画を撮り続け、これが商業映画(35mm)デビュー作となる山川直人。撮影は『国東物語』の高間賢治が担当。主題歌は、ZELDA(ゼルダ)の「黄金の時間」。パルコが配給を行ったPARCOムービー第1弾。

ストーリー :
ビリィ・ザ・キッドはモニュメント・バレーの荒野を馬に逃げられ、とぼとぼと歩いていた。立ち止まり、あたりを見渡そうとした次の瞬間、彼は奇妙な酒場「スローターハウス(屠殺場)」に立っていた。ビリィは店のマスターに用心棒として雇うよう、早打ちを披露するが、宮本武蔵の神業的居合抜きの前には破れてしまう。だが、マスターの一人娘テイタムに一目惚れし、何とかタダ働きのウェイターとして雇ってもらった。愛妻家で芸術家のサンダース軍曹、詩人の中島みゆき、念力を繰る104、合体人間マルクス・エンゲルス、彼らはそれぞれ、修理屋、ウェイトレス、レジ係、皿洗いとしてこの店で働いている。だが、それは仮の姿であり、実は“破壊”という二文字しか辞書に持たないギャングたちの襲撃から店を守るため、雇われた用心棒たちだった。ロックバンド、ゼルダのライブコンサートを3日後に控え、ビリィは店の客になりすましたギャングを見つけだそうとやっ気になっていた。来る客すべて怪しいが、美人OLのシャーロット・ランプリングだけには気を許してしまう。ゼルダのライブが始まった。店内に生暖い風が吹き、ギャングたち、ハリィ・キャラハン、シャーロット、ブルース・スプリングスティーン、レオニード・ブレジネフが襲撃してきた。壮絶な銃撃戦の後、死体だらけの店内に残ったのは、マスターとみゆきとビリィの3人だけだった。翌朝、ビリィは2人と再会を約束して、店の壁画から快晴のモニュメント・バレーへと去って行った。

▼予告編(CM)



■私感:
本作は1986年8月1日に公開された。
まもなく私は、たしか大阪の映画館で、この映画を観た。

今回再見して、今更ながら思ったこと。
それは初見時以上にいや増さる思いだ―。

本作では、荒唐無稽な/奇想天外な/ハチャメチャなストーリーが展開する。
観客の中には、このストーリーレスな「ストーリー」に「衝撃を受け」→本作を「好きで好きでたまらない映画」とか「80年代邦画の隠れた佳作」「大傑作」とか評する向きがいる。

Cf.:「ビリィ・ザ・キッドの新しい夜明け」〈映画レビューサイト「みんなのシネマレビュー」〉

Cf.:「邦画が好きになったのは、この映画を見てからといっても過言ではありません。(笑)奇想天外のストーリー(というか無茶苦茶)に衝撃を受けたものです。ランダムな展開、分かる人にしか分からないキャスティング。うーん B級の最上級といっても良いんではないでしょうか?」(「ビリィ・ザ・キッドの新しい夜明け」〈日本映画批評・感想サイト「邦画生活」〉)

Cf.:「多士済々な出演者たちの言葉遊びが多用されたセリフを楽しむとともに、ポップでコミカルな大胆な演出を楽しめる人だけの映画。ノリについていけない人はツライかもしれない。」(「【映画感想】『ビリィ・ザ・キッドの新しい夜明け』(1986)/80年代のセゾン文化の輝き」〈Hatena Blog「退屈な日々/Der graue Alltag」〉


だが、もともと私は、末梢神経の興奮感覚に酔いしれる質(たち)の人間ではない。どうして、こんなシッチャカメッチャカな映画に惑溺できようか!

本作では、様々な作品からのパロディーが全編に配されている。中でも『七人の侍』(黒澤明監督、1954年)のパロディーが多く、「七人」で店を守る設定や、キャラクター造形にも反映されている―。

舞台は「スローターハウス」という奇妙な酒場。

※「スローターハウス」は、1969年に出版されたカート・ヴォネガットの小説『スローターハウス5』(Slaughterhouse-Five, or The Children's Crusade:A Duty-Dance With Death)に由来する呼称。本作では この酒場での4日間を描いている。ただし、冒頭および最後のモニュメント・バレー(Monument Valley、アメリカ合衆国西南部のユタ州南部からアリゾナ州北部にかけて広がる地域一帯)のシーンだけは現地ロケである。

世界中を震撼させているギャングがこの店を襲うという情報を聞いた店のマスター(石橋蓮司)は、アルバイトニュースで用心棒を募集。そこに雇われた「6人」の用心棒は店員として働きつつ奇妙な客を迎えながらギャングたちを待ち構える。…という『七人の侍』パターン。

振るった「七人」の用心棒(キャスト):
○ビリィ・ザ・キッド(三上博史)
アリゾナから歩いてやってきた。一度はマスターに断られるが、マスターの一人娘テイタム(オーラ・ラ二)に惹かれただ働きすることに。実はロリコン。

○宮本武蔵(内藤剛志)
モンキー・パンチの漫画『ルパン三世』の石川五エ門的キャラで、口数は少ないがありえない剣さばきを見せる。親友の佐々木小次郎(鮎川誠)が店に遊びにくる。

○サンダース軍曹(加藤善博)
テレビドラマ『コンバット(Combat)!』(米ABCで1962年から67年まで放送されたアメリカの連続テレビドラマ)の登場人物。常に軍服、ヘルメット姿で背中にマシンガンを提げている。機械の修理は苦手だが、絵と音楽の才能がある。決まった時間にお弁当を届けにくるモンペ姿の妻(上村柚梨子)を愛している。

○中島みゆき(室井滋)
昔ギャングの仲間だった。ウエイトレスながら、常に作詞をしている。劇中高橋源一郎自身(原案+脚本)が登場し、「日本の三大詩人は、谷川俊太郎、田村隆一、中島みゆき」と語る。

○104(ラサール石井)
「104」とは「電話番号案内」のこと。会計を担当している超能力者。友人「177」(郷田ほづみ)は天気も変えられる。

○マルクス・エンゲルス(戸浦六宏)
『資本論』のカール・マルクスと、彼と共に『共産党宣言』(マルクス主義者による共産主義の目的と見解を明らかにした最初の綱領的文書)を書いたフリードリヒ・エンゲルスが合体した人物。用心棒の数自体は「6人」だが、彼を「2人」に数えれば「七人」になる。

用心棒の面々は、あれこれ御託を並べはしても、つまるところ変な癖がある、役立たずのガラクタだ!
本作があの『七人の侍』~日本の戦国時代を舞台とし、野武士の略奪により困窮した百姓に雇われる形で集った七人の侍が、身分差による軋轢を乗り越えながら協力して野武士の一団と戦う物語→アクション映画・時代劇におけるリアリズムを確立~とは似て非なる作品であること、これは明々白々!

そもそも本作の原案→脚本を手がけた高橋源一郎の場合、
その「創作」手法は、アメリカ文学の様々な素材からサンプリングして小説を書き(文体はリチャード・ブローティガン、ドナルド・バーセルミ、フィリップ・ロス、ジョン・バース、カート・ヴォネガットなどのキマイラ〈=異質なものの合成〉)→それをさらにバラバラに解体して映画として再構成することにある。

※高橋源一郎(たかはし・げんいちろう、1951~):「散文詩的な文体で言語を異化し、教養的なハイカルチャーからマンガ・テレビといった大衆文化までを幅広く引用した、パロディやパスティーシュを駆使する前衛的な作風。日本のポストモダン文学を代表する作家の一人である。」(『ウィキペディア日本語版』2016年7月17日閲覧)

そこでは、“現実”再構成の想像力がどのように働いているのか。
事態は体(てい)のいいパクリではないのか?!

彼の知的営為は結局のところ、依然として“近代”を “わがもの”にできない特殊日本的文化の“ごった煮”的状況に対する一挑戦⇒悪あがきというべきものかもしれない。

※高橋の場合、ウィリアム・バロウズ(William Burroughs、1914~97)が発明した、文章をバラバラに刻んでランダムに繋(つな)げる「カットアップ」という実験的な手法を駆使している。彼の作品は端的に言って、ドナルド・バーセルミ(Donald Barthelme、1931~89)の数々の短編~パロディやメタフィクションの技法を駆使しつつ、シュールな情景の中に現代の風俗や言葉の断片をコラージュ的に繋ぎ合わせていく小説~を彷彿(ほうふつ)とさせる。
2016年6月23日(木)キネカ大森(東京都品川区南大井6-27-25 西友大森店5F、JR京浜東北線・大森駅東口徒歩3分)の「キネカ1」(本ブログ〈June 24, 2016 〉記事)で、18:30~ 鑑賞。

作品データ :
原題 ROOM
製作年 2015年
製作国 アイルランド カナダ
配給 ギャガ
上映時間 118分
(米国公開:2015年10月16日、日本公開:2016年4月8日)


アイルランド出身の作家エマ・ドナヒュー(Emma Donoghue、1969~)のベストセラー小説『部屋(Room)』(2010年) を映画化。拉致監禁された女性と、そこで生まれ育った息子が、長らく断絶されていた外界へと脱出し、社会へ適応していく過程で生じる葛藤や苦悩を描いた人間ドラマ。第88回アカデミー賞で作品賞ほか4部門にノミネートされ、息子とともに生きようとする母を熱演した『ショート・ターム』のブリー・ラーソンが、主演女優賞を初ノミネートで受賞。監督は『FRANK フランク』のレニー・アブラハムソン。

ストーリー :
ママ(ブリー・ラーソン)と5歳の誕生日を迎えたジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)は、天窓しかない狭い部屋で暮らしている。夜、二人がオールド・ニック(ショーン・ブリジャース)と呼ぶ男がやってきて、服や食料を置いていく。ジャックはママの言いつけで洋服ダンスの中にいる。ママは「息子にもっと栄養を」と抗議するが、半年前から失業して金がないとオールド・ニックは逆ギレする。さらに真夜中にジャックがタンスから出てきたことで、ママとオールド・ニックは争う。翌朝、部屋の電気が切られ寒さに震えるなか、生まれてから一歩も外へ出たことがないジャックに、ママは真実を語る。ママの名前はジョイで、この納屋に7年も閉じ込められていた。さらに外には広い世界があると聞いたジャックは混乱する。電気が回復した部屋で考えを巡らせたジャックは、オールド・ニックをやっつけようとママに持ちかける。しかし、ドアのカギの暗証番号はオールド・ニックしか知らない。ママは『モンテ・クリスト伯』からヒントを得て、死んだふりをしたジャックを運び出させることを思いつく。ママはジャックをカーペットにくるんで何度も段取りを練習させるが、恐怖から癇癪を起こすジャック。ママは、“ハンモックのある家と、ばあばとじいじがいる世界”をきっと気に入ると励ます。しかし、「ママは?」と尋ねられると、2度と息子に会えないかもしれないと知り、言葉に詰まる。そして、オールド・ニックがやってくる…。
脱出劇は失敗しかけるが、ジャックの記憶力と出会った人たちの機転で、思わぬ展開を迎える。翌朝、ママとジャックは病院で目覚める。ママの父親・じいじ(ウィリアム・H・メイシー)と母親・ばあば(ジョアン・アレン)が駆けつけるが、二人が離婚したことを知ってママはショックを受ける。数日の入院後、二人はばあばと新しいパートナーのレオ(トム・マッカムス)が暮らす家へ行く。しかし、意外な出来事が次々とママに襲いかかる。一方、新しい世界を楽しみ始めたジャックは、傷つき疲れ果てたママのために、あることを決意し…。

▼予告編




♦ラストシーン :
狭い世界(10平方メートルぐらいの≪部屋≫)から出た二人(母・ジョイと息子・ジャック)を待っていた「広い自由な」世界…。それは、二人にとって幸福な世界だったのか?

ジャックが何度も、「≪部屋≫に帰ろう」と母にせがむ…。
謎だらけで不安な世界より、母と暮らした、何も知らなかった頃が一番幸せだった…。
母も自殺を図ったりと何も良いことがない…。

しかし、やがてジャックの成長が母を救うことになる。
母以外に懐かなかったジャックが、祖母を「ばあば大好き」と言ったり、力が宿っていると信じ大事にして伸ばしていた髪を切ったり、近所の子と遊んだりと…次第に世界に馴染み成長していく。

そんな中、二人はもう一度≪部屋≫を見に行く。
そこで観たものは、文字どおり狭い空間の世界…。
≪部屋≫に入り、「ドアが閉まってないと≪部屋≫じゃない」とジャックが言う。
「ドアを閉める?」と聞く母に、首を振るジャック…。

全てを受け止め、広い自由な世界でまっとうに生きていくと二人が前を向いた瞬間だ!
感動のラストシーンである。

■私感:
『スポットライト 世紀のスクープ』と『ルーム』の2作を、同じ6月23日にキネカ大森で観て~前者を鑑賞後、約1時間40分経って後者を鑑賞~、はっきりと実感したこと―。

『スポットライト』と『ルーム』、どちらも客観的に述べれば、見応えのある近年の秀作~観る者の共感を誘う感動的な作品~だ。

ただし、個人的な好みを絶対視しつつ2作を比較対照すれば、『ルーム』よりも『スポットライト』の方にこそ、私は満足感を味わうことができた。『スポットライト』を鑑賞中、私の興味と関心の集中力は、一度として途切れることなく、じわじわと高まり続けた。

この点に関して分析的に言えば、
(1)もともと私の場合、(映画のジャンル上)【しっかりした社会的な文脈を持つ】社会派ドラマが何にも増して好きである。『スポットライト』こそ、良質な社会派ドラマの典型にほかならない。

(2) 『ルーム』における“監禁され施錠された≪部屋≫からの、母子のサスペンスフルな脱出劇”が過程の全側面を通して、今いちリアリティーに欠けている。

ママはジャックに読み聞かせていた『モンテ・クリスト伯』(アレクサンドル・デュマ・ペールの小説)からヒントを得て、決死の覚悟で、≪部屋≫からの脱出計画を立てた。
ママは男(オールド・ニック)に、ジャックが熱を出して…死亡したと嘘をつき→カーペットにくるんだジャックを外まで運ばせることに何とか成功する…。
男の運転する車の荷台(運転席から丸見え!)に置かれた(カーペットの中の)ジャックは、信号待ちしていた車から何とか逃げ出す…。瞬間、男はジャックが生きていて…逃げたことに気づき、ジャックを連れ戻そうとする…。
間一髪のところで、ジャックは偶然通りかかった通行人に助けられ→男は車ごと逃走→ジャックは警察に保護される…。
ジャックの証言(ポツリポツリ言う曖昧な言葉!)からパトロール警察によって≪部屋≫~ママの居場所(普通の住宅地にある納屋!)~が特定され、ママも救出される…。


(3)「スポットライト」チームの紅一点、サーシャ・ファイファーを演じたレイチェル・マクアダムス(Rachel McAdams、1978~)(本ブログ〈June 14, 2016〉記事)【第88回アカデミー賞(2015年の映画を対象)助演女優賞ノミネート】は、もともと私が好感を持つ女優だ。

私は彼女の出演作を、これまでに10作観た。
『きみに読む物語』(2004年)
『シャーロック・ホームズ』(2009年)
『恋とニュースのつくり方』(2010年)
『ミッドナイト・イン・パリ』(2011年)
『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム』(2011年)
『君への誓い』(2012年)
『トゥ・ザ・ワンダー』(2012年)
『アバウト・タイム~愛おしい時間について~』(2013年)
『誰よりも狙われた男』(2014年)
『サウスポー』(2015年)
レイチェルはどの作品でも癒しの力を持つ自然な演技を見せてくれる。その麗しい面差し、すらりと引き締まった肉体、晴れやかな笑顔に、私は心奪われる…。

片や、『ルーム』でママのジョイを演じたブリー・ラーソン(Brie Larson、1989~)【第88回アカデミー賞主演女優賞受賞】。
私はこれまで、彼女の出演作を一本も観たことがなかった。
彼女は『ショート・ターム』(2013年)で、第23回ゴッサム・インディペンデント映画賞女優賞を受賞し、注目を集めたとのこと―。
今作を通して初めて、私は彼女が味のある演技を見せる女優であることを知った。
しかし問題なのは、彼女が私の脳裏に刻印するほどの印象深い風貌を備えてはいないことだ。
彼女はふっくらとした顔立ちで、ちょっと太めの人(ジョイを演じるために、食事制限とトレーニングで体脂肪を12%まで落としたとのこと!)。
私によれば、『ルーム』全体を通して、主演女優としての彼女の存在感はどこか希薄だったように思う。だからだろう、私は同作を鑑賞中、彼女の存在⇒演技そのものに、時おり何かしら感情移入できない自分を意識しつづけた。

ラーソンの存在感の欠落(不十分さ)を補ったものがある。
それはほかでもない、息子のジャックを演じたジェイコブ・トレンブレイ(Jacob Tremblay、2006年10月5日生~)の見事な演技力だ。
喜怒哀楽が手に取るように伝わってくる、その自然な演技は、驚嘆に値する!
いかにも可愛らしい容姿に、表情から仕草から何から何まで、水際立った演技!
9歳(撮影開始時は8歳)の天才子役トレンブレイの素晴らしい役者ぶりが、まさしくラーソンの存在⇒持ち味を前向きに生かしめた。そして、トレンブレイとラーソンが両々相俟って、相互促進的に、『ルーム』の存在価値を形成⇒確立するにいたった…。

▼Jacob Tremblay Wins Best Young Actor/Actress | the 21st Critics' Choice Awards :
『ルーム』で第21回放送映画批評家協会賞(Critics' Choice Awards)「若手男優・女優賞」に輝いたジェイコブ・トレンブレイの、授賞式(2016年1月17日開催)での大人顔負けの絶妙なスピーチ!


「(手にしたトロフィーを見て)ワオ!これはすごいクールだよ。今日は僕の人生で最高の日です。まずは僕に投票してくれた批評家のみなさんに感謝します。他にも素晴らしい候補者のそろったこの部門で選ぶのは、とても難しかったでしょう。それにチーム『ルーム』のみなさんにも感謝しています。レニー、エマ、ブリー、エド、あとあっちにいるプロデューサーのみなさんにも。その他のキャスティングチームにも。全員で作り上げた映画です。この賞は僕だけのものではなく、チームのみんなのものです。大好きな両親にも感謝したいです。このトロフィーは、僕の棚のミレニアム・ファルコン号の隣に飾ります〔※トレンブレイはアメリカのSF映画『スター・ウォーズ』が大好き!〕」
2016年6月23日(木)キネカ大森(東京都品川区南大井6-27-25 西友大森店5F、JR京浜東北線・大森駅東口徒歩3分)の「キネカ3」で、14:35~ 鑑賞。

作品データ :
原題 SPOTLIGHT
製作年 2015年
製作国 アメリカ
配給 ロングライド
上映時間 128分


2003年にピューリッツァー賞を公益報道部門で受賞した『ボストン・グローブ』紙の報道に基づき、米国の新聞社の調査報道班として最も長い歴史を持つ同紙「スポットライト」チームによる、ボストンとその周辺地域で蔓延していたカトリック司祭による性的虐待事件に関する報道の顛末を描く。
ジョシュ・シンガーとトム・マッカーシーが脚本を執筆し、トム・マッカーシーが監督を務めた。
第87回アカデミー賞受賞作『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(本ブログ〈May 02, 2015〉記事)で復活を遂げたマイケル・キートンほか、マーク・ラファロ、レイチェル・マクアダムスら豪華キャストが共演。
本作は数多くの組合賞や批評家賞を受賞したほか、様々な媒体によって2015年最良の映画の一つに挙げられた。第88回アカデミー賞では作品賞、監督賞、助演男優賞(マーク・ラファロ)、助演女優賞(レイチェル・マクアダムス)、脚本賞、編集賞の6部門にノミネートされ、作品賞と脚本賞をW受賞した。

ストーリー :
2001年の夏、マサチューセッツ州ボストンの日刊紙『ボストン・グローブ』は、マーティ・バロン(リーブ・シュレイバー)を新編集長として迎える。マイアミからやってきたアウトサイダーのバロンは、地元出身の誰もがタブー視するカトリック教会の権威にひるまず、ある神父による性的虐待事件を詳しく掘り下げる方針を打ち出す。
その担当を命じられたのは、独自の極秘調査に基づく特集記事欄「スポットライト」を手がける4人の記者たち。デスクのウォルター・ロビンソン(マイケル・キートン)をリーダーとするチームは、事件の被害者や弁護士らへの地道な取材を積み重ね、大勢の神父が同様の罪を犯しているおぞましい実態と、その背後に教会の隠蔽システムが存在する疑惑を探り当てる。
やがて9.11同時多発テロ発生による一時中断を余儀なくされながらも、チームは一丸となって教会の罪を暴くために、記者生命を懸けて闘い続けるのだった…。

▼予告編




■私感:
私がキネカ大森に入ったのは、今回が初めて!
JR大森駅東口から徒歩3分のところに立地するスーパー西友の5階に、この映画館がある。

同館は1984年3月30日、「日本初のシネマコンプレックス(複合映画館)」の触れ込みでオープン。3スクリーン、243席(「キネカ1」134席+「キネカ2」69席+「キネカ3」40席)。
当初はヨーロッパ系の芸術映画を中心とするミニシアター→韓流ブーム前のアジア映画専門館→ファミリー映画や特選映画の上映館へと変化を重ねながら、映画館受難の時代を、試行錯誤を繰り返しながら生き残ってきた。
そして、2010年12月から3スクリーンのうち1つが2本立ての「名画座」となり、ロードショー作品と名画座作品を併設し、数々の映画イベントを開催する老舗映画館としてディープな映画ファンから地域住民まで人気を博して、現在にいたっている。

私がJR大森駅で下車したのは、何と約54年ぶりのこと!
1962年2月、私は生まれて初めて北海道札幌市から上京し、大森駅に近在の某会社の社員寮に3週間ほど逗留した。そこは同駅の山王口(西口)を出て、歩いて十数分の閑静な住宅地にあった。
その後、私は札幌と東京を行ったり来たりし→やがて1964年以降今日まで、東京都民としての生活を送りつづけてきた。
ところが、なぜか今年6月23日にいたるまで、この約54年間、私は公私ともに一度として大森駅で下車することはなく、大森の地をいっさい踏むことはなかった。

大森(おおもり)は東京都大田区北東部の地名であり、また広義には大森駅(大田区大森北一丁目にある、JR東日本の駅)を中心とする街を漠然と指す。
私は折に触れて、ふと、この大森を思い浮かべるたびに、過ぎし青春の日の甘美な思い出をよみがえらせたものだった…。

この6月に入って、私は聞き及んだ。「知る人ぞ知る」あのキネカ大森が公開から少し遅れて上映する「見逃しシネマ」として、『スポットライト 世紀のスクープ』と『ルーム』の2作を扱うことを。
そして6月23日、私は勇躍して、遠路~電車を乗り継いで約1時間半~を行き、ついに約54年ぶりに大森駅を降り→初めてキネカ大森にたどり着いたのだった。

ダウン本作はたっぷり見応えのある作品だ!
この生粋の“ジャーナリスト映画”は、かつて私が鑑賞した『大統領の陰謀』(アラン・J・パクラ監督、1976年)※を彷彿とさせる。

※『大統領の陰謀』:ウォーターゲート事件*の知られざる真相を暴き、ニクソン大統領を失脚に導いたワシントン・ポスト紙の記者カール・バーンスタインとボブ・ウッドワードの手記を映画化した社会派ドラマ。名優ダスティン・ホフマンとロバート・レッドフォードが豪華共演を果たす。

*ウォーターゲート事件:1972年6月にワシントンD.C.の民主党本部で起きた盗聴侵入事件に始まったアメリカの政治スキャンダル。1974年8月にリチャード・ニクソン大統領が辞任するまでの盗聴、侵入、裁判、もみ消し、司法妨害、証拠隠滅、事件報道、上院特別調査委員会、録音テープ、特別検察官解任、大統領弾劾、大統領辞任のすべての経過を総称。


本作は『大統領の陰謀』と同様、感銘深い秀作だ!
欧米社会にとってアンタッチャブルな“聖域”であるカトリック教会のタブーに迫ったボストン・グローブ紙取材チーム。
彼らジャーナリストは、光り輝く権威に守られた教会という組織による隠蔽システムを、「王様は裸だ!」と叫びつつ、果敢に暴きつづけた。“間違っていることは間違っている”と報じたい、“正しいことは正しい”と表明できる社会でありたい、ただその一心で!
幾多の困難にも屈せず、ジャーナリスト生命を懸けて社会正義を貫いた彼らの毅然とした思想的姿勢に、私は心底敬服してやまない。出版・報道の自由は、権力を持つ組織をも制止できる―!!

▼ Rachel McAdams In Japan :
[本作のプロモーションのためレイチェル・マクアダムス(「スポットライト」チームの紅一点記者サーシャ・ファイファー役)が初来日→2016年4月14日、日本外国特派員協会(The Foreign Correspondents' Club of Japan/FCCJ)で来日記者会見]

2016年6月13日(月)吉祥寺オデヲン(東京都武蔵野市吉祥寺南町2-3-16、JR吉祥寺駅東口徒歩1分)で、18:45~鑑賞。

作品データ :
原題 SOUTHPAW
製作年 2015年
製作国 アメリカ
配給 ポニーキャニオン
上映時間 124分


妻の死をきっかけにすべてを失ったボクシングの元世界チャンピオンが、家族の絆を取り戻すべく自分を変えようと奮闘する感動の人間ドラマ。主題歌「Phenomenal」を手がけたヒップホップアーティスト、エミネムの実体験を基に、どん底からの復活劇を『イコライザー』のアントワン・フークア監督がリアリティたっぷりに映し出す。本作出演のため、6か月に及ぶトレーニングによりボクサー体型を作り上げたジェイク・ギレンホールが主人公を演じ、レイチェル・マクアダムス、フォレスト・ウィテカーらが脇を固める。

ストーリー :
ボクシング選手のビリー・ホープ(ジェイク・ギレンホール)は、怒りをエネルギーにし対戦相手を倒していき、世界チャンピオン(ライトヘビー級)の座を獲得。しかし、彼の妻モーリーン(レイチェル・マクアダムス)と娘レイラ(ウーナ・ローレンス)は、そんな彼の過激なスタイルを心配していた。
ついにビリーの怒りが元で起きたトラブルに巻き込まれ、モーリーン~長年苦楽を共にしてきたパートナー~が命を落としてしまう。悲しみに暮れ自暴自棄な生活を送るビリーは、ボクシングにも力が入らずチャンピオンの座から転落し、レイラとも離れ離れになってしまう~父親としての保護義務を怠ったと裁判所に判断され、愛娘は養護施設に引き取られる~。もはや何もない。明日の生活にさえ困るどん底の境遇の中、彼は第一線を退き、アマチュアボクサーのトレーナーを務めるティック(フォレスト・ウィテカー)に救いの手を求める。
「汚い言葉を使うな」「お前の短気は命取りだ」「ボクシングは腕力じゃない。チェスと同じだ」「お前が知らないことを教える。ディフェンスだ」ティックの率直で容赦ない言葉を浴びながら、ビリーは本当の自分と向き合い、黙々とトレーニングに励む。
やがて彼は亡き妻との最愛のひとり娘を取り戻すために、プライドも名声もかなぐり捨て、一人の父として⇒ボクサーとして、再びリングに上がることを決意する。そして、ティックはチャンプ復活のための秘策をビリーに授けるのだった…。

▼予告編



▼特別映像(ジェイク・ギレンホール〈Jake Gyllenhaal、1980~〉、驚異の役作り!)


『ナイトクローラー』(本ブログ〈September 25, 2015〉記事)でパパラッチに扮し、目をぎらぎら光らせて怪演を見せたアメリカ映画界きっての演技派ギレンホール。今作でビリーを演じるに当たって、6か月にわたり毎日2回6時間のトレーニングを行ない、7キロ減量してボクサーのフィジカルを体得。特殊効果や編集にほとんど頼らず、ノースタントで挑んだ手に汗握るファイトシーンは圧巻!

▼特別映像(“感涙ドラマの女王”レイチェル・マクアダムス〈Rachel McAdams、1978~〉、ボクサーの妻になる!)


【追記(2016/06/26)】 『きみに読む物語』(2004年)のヒロイン役を演じてブレイクし、『スポットライト 世紀のスクープ』(本ブログ〈June 24, 2016〉記事)でアカデミー賞・助演女優賞に初ノミネートを果たしたマクアダムス。今作では、社会的なスキルを身につけていない、不器用すぎるビリーを支え、大きな愛で包み込む美しい妻を演じる。夫が血まみれで戦う姿に心を痛めながらも、あるときは恋人のように優しく癒やし、あるときは母のように叱咤激励し、全力で夫をサポートする妻の強さを全身で表現している。
2016年6月10日(金)吉祥寺プラザ(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-11-19、JR吉祥寺駅北口サンロード突き当たり左)で、16:25~鑑賞。

作品データ :
原題 DEADPOOL
製作年 2016年
製作国 アメリカ
配給 20世紀フォックス映画
上映時間 108分


マーベル・コミックスの破天荒ヒーロー、デッドプール(=ウェイド・ウィルソン)を主人公に迎え、全米で空前の大ヒットとなった痛快アクション・エンターテイメント。利己的でどこまでも無責任な傍若無人男デッドプールが、己の復讐に突き進み、愛する女性との幸せを取り戻すべく大暴走を繰り広げるさまを、掟破りのパロディネタを織り交ぜつつ、過激なバイオレンス描写と下ネタジョーク満載に描き出す。主演は『グリーン・ランタン』『ゴースト・エージェント/R.I.P.D.』のライアン・レイノルズ。監督はVFXアーティストで、これが長編デビューのティム・ミラー。

ストーリー :
タクシーに乗って目的地へ急ぐ全身真っ赤なコスチュームの男。運転手に“デッドプール”と名乗ったその男が到着したのは、ハイウェイの上。デッドプールは、そこで宿敵への復讐を果たそうとしていた…。その2年前。かつて特殊部隊の有能な傭兵だったウェイド・ウィルソン(ライアン・レイノルズ)は、第一線を引退後、好き勝手に悪い奴を懲らしめ、金を稼ぐというヒーロー気取りの生活を送っていた。そんなウェイドが一夜の相手として知り合ったのが、娼婦のヴァネッサ(モリーナ・バッカリン)。最初のベッドインがあまりに完璧だったため、2人は1年間の同居を経て結婚を決意する。幸福な未来が待っていると思ったのも束の間、原因不明の痛みに襲われたウェイドに医師が下した診断は、全身にガンが転移しているという事実だった。余命わずかとなり、激しく落ち込むウェイド。そこへ、末期ガンが治療できると声を掛けてきた男がいた。ウェイドはその男から、ある施設へ案内される。そこで行なわれていたのは、余命宣告を受けた者たちに人体実験を施し、肉体改造を経て戦闘マシンとして売り飛ばすという恐ろしいプロジェクトだった。施設を仕切るのは、自らも無敵の肉体を手に入れたエイジャックス(エド・スクライン)。様々な実験を重ねて改造されたウェイドは、やがてどんな攻撃を受けても回復できる肉体を手に入れる。怒りが収まらない彼は、エイジャックスとの激しい戦いの末、施設から逃亡。だが、実験で全身の皮膚がただれてしまい、ヴァネッサに素顔を見せる勇気がなかった。その顔を隠すため、自ら作ったマスクを被って“デッドプール”と名乗り、エイジャックスを探し始める。元の肉体を手に入れ、もう一度、ヴァネッサと幸せな生活を送りたい…。ウェイド=デッドプールは、強い感情に突き動かされ、エイジャックスへの手がかりを見つけては、次々と敵を倒してゆくが…。

▼予告編



■私感 :
Deadpool =超過激な“赤の旋風”!
この珍ヒーローは二丁拳銃と、背中に背負った2本の刀で敵をガンガン小気味よく殺していく、赤い忍者のようなキャラクター!

本作は何でもアリの映画だ。
血みどろのバイオレンスアクション!
モロ見えのエロ描写!
お構いなしのギャグやジョークや禁句~「F-U-C-K」など~の連発!


ところが本作では、下品でエッチで暴力的なシーンがあふれてはいても、きゅうんと切ないラブ・ストーリーも展開する。

末期ガン宣告を受けた元特殊部隊員ウェイド・ウィルソンは、何とか健康的な肉体を取り戻そうとすがった組織にミュータント遺伝子を注入され、いちおう不死身の身体となったものの、恋人ヴァネッサとの再会をためらうほど無惨な外見~顔がグチャグチャ~と化してしまう。彼はもう彼女に一生会えないだろうと、顔を隠してマスクをするとともに、陰ながらずっと彼女を守り続ける…。

このハイテンション・ヒーロー・ロマンティック・コメディ(ちょっと大人のエッチな泣かせるラブストーリー)は、どういう加減か、現実世界とフィクションの境を越えて、観客~少なくとも私という人間~をグイグイと惹きつけてやまない。
定めし、「第四の壁を破る」~登場人物が観客に話しかける~※という演出が冴えたこともあり、ハリウッド的な映画の猥雑な活気が、人間~少なくとも私という生き物~の心に渦巻く様々な情念を磁石のように引き付けてしまうのだろう。

※「第四の壁」(英語:fourth wall))は、演劇の舞台と観客席を隔てる想像上の透明な壁であり、フィクションである演劇内の世界と観客のいる現実世界との境界を表す概念である。第四の壁によって隔てられた現実の世界とフィクションの世界は、基本的に互いに物理的影響を与えることのない、相互的な不可侵の領域である。
観客は観客席からこの第四の壁を通して演じられる世界を見ることになる。通常、観客は第四の壁の存在を意識することなく受け入れ、あたかも現実の出来事を観察しているかのように劇を楽しむ。第四の壁の存在は、フィクションにおいて最も良く確立された約束事の一つである。

【ちなみに、第一~第三の壁は、実在する壁である。劇場・舞台で背景=奥正面が第一の壁、上手(向かって右側)が第二の壁、下手(向かって左側)が第三の壁。】

しかし、場合によっては、「第四の壁を破る」(Breaking the fourth wall)ことがある。
舞台上の演者自らがフィクションの世界にいることを意識したセリフを喋ったり、観客に向かって問いかけや語りかけをするなど、フィクション側から現実側への干渉が行なわれる―。
これは、フィクションを新たな光で照らし、観客がより能動的に劇を見るように仕向けるために~特に喜劇的な効果を上げるために~、しばしば用いられる演出方法である。物語の一般的な約束事が予期せず破られることは、往々にして観客を驚かせ、笑いを生む。

「叙事的演劇」を提唱したベルトルト・ブレヒト(1898~1956、代表作に『三文オペラ』『ガリレイの生涯』)は、意図的に第四の壁を壊すことで知られており、観客に見ているものをより批判的に考えるよう促した。
これはブレヒトの演劇理論で「異化効果」(Verfremdungs-effekt)と呼ばれているもので、日常において当たり前だと思っていたものにある手続きを施して違和感を起こさせることによって、対象に対する新しい見方・考え方を観客に提示する方法を指す。
2016年5月31日(火)吉祥寺オデヲン(東京都武蔵野市吉祥寺南町2-3-16、JR吉祥寺駅東口徒歩1分)で、19:30~鑑賞。

作品データ :
原題 THE SEA OF TREES
製作年 2015年
製作国 アメリカ
配給 東宝東和
上映時間 111分


『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』『ミルク』のガス・ヴァン・サント監督が、自殺の名所として知られる日本の青木ヶ原樹海を舞台に、マシュー・マコノヒー&渡辺謙共演で描いたミステリードラマ。自殺するために青木ヶ原へやって来たアメリカ人男性が、そこで出会った日本人男性との交流を通じて再生していく姿を描く。

ストーリー :
富士山の北西に広がる青木ヶ原の樹海。その鬱蒼とした森の中に、恐る恐る足を踏み入れるアメリカ人男性がいた。彼の名はアーサー・ブレナン(マシュー・マコノヒー)。片道切符を手に日本にやって来た彼が樹海を訪れた目的はただ一つ―それは、自らの人生を終わらせることだった。森の開けた場所に腰を下ろし、ゆっくりと永遠の眠りにつく準備を始めるアーサー。そんな彼の目の前に、傷ついた身体をひきずりながら森の出口を求めてさまよう日本人男性(渡辺 謙)が現われる。「ここから出られない。助けてくれ」と懇願する男を放っておけなくなったアーサーは、寒さに震える男に自分のコートを着せかけ、出口に続くはずの道へ誘導する。しかし、さっき通ったつもりの道はなぜか行き止まりになっており、すでに飲んた薬のせいでふらつきながら歩いていたアーサーは、崖から転落してひどい怪我をしてしまう。それは、アーサー自身の人生を象徴するかのような出来事だった―。
アーサーは結婚生活に問題を抱えていた。原因は3年前の彼の浮気。それ以来、妻のジョーン(ナオミ・ワッツ)は酒に逃避するようになり、事あるごとにアーサーを責めた。さらに、大学の非常勤講師に転職して収入が激減したアーサーと、不動産仲介の仕事で高収入を得ているジョーンの間に生じた経済的な格差が、夫婦の溝をいっそう深めた。ジョーンに対する愛情が消えたわけではなかったが、自分の努力だけではどうにもならない状況にアーサーは苛立ち、苦悩する日々を送っていた。そんな折、ジョーンの病気が発覚。アーサーは献身的にジョーンを支え、夫婦の関係には新たな希望の光が見え始めていたが…。
アーサーが樹海で出会った日本人は、ナカムラ・タクミと名乗った。森をさまよううちに小川を見つけたタクミは、「下流に向かって進もう」とアーサーに提案する。しかし、川は途中で途切れ、寒さに震えながら歩く2人の頭上に無情にも雨が降り注ぐ。雨風を避けるために2人は洞窟の中に避難するが、そこに鉄砲水が流れ込み、押し流されたタクミは意識を失ってしまう。ぐったりしたタクミを励まし、必死に介抱するアーサー。偶然にもテントを発見した彼は、その中に残されていたライターを使って暖を取り、ひと時の安らぎを得る。
その夜、タクミと共に焚き火を囲んだアーサーは、樹海への旅を決意させた出来事を語り始めた。「絶望してここに来たんじゃない。悲しみでもない。罪の意識で来た。僕たちは相手への接し方を間違っていた」。タクミに心を開いたアーサーの口からは、深い悔恨の言葉がほとばしり出る。
だが、そのときアーサーは、まだ気づいていなかった。タクミに貸したコート、タクミの妻子の名前、岩に咲く花、水辺、「楽園への階段」という言葉、童話『ヘンゼルとグレーテル』―樹海でのすべてのことが1本の奇跡の糸で結ばれることに…。

■ポスター画像 :

「追憶の森」


▼予告編