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普通人の映画体験―虚心な出会い

私という普通の生活人は、ある一本の映画 とたまたま巡り合い、一回性の出会いを生きる。暗がりの中、ひととき何事かをその一本の映画作品と共有する。何事かを胸の内に響かせ、ひとときを終えて、明るい街に出、現実の暮らしに帰っていく…。

2017年2月23日(木)吉祥寺プラザ(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-11-19、JR吉祥寺駅北口サンロード突き当たり左)で、14:30~鑑賞。

作品データ :
原題 MISS PEREGRINE'S HOME FOR PECULIAR CHILDREN
製作年 2016年
製作国 アメリカ
配給 20世紀フォックス映画
上映時間 127分

米国公開 2016年9月30日
日本公開 2017年2月3日

「ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち」

『チャーリーとチョコレート工場』『アリス・イン・ワンダーランド』のティム・バートン監督が、ランサム・リグズ(Ransom Riggs)による全米ベストセラー小説“Miss Peregrine's Home for Peculiar Children”(2011)[東京創元社版:山田順子訳『ハヤブサが守る家』2013年、潮出版社版:金原瑞人・大谷真弓訳『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』2016年]を映画化したミステリアス・ファンタジー。亡くなった祖父の遺言に導かれ、ハヤブサに変身できる女主人と奇妙な子どもたちが暮らす屋敷へと辿り着いた少年が経験する不気味で摩訶不思議な冒険を描く。主人公の少年ジェイクを『ヒューゴの不思議な発明』のエイサ・バターフィールドが、屋敷に暮らす少年少女の保護者であるミス・ペレグリンを『007 カジノ・ロワイヤル』『ダーク・シャドウ』のエヴァ・グリーンが演じる。

ストーリー :
フロリダで生まれ育ったジェイク・ポートマン(エイサ・バターフィールド)は、周囲に馴染めない内気な少年。そんな彼にとって祖父エイブ(テレンス・スタンプ)だけが唯一の理解者だった。幼い頃から祖父の語る荒唐無稽な冒険譚を聞くのが大好きだった。ある日、その祖父が謎めいた死を遂げる。ジェイクは祖父が最期に遺したメッセージに導かれ、英国ウェールズのとある小さな島を訪れる。そして、大きな屋敷の廃墟を目の当たりにするジェイクだったが、島をさまよううちに、いつしか屋敷が焼け落ちる前の世界へと迷い込んでしまう。そこには、美しくも厳格なミス・ペレグリン(エヴァ・グリーン)と奇妙な子どもたちが住んでいた。やがて彼らと心を通わせ、子どもたちの様々な不思議な特殊能力~空中を浮遊したり、怪力だったり、体が透明だったり、手から熱を出せたり、等々~を知るジェイク。しかも、なぜか彼らは毎日、同じ1943年9月3日を繰り返していたのだ(無限の「タイムループ」!)。ジェイクがその事実と理由を知った頃、目に見えない脅威が屋敷に迫っていた。だが、ジェイクには解明しなければならない疑問があった。誰が現実に存在し、誰を信じられるのか。そして、自分がこの世界に送り込まれた役割とは何なのか。真実が明らかになったとき、永遠に続く1日と奇妙な子どもたちに訪れる大きな変化。そして、自らの身体に宿るある“力”に気づいたジェイクは、「奇妙な」こどもたちと力を合わせ、想像を絶する過酷な試練に立ち向かっていくのだった…。

▼予告編



▼特別映像

2017年2月22日(水)吉祥寺オデヲン(東京都武蔵野市吉祥寺南町2-3-16、JR吉祥寺駅東口徒歩1分)で、14:40~鑑賞。

作品データ :
原題 DOCTOR STRANGE
製作年 2016年
製作国 アメリカ
配給 ディズニー
上映時間 115分


『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』などのベネディクト・カンバーバッチを主演に迎えたヒーローアクション。人智を超えた力を手に入れた主人公・元天才外科医が世界を滅亡から救うために強大な敵に立ち向かっていく姿が描かれる。『スポットライト 世紀のスクープ』などのレイチェル・マクアダムス、『偽りなき者』などのマッツ・ミケルセン、『フィクサー』などのティルダ・スウィントンらが共演。監督は『地球が静止する日』『フッテージ』のスコット・デリクソン。
「マーベル・コミック」のアメリカン・コミックヒーローである「ドクター・ストレンジ」の実写映画化作品である。また、様々な「マーベル・コミック」の実写映画を、同一の世界観のクロスオーバー作品として扱う「マーベル・シネマティック・ユニバース(Marvel Cinematic Universe、MCU)」シリーズとしては、14作目となる最新作。

ストーリー :
天才脳外科医のスティーヴン・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)は、プライドの高さと傲慢な性格が玉に瑕(きず)だが、容姿と知性に恵まれ、地位と名誉と富を手に入れて完璧な人生を送っていた。だが、ある日、交通事故に遭い、神の手と崇拝された両手の機能を失ってしまう。外科医としてのキャリアを絶たれ、自暴自棄になった彼は、あらゆる治療法を試すが、完治の手立てが見つからず、最後にネパール・カトマンズの修行場カマー・タージ(Kamar-Taj)に辿り着く。そこで神秘の力を操る指導者エンシェント・ワン(ティルダ・スウィントン)と巡り会った彼は、未知なる世界を目前にして衝撃を受け、ワンに弟子入りし、想像を絶する厳しい修行の末に魔法の極意を次々と体得していく。そんな矢先、禁断の“暗黒次元”の力を呼び寄せるカエシリウス(マッツ・ミケルセン)の魔の手がカマー・タージに迫り、彼Dr.ストレンジは人類の存亡をかけた壮絶な戦いの渦に巻き込まれていく…。

アップ 【結末】 ロンドンでカエキリウスにその胸を一刺しされたエンシャント・ワン。即刻ストレンジが勤めていた病院で手術を試みるが、彼女は“アストラル次元”でストレンジに遺言~その内なる潜在能力を見込んでストレンジに全てを託す~を残し、命を引き取ってしまう。ストレンジはエンシャント・ワンからの遺言を受け、破滅的な未来を救うために魔術師として戦うことを決意する。
一方、ロンドンを陥落させた闇の魔術師カエシリウスは、その魔力を香港へと及ぼしていた。ウォン(ベネディクト・ウォン)が食い止めていたが、ストレンジとモルド(キウェテル・イジョフォー)が香港に到着する頃には時すでに遅し、暗黒次元が開かれ香港は混沌に包まれていた。
しかし、ストレンジはインフィニティストーン“アガモットの目”の時間遡行能力により、暗黒次元の奥底に眠る、強大な闇のエネルギー、ドルマムゥ(Dormammu)と対峙し、自らとドルマムゥを永遠に時間のループの中に閉じ込め⇒この今の瞬間が未来永劫繰り返すよう仕組む。
ストレンジはドルマムゥに、カエシリウスたちを連れて、地球から手を引けば、この時間から解放するという取引を持ちかける。
しかし、ドルマムゥは聞く耳を持たず、ストレンジを熱戦ビームで焼失させる。だが、再びストレンジが現われ、ドルマムゥに取引を持ちかける。ドルマムゥは今度はストレンジを串刺しにするが、ストレンジは三度(みたび)現われ、ドルマムゥに取引を持ちかける。
ドルマムゥがストレンジを何度となく虐殺しても、その都度ストレンジはたちまち復活し「取引だ」と叫ぶ。ストレンジは物理的な力でドルマムゥを倒すことはできないが、ドルマムゥを同じ時間に縛り付け、ドルマムゥにいつまでも同じことを機械的に反復する永遠の怖さを嫌というほど思い知らせる。
ドルマムゥは思いがけない事態に追い込まれ、ついに根負けして取引を許諾。最終的にカエシリウスたちが暗黒次元に飲み込まれて消失、ドルマムゥも地球から引き揚げるとともに、ストレンジはループの呪文を解除した。
こうして地球滅亡の危機は免れた。ストレンジ、モルド、ウォンは再び世界に平和が訪れたことを喜ぶが、モルドは地球を守るという目的が正当だったとはいえ、“アガモットの目”の力を使い、時間を操作するという禁忌を犯したことには変わりないと述べ、ストレンジと同じ道は歩めないと一人去っていく―。

▼予告編



▼ 特典映像



■私感 :
私はイギリスの俳優ベネディクト・カンバーバッチ(Benedict Cumberbatch、1976~)の出演作を、これまでに8作観た。
『つぐない』(2007年)→『ブーリン家の姉妹』(2008年)→『僕が星になるまえに』(2010年)→ 2011『裏切りのサーカス』(2011年)→『戦火の馬』(2011年)→『それでも夜は明ける』(2013年)→『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(2014年)→『ブラック・スキャンダル』(2015年)。
これらの作品はどれも鑑賞に値する良作ないし秀作だが、カンバーバッチその人は正直言って、今いち私好みのタイプの男優ではない―。

本作『ドクター・ストレンジ』を観る気になったのは、何と言っても、そこに私好みの女優レイチェル・マクアダムス(Rachel McAdams、1978~)が出演しているからにほかならない。彼女のまなざしは、どの映画でも甚だ印象的なんですね!(cf. 本ブログ〈June 14, 2016〉記事「映画『サウスポー』」、本ブログ〈June 26, 2016〉記事「映画『ルーム』」)

レイチェル・マクアダムズ
 ↑ 2016年2月28日(米国現地時間)、米国ロサンゼルスで開催された第88回アカデミー賞授賞式において

マクアダムスが本作で扮するクリスティーン・パーマー(Christine Palmer)は、ドクター・ストレンジと同じ病院に勤める救命救急医で、変わり者の彼が唯一心を許す存在。今回も期待に違わず、清楚な美人は熱い演技を見せてくれました!

もっとも、さしあたっての関心はマクアダムスに集中したとはいえ、私はこれまでにMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の以下(公開順)の全13作を、無邪気な好奇心の騒ぎ立つままに鑑賞しつづけたことも確かな事実である。

『アイアンマン』(2008年)→『インクレディブル・ハルク』(2008年)→『アイアンマン2』(2010年)→『マイティ・ソー』(2011年)→『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』(2011年)→『アベンジャーズ』(2012年)→『アイアンマン3』(2013年)→『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』(2013年)→『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』(2014年)→『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014年)→『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(2015年)→『アントマン』(2015年)→『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016年)

そもそもMCU作品は、娯楽映画、わくわくドキドキ!お楽しみ映画であり、根本的に現実“再構成”の想像力ならぬ、現実“拒否”の空想力の成せる産物である。そこに歴史的・社会的現実の総体を構造的に把握したトータルな視座を期待するとしたら、それはヤボの骨頂と言うほかはない。多くが実在的根拠のない奇想天外なハチャメチャ話→ダイナミックなCG技術を駆使したトンデモ・シーンと重々心得て、突っ込みどころについても深く考えずに、努めて童心に返って非現実の映像世界を無心で見入るのが、MCU物の鑑賞のコツだ。
本作の場合も、やれ「多元宇宙(マルチバース)」だの「ダーク・ディメンション(暗黒次元)」だの「アストラル・ディメンション」だの「カリオストロの儀式」だの「アガモットの目」だの…と独特の「専門」用語が頻出するが、透徹した鑑賞眼の持ち主なら、これら「業界」用語については、しょせん取るに足りない勝手な戯れ言と思いなし、いちいち根堀り葉掘り詮索することのないよう慎重に配慮するべきだろう。そして一意専心、時空を超えて瞬間移動(テレポート)したり、高層ビル群などが多層的にねじ曲がったりする、≪驚愕の≫映像シーンの数々に、わくわくドキドキしながら~時にポップコーンをコーラで流し込みながら !?~身を委ねるべきだろう。

ただし、本作が「≪驚愕の≫映像で魅せる」とはいえ、この文脈上の意味合いについては、私個人の映画鑑賞史に照らして、もう一歩掘り下げる必要がある。

ある映画批評ブログ(著者:映画男〈日本生まれでブラジル在住〉)が本作に対して、次のような辛辣な批判を浴びせている(ブログ「ただ文句が言いたくて」、記事「ドクター・ストレンジ(原題Doctor Strange)」)。
《すでにあるSF映画を混ぜ合わせただけの安上がり映画。見たことのある設定と映像をつなげただけのつまらない作品で、途中退場する人もいたほどひどかったです。11点(100点満点)。(中略)
数人の俳優たちで適当に撮影し、あとはCGクリエイターに丸投げしただけの超駄作。ストーリーは漫画、映像は「インセプション」のパクリ、世界観は「マトリックス」と「アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅」をミックスさせたみたいで、何一つ自分たちでちゃんと作っていない作品です。/…ここで言う「世界観のパクリ」というのは…映像、設定、雰囲気、性質、エフェクトを含む、映画作品としての「世界」が似ているということです。…
実際、アメリカでは多くの映画ファンからこの映画がマトリックスとインセプションと極似しているといった意見が上がっています。ユーチューバーによる比較動画が多く出回っていて、知らない人が見たら一つの映画に見えるほどです。それぐらい「世界観」が似てるんですよ。…

(【引用者註】ここで『Doctor Strange』と『The Matrix』‐『Inception』を比較対照するための5本の映像「Doctor Strange VS The Matrix」→「Inception VS Doctor Strange」→「The Matrix」→「Inception」→「Doctor Strange」が参考に供されるが、それらについては後掲する。)

こんな映画がアメリカでヒットしたというのがね。僕の住んでるブラジルでは僕が見に行った初日は映画館ガラガラでしたけど。よくもまあこんなつまんないのが売れますなあ。/これだから漫画の実写化ってずるいですよね。どれだけつまらなくても、固定のファンがいるから、そこそこ売れるからね。最近のマーベルは特にとにかくたくさんの作品を映画化して売りまくる、という質より量を優先している戦略がけしからんです。(後略)》

▲「Doctor Strange VS The Matrix」 :


▲「Inception VS Doctor Strange」 :


▲「The Matrix」 :


▲「Inception」 :


▲「Doctor Strange」 :


このブログ子の批判内容は、刮目(かつもく)に値する。
実は私自身、本作の鑑賞中、多元宇宙の中を高速でさまようシーン、スリリングな多次元バトルシーン、サイケデリックな色彩世界やだまし絵のようなシーン…等々の目くるめく映像表現を体感しながら、ひっきりなしに【すでに鑑賞ずみの】他の映画作品に、いろいろと連想の回路が働いていた。
最初は『マトリックス』3部作(1999~2003年)に、続いて『ハリー・ポッター』シリーズ(現在8作、2001~2011年)→『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』(ジェームズ・ボビン監督、2016年)→『2001年宇宙の旅』(スタンリー・キューブリック監督、1968年)などに、次々と矢継ぎ早に連想が走る。そうこうして、ニューヨークのビルや道路や街並みなどが折れ曲がり、立っている場所の天地や左右がくるりと入れ替わる劇的シーンを目の当たりにした途端、私は『インセプション』における同様・同質のシーンを生々しく思い浮かべる。
『インセプション』(原題:Inception)は、クリストファー・ノーラン監督・脚本・製作による2010年のアメリカのSFクライム・アクション映画。人の夢の中に入り込み、潜在意識の中の価値あるアイデアを盗み出す一流産業スパイとその精鋭チームが、夢の中で繰り広げる最後の危険なミッション“インセプション”の行方を斬新なアイディアと驚異的ビジュアルセンスで描き出す。主演にレオナルド・ディカプリオ、共演に渡辺謙、ジョセフ・ゴードン=レヴィット、マリオン・コティヤール、エレン・ペイジ、トム・ハーディ、キリアン・マーフィー、マイケル・ケインという豪華キャストが集結。
私は同作の初見時(2010年7月の初公開当時、3度鑑賞)、何層もの夢に潜入する大胆不敵なサスペンスと驚異の映像にびっくり仰天!上映全2時間半のオープニングからエンディングまで終始、知的エクスタシーにわななき、並々ならぬ面白さを味わいつづけた。それは私にとって、「一度見たら二度と頭を離れない強烈な印象を残す1作」だった。
この作品の見せ場の一つが、物理的世界(パリの街並み)が変形するスぺクタルなシーンだった。この夢の世界における一場景(徹底的にリアルな質感にこだわった映像)に図らずも出会った私が一瞬驚きの目を見張ったのは言うまでもない(もっとも私個人としては、それ以上に興味深く直視したのが、無重力空間内での格闘シーンだったが…)。

私に言わせると、前出のブログ子による「映像は『インセプション』のパクリ」という言明は、妥当な意見である。当の映像表現に即するかぎり、本作が『インセプション』より何倍かグレードアップはしているものの、前者の基本的構図自体は後者のそれと同様・同質である―。
では、映画全体を形成する「世界観」~ブログ子の言う「映像、設定、雰囲気、性質、エフェクトを含む、映画作品としての『世界』」に対する思想的な構えの取り方~については、どうだろうか。
ブログ子本人はこの点に関する本作と『インセプション』の相似性を特に問題視してはいないが、私によると微妙な問題がそこに伏在しているように思う。

※ブログ子は本作における「世界観のパクリ」については、整序された文章を物してはいない。一方で「『マトリックス』と『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』をミックスさせたみたい」と言い、他方でアメリカの映画ファンを引き合いにして、「『マトリックス』と『インセプション』に極似(酷似?―引用者註)している」と言う。

そもそも本作における主人公Dr.ストレンジの“主戦場”は、自らの意識下(顕在意識)が影響するインナースペース(精神世界)である。本作は挫折したストレンジの再生物語⇒≪目に見える物質世界しか信じなかった人間が、魔術を教わることで、豊かな精神世界を知る心の旅の物語≫である。
問題はこの主人公が魔術を駆使して非現実の世界(≠私たち普通人の存在する3次元の世界)に関わるその関わり方いかんにある。つらつら思うに、なぜに普通の一般人(医者)が修行の成果とはいえ、魔法を使えるようになったのか。しかも、その魔法たるや、空間移動を手始めに、ディメンション(次元)をコントロールしたり、時間を巻き戻したり、まさに何でもありのレベルに達するものだ。これでは、いわゆる「チートキャラ」もいいところだろう。
そんなストレンジが大けがをし、常人同様に、病院で手術を受ける場面がある。カエシリウスの部下に襲われ瀕死の重傷を負った彼は、咄嗟の機転でニューヨークへテレポートし、以前勤務していた病院で元恋人クリスティーンの緊急手術を受け、無事命を助けられた―。修行途上の、未熟で甲羅を経ていない段階にあるとはいえ、様々な魔術を修し、しだいに途方もない超人間的な力を備えつつあったストレンジが、まずは病院に行き医者に手術をしてもらうなどという、ごくごく普通の治療法を取るとは、一体どういうことだろうか!?チートキャラの振る舞い方としては、これは実に噴飯物だ。

これに対して、『インセプション』における主人公・産業スパイ、ドム・コブの“主戦場”は、夢という多層的な潜在意識(無意識)、とりわけ集合的無意識の世界である。同作は業界屈指の“エクストラクター(extractor)”、コブと彼のスペシャリスト集団が“インセプション(inception)”という、難度の高い究極のミッションに挑戦する物語であると同時に、≪コブ当人が現実と夢(非現実)との間(あわい)に揺れながら、自らの潜在意識下のトラウマ(亡き妻モルの呪縛〈幻影〉)を克服する物語≫でもある。

※ユング心理学(「分析心理学」)によれば、無意識の世界は、生まれてから現在に至るまでの個人的な経験から構成された“個人的無意識”と、その更に奥深くに広がる、個人の経験を超え人類に共通しているとされる“集合的無意識(Collective Unconscious)”(普遍的無意識)とから構成されている。ユング心理学は他派よりも心理臨床において夢分析を重視している。夢は集合的無意識としての「元型(アーキタイプ)」イメージが日常的に表出している現象でもあり、また個人的無意識の発露でもあるとされる。なお、「元型(アーキタイプ)」 は、ユングの理論において中心的な意味と働きを持つ仮説的概念で、集合的無意識のなかで仮定される、無意識における力動の作用点⇒端的に言って、「人間が生来持っている行動様式(行動パターン)」(河合隼雄)である。

※エクストラクターとは、“エクストラクション(extraction)”【=人の夢の中(⇒頭脳の中)に侵入し、潜在意識の中から特定の思考(アイデア)を抜き取る(盗む)こと】をもっぱらにする者で、産業スパイのプロフェッショナル。インセプションとは、人の夢の中に侵入し、潜在意識の中にアイデアを植え付けること。


この作品における夢の世界は、多層構造になっていて、夢の中で夢を見ることで、さらに潜在意識下の奥(下)の階層へと行くことができる。また、夢の中は現実とは時間の進み方が異なる[潜在意識の階層が深くなるほど、時間の過ぎるスピードが速くなる。現実世界の10時間(=実時間で10時間の夢を見る場合)が、夢の第1階層で1週間、第2階層で6か月、第3階層で10年近くが経過する]。深い層に潜れば潜るほど、夢は不安定化していく。ここでは、夢が何段階かに設定されることで、どの世界が夢で、どの世界が現実かが相対化されるとともに、潜在意識の反映が実体化して、現実と非現実の境界が曖昧になり、「今いる世界は現実か、夢か」が混沌となる…。事態はまさしく中国の思想家、荘子(B.C.369頃~B.C.286頃)の言う「胡蝶の夢」そのものである。
この「夢」と「現実」が混在した世界では、夢なるものも潜在意識下での現実として生き生きしたリアリティーを背負う。夢を構築・設計したり、夢を数人で共有したり、夢の中で夢を見たり、夢から覚めて現実(or 夢の一つ上の階層)に戻ったり…。要するに、夢の中は何でもありの世界と化する。

※ cf. The 5 Levels Of INCEPTION :
「LEVEL 1:現実(REALITY)」
「LEVEL 2:夢の中〈夢の第1階層〉」
「LEVEL 3:夢の中の夢〈夢の第2階層〉」
「LEVEL 4:夢の中の夢の中の夢〈夢の第3階層〉」
「LEVEL 5:虚無(LIMBO=形のない夢)〈夢の第4階層〉」

※『インセプション』では、<夢から覚める⇒現実世界に戻る>ための方策は、大別して三つある。一つは「キック(a kick)」=夢を見ている者に強制的に落下感か、強い衝撃を与えることで、その身体の平衡を乱して意識を覚醒させる行為。二つ目は夢の中で死ぬこと。三つ目はドリームマシン(=夢を共有するために使用される装置)の各人に設定された時間が終わること。


このように見てくるとき、本作『ドクター・ストレンジ』と『インセプション』では、ともに現実的な歯止めがきかない、何でも起こり得る世界像を提示している点で、その映画世界の思想的な構えが互いによく似ているように思われる。これでは、『ドクター・ストレンジ』にしても『インセプション』にしても、そのメイン・ストーリーの流れに、何かと“ご都合主義”の展開と“後付け”の辻褄合わせの設定がまかり通らざるをえないだろう。

とはいうものの、私自身はしっかりと肝に銘じている。映画というものが、学問‐知識-理論知-専門知などではなく、あくまでも映像コンテンツであることを。
前述のとおり、MCU作品の本作に対する私の鑑賞態度は、ストーリーをことさら突き詰めず、映像美に素直に感じ入ることで能事足れりとするものだった。
この点は、『インセプション』についても、基本的に同様のことが言える。
私の場合、当の物語の合理的な段取りが崩れ、内容に破綻が相次いだところで、翻って何よりも映像表現やリズム感を優先し、映画単体としての掛け替えのない映像美(妙味)~大半がCGならぬ実写にこだわった画作り!~を解するとともに、イメージ→アイディアを膨らませながら、ミッション“インセプション”を追う本筋とは適当な距離を取って、そこに内包するテーマであるコブの成長物語~コブ(レオナルド・ディカプリオ)とモル(マリオン・コティヤール)のラブ・ストーリー~にこそ特別な関心を向けたのだった。
同作に出会ってから約6年半経った現在、私はメイン・ストーリーの展開の種々(くさぐさ)をほとんど念頭から忘れ去ったものの、コブとモルの「切ない」愛情物語については度々まざまざと記憶に蘇らせる。亡妻への罪悪感に苛まれ、そして追慕の情にほだされてミッション遂行もままならなくなるコブの人間味あふれる姿が今もなお、私の目に焼きついて離れない…。
2017年2月10日(金)新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3-15-15、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、19:20~鑑賞。

作品データ :
原題 ALLIED
製作年 2016年
製作国 アメリカ
配給 東和ピクチャーズ
上映時間 124分


マリオン・コティヤール

「マリアンヌ」

『フォレスト・ガンプ/一期一会』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の名匠ロバート・ゼメキス監督がブラッド・ピットとマリオン・コティヤールを主演に迎えて贈る歴史サスペンス・ラブストーリー。第二次大戦下のカサブランカとロンドンを舞台に、ナチス・ドイツとの戦いで極秘任務を負い偽装夫婦の相手として出会った一組の男女が、過酷な時代に翻弄されながら繰り広げる切なくもミステリアスな愛の行方をサスペンスフルかつエレガントに綴る。

ストーリー :
1942年、ナチス・ドイツに支配されたフランス領モロッコ。イギリスの諜報員(intelligence officer)として、カサブランカでのドイツ大使暗殺計画に挑むマックス・ヴァタン(ブラッド・ピット)。任務上のパートナーとして、フランスのレジスタンス女闘士、マリアンヌ・ボーセジュール(マリオン・コティヤール)と偽装の夫婦生活を送る。当初は相手を遠ざけ距離を保とうとした二人だったが、任務を通して互いに心惹かれ合う仲となる。
捨て身で危険に臨んだ二人は、大使暗殺の大任をやり遂げ、生き延びる。やがてマックスはロンドンで、正式にマリアンヌを妻に迎え、愛娘アナにも恵まれ、家族三人で戦時中ながらも不自由のない幸せな日々を送っていた。
しかし、ある日上官に呼び出されたマックスは、妻のマリアンヌにナチス・ドイツのスパイ容疑がかけられていることを告げられる。上層部はある女性がマックスしか知りえない情報をドイツに流していることを掴んでおり、その有力な容疑者として彼の妻に疑いの目を向けていた。実はレジスタンスに在籍したマリアンヌという人物はすでに故人で、マックスの妻がその名前を騙(かた)ってスパイ活動を行なっているという。さらに、カサブランカで殺害したドイツ大使は、そもそもナチスの中でも「反体制派」で、その暗殺はヒトラーの意思に沿うものだったという。
愛する妻が身元を偽って自分を騙していたのだろうか…。思わず知らず、激しく動揺するマックスだったが、ともあれ妻の疑惑を晴らすため、おとり情報を流すテストに渋々協力する。それは、上官がマリアンヌの在宅時に電話で架空の作戦をマックスに伝え→マックスがそれをメモし、そのメモ書きをわざとマリアンヌの見える所に放置→結果として当該「偽情報」がドイツに渡っているかどうかを確認するというものだった。
マックスは上官から非情な通告を受ける。“もしマリアンヌがドイツのスパイだと証明されたら、彼女を君の手で始末せよ。できないなら、君も大逆罪として処刑される。猶予は72時間―”
マリアンヌを信じたい、でも信じきれない…。マックスは戸惑いを覚えながらも、妻の潔白の証(あか)しを立てようと命がけで奔走する。
その中で、本物のマリアンヌはピアノが上手でドイツ兵のいる店で、堂々と「ラ・マルセイエーズ」を弾く姿が印象的だったという情報を得る。事態を見極めようと、行きつけのパブで、「ラ・マルセイエーズ」を弾くよう妻に強要するマックス。しかし、彼女は要求された曲を弾けなかった。彼女はマリアンヌ・ボーセジュールではなかったのだ。
実はドイツ軍はロンドン郊外に落ち着いた彼女を見つけ出し、娘を人質にスパイ活動を強いたのだと、彼女は涙ながらに告白する(アナの、親切そうな子守もドイツ軍のエージェント〈agent、協力者〉だった!)。あなたを愛する気持ちに嘘偽りはない、と訴える彼女に、「メモの内容はドイツに送ったのか」と問うマックス。うなずく彼女を見て彼は絶望感に駆られる。
マックスは妻のマリアンヌへの愛ゆえに、そして彼女が自分と娘に注ぐ愛ゆえに、彼女がドイツ軍スパイであったという重い事実に苦悩する。しかし、彼は勇を鼓して、マリアンヌを許すとともに、彼女を助けるべく家族で国外逃亡することを決意する。
マックスは軍用機での一家「脱出」をもくろむ。→彼はイギリス軍の飛行場に向かう途中、妻を脅迫し続けたナチス・ドイツのエージェントたちを射殺。→一家は何とか飛行場の検問を抜け、土砂降りの中、密かに地上を飛び立とうとするも、あと一歩のところで、マックスの上官をはじめとする軍の追っ手に捕まってしまう。
「君を大逆罪で逮捕する」と上官がマックスに告げる…。マックスは聞く耳を持たず、妻は家族のために仕方なくやっていたんだと弁明する…。
マリアンヌは二人のやりとりを聞きながら、逃れようのない窮地を察する。このままでは、スパイである自分を逃亡させた罪で、自分だけでなく夫も死罪は免れない。夫だけでも助けたい!マックスに「愛しているわ。アナを頼みます」と一言残して、拳銃で自ら命を絶つマリアンヌだった。
悲痛に泣き叫ぶマックスは、彼女の亡骸の横にいつまでも寄り添う…。上官は部下の兵士たちに、「マックスが自分の手でスパイを始末した」と告げる。

【ラストシーン】 マリアンヌは死ぬ前日の夜に、アナが大きくなった時に読めるよう、遺書を書き残していた。そこには、アナとマックスを心の底から愛していたこと、ロンドンで共に過ごした日々が最高に楽しかったことが綴られていた…。そして、マックスは今や、かつて妻と語り合った農場を営む夢を実現し、彼女が守り抜いた娘と共に生きる道を歩むのだった…。

▼予告編



▼特別映像


2017年1月27日(金)新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3-15-15、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、18:50~鑑賞。

作品データ :
原題 THE ACCOUNTANT
製作年 2016年
製作国 アメリカ
配給 ワーナー・ブラザース
上映時間 128分


田舎のさえない会計士と裏社会の殺し屋という二つの顔をもつ男が、犯罪組織や企業の不正を暴いていく様を描くサスペンス・アクション。『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』ではバットマンというヒーローを演じたベン・アフレックが、アメリカの裏社会で暗躍するアンチ・ヒーローに扮し、新たな一面を見せる。『マイレージ、マイライフ』のアナ・ケンドリックや、『セッション』のJ・K・シモンズらが共演。監督は『ウォーリアー』『ジェーン』などを手がけたギャヴィン・オコナー。

ストーリー :
田舎町のしがない会計コンサルタント、クリスチャン・ウルフ(ベン・アフレック)に舞い込んだ、大企業からの財務調査依頼。彼は重大な不正を見つけるが、なぜか依頼は一方的に打ち切られてしまう。その日から、何者かに命を狙われるウルフ。実は彼は、世界中の危険人物の裏帳簿を仕切る“裏社会の掃除屋”でもあった。年収1000万ドル、数字に関して天才的頭脳を持ち、最強のファイターで命中率100%のスナイパー。本籍・本名・私生活、そのすべてが謎に包まれたウルフは、アメリカ政府やマフィア、大企業に追われながら危険な仕事に身を投じていく…。

アップ 主人公、クリスチャン・ウルフが持つ天才的スキルの中身は、見応えたっぷり!
・自閉症の人間にありがちな特殊技能に秀でた反動的な習性に起因するのか、怪しい企業の15年間に及ぶ膨大な帳簿から1夜にして不正を読み取る数学脳
・裏金がバレることを恐れた相手が放った刺客を超長距離からでもライフルで射止められるマサイ族的狙撃力
・刺客の行動を先読みして策を講じる予知能力
・死んだはずの標的に必ずトドメを刺さずにはいられない完璧主義
これら、次々と繰り出される怒濤の技能集は、テンポの良さと相まって観る側の総身の快感を呼び起こす!

▼予告編

【以下は、映画『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』(2)〔本ブログ〈February 07, 2017〉 http://ameblo.jp/selfmade2015/entry-12264713027.html 〕の続き…】

ラース・クラウメ監督は既述のインタビュー⑦で、『アイヒマンを追え!』⇔『ハンナ・アーレント』という二つの映画の相互の関連性~同じ時代、同じ題材、主人公の同じような行動様式~について言及した。
私によれば、フリッツ・バウアーもハンナ・アーレントも、孤高に正義を体現した傑物である―。

私は映画『ハンナ・アーレント』(原題:Hannah Arendt、製作年:2012年、製作国:ドイツ・ルクセンブルク・フランス、上映時間:114分、日本公開:2013年10月26日)については、2014年1月24日(金)に吉祥寺バウスシアター(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-11-23、JR吉祥寺駅北口徒歩約5分)で鑑賞した。

※吉祥寺バウスシアターは2014年6月10日をもって閉館。cf. ブログ“「映画」再訪―時間の王国を生きる”〈2016年05月03日(火)〉記事
※1970年代後半に、私はアーレントの主著“The Origins of Totalitarianism”(1951)の邦訳書『全体主義の起原』(大久保和郎・大島通義・大島かおり訳、みすず書房、1972~74年)を読了した。


この映画は“アイヒマン裁判”の傍聴記を発表し、大きな波紋を呼び起こしたドイツ系ユダヤ人哲学者ハンナ・アーレント(Hannah Arendt、1906~75)の不屈の闘い~希有(けう)な才能と勇気~を描いた歴史ドラマ。主演は『ローザ・ルクセンブルグ』(1985年)のバルバラ・スコヴァ(Barbara Sukowa、1950~)。監督も同じく『ローザ・ルクセンブルグ』のマルガレーテ・フォン・トロッタ(Margarethe von Trotta、1942~)。この映画でアイヒマンが登場する場面は、先行する記録映画『スペシャリスト―自覚なき殺戮者』(エイアル・シヴァン監督、1999年)にも使われた実際の裁判記録映像を編集して構成されている。

●『ハンナ・アーレント』ストーリー :
哲学者ハンナ・アーレント(バルバラ・スコヴァ)は、ドイツに生まれ育ち→1933年、ゲシュタポに短期間拘束された後、フランス・パリに亡命→1940年、親独のヴィシー政権によってグール強制収容所に連行されるが間一髪で脱出→1941年、アメリカに亡命。現在はニューヨークで暮らし、大学教授として学生からの人気も高く、最愛の夫ハインリヒ・ブリュッヒャー(アクセル・ミルベルク)、友人で作家のメアリー・マッカーシー(ジャネット・マクティア)らと穏やかな日々を送っていた。
1960年代初頭、アルゼンチン・ブエノスアイレスで逃亡生活を送っていたナチス大物戦犯アドルフ・アイヒマンがユダヤ人国家イスラエルによって拘束され、同国の法廷で裁かれることとなった。アーレントは雑誌『ニューヨーカー』の特派員として、このアイヒマン裁判を傍聴することを志願する。自らの過去と向き合う苦痛を耐えての傍聴だったが、被告アイヒマンの大量殺人を指揮したとは思えぬ凡庸さ~「普通の、どこにもいるような人物」~に当惑する彼女だった。
帰国した彼女は、膨大な裁判資料と向き合いながら、鬼畜のような怪物と思われていたアイヒマンは、自らの役職を忠実に果たすことを自らに課していたに過ぎない小役人であること、また欧州各地のユダヤ人評議会(Judenrat)指導部がナチスに妥協的でしばしば取引を行なったためにホロコーストの被害が拡大したこと等を『ニューヨーカー』の連載記事として掲載する※。
その衝撃的な内容は、ユダヤ人社会からの激しいバッシングに晒される。「ナチズムを擁護するものだ」と様々な誹謗中傷を受けたアーレント。勤務していた大学から辞職勧告まで受ける。だが、「絶対に辞めません」と拒否した彼女は、学生たちへの特別講義で、誤解を解き、自説を闡明(せんめい)することに腐心する。
「アイヒマンは『自発的に行なったことは何もない。善悪を問わず、自分の意志は介在しない。命令に従っただけなのだ』と弁明した。世界最大の悪は、平凡な人間が行なう悪なのだ。そんな人には動機もなく、信念も邪推も悪魔的な意図もない。(彼のような犯罪者は)人間であることを拒絶した者なのだ。」「アイヒマンは人間の大切な質を放棄した。思考する能力だ。その結果、モラルまで判断不能となった。思考ができなくなると、平凡な人間は残虐な行為に走る。〝思考の嵐〟がもたらすのは、善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力である。私が望むのは、考えることで人間が強くなることだ。危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬように―」。
(In refusing a person, Eichmann utterly surrendered that single most defining human quality:that of being able to think. And consequently, he was no longer capable of making moral judgements.This inability of think created the possibility for many ordinary men to commit evil deeds on a gigantic scale,the likes of which one had never seen before.
The manifestation of the wind of thought is not knowledge, but ability to tell right from wrong,beautiful from ugly. And I hope that thinking gives people the strength to prevent catastrophes in these rare moments when the chips are down.
)
学生たちは大きな拍手を送り、好意に満ちた反応で彼女の講義を受け入れる。アーレントを放逐しようとした同僚たちは、不利を悟った面持ちで教室を後にする。しかし、講義を傍聴していた友人のハンス・ヨナス(ウルリッヒ・ノエテン)は、アーレントの発言を理解できない様子…。友人としての関係は終わりだと告げて帰っていくのだった。

※アーレントはアイヒマン裁判の記録を、1963年2~3月に『ザ・ニューヨーカー』(The New Yorker)誌に5回に分けて連載後、追記・改訂などし同年5月に単行本化⇒“Eichmann in Jerusalem:A Report on the Banality of Evil”(大久保和郎訳『イェルサレムのアイヒマン─悪の陳腐さについての報告』みすず書房、1969年)。彼女は1961年4月11日にエルサレムで始まった公開裁判を欠かさず傍聴し、アイヒマンの死刑が執行されるまでを記録。裁判の様子を描いただけではなく、アルゼンチンで潜伏生活を送っていたアイヒマンの暮らしぶりとイスラエルの諜報機関によるアイヒマン強制連行の様子、更にはヨーロッパ各地域で如何なる方法でユダヤ人が国籍を剥奪され、収容所に集められ、殺害されたかを詳しく綴っている。

●『ハンナ・アーレント』予告編 :


●『ハンナ・アーレント』ラストの、アーレントによる講義シーン ― 7分間の、「思考の重要性に関する映画史上最高の表現」と評価されるスピーチ :


いて座 アイヒマンは裁判で、ユダヤ人をガス室に送ったのは自分の意志ではなく、上層部からの命令だったと主張した。その姿はアーレントの眼に、組織の調和を乱さないことを重んじ、言われたとおりにしか動かない小役人のように映ったのだ。彼は残虐な殺人鬼ではない、人間の皮をかぶった悪魔ではない。そうではなく、ヒトラーの命令どおりに動いただけの“平凡な人間”にすぎなかった。
アイヒマンはどこにでもいる!そして、思考停止がまさに悪→巨悪を生む!

アーレントは「考えることで、人間は強くなる」という信念のもと、アイヒマンの「悪の凡庸さ(陳腐さ)」を強調した。
≪悪の凡庸さ≫とは、上からの命令に忠実に従うアイヒマンのような小役人が思考を放棄し、官僚組織の歯車になってしまい、ホロコーストのような巨悪に加担してしまう事態を指す。悪は狂信者や変質者によって生まれるものではなく、ごく普通に生きていると思い込んでいる凡庸な一般人によって引き起こされてしまうのだ―。

アイヒマンはドイツのナチス政権による「ユダヤ人問題の最終的解決」(ホロコースト)に関与し、数百万の人々をドイツ東部やポーランドにある強制収容所(Konzentrationslager)へ移送するにあたって指揮的役割を担った。
彼はユダヤ人移送の任務については息苦しいまでの厳格さを見せ、輸送列車の発着時刻が正確に守られるよう気を配っていたという。1942年7月14日にパリからポーランドのアウシュヴィッツ強制収容所へ向かう列車が故障した事件があったが、彼は電話で現地の指揮官に対して「今回のことは威信に関わる問題であり、事の全体は極めて屈辱的である」と激昂したという。
アイヒマンは輸送列車を確保し、ユダヤ人を絶滅収容所へ移送する特殊任務の管理に能力を示す“専門家(スペシャリスト)”だった。

一方で、公判を通じて防弾ガラスに囲まれた被告人席で唇をゆがめながら、ナチス政権によるユダヤ人迫害について「大変遺憾に思う」と述べたものの、自身の行為については「上司の命令に従っただけ」とひたすら弁明しつづけたアイヒマン。
彼は自ら手を汚してユダヤ人を虐殺したわけではなかった。しかし、ヨーロッパの各国から強制移送された無数のユダヤ人が収容所の中でどんな目に遭っているかは知っていた。しかし、それについて考えることを一切止めてしまい、ただ唯々諾々として命令に従うばかりだった。
アイヒマンは無思考の紋切り型にはまった、他者の立場に立つ思考力の欠如した、小役人的な凡人=卑小な“専門バカ”にほかならなかった。
公判時にアイヒマンは「一人の死は悲劇だが、集団の死は統計上の数字にすぎない」という言葉を残している。

波 cf. NHKの『視点・論点』「ハンナ・アーレントと“悪の凡庸さ”」(2014年6月25日)における次のような一文(「解説記事」)が注目される(URL|http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/191681.html)。
≪(前略)ナチスの全体主義政権下では、ユダヤ人をはじめとする大量の人間が、強制収容所やガス室をともなう絶滅収容所で、生きる価値を奪われ意味なく殺戮されるという事態が起こりました。人間を無用のものとするような言語道断の国家犯罪がなぜ起こったのか、どのようにして起こったのか。こうした問いが戦後のアーレントの思想の出発点でした。/彼女はこの「絶対の悪」と向き合い、1951年には『全体主義の起原』という大著を公刊しました。 
アーレントは、戦後ドイツには戻らず、アメリカの大学で教えながらニューヨークで暮らしていました。1960年、あるニュースが彼女の心を揺さぶります。ナチスの官僚で、アルゼンチンに逃亡していたアドルフ・アイヒマンが、イスラエルの諜報機関によって逮捕されたというニュースでした。
(中略)(アイヒマンという前代未聞の犯罪を担った人間をこの目で見ようと、アイヒマン裁判を傍聴した―引用者)アーレントは、一人の報告者として、裁判が自分の目にはどう見えたかを語りました。しかし、彼女の見解は許されざるものとして、イスラエルやニューヨークのユダヤ人社会から、激しい非難と攻撃をうけることになりました。彼女は本を書いただけでしたが、猛烈な批判をうけ、それまで親しかったユダヤ人の友人をほとんど失いました。
なぜそれほどの非難の嵐が起こったのか、主な論点をあげてみましょう。
問題の一つは、アーレントがユダヤ人組織のナチスへの協力にふれたことでした。アイヒマンが統括したユダヤ人移送業務において、効率的な移送のために必要な、一覧表の作成などを、ユダヤ人リーダーたちが行っていたということがありました。これはすでに他の歴史家によって指摘されていたことではありましたが、アーレントは総攻撃を浴びました。この問題は彼女の裁判レポートのテーマではまったくなく、ほんの数行しか言及されていない事柄でした。ところが、彼女の言葉は、ナチスの犯罪の共同責任をユダヤ人に負わせるものとして受け止められました。イスラエル国家では、そのユダヤ人リーダーたちが、主要なポストについていたということもありました。
そして最大の、今でも論争が続いている論点は、「悪の陳腐さ」「悪の凡庸さ」という言葉にありました。裁判でアーレントが見たアイヒマンは、怪物的な悪の権化ではけっしてなく、思考の欠如した官僚でした。アイヒマンは、その答弁において、紋切り型の決まり文句や官僚用語をくりかえしていました。アイヒマンの話す能力の不足は、考える能力、「誰か他の人の立場に立って考える能力」の不足、と結びついている、とアーレントは指摘しました。無思考の紋切り型の文句は、現実から身を守ることに役立った、と彼女は述べています。ナチスによって行われた巨悪な犯罪が、悪魔のような人物ではなく、思考の欠如した人間によって担われた、と彼女は考えました。しかしユダヤ人社会では、大量殺戮が凡庸なものだったというのか、ナチの犯罪を軽視し、アイヒマンを擁護するのか、といった憤激と非難の嵐が起こりました。
アーレントにとって、人間の無用化をはかったナチスの犯罪は、ユダヤ人に対する犯罪というよりも、「人類に対する犯罪」でした。政治によって生きる価値のない人種が定められ、官僚によって行政的に大量の人々が殺戮されるという現代の悪は、アーレントにとって許されざるものであり、なぜそのようなことが起こったのか、徹底的に向き合い、考えなければならない問題でした。しかし、それは被害者たちにとっては普遍的すぎる視点であり、アーレントはユダヤ人同胞から、ユダヤ人への愛はないのか、と批判されます。論争のなかでアーレントを擁護した社会学者のダニエル・ベルさえ、「彼女が要求する普遍的な正義は、世界を判断する物差としては厳しすぎる」と述べました。
アーレントは、「悪の陳腐さ」という言葉で何を言おうとしていたのでしょうか。批判への応答のなかで、彼女は、「悪の表層性」を強調しています。悪は「根源的」ではなく、深いものでも悪魔的なものでもなく、菌のように表面にはびこりわたるからこそ、全世界を廃墟にしうるのだ、と述べています。アーレントは、20世紀に起こった現代的な悪が、表層の現象であることの恐ろしさを、述べようとしたといえるでしょう。「悪の凡庸さ」という言葉で「今世紀最大の災いを矮小化することほど、自分の気持ちからかけ離れたものはない」と、アーレントは語りました。「底知れない程度の低さ、どぶからうまれでた何か、およそ深さなどまったくない何か」が、ほとんどすべての人びとを支配する力を獲得する。それこそが、全体主義のおそるべき性質である、とアーレントは考えました。
アーレントにとって「思考の欠如」とは、表層性しかないということでもありました。怪物的なものでも悪魔的なものでもない、表層の悪が、人類にたいする犯罪、人間をほろぼしうるような犯罪をもたらすという、前代未聞の現代の悪のありよう。それが、彼女の導き出した結論でした。
アーレントはそうした悪に抵抗しうる可能性として、思考すること、考えることを追究します。「ものごとの表面に心を奪われないで、立ち止まり、考え始める」ことを彼女は重視しました。アイヒマン論争においては、アーレント自身が、そうした、自立的な思考をつらぬきましたが、彼女の事例は、表層的になった社会のなかで自立した思考が孤立するとき、生きることはどれほど過酷で、思考はどれほど勇気を必要とするか、を表しています。こうした思考が孤立したり、攻撃されたりしないような世界のあり方を、アーレントに学びつつ、考えたいものです。≫


虹 cf. ニューヨークの独立放送局「Democracy Now!」日本語サイト(動画配信)の報道番組「『ハンナ・アーレント』 アイヒマン裁判を取材したドイツ系ユダヤ人思想家」(放送日:2013年11月26日、再生時間:20分) ― 監督のフォン・トロッタと、主演女優のバルバラ・スコヴァへのインタビュー :    
http://democracynow.jp/video/20131126-3
【以下は、同名映画(1)〔本ブログ〈February 05, 2017〉 http://ameblo.jp/selfmade2015/entry-12262945905.html 〕の《フリッツ・バウアーとは何者か》の続き…】

ダイヤ 本作は権威あるドイツ・アカデミー賞で作品賞・監督賞・脚本賞・助演男優賞・美術賞・衣装デザイン賞の6冠に輝き、世界各国でヒット。
戦後ドイツの過渡期にあって、いまだちらつくナチスの残像や戦争の傷跡の深さ、冷戦下の国際関係の力学などを織り込み、かつサスペンスフルな作劇の妙味を発揮しつつ、ドイツ人が正面から歴史と向き合う~ナチス・ドイツの忌まわしい記憶を決して忘れ去ってはならない!~ことの決定的な重要性を強調しつづけたフリッツ・バウアーのひたむきな努力に深い敬意を示している作品である。
そして、それは今から半世紀前のドイツを舞台にした映画とはえ、戦争責任との向き合い方など、日本が背負い積み残してきた重い課題と重なる部分も少なくない作品でもある。

ドイツの気鋭の監督ラース・クラウメ(Lars Kraume、1973~)は、“ドイツ映画祭2016「HORIZONTE」”(主催:ゲーテ・インスティトゥート 東京〈Goethe-Institut Tokyo〉、期間:2016年10月15日~10月19日、於・TOHOシネマズ六本木ヒルズ)で来日。
本作は映画祭で日本初公開された新作ドイツ映画7本中の1本で、10月16、17日に各1回上映された(劇場公開日:2017年1月7日)。

宝石緑 Horizonte 2016 予告編映像:


クラウメ監督は来日に際して、種々のインタビューに、率直に答えている。
彼の伝える明確なメッセージは、私という<世界の中の一日本人>の置かれた歴史的・現在的状況を見極めるに当たって重要な示唆に富む“知見・卓見”そのものである。
過去の歴史と向き合うバウアーの姿にほかならぬ私自身を重ね合わせるとき、彼バウアーは私にとって“等身大の人間”となり、過去の歴史も“等身大の歴史”となる―。

 ↓ ラース・クラウメ監督
クラウメ監督

{参照Ⅲ} ラース・クラウメ監督 インタビュー :
・インタビュー①
(Film Goes with Net:時代の矛盾に苦しんだヒーローを描く「アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」ラース・クラウメ監督インタビュー)
〔Qはインタビュアーの質問を、Aはクラウメ監督の応答を指示する。以下同じ。〕
Q:フリッツ・バウアーの生涯を映画にしようと思ったきっかけと、彼のどんな点について興味深く思ったかをまずお聞かせ下さい。 
A:実は、アイヒマンを捕獲した有名な作戦の裏側に、こういう人物がいたということを知らなかったんです。それで彼のことを調べていくうちに、あの時代に孤立無援で戦っていて、英雄的な資質を持った人物であると感じたんです。/近代にはドイツはあまり英雄は多くいないのですが、間違いなく彼は誇れる英雄の一人で、この物語をもっと多くの人に知ってもらいたいと思ったんです。
 
Q:フリッツ・バウアーはヒーローであるとおっしゃいましたが、監督はこの映画で彼をヒーローとして描きたかったのですね。
A:はい。ヒーローというのは、世界を新しく作り変えたり、そういう努力をする存在であって、その過程で様々な敵と戦っていく存在です。この映画は古典的なヒーローの物語と言えると思います。戦争中、亡命していた彼が自国に戻ってきて、周囲がナチスの戦犯だらけであることに気づき、孤立無援な状態の中で戦っていく。/彼はユダヤ人だったので、復讐を考えているのではと周りから勘ぐられていたんですが、社会に正義もたらそうとしたのです。そんな彼を私はヒーローの定義を満たした存在だと思うんです。
 
Q:しかしこの映画は、冒頭バウアーが自殺未遂をするという、衝撃的なシーンから始まりますね。ヒーローの映画としては珍しいと思いますが、その物語を始めようと思った意図は何でしょうか。
A:彼は史実でも、バスタブで溺死をしているのですが、睡眠薬とアルコールを摂取したと言われています。/あのシーンはフラッシュバックではなく創作です。/彼がなぜあんなにも強くあれたのか、亡命から戻ってきた彼を突き動かし続けたものは何なのかということを考えた時に、それはバウアーの贖罪の意識だったのではないかと考えたんです。
彼は亡命前の若い頃から判事でした。判事の仕事というのは、法律を通して民を守るものだったにもかかわらず、ナチスが台頭したことで亡命して、自分の命は助かったけども、何百万人という人が亡くなっていく様を外から見ているしかなかった。彼はその罪悪感によって突き動かされていたのではないかと考え、冒頭にあのシーンを持ってきました。あのシーンで、彼は無力に見えるかもしれませんし、悲壮感というか、悲劇的な感じにも見えると思います。しかし、あれも本当のバウアーが持っていたもので、実際に睡眠薬を服用していたと記されていますし、仕事だけに生きていたようなところもあったし、実際に心に闇を抱えていたのでしょう。/物語として最初に弱い彼を見せて、そこから立ち直り、最後に彼が持つ強さ、アイヒマンという重要な犯罪者を追い詰めることができたという強いバウアーで終わるというのが、今回の私の物語の構成だったわけなんです。

・インタビュー②
(ニューズウィーク日本版:『アイヒマンを追え!』監督が語る、ホロコーストの歴史と向き合うドイツ)
Q:ナチスの犯罪を裁くフランクフルト・アウシュヴィッツ裁判(63~65年)でバウアーは原告団を率いた。半年ほど前に94歳の元ナチス親衛隊員に禁錮5年が言い渡されたように、今でもナチスの犯罪に対する裁判は続いている。
A:強制収容所の元看守ジョン・デミャニュクが懲役5か月になった、2011年の画期的な裁判がある。このとき初めて、強制収容所に関与した者は高官でも看守でも、自ら殺人行為を行っていなくても殺人罪に問えることが認められた。それはアウシュヴィッツ裁判でバウアーが判例にしようとして、かなわなかったことだ。/アウシュヴィッツ裁判からこれだけの時間がかかり、責任を問われなった人がたくさんいたことは悲劇だと思う。今日まで、知識階級層のホロコースト責任者たちは1人も殺人罪で起訴されていない。

Q:あなたはアイヒマンの裁判を同時代では経験していない。当時を知らないから難しかったこと、反対に良かったことはあるか。
A:バウワーの時代は、自分にとって遠いものではない。両親の青春時代がこの映画の舞台の時期で、両親や祖父母の話から時代の雰囲気なども分かっていた。
共同脚本のオリヴィエ・グエズがユダヤ系フランス人だったことは助けになった。ドイツ人にとって、ホロコーストの話は罪悪感からとても語りづらいものだ。映画を作ることで、その気まずさを乗り越えることができたのは自分にとって大きかった。

Q:ドイツでも日本でも、戦争中の自国の行為についていつまで謝罪を続けるべきか、という議論があると思うが、ドイツでは今、どのように考えらているのか?
A:常に我々は振り返らないといけないし、同時に前を向かなくてはならない。ドイツでは(東西ドイツ分断の)48年からずっと、一定のゴールを決めてそこからはこの話をするのはやめようという雰囲気があるし、実際にそう主張する人もいる。でも、それは間違っていると思う。あれだけの極端な経験は話し続け、語り継がれなければならない。
今日の世界のあり方は、過去と関係がある。ドイツが50年代に「経済の奇跡」と呼ばれる経済成長を実現したのはドイツ人が几帳面で勤勉で頭がいいからだと言われているが、そこには嘘がある。/それも一面かもしれないが、もう1つ、アメリカの資金援助があった。西ドイツを共産主義の防衛線にしたかったからだ。第2次大戦後のドイツから再び戦争を起こす能力を奪うため重工業を解体し、農業国にするという計画もあったが、結局はアメリカがドイツを復興させようと判断したことが大きかった。
歴史を見なければ現在を理解することはできない。だから、もう十分だ、忘れようとは絶対に言えない。
別の例を言うと、「アラブの春」が起きたとき、ドイツ人を含めヨーロッパの人々は、「彼らは民主主義のことなんて何も分かっていない」と言っていた。欧州ではフランス革命から第2次大戦の終わりまで200年かけて民主主義は成熟していったのに、そんな自分たちの歴史を忘れているから言えることだ。

・インタビュー③
(CinemaTribune:『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』ラース・クラウメ監督インタビュー)
Q:フリッツ・バウアーという人物は、ドイツでもこれまであまり注目されていなかったそうですね。
A:歴史学者や政治家、ユダヤ人コミュニティなど、一部のインテリ層は知っていましたが、私も含め多くのドイツ人には知られていませんでした。私自身は共同脚本家のオリヴィエ・グエズの著書(『Heimkehr der Unerwünschten: Eine Geschichte der Juden in Deutschland nach 1945』2011年)の中の第1章で、フリッツ・バウアーとアウシュヴィッツ裁判について触れられていて初めて知りました。
何故、彼の功績が忘れ去られていたのか、答えは難しいです。多くのドイツ人が沈黙していた時代に、バウアーがドイツの暗い過去に言及することによって、その事実と直面しなければいけない。バウアーの存在は、過去と直面したがらない人々を苛立たせたのでしょう。バウアーが1968年に亡くなった時は、“居心地の悪い質問をする人物がいなくなった”と喜ぶ傾向もあったようです。
バウアーの死後、60年代後半から70年代にかけて学生運動が盛り上がり、イスラエルの政策に反対する人々を中心に反ユダヤ主義が台頭し、テロリズムに繋がっていきました。その時代の中でバウアーに関する記憶が失われていったのかもしれません。最近になって、私たちの作品や『顔のないヒトラー』が発表され、バウアーの生涯に関する展覧会の開催、伝記も出版されるなど、少しずつ知られるようになりました。

Q:本作では、実際にアイヒマンがどんなことをしたのか、ホロコーストの時代を視覚的に見せるなど回想シーンがありませんでしたね。
A:ハンサムな俳優にナチスのスマートな軍服を着せたり、エキストラに収容所の囚人のふりをさせたり、ホロコーストの怖ろしい映像を使うのは容易です。しかし、ドラマティックになりすぎたり作為的になったりすることもあり、ちょっと躊躇しました。もちろん成功している作品もあります。ドイツで1947年に製作された『Murderers Among Us(原題/直訳:我々の中の殺人者)』も重要な作品ですし、ハンガリーの作品『サウルの息子』(2015年)も傑作だと思います(cf. 本ブログ〈February 08, 2016〉記事「映画『サウルの息子』」)。今回私たちはそういったものを使わず、サブテキストとして描きたいと思いました。ポスターではハーケンクロイツが使われていますが、映画の中では一か所しか出てきません。
アイヒマンについても、彼はユダヤ人を強制収容所へ移送するにあたっての責任者であり、その恐ろしさは皆が知っていることです。アウシュヴィッツはポーランドにある小さな村ですが、皆、アウシュヴィッツと聞いただけで収容所を思い浮かべるでしょう。収容所の入り口のロゴ、鉄道…そういったものが我々の記憶の中に深く刻まれているはずです。少なくともアイヒマンを描く上では、回想や記録映像も不要だと考えました。

Q:その一方で、冒頭ではバウアー本人の記録映像(アイヒマン裁判のテレビ告知)が挿入されています。「若い世代なら真実を知っても克服が可能だ。しかし彼らの親世代には難しいことだ」というセリフを、劇中でバウアーを演じたブルクハルト・クラウスナーに言わせるのではなく、本人の映像として入れたのは?
A:実際のフリッツ・バウアーは非常にアクが強いというか、個性が強い人でした。ボディランゲージや髪型、独特のアクセントをブルクハルトにそのまま演じてもらい、バウアーの出自、身体に刻まれている痛みを、言葉ではなく全身で表現して欲しいと思っていました。しかし、観客はバウアーを見たことがない人が多いのです。もしかしたら「いったいどうした?ブルクハルト!」とか、過剰な演技と言われるかもしれないし、製作側の突飛なアイデアと思われるかもしれません。最初に「True Story」とテロップを入れてもいいですが、記録映像を見せることによって、ブルクハルトがバウアーそのものであり、実在した人物の物語であると理解できる。さらに、彼が若い人に伝えたいこと、アイヒマンを裁きたいという強い気持ちも言葉として落とし込んでくれる映像ですから、最高のイントロダクションになったと思います。

Q:バウアーが最も信頼する若手検事、カール・アンガーマン役をロナルト・ツェアフェルトさんがとても繊細に演じられました。カールは架空の人物とのことですが、彼のセクシャリティな部分も物語にとって重要な要素だと思いますが、カールにどんな役割を担わせようとたのですか?
A:同性愛に関する部分は、最初の脚本には入っていませんでした。フランクフルトのミュージアムで開催されたバウアーの展覧会で、彼がデンマークに亡命中に男娼と関わりがあったという調書が展示されていて初めて知りました。歴史研究家によって発見された事実ですが、実際に同性愛者だったかどうかはわかりません。しかしバウアーはフランクフルトで一人暮らしをしており、若い男性の友人が多かったこと、結婚してはいるものの身の安全を図るためだったという噂もあり、生涯の中で男性に惹かれていた時期があったのは間違いないでしょう。
映画の中で同性愛という傾向として見せたかったのは、彼が完全なアウトサイダーだったからです。同性愛者であり、社会主義者であり、ユダヤ人である。当時のドイツでは好ましくない要素ばかりなのです。しかし、事実ははっきりわからないので、バウアー自身を同性愛者として描くのもどうかと思いました。彼の功績や、彼が闘った政治的なバトルは、性的嗜好とは関係ないからです。そこで、アンガーマンという架空の人物を作りました。と言っても全くの架空でもなく、実際にバウアーと仕事をした若い検事で、同性愛という理由で脅迫された人物が存在しました。時系列的に、物語の時期とは合わないので、フィクションのキャラクターとして盛り込もうと判断しました。他のキャラクターも名前を変えていますが、事実に即した人物と行動をモデルにしています。
また、同性愛というテーマを盛り込んだ理由はもう一つあり、それが刑法第175条の存在です。
(【引用者註】刑法第175条は、男性同性愛を禁じたドイツの法律。1871年制定。ナチ党政権はこれを根拠に多くの同性愛者を強制収容所に送った。1994年廃止。)
第三帝国から新しい民主国家になったからといって、一晩で皆が民主的な考えになるわけじゃない。いかにかつてのナチス政権の価値観や道徳がそのまま引き継がれていた時代だったのか、現代に生きる人にも分かり易く描けていると思います。

・インタビュー④
(Cinefil:北島博士の映画おもしろ講座番外編『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』ラース・クラウメ監督インタビュー)
Q:現在の世界は排他的な情勢にあると言えます。今の時代にこの作品を完成できたこと、そしてフリッツ・バウアーの視点から描けたことについて、どう考えてますか。
A:今の世界は複雑になっていて、解決しようにも、経済システムなどがあって、それが難しい。例えば、数年前のアラブの春と言われたエジプトも今では軍国主義にもどっている。人々は世界を変えることはできないと思ってしまう。バウアーは国を民主化するために亡命先のデンマークから帰国した。今日、何もできないと思う人がいたら、個人の力でも変えることができるということを、バウアーから学ぶことができると思う。当時のドイツには元ナチが至る所にいた。バウアーの視点から描くことで、彼も個人の弱さを持っていることが分かる。ユダヤ人だし、ホモセクシュアルだったし…。 
ホモセクシュアルは1994年までトイツでは犯罪であり、バウアーの助手を務める若手検事はホモセクシュアルの人物に惹かれて一線を越え、それを写真に撮られてバウアー追い落としの道具にされようとする。この人物は映画のオリジナルだが、ことあるごとにバウアー排除の試みがなされたことは事実。

Q:アイヒマンを見つけたのはナチハンターとして有名なサイモン・ヴィーゼンタールだと思っていたので、今回の映画を見て驚きました。史実に基づいているのでしょうか。
(【引用者註】サイモン・ヴィーゼンタール〈Simon Wiesenthal、1908~2005〉は、ナチ・ドイツの強制収容所を奇跡的に生き延び、民族絶滅を図ったナチ犯罪人を法で裁くことに半生をかけたオーストリア人ユダヤ教徒。彼は戦後、米中央情報局〈CIA〉の前身組織などでナチス戦犯追及に関わり、戦後のユダヤ人社会では英雄視された。 cf. 本ブログ〈November 29, 2016〉記事「映画『手紙は憶えている』」)
A:多くの人はアイヒマン逮捕の裏にヴィーゼンタールがいたと思っているようだが、私たちのリサーチでは彼はアイヒマン逮捕には関与していません。そういう事実を見つけることができませんでした。他のナチ戦犯のあぶり出しには尽力していますけど。この映画で描かれたように、アルゼンチンに住むヘルマンという男性が、「自分の娘が付き合っているのはアイヒマンの息子だ」という手紙をバウアーに出したことがきっかけです。バウアーはドイツ政府がアイヒマン逮捕に消極的なことから、法律を冒して、イスラエルの諜報機関モサドに会いに行き、アイヒマンの身柄確保を依頼した。だが、当時のイスラエルは隣接するアラブ諸国への対応に傾注したいので、確たる証拠がないと動けないと言う。そこで、アイヒマンと思われる人物を再調査して確信を得たところで、再びモサドに連絡してアイヒマン逮捕となった。このアイヒマン逮捕が今日モサドをして世界一の諜報機関と言わしめるきっかけとなり、それに大きく貢献したのがバウアーなのです。

Q:原題の”DER STAAT GEGEN FRITZ BAUER”の指し示す意味は何ですか。(※Staatは国、gegenは対を示し、裁判名として使われる言い方)
A:このタイトルはかなりもめてね、脚本家と一緒に製作者を一生懸命説得したんだ(苦笑)。裁判劇であることを示したかった。ドイツ社会を反映したもので、西ドイツは戦後、連合軍から民主主義国家になりなさいと言われて民主化されたのです。人に言われたからそうなったわけで、その体質は昔のナチ支配時の精神風土と変わらない。社会を構成するすべての個人が、自分がそうありたいと思う状況を作っていけるということをフリッツ・バウアーは体現したわけで、過去と向き合うことは大事なことなのです。

Q:社会派の映画としては、映像がきれいだった。オフィスの内装なども良かったと思います。
A:自分の映画のヒーローは毎回違う。すべての映画は冒険。撮影監督のイエンス・ハラントとは十年来の仲で、毎回模索して映画を撮っています。今回の映画はとてもシンプル、クラシックで、カメラは過剰な動きはしないことにした。男たちがただ話をしている場面が多いのでね。カメラは観察しているだけでいいと思った。衣装デザイナーのエスター・ヴァルツはミケランジェロ・アントニオーニ作品(※『愛のめぐりあい』)も手掛けているのだが、当時のムードは出したいと思った。肌触りなどもね。

・インタビュー⑤
(エイガレビュー:2017年1月7日公開「アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」ドイツ映画祭オフィシャルレポート)
Q:フランスの方(共同脚本のオリヴィエ・グエズ)と一緒に仕事をされた理由は?
A:オリヴィエさんは作家で、2011年にドイツに戦後戻ってきたユダヤ人を書いた本を出されました。この本はなぜホロコーストのあとにドイツに戻ったユダヤ人がいたのかということに焦点をあてたもので、その中にバウアーのことも書いてありました。フランクフルトにいながら私はその本を読むまでフリッツ・バウアーを知りませんでした。オリヴィエさんと色々話をする中で、一緒に映画を撮ろうということになり、最初はその本を題材にしようと考えていたのですが、段々フリッツ・バウアーという非常にエキサイティングなトピックに注目することとなって、彼を取り上げることで、50年代、60年代のドイツの過去との向き合い方に一番迫れるのではないかと思い、彼を主人公に据えることにしました。そして彼の長い人生の中でも、特にアイヒマン関わる部分を更に切り取りました。オリヴィエさんにとっては初めて脚本を書くということになりましたが、彼自身もユダヤ系で、非常に色々な戦後ユダヤ人の方へインタビューをされており、非常にこういったことに詳しい方です。

Q:フリッツ・バウアー伝記を映画の公開にあわせ出版する予定なので、現在翻訳を進めています。私もフリッツ・バウアーのことを全く知らなかったのですが、ニュルンベルク裁判はあったとはいえ、ドイツで戦後ナチの人たちが生き延びて、法律の分野にもいたということが驚きました。監督もフランクフルトにいながら、フリッツ・バウアーを知らなかったというのも更に驚いたのですが、『顔のないヒトラーたち』にもバウアーが出てきたり、『ハンナ・アーレント』へも話が続いていて、ヒトラーの死後70年経ち、ドイツの戦後処理について、ドイツの若い人たちは向き合わなければいけないという気持ちが強くなってきたかなと思ったのですが、ドイツ国内ではどうなのでしょうか?
A:多くの人たちがアイヒマン拘束について決定的な役割をしたのはサイモン・ヴィーゼンタールだと思っており、モサドがアイヒマンを拘束したということは知っているのですが、フリッツ・バウアーのおかげでアイヒマンを追跡することが出来、裁判に至ったということは知られていませんでした。伝記が出る前というのは彼に関する本はなく、知られていなかったので、若い人にこの映画を見て知ってもらえたのなら嬉しく思います。今日の世界で起きている様々なことを考えると、個人として民主主義のために、そして正義のために何が出来るのかということについて色々とインスピレーションを与えてくれる映画だと思います。フリッツ・バウアーは一人で英雄のような戦いをしているわけ、彼が知られるようになり、こうして外国で上映されることに喜びを感じています。

Q:私は若い世代の人間だと思うのですが、この映画を見て非常に感銘を受けました。監督がおっしゃった通り、個人として何が出来るのかということについてすごく勇気づけられる内容だと思います。フリッツ・バウアーがアンガーマンに向かって発した、“独裁の監視に屈してはならないのだ”、という台詞がありましたが、あれは実際にフリッツ・バウアーが言った台詞なのか、脚本で作られた言葉なのか知りたいです。
A:台詞そのものは脚本作家である私たちが生み出したものです。ただしそれはフリッツ・バウアーの思想から生み出したものです。例えば、テレビのトークショーに出演する場面がありましたが、そこではフリッツ・バウアーの肉声を使っています。ただ、実際にトークショーに出演したのは、劇中の時期ではなくて、あれから4年後のアウシュヴィッツ裁判の時期ですので、それは少し史実とは異なっています。ただ、私たちが大切にしたのは、彼が若い人たちに対してどう向き合っていたのか、彼のヒューマニズムがどう現れていたのかということです。最初の方の場面で若い検事がフリッツ・バウアーの部屋に集められる場面がありましたよね。アンガーマンはフィクションですが、それ以外は実在の人物です。アンガーマンのように実際に同性愛が理由で脅された若い検事がいたということが史実としてありました。その辺りは時代的にアイヒマンの追跡の頃にとは重ならないのですが、フィクションを交えて織り込んでいます。フリッツ・バウアーがどのような形で若い人に接したかということは徹底的にリサーチをしました。
フリッツ・バウアーは一日18時間働き、チェーンスモーカーで、死ぬまで働いていた人です。何が彼をそこまで突き動かしているのかということをすごく知りたいと思いました。実際に彼は検事として華々しい成功を収めたかというと、決してそうではありません。アイヒマンもドイツで裁けませんでしたし、アウシュヴィッツ裁判でも願ったように全ての犯罪者を裁けたわけではありませんでした。それでも彼を動かしていたものは何なのか、推測に過ぎませんが、出所を条件に彼がナチスに従うということに署名してしまったことへの贖罪ではないか。復讐ではなく、やはり若い世代を教育したい、戦後のドイツの若い民主主義を育てたいというその気持が彼を突き動かしたのではないかと思います。/それが、カール・アンガーマンへの台詞の言葉につながっています。

・インタビュー⑥
(Movie Collection:『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』ラース・クラウメ監督インタビュー)
Q:バウアーの行動、功績は、現代ドイツの戦後処理、教育へ大いなるインパクトを与えていると思いますが、彼という人物がいなければ、今のドイツはまた違った状況に置かれていたと思われますか?
A:彼が唯一の人物ではなかったけど、50年代60年代の中で、こういう居心地の悪い質問をあえてした数人の人物の1人ではあった。もしバウアーがいなかったとして、他の人が声をあげたかどうかは分からないが、バウアーが始めたことを他の人は始めなかったし、バウアーが問いかけたことを他の人は問いかけなかったとは思うね。ドイツの国としての発達、過去と向き合い、過去から学ぶということは起きなかったと思います。

Q:波乱に富んだ彼の全生涯を2時間の映画に収めるのはかなり難しかったのではないですか?
A:その通りだね。バウアーの自伝についてオリヴィエと長い間検討した結果、フリッツ・バウアーが何を追い求め、何が彼を魅力的な人物にさせたのかを探すために、彼の人生でとりわけ緊迫に満ちた時期であるアドルフ・アイヒマンの追跡を核に据えることにした。ここで我々が語るのは、第二次世界大戦後に悲観し、打ちひしがれてドイツに戻ってきたけれど、「意識の風化」との闘いに自身の存在意義を見いだした男の贖罪の物語なんだ。

Q:フリッツ・バウアーのリサーチをした際に監督が驚かれた新事実はありましたか?
A:一番驚いたのは、バウアーの敵である元ナチの人々が、若い民主国家においてどのくらい力をもっていたのかということを今まで知らなかったことだね。

Q:我々がフリッツ・バウアーから学べることは何でしょうか?
A:考えうる限りの圧力があったとしても、大義のために邁進することに勇気をもち、粘り強くゴールを目指すべきということだ。フリッツ・バウアーは「復讐に燃えるユダヤ人」として反対勢力にあい、生涯にわたり手強い敵に囲まれ続けた。ドイツ当局はひとりも彼に協力したがらず、あの手この手で彼を妨害しつづけた。「執務室を出ればそこは敵のいる外国だ」という伝説的なこの声明は彼から出てきたものだ。それにも関わらず、最後に彼は成し遂げた。僕にとっては真のヒーローなんだ。

Q:最後に映画の見どころをお願いします。
A:本作にはサスペンス要素もあり、アウトサイダーvs.権力、という古典的な闘いが、架空の漫画の世界ではなく、本当にあったことが描かれている。簡潔に言えば、感情に訴えかけ、時代を問わず人を鼓舞し続けるヒーローの物語なんだ。

・インタビュー⑦
(BLOGOS:「日本の戦後史となぞらえて見ることもできる」ドイツ映画「アイヒマンを追え」クラウメ監督インタビュー)
Q:ナチ戦犯アイヒマンに関する映画といえば、女性政治哲学者の孤高の戦いを描いた『ハンナ・アーレント』が2013年に日本で公開され、大きな反響を呼びました。『アイヒマンを追え!』と『ハンナ・アーレント』は、どのような関連性があるとお考えでしょうか?
A:『ハンナ・アーレント』に興味を持った人ならば、きっと『アイヒマンを追え!』の主人公フリッツ・バウアーにも興味を持ってもらえると思います。同じ時代、同じ題材を扱っているということもありますが、2つの映画は同じような問いかけと向き合っているからです。
『ハンナ・アーレント』は、周囲の人々にとって聞き心地の良くない意見をあえて公表した結果、強い圧力にさらされる女性を描いています。『アイヒマンを追え!』は政治スリラーという側面もありますが、ハンナ・アーレントと同じような行動をするキャラクターが中心にいる映画です。
ハンナ・アーレントの姿にインスピレーションを感じた観客であれば、手強い敵が周りにいたにもかかわらず、ゴールに向かって戦い続けたフリッツ・バウアーの姿にも、きっとインスピレーションを感じてもらえるでしょう。

Q:自分と異なる意見の人に囲まれている中で意志を貫き続けるのは、現実の社会ではとても難しいことです。なぜ、バウアーは意志を貫くことができたのでしょうか?
A:バウアーは必ずしも大きな成功をおさめたとは言えませんが、さまざな努力を続けて、功績を残しました。何が彼を突き動かしたのか。一つには、1934年に政治犯の収容所に収容され、政治的な転向を余儀なくされた体験が影響しているのだろうと考えられます。
もう一つは、独裁政治を経験していることが大きかったのではないかと思います。我々は生まれながらにして自由を享受し、そのために戦ったことがありませんが、バウアーは違います。そのような経験が、彼の強い信念を生み出したのではないでしょうか。

Q:現在の日本で生活する私たちにとって、この映画の舞台である1960年前後のドイツは、時間的にも空間的にも遠く離れた世界だと言えます。日本の観客は、この映画をどう見ればいいでしょうか?
A:フリッツ・バウアーというキャラクターは、昔から存在するヒーロー像と重なる部分があるので、観客の年齢や国籍を問わず、すべての人にインスピレーションを与えてくれると思います。もちろん、日本人にも。
彼が守ろうとした民主主義やヒューマニズム、正義といった価値は、世界中の人々を一つにしてくれます。これは半世紀前のドイツの物語ですが、観客はそれぞれ、自分の国になぞらえて見ることができるでしょう。自分たちの国が過去とどう向き合うか、若い人々に民主主義をどう植え付けていくかについて、思いをめぐらすことができるでしょう。
たとえば、スペインの人々は、フランコ政権から社会がどう変わらねばならなかったかという課題を頭に描きながら、この映画を見ました。もしいま、エジプトでこの映画を上映したら、おそらく民主化のプロセスとなぞらえて見てもらえるのではないでしょうか。日本も同様だろうと思います。

Q:フリッツ・バウアーの生き方から、我々が何か学べることはあるでしょうか?
A:この映画から学べることの一つは、民主国家と宣言したからと言って、すぐにその国が民主化するわけではないということです。ドイツという国は「ファシズムの国」から「民主主義の国」へ変わることを学ばなければなりませんでした。新しい憲法は1948年に制定されましたが、それによってすぐ、みんなが民主主義者になるわけではないのです。
映画の中に、バウアーが若者たちと対話するシーンが出てきます。若者に「ドイツ人としての誇りは何か」と問われて、彼は「過去から受け継いだものを誇らしく思うのではなく、自分たちの手で作り上げたものだけを誇らしく思え」という回答をしました。
バウアーの民主主義やヒューマニズムに対する信念は、我々にインスピレーションを与えてくれます。国によって状況は違いますが、彼のメッセージは普遍的なものだと思います。

・インタビュー⑧
「Interview/ラース・クラウメ監督 ドイツを変えた検事の執念」(毎日新聞2017年1月4日 東京夕刊) :
≪描かれるのは、第三帝国の残り香だ。映画「アイヒマンを追え」のラース・クラウメ監督は言う。「憲法ができて民主国家になりましょう、と言っても一晩では変わらない。当時のドイツはナチスのモラルを受け継いだ場所であり、勇敢な人々の手で変わったのだということを見せたかった」
 ホロコーストで中心的役割を果たしたアイヒマンは1960年、アルゼンチンでイスラエルの情報機関、モサドに拘束され、後世よく知られた裁判が開かれる。しかし、邦題と異なり、映画の主人公はドイツの検事、フリッツ・バウアーという男だ。法曹界にもナチスの「残党」がはびこる中、身の危険を顧みず、彼らの逮捕に執念を燃やす。
 史実と、ドラマとしての面白さのバランスに心を注いだ。映画でも描かれる、机に力強くこぶしを突くバウアーの姿は、実在する有名な写真から再現したものだ。一方、バウアーは浴槽で事故死、あるいは自殺ともされる最期を遂げたが、「映画では彼の弱さから出発し、力強さで終わる物語にしようと思った」と時系列通りには描かなかった。
 バウアーの同性愛の側面を描く必要性については、ドイツでも議論になったという。しかし「もっとリベラルな国で暮らす選択もあったのに、彼は自由を捨て仕事にまい進した。それはバウアーの大切な側面」と考えた。歴史は現在の鏡である。「彼は孤立した状態で戦い、成し遂げた。不公正、不平等のはびこる現在、誰もが1人では無力と思えるが、バウアーは世界を変えられた」と強調する。≫
2017年1月26日(木)ヒューマントラストシネマ有楽町(東京都千代田区有楽町2-7-1 有楽町イトシア・イトシアプラザ4F、アクセス:JR山手線・有楽町駅中央口から徒歩1分)で、19:15~ 鑑賞。

「アイヒマンを追え!」「アイヒマンを追え!」(2)

作品データ :
原題 DER STAAT GEGEN FRITZ BAUER
製作年 2015年
製作国 ドイツ
配給 クロックワークス=アルバトロス・フィルム
上映時間 105分


ナチスの最重要戦犯アドルフ・アイヒマンは、1960年に潜伏先のアルゼンチンでイスラエル諜報特務庁(モサド)に連行され、翌61年にエルサレムで歴史的な裁判にかけられた。本作は、このアイヒマン追跡に大きな役割を果たしたドイツ人検事長フリッツ・バウアーの知られざる孤高の闘いを描いた歴史サスペンス・ドラマ。上質なミステリー映画さながらのスリルと知的好奇心をかき立てるとともに、人間の尊厳や正義といった普遍的なテーマを力強く伝える。主演は『パリよ、永遠に』『ヒトラー暗殺、13分の誤算』のブルクハルト・クラウスナー、共演には『東ベルリンから来た女』『あの日のように抱きしめて』のロナルト・ツェアフェルトらが名を連ねる。監督はTVを中心に活躍するラース・クラウメ。
なお、ドイツ人の歴史認識を変えたといわれるアウシュヴィッツ裁判までの道程を描いた『顔のないヒトラーたち』(2014年)は、この作品の後日談に当たる(cf. 本ブログ〈February 07,2016〉記事「映画『顔のないヒトラーたち』」)。

映画 <スタッフ>
・〈監督/脚本〉 ラース・クラウメ(Lars Kraume) :1973年2月24日、イタリアのキエーリ生まれ。ドイツのフランクフルトで育つ。高校卒業後、写真家助手に。92年、初短編『3:21』を撮り、ドイツ映画TVアカデミー(DFFB)への入学願書に添える。在学中の短編『Life Is Too Short to Dance with Ugly W0men』(96)でトリノ国際映画祭短編賞、卒業制作のTVドラマ「Dunckel」(98)でアドルフ・グリンメ賞を受賞。
2001年に『コマーシャル★マン』で長編映画監督デビュー。セミドキュメンタリー『Kismet–Würfel Dein Leben!』『Keine Lieder über Liebe』(05)を経て、学校を舞台にしたTVドラマ「Guten Morgen, Herr Grothe」(06)でドイツTV賞監督賞、アドルフ・グリンメ賞を受賞。秀作ドラマ「KDD – Kriminaldauerdienst」の4話(07)、警察ドラマ「Tatort」の8話(03~14)などTVシリーズも手がけている。2007年にマティアス・グラスナ―らと製作会社バッドランズ・フィルムを設立、『Die kommenden Tage』(10)で監督・製作を兼ねるが、創作に専念するため12年に同社を離れた。

・〈脚本〉 オリヴィエ・グエズ(Olivier Guez) :1974年、フランスのストラスブール生まれ。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスとベルギーのブルッヘにある欧州大学院大学で政治学と国際関係学などを学ぶ。2005年から2009年まではベルリンで暮らした。パリにて、作家・ジャーナリストとして活動し、今まで執筆した著書6冊は9か国語で出版されている。ジャーナリストとしては、フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング、ニューヨーク・タイムズ、ル・モンドに寄稿。本作が初の脚本。

ストーリー :
1950年代後半の西ドイツ・フランクフルト。ヘッセン州検事長のフリッツ・バウアー(ブルクハルト・クラウスナー)は、ナチス戦犯の告発に執念を燃やしていた。そんな彼のもとに、逃亡中のナチス親衛隊中佐アドルフ・アイヒマンがアルゼンチンに潜伏しているという重大な情報を記した手紙が届く。バウアーはアイヒマンの罪をドイツの法廷で裁くため、国家反逆罪に問われかねない危険も顧みず、イスラエルの諜報機関モサドにコンタクトをとりアイヒマンを追い詰める。しかし、ドイツ国内に巣食うナチス残党の妨害や圧力にさらされた彼は、孤立無援の苦闘を強いられていく。彼自身、思わず「執務室を一歩出れば敵だらけ」と本音を漏らすのだった…。

▼予告編



星空 フリッツ・バウアーとは何者か :
本作には、アドルフ・アイヒマン(Adolf Eichmann、1906~62)がアルゼンチンでインタビューを受けるシーンが出てくる。彼はそこで「1030万人のユダヤ人を抹殺できていたら、私は言ってたはず。『よかった、これで敵は全滅した』。それができていたら血と民と自由を守れたのだが、私の罪はそれを完遂できなかったことだ」と(cf. 本ブログ〈May 26, 2016〉記事「映画『アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち』」  本ブログ〈November 29, 2016〉記事「映画『手紙は憶えている』」)。
一方、本作のオープニングには、記録映画『アイヒマンと第三帝国』(Eichmann und das Dritte Reich/Director:Erwin Leiser、1961年スイス・西独)に収められている実際のフリッツ・バウアー(Fritz Bauer、1903~68)の映像が流される。そこで彼は「ドイツ人の誇りは奇跡的な経済復興とゲーテやベートーベンを生んだ国であるということ」と述べると、「一方でドイツはヒトラーやアイヒマンやそのお仲間を生んだ国でもある」と続ける。

クラブ フリッツ・バウアーは戦後ドイツにおける最も重要な法律家の一人に数えられている。ユダヤ系だったバウアーは、1936年から49年までデンマークとスウェーデンで亡命生活を送った後、ナチスの犯罪を法廷で裁くことを目指し、それを社会全体で議論すべきテーマとして取り上げた数少ない人間の一人だった。
当時の西ドイツは、国全体が敗戦からの経済復興に傾斜し、戦争の記憶の風化が進みつつあった。1949年に発足したアデナウアー政権は、戦争犯罪の追及よりも経済復興を優先させ、ニュルンベルク法の制定(1935年)に関わった極悪人ハンス・グロプケを官房長官に登用している。元ナチス高官や元親衛隊員の中には、バウアーの部下であるウルリヒ・クライトラー上席検事や連邦刑事局のパウル・ゲープハルトのように、政府や捜査機関の要職に就いている者がたくさんいた。
バウアーは政府がナチ戦犯アドルフ・アイヒマンを裁くことに乗り気でないことを知り、アイヒマンの所在に関する極秘情報をイスラエルに流す。これがアルゼンチンでのアイヒマンの身柄拘束と、エルサレムでの裁判につながった。
また、バウアーは1963年以降、ドイツ人によるアウシュヴィッツ裁判(1963年12月20日~65年8月10日)を実現させる。ニュルンベルク裁判(1945年11月20日~46年10月1日)手裏剣ナゾの人 は戦勝国による裁判だったが、ドイツ人自身が過去から目を背けずに戦争犯罪を裁く姿勢を内外に示した。「ドイツで、ドイツ人によって、ドイツ人を裁くことによって、我々の犯した罪と向き合える」(バウアー)。ドイツ国民はもとより、周辺諸国の人々も、この裁判を通してアウシュヴィッツの実態に触れ、改めてナチズムの非道さを実感することになった。フリッツ・バウアーの名前は今や、フランクフルトで行なわれた「アウシュヴィッツ裁判」とともに戦後ドイツ史に刻み込まれ、ドイツにおける過去の克服の代名詞となっている。

フリッツ・バウアーは、まさしく歴史の集団的忘却と闘った真の英傑だった!
21世紀の現在に生きる私たちが、フリッツ・バウアーその人から謙虚に学び取るべき思想的姿勢は、次の点である。
・過去と真摯に向き合い、過去から誠実に学ぶ!
・民主主義を発展させるために、次世代に過去の過ちを正しく伝えなければならない!若い世代が歴史の真実を知ることによってはじめて、親世代には困難だった負の歴史を克服することができる―。
・民族の歴史の陽も陰もきちんと受け止めることにより、正義の問題として国家と向き合い、正しい未来へとつなぐ!
・いかなる抵抗があろうと、信念のために身を捧げて粘り強くゴールを目指す勇気を持つ!


{参照Ⅰ} イルムトゥルード・ヴォヤークの論文「フリッツ・バウアーと1945年以降のナチ犯罪の克服」(Dr. Irmtrud Wojak, Fritz Bauer und die Aufarbeitung der NS-Verbrechen nach 1945, in : Blickpunkt Hessen Nr. 2/2003)は、“フリッツ・バウアー”について、次のように叙述している(本田稔・朴普錫〈共訳〉『立命館法學』2011年第3号掲載)。

※著者のイルムトゥルード・ヴォヤーク(1963~)は、「第2次世界大戦後のナチ犯罪の司法による克服」をテーマに研究活動に取り組む、ドイツの社会史学者。彼女は前掲論文をもとにフリッツ・バウアーの全生涯を記録した『フリッツ・バウアー 1903~1968年』(Fritz Bauer 1903-1968, C. H. Beck, 2009)を出版。同書の内容は、ドイツ国内外において高い評価を得ている。

≪ヘッセン州の首席検事フリッツ・バウアーは、連邦共和国の建国後の20年において最も偉大な法律家であり、かつ司法改革者の1人であった。彼は、1903年7月16 日にドイツのシュトゥットガルトのユダヤ商人の子どもとして生まれ、ハイデルベルク、ミュンヘン、チュービンゲンで学び、1925年にハイデルベルク大学のカール・ガイラーのもとで「トラストの法的構造」に関する論文を執筆して、法学博士の学位を取得した。1928年に第2次国家試験に合格し、1930年にはシュトゥットガルト区裁判所で、ドイツ最年少の区裁判所判事になった。フリッツ・バウアーは、ヴュルテンベルクの共和主義裁判官同盟の共同設立者であり、1930年以降は社会民主党の防衛部隊である「黒赤金の帝国旗」のシュトゥットガルト地方組織の議長でもあった。
彼は法律家としての仕事、また裁判官としての仕事を政治的な活動に結びつけたが、それが国家社会主義者に対してまったく対立するものでなかったにもかかわらず、国家社会主義者は権力掌握後すぐに、この若き法律家の身柄を拘束し、残虐な刑罰的措置で悪名の高いホイベルクの強制収容所に数ヶ月のあいだ収容した。それ以降、自由権と人権の擁護のために尽くしてきた共和主義的な法律家にとって、さらに生き続けることができる場所はシュトゥットガルトにはなかった。彼は1936年、ゲシュタポが彼を再び身柄拘束する前にデンマークに亡命したが、そこで ナチの手先に捉えられてしまった。
バウアーは、釈放後もコペンハーゲンの社会民主主義の亡命グループで活動に従事し、ゲシュタポの逮捕を恐れながら引き続き暮らしていた。1943年の秋にデンマークのユダヤ人がアウシュヴィッツ強制的に移送されたとき、彼はまずは地下に潜むことに成功した。デンマークの漁師が迫害されたユダヤ人に支援活動をしてくれたおかげで、エーレ海峡からスウェーデンへの逃亡が可能になり、彼と彼の家族の命は助けられた。1949年、バウアーはドイツに帰国し、ブラウンシュヴァイクの州裁判所長になり、その翌年に首席検事になった。この職に就いていた1956年、彼はヘッセン州の首相ゲオルク・アウグスト・ツィンによってフランクフルトに招かれた。
バウアーは、新しい共和国の司法と改革された刑法がいかにあるべきかに関して、大きな期待と様々な思いを抱きながらドイツに戻ってきた。彼自身、あるインタービューにおいて次のように述べた。「…私は、国家の不法との闘争において、ワ イマール共和国の若い民主主義者の楽観論と信念から、そして亡命者の抵抗精神と抵抗意思から、何かを引き出すことが出来ると信じているからである。…民主主義の擁護が求められていたとき、司法はすでにその権力を濫用したが、国家による犯罪は、1933年から1945年までの不法国家だけでは終わらなかった。私は誓った。 法律と法に、人間性と平和に口先で忠誠を誓うだけの法律家にはならないことを誓った」。1944年、彼はすでに一冊の著書『法廷に立たされる戦争犯罪人』をスウェーデンにおいて出版し、1945年にはドイツ語とデンマーク語で出し、ある課題を定式化した。それは、連合国によって計画された戦争犯人訴訟が提起した課題であった。≫(太字-引用者)

なお、ヴォヤークの前掲論文には、訳者による、次のような注目すべき~バウアーの思想的姿勢の何たるかを明らかにする~「解説」が付されている。
≪本稿では、戦後ドイツにおけるナチ犯罪の刑法による克服の過程が非常にリアルに再現されている。まず重要な点として挙げておかなければならないことは、戦後ドイツにおいてナチ犯罪の克服に取り組んだフリッツ・バウアー自身がユダヤ教徒であり、かつナチスの政権掌握以降、ドイツ国内はもちろん、亡命先のデンマークとスウェーデンにおいて弾圧と迫害を受けた被害者であったことである。バウアーは、ナチ犯罪を克服するために、アウシュヴィッツ強制収容所の関係者の行為を裁くアウシュヴィッツ裁判に取り組んだが、その目的は「被害者」が「加害者」に対して復讐するためではなく、戦後ドイツにおいて人間的な法秩序を再建するためであった。その当時の世論のなかには、バウアーがアウシュヴィッツ裁判に取り組んだのは、彼がユダヤ教徒としてドイツ人に復讐するためであったと非難する意見もあったようである。それが事実を無視した誤解であることはいうまでもないが、戦後のドイツにおいてナチ犯罪の刑法による克服が、それを推進する世論とそれを阻む世論の拮抗と対立のなかで取り組まれ、バウアーが失望と挫折を繰り返しながら、一歩一歩前進を勝ち取ってきたことを、我々は記憶にとめなければならないであろう。≫(太字-引用者)

スペード ナチスの戦争犯罪の徹底追及に人生を捧げたフリッツ・バウアー。
不屈の精神で邁進したバウアーだが、周囲には敵も多かった。彼は「復讐に燃えるユダヤ人」と見なされて反対に遭い、生涯、強力な敵に囲まれていた。ドイツ当局の誰ひとり彼に協力したがらず、あの手この手で妨害した。反ユダヤ主義がヒトラーとともに決して消え去ったわけではなかった。
バウアーがさらされていた社会的・政治的な圧力は、いかばかりだったか…。
1968年7月1日(一説に6月30日)、バウアーが浴槽で死亡しているのが見つかった。心臓に持病があり、睡眠薬も服用していた。解剖した医師は「自殺」と判断したようだが、その死の真相は今も闇に包まれている…。

{参照Ⅱ} ドキュメンタリー映画 “Fritz Bauer-Tod auf Raten|Death By Instalments(忍び寄る死)” (Dir: Ilona Ziok(イロナ・ツィオク), Germany 2010, 110 min) Trailer : 



同作は“ベルリナーレ(Berlinale、ベルリン国際映画祭)2010”のパノラマ(Panorama)部門プレミア上映作(A film by Ilona Ziok :
《Fritz Bauer was probably the most renowned state prosecutor the Federal Republic has ever had. He saw himself as a ‘lawyer out of a sense of freedom’ and was convinced that the nation’s citizens had the right to resist against state acts of an arbitrary nature. He was prepared to stand up for this right in 1952/53 as Attorney General for Lower Saxony in a spectacular trial regarding the legitimacy of the coup of 20 July, 1944. Bauer succeeded in rehabilitating the executed conspirators. This verdict made him a pioneer of modern ‘civil society’ thought.
He applied the same focus to the illumination and avengement of Nazi crimes. As Attorney General for Hesse from 1956 – 68, he was the key initiator in the Frankfurt Auschwitz trials. Bauer also played an important role in the seizure of Adolf Eichmann: he informed Israel’s intelligence agency Mossad of the whereabouts of the ‘architect of the Holocaust’ so that Eichmann could be brought to trial in Jerusalem. Under his watch, Fritz Bauer also pushed for reforms to the penal system, the humanisation of which was he believed integral to a humane society.
During the restorative climate of the Adenauer era, Bauer became the ‘agent provocateur of the age’. Essays and talks with titles such as ‘Murderers Among Us’ and ‘At the End Came the Gas Chambers’ provoked criticism not only from right-wing radicals but also middle-class audiences. The life of this Swabian Jew was subject to anti-Semitism and political hostility.
Bauer perceived the passing of the German Emergency Acts in May 1968 as a particularly heavy blow and felt that this was an irreparable turning point towards an authoritarian state. He was found dead in his Frankfurt apartment on 30 June 1968. The circumstances of his death have remained unsolved to this day.》

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手裏剣ナゾの人 cf. “ ニュルンベルク裁判 ” ― ナチスの戦争犯罪を裁く :

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【「映画『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』(2)」[本ブログ〈February 07, 2017〉]へ続く…】
2017年1月26日(木)TOHOシネマズシャンテ(東京都千代田区有楽町1-2-2、JR有楽町駅・日比谷口徒歩5分)で、17:00~ 鑑賞。

作品データ :
製作年 2015年
製作国 イギリス
配給 ファントム・フィルム
上映時間 102分


「アイ・イン・ザ・スカイ」

ドローンを使い、戦場から遠く離れた場所で進められる現代の戦争の闇を浮き彫りにした緊迫の軍事サスペンス。罪なき少女を犠牲にしてまでテロリストを殺害すべきかという究極の決断を通し、真の正義やモラルを問い掛ける。オスカー女優ヘレン・ミレンがテロリスト殺害に執念を燃やす指揮官キャサリン役を、2016年1月に他界したアラン・リックマンがベンソン中将役をそれぞれ演じる。『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』『ツォツィ』のギャビン・フッド監督がメガホンをとり、俳優コリン・ファースが製作に参加。

ストーリー :
イギリス・ロンドンで、イギリス軍のキャサリン・パウエル大佐(ヘレン・ミレン)は、国防副参謀長のフランク・ベンソン中将(アラン・リックマン)のもと、アメリカ軍のドローン、MQ-9 リーパー偵察攻撃機を使い、英米・ケニアによる合同テロリスト捕獲作戦を指揮していた。
合同チームは、上空2万2千フィートを飛んでいるMQ-9 リーパーと現地の偵察用小型ドローンにより、ケニアの首都ナイロビの隠れ家に潜んでいるアル・シャバブのテロリストたちを確認した。屋内の昆虫型小型ドローンにより、テロリストたちが自爆ベストを着用して犯行予告映像を撮影し、今まさにテロを決行しようとしていることが発覚する。
英米・ケニア合同軍はテロの被害を未然に防ぐべく、捕獲を諦め、テロリストへの攻撃を決定する。アメリカ・ネバダ州の米軍基地では、ドローン・パイロットのスティーブ・ワッツ(アーロン・ポール)が、パウエル大佐からの指令を受け、ミサイルの発射準備に入る。だが、発射準備に入ったその時、目標のそばの路上で、隠れ家の隣に住む少女アリア(アイシャ・タコウ)がパンを売る準備を始める。
予期せぬ民間人の巻き添え被害の可能性が生じたため、内閣府ブリーフィングルーム(コブラ)に詰める軍人や政治家たちの間で議論が勃発する。パウエル大佐は少女を犠牲にしてでもテロリストを殺害することを主張するが、政務次官・閣外大臣は民間人の犠牲を避けようとし、合意には至らない。少女を救うため、司令部は彼女の売るパンを買い上げるよう現地工作員に命令を出すが、失敗に終わりアリアはパンを売り続ける。
最終的に、司令部は巻き添え被害による少女の死亡率を50%以下に下げた地点を選んで攻撃することを選択するが、アリアは爆発に巻き込まれて致命傷を負い、搬送先の病院で亡くなる。作戦終了後、アンジェラ・ノース政務次官(モニカ・ドラン)は「恥ずべき作戦だった」となじるが、これに対しベンソン中将は自身が見てきた“地獄”を語り、そして言う。「軍人に決してそれを言ってはならない。彼が戦争の代償を知らないなどと。」

▼予告編



▼ Trailer



▼ ヘレン・ミレン(Helen Mirren、1945~) インタビュー :
【映画・TV・舞台で幅広く活躍するイギリスを代表する国際派女優。20歳の頃から舞台女優としてキャリアをスタートさせる。スクリーンには1960年代後半から登場し、注目を浴びた『長く熱い週末』(80年)に続いて『エクスカリバー』(81年)、『キャル」(84年)に出演。また、人気TV映画『第一容疑者』(91~06年)への出演でも知られている。そして06年、スティーヴン・フリアーズ監督の『クィーン』でダイアナ元皇太子妃の事故死を巡って窮地に陥るエリザベス女王を圧倒的なリアリティと存在感で演じきり大絶賛を浴びる。同年のアカデミー賞主演女優賞ほか数々の賞を受賞。】

2017年1月26日(木)シネスイッチ銀座[東京都中央区銀座4-4-5 旗ビル、地下鉄銀座駅A10番から徒歩1分(和光ウラ通り)]で、14:50~ 鑑賞。

作品データ :
原題 UNDER SANDET (「砂の下」) 
英題 LAND OF MINE (「地雷の地」)
製作年 2015年
製作国 デンマーク ドイツ
配給 キノフィルムズ
上映時間 106分


「ヒトラーの忘れもの」(1)

「ヒトラーの忘れもの」(2)

第二次大戦直後のデンマークで、ナチス・ドイツがユトランド半島の西海岸に埋めた200万個以上の地雷を撤去したのは、大半が15歳から18歳のドイツ少年兵(敗残兵)だった。異国に置き去られた彼らは、母国の罪の償いを強いられるように危険な作業を命じられ、半数近くが死亡、もしくは重傷を負ったという。デンマーク国内でも知られることのなかった残酷な史実を題材にした本作は、戦争という行為の理不尽さを浮かび上がらせ、観る者に問いかけてくる。人は憎むべき敵を赦すことができるのか?いかなる残酷な状況においても、生きるための希望を抱き続けることは可能なのか?
脚本・監督はデンマークの新鋭マーチン・サントフリート。一触即発の地雷除去シーンを生々しいスリルをみなぎらせて描く一方で、敵同士であるデンマーク人軍曹とドイツ人少年兵たちの間に芽生える疑似親子のような愛憎の葛藤を感動的に映し出す。数々のコントラストが強烈な印象を残す本作は、デンマークのアカデミー賞にあたるロバート賞で作品賞や監督賞を含む6部門を独占。世界各国の国際映画祭でも高く評価され、2015年・第28回東京国際映画祭(上映時タイトル『地雷と少年兵』)では、軍曹役のローラン・ムラと少年兵役のルイス・ホフマンが揃って最優秀男優賞を受賞した。

ストーリー :
1945年5月、ナチス・ドイツによる5年間の占領から解放されたデンマーク。ドイツ軍が海岸線に埋めた無数の地雷を除去するため、捕虜のドイツ兵たちが駆り出される。しかし、物静かで思慮深いセバスチャン・シューマン(Louis Hofmann)、双子のヴェルナーとエルンストのレスナー兄弟(Oskar Belton & Emil Belton)らを含む11名は、地雷を扱った経験がほとんどない。彼らを監督するデンマーク軍のカール・ラスムスン軍曹(Roland Møller)は、11名全員が年端も行かぬ少年であることに驚くが、初対面の彼らに容赦ない罵声を浴びせ、暴力を振るう。彼は心の底からドイツ兵を憎んでいた。
粗末な小屋で寝起きし、広大な浜辺に這いつくばりながら、棒で砂をつついて地雷を見つけ、信管を抜き取る作業は死と背中合わせだった。少年たちはいつか祖国ドイツに帰る日を夢見て苛酷な任務に取り組むが、極度の空腹と体調不良に苦しめられていく。仲間を代表してセバスチャンが食料の調達を訴えるが、ラスムスンは「俺が同情するとでも?勝手に餓死しろ」と冷たく突き放す。
そんなある日、少年兵の一人、ヴィルヘルム(Leon Seidel)が作業中に嘔吐したことで地雷が爆発し、惨たらしい重傷を負った。また後日、飢えに耐えかねて家畜用の餌を口にした少年たち全員が腹を壊してしまう。やむなくラスムスンは軍の駐屯所で手に入れたわずかな食料を少年たちに与え、「ヴィルヘルムは回復している。故郷に帰す」と告げる。しかし、それは嘘で、すでにヴィルヘルムは死亡していた。
作業は予定より遅れていたが、その後も悲痛な出来事は絶えなかった。真夜中にやってきた数名の連合軍の将校が、少年たちを弄ぶようにいたぶる事件が発生。さらに双子の片割れであるヴェルナーが、地雷の第二の犠牲者となって即死してしまう。その瞬間を間近で目撃したエルンストは、ショックのあまり錯乱状態となった。
こうした度重なる惨事を経験し、ドイツ兵への憎悪に囚われていたラスムスンも、少年兵にナチの罪を償わせることに疑問を抱き始めていた。とりわけ純粋な心を持つセバスチャンと打ち解けたラスムスンは、任務の合間の休日に少年たちに浜辺で遊ぶ許可を与え、自らも一緒にサッカーや駆けっこに興じる。しかし、その安らぎは束の間だった。すでに作業を終えて安全地帯になったはずの場所で、ラスムスンの愛犬が地雷に触れて爆死してしまったのだ。残酷な現実に引き戻され、やるせない怒りがこみ上げたラスムスンは、本当にすべての地雷が除去されたかどうかを確かめるため、少年たちに腕を組んで浜辺を歩くよう命じるのだった。
それからまもなく、近くの農家に暮らす主婦(Laura Bro)が助けを求めて、少年たちの小屋に駆け込んできた。その女性の幼い娘イリザベト(Zoe Zandvliet)が、何も知らず地雷原にさまよい込んでしまったのだ。ラスムスンも遅れて現場に駆けつけ、セバスチャンが地雷を避けながらイリザベトに近づこうとするが、そこに兄ヴェルナーを亡くして以来、放心状態に陥っていたエルンストがふらりと現われる。地雷をまったく恐れることなく少女を救出したエルンストは、ラスムスンやセバスチャンに背を向けて地雷原を進み、天国へ旅立った兄を追うようにして壮絶な爆死を遂げる。
悲しみに暮れるセバスチャンに寄り添い、励ましの言葉をかけたラスムスンは、残された任務をやり遂げて帰郷を願う少年たちの切なる思いを叶えてやろうと胸に誓う。しかし、その先には思いがけない新たな苦難が待ち受け、ラスムスンは重大な決断を迫られるのだった…。

▼予告編



▼ Trailer



♦ ラストシーン :
地雷の撤去が終われば、ドイツに帰れると希望をいだく少年たち。
彼らの割り当ての海岸~ラスムスン軍曹の持ち場である海岸の一定地域~の地雷撤去が終わった時、最初は11人いたのに、生き残った者は4人だけ。
やがて、その海岸を去る4人を乗せたトラックは、彼らを故国に送り返すのではなく、次の地雷が埋まった海岸へ。彼らの経験知を生かすべく、再び別の地雷除去の作業に従事せしめよとのデンマーク軍上層部の命令である。
ラスムスン軍曹はついに勇気ある決断を下す。セバスチャンたち生き残りの4人を助け出し、ドイツとの国境まで連れて行くのだった―。

◆ マーチン・サントフリート(Martin Zandvliet、1971~)監督のメッセージ[映画パンフ『ヒトラーの忘れもの』(発行:キノフィルムズ、本体価格:700円〈税込〉)] :
〈本作で描かれているのは、デンマーク人のほとんどが目を背けてきて知られていない史実です。
私は誰かを非難したり責任を追及しているわけではありません。ただ、ドイツ人を怪物扱いしない映画があっても面白いんじゃないかと思ったんです。第二次世界大戦の後始末のためにドイツ人の少年たちが犠牲になるという物語を。でも、結局のところ人間についての映画で、憎しみがいかにして赦しへと変わっていくかが描かれます。国に代わって懺悔することを強要された少年たちの物語です。少ない登場人物たちを通して、誰もが共感できる物語を作り、観客に恐怖や希望、夢、友情、そして生への渇望のパワーを体験してもらいたかったのです。
ドイツ軍捕虜に地雷除去をさせるというイギリスの提案により、当時のデンマーク政府は政治的ジレンマに陥りました。要求を断れば、国内世論からも連合国からも非難を浴びる。戦後のデンマークは国として、評判が良くなかったんです。一方、イギリスは汚点のない英雄で、デンマークを解放に導きました。それでも、若きドイツ軍捕虜に地雷を除去させることで、デンマークが戦争犯罪に加担することになるのではないかと議論されるべきだったと思います。
映画制作者の間には、「人間は美しくなければならない」「美しいとは欠点がないことだ」という暗黙の了解が存在します。私は、人それぞれに歴史があるから人間は一人ひとりが興味深いのだと思っています。苦悩や心の傷、内なる悪魔があったって別に構わない。人間の醜悪さばかりを見せるつもりはなかったけれど、醜悪さのなかにこそ自分は何者なのかが見えると思うのです。
本作は人道的な映画です。観客は少年たちに希望を託すし、悪夢のような任務を生き延びてほしいと祈るでしょう。残虐な体制に属していたことを受け入れられないにしても、彼らは再び人間らしさを取り戻せると信じなければならないんです。ある意味、私たちは質問を投げかけていると思います、「ナチの恐怖を象徴する個々に同情することはできるのだろうか?」とね。〉

■私感 :
素直な感動が私の胸に溢れた!
デンマークの美しい海が広がる白い浜辺の砂の下に封印されていた“真実の物語”が、私の体全体を揺さぶった!
この戦争映画は、加害者であるナチス・ドイツの中に犠牲者であるドイツ少年兵を見いだすことで、戦争そのものの暴力性を端的にあぶりだす、まれに見る秀作にほかならない。

クラッカー 私は図らずも出会った、次のYou Tubeの映像【「NO WAR KITAKU ACTION」(日付:2017年1月6日、場所:JR駒込駅南口)】で、本作について淡々と語る一日本人女性の朴直な言葉に耳をそばだてる…。

2017年1月6日(金)新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3-15-15、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、17:10~鑑賞。

作品データ :
原題 MERU
製作年 2015年
製作国 アメリカ
配給 ピクチャーズデプト
上映時間 90分


ヒマラヤ山脈メルー中央峰にそびえる岩壁“シャークスフィン”。この難攻不落の直登ダイレクトルートに挑んで敗れた3人の一流クライマー~コンラッド・アンカー、ジミー・チン、レナン・オズターク~が、過去や葛藤を乗り越え、再び過酷な大自然に立ち向かっていく姿~友情、犠牲、希望、そして人間の奥底に眠る、原始的な冒険心~を描いた、壮大なスケールの映像美で綴られる山岳ヒューマン・ドキュメンタリー。撮影はプロのカメラマンでもあるチンとオズターク自らが担当し、監督はチンと妻でもあるドキュメンタリー作家のエリザベス・チャイ・バサヒリイが務めた。2015年のサンダンス映画祭で観客賞を受賞。

ストーリー :
ビッグ・ウォール・クライミング―それはリスクも見返りも大きい危険なギャンブル。聖河ガンジスを見下ろすインド北部のヒマラヤ山脈、メルー中央峰にそびえる“シャークスフィン”のダイレクトルートは、クライマーにとって究極の勲章となり得る難攻不落の岩壁。過去30年間、一人の成功者も出していない、最も困難な直登ルートだ。手ごわい難所が連なるこの6500メートルの峻峰は、百戦錬磨のクライマーにとっても悪夢でしかなく、だからこそ挑戦意欲をかき立てる。90キロの登攀具や食料の入った荷物を背負いながら、雪と氷と岩に覆われた1200メートルのテクニカルな山肌を登攀することは、チャレンジの入口でしかない。真のシャークスフィンが姿を見せるのはその先。それはクラックや足場がほとんど存在しない、垂直にそびえる花崗岩。450メートルに及ぶ文字通りの“壁”だ。ベストセラーとなった『空へ―「悪夢のエヴェレスト」1996年5月10日』(海津正彦訳、ヤマケイ文庫、山と渓谷社、2013年)の著者ジョン・クラカワー(Jon Krakauer)は言う。「メルーを制するにはアイスクライミングが巧いだけでは駄目だ。高度に強いだけでもダメ、ロッククライミングの技術だけでも足りない。これまで多くの優秀なクライマーたちがその壁に挑み、敗れてきた。それは今後も変わらない。メルーはエヴェレストとは違う。シェルパを雇ってリスクを人任せにはできない。まったく別次元のクライミングなんだ」。
2008年10月、コンラッド・アンカー、ジミー・チン、レナン・オズタークの3人はメルー峰へ挑むため、インドに到着した。7日間のはずだった登山は、巨大な吹雪に足止めされ、20日間に及ぶ氷点下でのサバイバルへと変貌。過去の多くのクライマーたちと同じく、彼らの挑戦は失敗に終わった。難攻不落の山頂まで残りわずか100メートルのところで。
敗北感にまみれたアンカー、チン、オズタークの3人は、二度とメルーには挑まないと誓い、普段の生活へ戻っていく。ところが故郷へ帰った途端、肉体的にも精神的にも苦しい数々の苦難に見舞われる。一方、心の中のメルーの呼び声が止むこともなかった。そして2011年9月、アンカーは2人の親友を説得し、シャークスフィンへの再挑戦を決意。それは前回以上に過酷なチャレンジとなった…。

▼予告編



▼特別映像(未公開シーン) :



▼特別インタビュー映像 :