確固とした姿勢を貫きながらファインダーを覗き続け、世界を見据え続けてきたライターの、まさに時の重みを感じさせる“言葉”の数々(WORDS) : ――見るものすべてが写真になる(All seen things will be a picture)。 生涯、美の探求者であったライターは、「私たちが見るものすべてが写真になる」という言葉を残している。世界のどんな些細な断片、どんな匿名的な存在にも、ハッとするような美しさが見いだせる、ということを彼の作品は静かに示唆してくれる(いわく、「人生の目的は幸福なんかではない、美の探求(“A Search for Beauty”)だ」⇒「写真はすべてのものの大切さを教えてくれる」)。 ――雨粒に包まれた窓の方が、私にとっては有名人の写真より面白い。 ――重要なのは、どこである、何である、ではなく、どのようにそれを見るかということだ。 ――写真家からの贈り物は、日常で見逃されている美を時折提示することだ。 ――人間の背中は正面より多くのものを私に語ってくれる。 ――私が写真を撮るのは自宅の周囲だ。神秘的なことは馴染み深い場所で起きると思っている。なにも、世界の裏側まで行く必要はないんだ。 ――私が好きな写真は、何も写っていないように見えて、片隅で何か謎が起きている写真だ。 ――写真はしばしば重要な出来事を取り上げるものだと思われているが、実際には、終わることのない世界の中にある小さな断片と思い出を創り出すものだ。 ――私は注目を浴びることに慣れていない。私が慣れているのは放っておかれることだ。 ――取るに足りない存在でいることには、はかりしれない利点がある。 ――私は物事を先送りにする。人が深刻に考えることの中にはそれほど重要ではないことが多い。 ――本当のものは、隠れた世界につながっている。
cf. <ソール・ライターの年譜> 1923年12月3日、ペンシルバニア州ピッツバーグに生まれる。父親はユダヤ教の聖職者ラビ。 1930年代、ニューヨークのタルマディカル・アカデミーで学ぶ。 1935年頃、初めてのカメラ・デトロラを母親に買ってもらい、写真を撮りはじめる。 1940年代、クリーヴランドにあるテルシェ・イエシヴァ・ラビニカル・カレッジで神学生となる。1946年、神学に嫌気がさし同校を中退。画家を志し移住したニューヨークで、抽象表現主義の画家、リチャード・パウセット=ダートと出会ったことで写真への関心が芽生える。 1951年、『ライフ』誌にモノクロ写真のフォトエッセイ「The Wedding as a Funeral」が掲載される。 1953年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催された展覧会「Always the Young Strangers」の出品作品に選ばれる。 1957年、『エスクァイア』誌のアートディレクター、ヘンリー・ウルフがソール・ライターにファッション写真の撮影を依頼。 1958年、ヘンリー・ウルフがア―トディレクターに就任した『ハーパーズ・バザー』誌でカメラマンとして仕事を始める。 1960年代~80年代、 『ハーパーズ・バザー』をはじめ『エル』『ショウ』『ヴォーグ(英国版)』『クイーン』『ノヴァ』各誌のためにファッション写真を撮影。 1981年、ニューヨーク5番街にあった商業写真用の自分のスタジオを閉める。 1994年頃、カラー写真制作のためイルフォードから資金提供を受ける。 2006年、ドイツの出版社シュタイデルが初の写真集『Early Color』出版。ミルウォーキー美術館でカラー写真による初の個展「In Living Color:Photographs of Saul Leiter」開催。 2008年、パリ、アンリ・カルティエ=ブレッソン財団で「Saul Leiter」展開催。 2009年、ニューヨークのクノードラー・ギャラリーで30年にわたって制作された絵画作品の初の展覧会「Saul Leiter Paintings」開催。 2012年、トーマス・リーチ監督によるドキュメンタリー映画『In No Great Hurry:13 Lessons in Life with Saul Leiter』製作。 2013年11月26日、ニューヨークにて死去。享年89歳。 2015年、ソール・ライターの作品を管理する目的でソール・ライター財団創設。
cf. タカザワケンジ(写真評論家、ライター)のレビュー「光と色、構成に独特の個性を発揮したカラー写真の先駆者」( 本作公式サイトReview ) : 〈大胆で意表を突くフレーミングと、油彩を思わせるこってりとした色のりのカラー写真は、「ソール・ライター」という印象的な名前とともに一度見たら忘れられない。しかし、この写真家が脚光を浴びたのは、八十歳を過ぎてから。それまでは知る人ぞ知る存在だった。 ソール・ライターは1923年、ピッツバーグ生まれ。父は著名なユダヤ教の学者で息子がユダヤ僧になることを期待していたが、美術に興味を持ったライターは神学校を中退してニューヨークへ行く。1946年のことだ。当時のニューヨークはジャクソン・ポロックやマーク・ロスコなどの抽象表現主義が台頭しようとしていた頃で、ライターが交流を持った画家のリチャード・パウセット=ダートもその一人だった。しかし、ライターは画家ではなく写真の道に進んだ。パウセット=ダートが写真作品を制作していてライターにも勧めたことと、写真家のW.ユージン・スミスと出会ったことがきっかけだった。写真を始めてほどなく、ニューヨーク近代美術館の写真部長だったエドワード・スタイケンに認められ、1953年には、ニューヨーク近代美術館の新進作家展「Always the Young Stranger」に選ばれている。 しかし、その後、ライターはファッション・フォトグラファーとして「エスクァイア」「ハーパーズ バザー」「英国版ヴォーグ」などで活躍し、アートの世界から遠ざかる。ただし、平行して、自身の作品としてニューヨークや、ヨーロッパのストリートで撮影を続けていた。現在、ソール・ライターの代表作とされているのは後者の写真群だ。 ソール・ライターが注目されるきっかけとなったのはドイツの出版社シュタイデルから出た写真集『Early Color』(2006年)だった。『Early Color』は、ソール・ライターが1940年代後半からカラー写真に取り組んだ先駆者の一人であり、その光と色、構成に独特の個性を発揮していることを明らかにした。以後、現在までソール・ライターの写真集の刊行、世界各地での展覧会開催が続いている。 しかし、なぜ、ソール・ライターが評価されるまで長い年月が必要だったのだろうか。その理由を説明するのは、美術館が長らくカラー写真に冷淡だったことを知っておく必要がある。カラー写真は19世紀末に発明され、その後改良を続けながら、普及していった。しかし、カラープリントは写真家自身によるコントロールが難しく、褪色しやすいという問題があり、作品はモノクロで撮影し、現像からプリントまですべてコントロールするのが、アートとしての写真作品を制作する写真家の条件だった。カラー写真はもっぱらファッション、広告のために使われ、美術作品として認められるのは1975年のウィリアム・エグルストン展(ニューヨーク近代美術館)まで待たなければならなかった。 では、なぜ「いま」ソール・ライターのカラー写真が注目されているのか。一つはデジタル技術の進化により、半世紀近く前のフィルムからも美しいプリントが得られるようになったからだ。また、作品の現代性も見逃せない。近年、アートとしての写真はデジタル技術を駆使した構成的な写真や、あえてフィルムや写真の物質性を前面に押し出す抽象的な作品が人気を集めている。ソール・ライターの作品は合成などの後処理はせず、ストレートに撮影した写真だが、カメラを使って現実を構成し、新たな視覚を生み出しているという点で抽象性も持ち合わせている。今後、ソール・ライターに影響されたという若い写真家が多く登場するはずだ。 最後に映画について一言。私はこれまで作品を通してしかこの写真家のことを知らなかった。映画を見て、一言ひとこと、立ち居振る舞いに味があり、ああ、こういう人物だからこそ、あの独特な写真を撮れたのだなと納得した。ソール・ライターは同世代のリチャード・アヴェドンやダイアン・アーバスといったスター写真家に比べれば決して派手な存在ではなかった。映画のなかで「大した人間じゃない。わざわざ映画にするような価値などあるもんか」と語っているのは謙遜ではないのである。しかし、生涯を通じて写真に対するスタンスが一貫していたことは、この映画を見るとよくわかる。ソール・ライターは残念ながら2013年に亡くなったが、この映画のなかに記録された生活と意見は、作品とともに後世に残っていくだろう。〉
ウィリアム・ポール・ヤング(William Paul Young、1955~)の全米ベストセラー宗教小説“The Shack”(2007)(吉田 利子訳『神の小屋』サンマーク出版、2008年)を映像化した感動作。愛娘を失い、深い悲しみから抜け出せない父親が不思議な“3人”との奇跡の出会いを通して再生していく姿がつづられる。苦悩する主人公を『アバター』のサム・ワーシントンが熱演。謎多き3人組[実は、“三位一体”(父と子と聖霊)]には、オスカー女優のオクタヴィア・スペンサーとイスラエルで今最も注目を集めるアヴラハム・アヴィヴ・アラッシュ、そして今作でハリウッドデビューを飾った、日本のモデルで女優のすみれ。監督は『エグザム』のスチュアート・ヘイゼルダイン。
作品データ : 原題 AlONE IN BERLIN 独題 JEDER STIRBT FÜR SICH ALLEIN 仏題 SEUL DANS BERLIN 製作年 2016年 製作国 ドイツ フランス イギリス 配給 アルバトロス・フィルム 上映時間 103分
ドイツ人作家ハンス・ファラダ(Hans Fallada、1893~1947)がゲシュタポの文書記録を基に執筆した遺作の小説“Jeder stirbt für sich allein”(1947)(English: Every Man Dies Alone 〈US〉 / Alone in Berlin 〈UK〉)(赤根洋子訳『ベルリンに一人死す』みすず書房、2014年)を映画化。実話を基に、ごく平凡な労働者夫婦が息子の戦死をきっかけに、自らの尊厳を守るためにナチス政権への、ペンと葉書による孤独で寡黙で、絶望的な抵抗に身をさらしていく姿を描き出す。『ハワーズ・エンド』のエマ・トンプソンと『未来を花束にして』のブレンダン・グリーソンが妻と夫を熱演。共演に『ラッシュ/プライドと友情』のダニエル・ブリュール。『王妃マルゴ』『インドシナ』などの人気俳優ヴァンサン・ペレーズ(Vincent Pérez、1964~)が監督を務めた。
作品データ : 原題 MAL DE PIERRES 英題 From the Land of the Moon 製作年 2016年 製作国 フランス ベルギー カナダ 配給 アルバトロス・フィルム 上映時間 120分
ミレーナ・アグス[Milena Agus(1955~)]のベストセラー小説“Mal di pietre”(2006)(中嶋浩郎訳『祖母の手帖』新潮社、2012年)を、フランスが誇る国際派女優マリオン・コティヤール主演で映画化。実直で心優しい夫がありながら、療養先で若い帰還兵と運命的な出会いを果たしたヒロインの激しく狂おしい愛の顛末~愛の真髄にたどりつくまでの紆余曲折~を切なくも官能的に描き出す。共演は『モン・ロワ 愛を巡るそれぞれの理由』のルイ・ガレル、『ペインレス』のアレックス・ブレンデミュール。監督は女優として『愛と哀しみのボレロ』はじめ数々の作品に出演、『ヴァンドーム広場』などでメガホンを取ったニコール・ガルシア。