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普通人の映画体験―虚心な出会い

私という普通の生活人は、ある一本の映画 とたまたま巡り合い、一回性の出会いを生きる。暗がりの中、ひととき何事かをその一本の映画作品と共有する。何事かを胸の内に響かせ、ひとときを終えて、明るい街に出、現実の暮らしに帰っていく…。

2019年3月29日(金)吉祥寺オデヲン(東京都武蔵野市吉祥寺南町2-3-16、JR吉祥寺駅東口徒歩1分)で、17:20~鑑賞。

「ダンボ」

作品データ :
原題 DUMBO
製作年 2019年
製作国 アメリカ
配給 ディズニー
上映時間 112分


1941年製作の同名ディズニー・アニメをモチーフに、『チャーリーとチョコレート工場』『アリス・イン・ワンダーランド』のティム・バートン監督が実写映画化したファンタジー・アドベンチャー。大きすぎる耳で空を飛べるようになった子象のダンボが、様々な人間たちの思惑に翻弄される中で繰り広げる大冒険の行方を、彼と心を通わせていくサーカス団の仲間たちが織りなす人間模様とともに綴る。出演は、サーカス団の元看板スターでダンボの世話係を任されるホルト役に『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』などのコリン・ファレル、サーカス団の空中ブランコのスター、コレット役に『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』など近年のバートン作品に欠かせない存在となっているエヴァ・グリーン、ダンボを使って金儲けを企む企業家ヴァンデバー役に『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』などのマイケル・キートン。

ストーリー :
とあるサーカスに“大きすぎる耳”を持った子象が誕生する。子象は“ダンボ”と渾名(あだな)され、ショーに出演しても観客の笑いものになる。ある日、サーカスの元スター、ホルト(コリン・ファレル)の子どもたちミリー(ニコ・パーカー)とジョー(フィンリー・ホビンズ)は、偶然にもダンボが大きな耳を羽ばたいて宙に浮く瞬間を目撃する。“空を飛ぶ子象”の噂は瞬く間に広がり、ダンボで金儲けを企む大物興行師ヴァンデヴァー(マイケル・キートン)に目をつけられ、ダンボは愛する母象ジャンボと引き離される。母を想うダンボに心を動かされたホルト一家とサーカス団の仲間は協力し、ダンボの捕らわれた母を救出しようと動き出す。“耳が大きすぎる”という個性から周りに馴染めなかったダンボは、人間たちの愛情とサポートを受けながら、自分のために、母のために、大事な人間仲間のために、勇気を振り絞って一歩を踏み出す…。

▼予告編



▼ Opening :



▼ Dumbo Flies For The First Time Scene :



▼ Ending :



▼ Go Behind the Scenes :



▼ cf. ディズニー製作のアニメーション長編映画『ダンボ』 Part 1→Part 2 :
【原題:Dumbo、監督:ベン・シャープスティーン(Ben Sharpsteen、1895~1980)、上映時間:64分、米国公開:1941年10月23日、日本公開:1954年3月12日(邦題『空飛ぶゾウ ダンボ』)】


2019年3月26日(火)立川シネマシティ(シネマ・ツー:東京都立川市曙町2ー42ー26、JR立川駅北口から徒歩6分)で、20:20~鑑賞。

「バンブルビー」

作品データ :
原題 BUMBLEBEE
製作年 2019年
製作国 アメリカ
配給 東和ピクチャーズ
上映時間 114分


大ヒットSFアクション『トランスフォーマー』シリーズの人気キャラクター“バンブルビー”にスポットを当てた初のスピンオフ作。1作目の『トランスフォーマー』より20年前を舞台に、孤独な少女と小心者の黄色い地球外生命体“バンブルビー”が出会い、次第に深い友情で結ばれていくとともに、立ちはだかる脅威に力を合わせて立ち向かっていくさまを、迫力のアクション満載にユーモラスかつエモーショナルに描く。第89回アカデミー賞長編アニメ賞にノミネートされたストップモーション・アニメ作品『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』で知られるトラヴィス・ナイトが、自身初の実写映画監督として手がけ、『トランスフォーマー』シリーズでは初めてマイケル・ベイ以外の監督がメガホンを取った。主演は『トゥルー・グリット』『スウィート17モンスター』のヘイリー・スタインフェルド、共演にジョン・シナ、ジョージ・レンデボーグ・Jr。

ストーリー :
1987年、サンフランシスコ郊外の海沿いの町。思春期の少女チャーリー(ヘイリー・スタインフェルド)は、父親を亡くした悲しみから立ち直れずにいた。18歳の誕生日、彼女は廃品置き場で偶然、廃車寸前の黄色い車を見つける。自宅に乗って帰ったところ、その車が突如、変形《トランスフォーム》してしまう。驚くチャーリーを前に、逃げ惑う人型の黄色い生命体。お互いに危害を加えないことを理解した瞬間、似たもの同士の《ふたり》は急速に距離を縮める。チャーリーは記憶と声を失い“何か”に怯える地球外生命体を「バンブルビー(黄色い蜂)」と名付け、匿(かくま)うことにする。孤独で大任を背負い、身体がボロボロに傷ついたバンブルビーと、自分の居場所を見つけられず心に傷を抱えたチャーリー。予測不能の事態に巻き込まれながらも、互いに親近感を覚えて意気投合し、ホットな友情を築いていく《ふたり》だったが…。

▼予告編




▼ Behind the Scenes :

2019年3月26日(火)立川シネマシティ(シネマ・ワン:東京都立川市曙町2ー8ー5、アクセス:JR立川駅北口から徒歩5分)で、17:35~鑑賞。

「ふたりの女王 メアリーとエリザベス」

作品データ :
原題 MARY, QUEEN OF SCOTS
製作年 2018年
製作国 イギリス
配給 ビターズ・エンド/パルコ
上映時間 124分


16世紀の英国を舞台に、従姉妹でありながらそれぞれスコットランドとイングランドの女王として対峙していくメアリー・スチュアート(Mary Stuart、1542~87)とエリザベスI世(Elizabeth I、1533~1603)の数奇な運命を描いた伝記ドラマ。ケイト・ブランシェット主演の『エリザベス』(1998年)を手がけたプロデューサー陣が、エリザベスと同時代に生きたメアリーに着目して製作。『レディ・バード』のシアーシャ・ローナンがメアリー、『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』のマーゴット・ロビーがエリザベスI世を演じるほか、ジャック・ロウデン、ジョー・アルウィン、デヴィッド・テナント、ガイ・ピアースらが共演。監督は英国演劇界を代表する女性演出家の一人で本作が長編映画監督デビューとなるジョーシー・ルーク。

ストーリー :
スコットランドでイングランドの王位継承権を持ちながら、カトリックとして生まれたメアリー・スチュアート(シアーシャ・ローナン)は、生後6日で父ジェームズ5世が30歳で急死、0歳にしてスコットランド女王となる。幼少時に渡仏し、フランス王宮で育ち、15歳でフランス王太子と結婚、16歳でフランス王妃に、18歳で未亡人となり、1561年に母国スコットランドで王位に戻る。
メアリーの不在の間、スコットランドではプロテスタント教徒たちが勢力を拡大していた。摂政として国を統治していた異母兄マリ伯(ジェームズ・マッカードル)、プロテスタント長老派の指導者ジョン・ノックス(デヴィッド・テナント)、国務大臣メイトランド(イアン・ハート)らはカトリックの女王を快く思わず、何度も陰謀や内乱を画策した。
イングランドでは、エリザベスⅠ世(マーゴット・ロビー)が1559年に25歳で即位、宰相ウィリアム・セシル(ガイ・ピアース)やエリザベスが心を寄せるレスター伯ロバート・ダドリー(ジョー・アルウィン)ら枢密院と侍女ベス(ジェンマ・チャン)たちが彼女を支えていた。王位継承者がいなかったため、エリザベスは日々、早く世継ぎを産むようプレッシャーをかけられていた。そんな折、メアリー帰国の知らせに、枢密院内は緊迫した空気が走る。
メアリーは同じスチュアートの血を引くダーンリー卿ヘンリー・スチュアート(ジャック・ロウデン)と1565年に結婚し、息子ジェームズを出産する。何よりも正当なイングランドとスコットランドの王位継承権を持つ子供の誕生はスコットランド宮廷を揺るがせた。
メアリーの結婚、出産の知らせはイングランド宮廷とエリザベスの心をざわつかせた。しかし、結婚によって王室の混乱が深まるのを目の当たりにし続けてきたエリザベスは、愛する人が目の前にいたとしても、その争いを避けたかった。心を犠牲にしてでも、彼女には守らねばならないものがあった。「私は男になったの」。エリザベスの言葉にウィリアム・セシルは「この世は残酷な場所です」と返すのみだった。
メアリー・スチュアートは生まれた時からエリザベスⅠ世の王位継承権のライバルだった。二人の女王はお互いに意識し合い、同時に魅せられていた。女性として世を治めるとはどういうことなのかは、この二人にしか理解できなかった。誰よりも理解し合えたはずの二人の女王。ある時、お互いを恐れ続けた二人の運命が交差する…。

▼予告編

2019年3月26日(火)立川シネマシティ(シネマ・ワン:東京都立川市曙町2ー8ー5、アクセス:JR立川駅北口から徒歩5分)で、15:00~鑑賞。

「グリーンブック」 (1)

作品データ :
原題 GREEN BOOK
[題名は、ヴィクター・H・グリーンによって書かれたアフリカ系アメリカ人旅行者のための20世紀半ばのガイドブック『黒人ドライバーのためのグリーン・ブック』(通称『グリーン・ブック』)にちなんで付けられている。]
製作年 2018年
製作国 アメリカ
配給 ギャガ
上映時間 130分


「グリーンブック」 (2)

孤高の天才黒人ピアニストとガサツで無教養なイタリア系用心棒の、人種を超えた相互理解の旅を描くバディムービー/ロードムービー。ジャマイカ系(黒人)アメリカ人のクラシック及びジャズピアニストであるドナルド・ウォルブリッジ・シャーリー(Donald Walbridge Shirley、ステージネームはドン・シャーリー、別名ドクター・シャーリー、1927~2013)と、シャーリーの運転手兼ボディガードを務めたイタリア系(白人)アメリカ人のフランク・アンソニー・ヴァレロンガ・Sr(Frank Anthony Vallelonga Sr.、通称トニー・リップ、1930~2013)によって、1962年に実際に行なわれた、人種差別が色濃く残るアメリカ南部を回るコンサートツアーにインスパイアされた作品。トニー・リップ役に『イースタン・プロミス』のヴィゴ・モーテンセン、ドン・シャーリー役に『ムーンライト』のマハーシャラ・アリ。トニー・リップの実の息子であるニック・ヴァレロンガが製作・脚本を手がけ、父とドン・シャーリーの友情の物語を映画化した。監督は『メリーに首ったけ』などコメディ映画を得意としてきたファレリー兄弟の兄ピーター・ファレリー。第91回アカデミー賞では全5部門でノミネートされ、作品賞のほか脚本賞(ニック・ヴァレロンガ、ブライアン・ヘインズ・クリー、ピーター・ファレリー)、助演男優賞(マハーシャラ・アリ)を受賞した。

ストーリー :
舞台はアメリカ、まだまだ黒人差別が色濃く残る1962年。ニューヨークの著名なナイトクラブ・コパカバーナの用心棒として働くトニー・リップ・ヴァレロンガ(ヴィゴ・モーテンセン)は、店が2か月間改装に入るため、他の仕事を見つけなければならなかった。「ドクターが運転手を探している」と紹介され、トニーが指定された場所へ向かうと、そこは病院ではなくカーネギー・ホール。ドクターは医者ではなく、音楽・心理学・典礼芸術の博士号を持つ著名な黒人ピアニスト、ドクター・ドナルド・シャーリー(マハーシャラ・アリ)だった。彼が求めているのは、クリスマスまでの2か月間、南部を回るコンサートツアーの運転手だ。
トニーとシャーリーの交渉は一度は決裂するが、黒人差別が根強い危険な南部へ行くのに、トニーのどんなトラブルも解決する腕がどうしても必要だった。シャーリーはトニーの希望条件を全面的にのんで、彼を雇い入れる。出発の日、レコード会社から『グリーン・ブック(Green Book)』を託されるトニー。南部を旅する黒人が利用可能な施設(宿泊所やガソリンスタンドなど)が書かれたガイドブックだ。ドンとトニー、好対照な2人の珍道中が始まった…。

トニーはニューヨークの下町ブロンクスでイタリア移民の家に生まれ、マフィアと暴力に囲まれて育った。武骨で無学だが、腕っぷしが強く、生き抜く知恵を持った、「リップ(口達者)」と渾名されるタフガイ(Tony Lip)。家族~妻のドロレス(リンダ・カーデリーニ)と2人の息子~を大事にし、仲間からも頼りにされる彼は、しかし、当時の白人労働者階級らしく、黒人に対する偏見に満ちていた。
一方のシャーリーは南部フロリダの黒人家庭に生まれたが、2歳の時から母親にピアノを教わり、9歳からソ連のレニングラード音楽院で英才教育を受け、18歳でボストン・ポップス・オーケストラにてコンサート・デビューを飾る。博士号を持ち、複数の言語を話し、そしてニューヨークのカーネギー・ホールの上にある高級マンションに住むスーパーエリート。“神の域の技巧”を持ち、ケネディ大統領のためにホワイトハウスで演奏したこともある。品がよくて教養豊かな稀代のピアニストである彼は、しかし、家族とも疎遠で、誰からも理解されず、居場所も見つけられないまま、ウィスキーやブランディ―だけを友とする、痛々しい孤独な世界に生きていた。

そんな正反対な~出自も性格も全く異なる~凸凹コンビの2人だけに、最初は衝突ばかり。だが、トニーはシャーリーが弾くピアノを聴いた瞬間に魅了され、シャーリーが天才であることを見抜く。シャーリーもまた、度々トニーに危ないところを救われるうちに、トニーに信頼を寄せていくのだった…。

 アップ ダウン 
Green_Book
↑ 『The Negro Motorist Green Book(黒人ドライバーのためのグリーン・ブック)』という緑色の表紙(1940年版)の小冊子

『Green Book(グリーン・ブック)』は自動車で旅行する黒人のために米国で創刊され、1936年から66年まで毎年発行された。当時、米国南部を旅行する黒人にとって必携の書だった。
1865年に南北戦争に敗北した南部では奴隷が解放されたが、それから100年近く経った1960年代まで黒人差別は続いていた※。米国南部の各州は州法で、公立学校、公衆トイレ、バス、レストラン、ホテルなどすべてを白人用と黒人用に分けていた。
1930年代、北部で働く黒人は自家用車を持ち、ドライブで南部を訪ねる人々も多くなったが、レストランやホテルは「白人用」と看板に掲げていない場合がほとんどで、黒人旅行者が知らずに入ると罵倒されたり、暴力を振るわれることも多かった。
そこで、ニューヨークに生まれ育った黒人で、ハーレム(Harlem)の郵便集配人だったヴィクター・ヒューゴー・グリーン(Victor Hugo Green、1892~1960)が調査をもとに1936年に自費で出版したのが、『グリーン・ブック』。グリーンは自分の苗字を書名にして~はじめ The Negro Motorist Green Book 、のち52年にThe Negro Travelers' Green Book と改題(「グリーンによる黒人ドライバー〈or 黒人旅行者〉のためのガイドブック」)~、表紙に緑色を使った。毎年改定版を出し、平均で年1万5千部ずつ売れたという。64年に“公民権法”が成立し、『グリーン・ブック』を必要ならしめていた類型的な形での人種差別が禁止されると、まもなく同書は廃刊となり忘れられていった―。

なお、『グリーン・ブック』が出版された当時は、米国南部諸州はもちろんのこと、それ以外の土地でも、黒人にはホテルやレストランの選択が限られ、給油すらままならないことが多かった。グリーンは黒人の利用できる諸施設の情報を可能な限り網羅しようと、『グリーン・ブック』の対象範囲を第1版〈1936年版〉こそニューヨークの都市圏に限っていたが、翌年には米国内の他地域に広げ、以後次第に米国の大部分、さらに国境を越えてカナダ・メキシコ・カリブ海諸国・バミューダ諸島のそれぞれ一部ずつに拡大していった。

※アメリカ連邦政府は南北戦争後に南部諸州の「Reconstrction(再建)」に取り組んだものの、「解放された」アフリカ系アメリカ人(自由黒人)の法的・政治的・経済的・社会的なシステムでの、恒久的な平等の実現には失敗した。南部諸州では実際上、“黒人取締法(Black Codes)”(南北戦争直後の1865~66年に米国南部諸州で制定された、黒人の諸権利を否定する州法)→”ジム・クロウ法(Jim Crow laws)”(1876年から1964年にかけて米国南部諸州に存在した、「有色人種(Colored)」の隔離政策に関する州法の総称)に見られるように、“黒人(ひいては有色人種)差別”を合法化した諸法が1960年代半ばまで堂々と罷り通ることになる。

▼予告編



▼ ヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ&ピーター・ファレリー監督 インタビュー :

2019年3月25日(月)「アップリンク吉祥寺」(東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目5−1 吉祥寺パルコ地下2階、吉祥寺駅北口から徒歩約2分)で、15:20~鑑賞。

「たちあがる女」⑴「たちあがる女」⑷

作品データ :
原題 KONA FER Í STRÍÐ
英題 Woman at War
製作年 2018年
製作国 アイスランド/フランス/ウクライナ
配給 トランスフォーマー
上映時間 101分


「たちあがる女」⑵「たちあがる女」⑶

初監督作『馬々と人間たち』で世界的に注目を集めたアイスランドの俊英ベネディクト・エルリングソン(Benedikt Erlingsson、1969~)による待望のデビュー2作目となる異色の社会派アドベンチャー・コメディ。雄大なアイスランドの自然をバックに、環境破壊を繰り返す地元のアルミニウム工場の操業を阻止すべく、たった一人で立ち向かうヒロインの孤独な闘いの行方を、とぼけた味わいを醸すユニークな筆致でユーモラスに描き出す。一人二役を演じた主演のハルドラ・ゲイルハルズドッテイル(Halldora Geirharosdottir、1968~)の演技が高評価を得たほか、世界中の映画祭で数々の賞を受賞。共演はヨハン・シグルザルソン、ヨルンドゥル・ラグナルソンら。
2018年12月11日、本作は2度のオスカーに輝く、フェミニストで知られるジョディ・フォスター(Jodie Foster、1962~)の監督・主演で、ハリウッドリメイクされることが決定した。本作に強く魅了されたフォスターは、「この映画は私に言葉では言い表せない興奮を与えてくれました。ハットラを演じるのが待ちきれません。私はユーモアと情緒を大胆に、そして奇抜に融合させたこの作品に引き込まれ続けています。これは私達の時代を代弁する作品なのです」と語った。

ストーリー :
風光明媚なアイスランドの田舎町。音楽と自然をこよなく愛するハットラ(ハルドラ・ゲイルハルズドッティル)には、セミプロ合唱団の講師とは別に、謎の環境保護活動家、コードネーム“山女(Mountain Woman)”というもう一つの顔があった。人知れず彼女は、町外れにある、アイスランドの自然を脅かすアルミニウム工場に対して、ワイヤー付きの矢を放って送電線をショートさせ、操業停止に追い込む孤独な闘いを繰り広げていた。地元警察は正体不明の「山女」の逮捕に躍起になっていた。ヘリコプターやドローン、警察犬を使って犯人特定に本腰を入れている。そんな中、ハットラに予期せぬ知らせが届く。長年の願いだった養子を迎える申請がついに受け入れられたというのだ。母親になる~ウクライナの内戦孤児、4歳のニーカ(マルガリータ・ヒルスカ)を受け入れる~という夢の実現に向け、アルミニウム工場との決着をつけるべく、ハットラは最終決戦の準備に取り掛かるのだったが…。

▼予告編



▼ ベネディクト・エルリングソン監督 インタビュー映像 :



■私感 :
いい映画と出会った!
主人公ハットラ(ハルドラ・ゲイルハルズドッティル)のキャラクター性が何とも魅力的!
彼女は自然と音楽を愛し、自分らしく「本当の人間」になろうと奮闘する一人の女性だ。
合唱団の指導をする一見ごく普通のアラフィフ女性が、単身で“環境問題”に抗議する大胆不敵なエコロジストでもある。
アルミ精錬工場で度々起きている停電は、ハットラが送電線の破壊工作を行なっているため。“ロピセーター”を着た彼女は、弓を組み立てワイヤー付きの矢を放って送電線をショートさせ、アルミ精錬工場の稼働をストップさせる。その後、長躯を駆ってアイスランドの苔むす大地を全速力で走り去り、岩陰に身を隠しながら現場に急行してきたヘリコプターの追跡を必死に振り切る…。自ら決断し自らの足で立ち上がる~自立的(self-stood)かつ自律的(self-directed)~熟年女性のしなやかな活躍ぶりを如実に身をもって示す、この冒頭のシークエンスは、観客である私にやけに心地よい興奮をもたらした。
それは、男女平等度で10年連続世界一位を保っているアイスランドの土壌が反映されたような人物像にほかならない。

本作はまごう方もなく、爽やかで力強い感動を呼ぶアイスランド発・痛快ヒューマン・エンターテイメントである。
2019年3月22日(金)新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3-15-15、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、19:10~鑑賞。

The Mule

作品データ :
原題 THE MULE
[muleは動物の騾馬(らば)を意味するが、転じて薬(やく)の「運び屋」という意味も持つ。]
製作年 2018年
製作国 アメリカ
配給 ワーナー・ブラザース映画
上映時間 116分


2014年6月に“The New York Times Magazine”に掲載された実話(サム・ドルニックの記事「シナロア・カルテルの90歳の運び屋」〈Sam Dolnick “The Sinaloa Cartel's 90-Year-Old Drug Mule”〉)There’s a True Story Behind ‘The Mule’: The Sinaloa Cartel’s 90-Year-Old Drug Mule をベースにしたヒューマンドラマ。園芸家として仕事一筋だった主人公が、思いがけずメキシコの麻薬組織に雇われ、運び屋という危険な犯罪に手を染めたことで、いつしか自らの人生と改めて向き合わざるを得なくなるさまを、長年顧みてこなかった家族との関係とともに、ユーモラスなタッチを織り交ぜ描き出す。監督と主演を務めるのは、クリント・イーストウッド(Clint Eastwood、1930~)。彼の映画出演は2012年の『人生の特等席』以来であり、自身の監督作品での出演は2008年の『グラン・トリノ』以来である。共演は、主人公を追い込んでいくDEA(麻薬取締局)捜査官役で『アメリカン・スナイパー』のブラッドリー・クーパーのほか、ローレンス・フィッシュバーン、アンディ・ガルシア、マイケル・ペーニャ、ダイアン・ウィーストら実力派が集結。イーストウッドの実娘アリソン・イーストウッドも出演している。

ストーリー :
朝鮮戦争の退役軍人アール・ストーン(クリント・イーストウッド)は、デイリリー(ユリ科の植物)の栽培に情熱を燃やし、園芸の世界では一目置かれる存在だった。しかし、その代償として家族をないがしろにしてしまい、90歳になろうとする今は家族との間に埋めがたい溝を抱え、孤独な日々を送っていた。やがて農園の経営に失敗し、自宅も差し押さえられかけた時、アールが反則切符なしの優良ドライバーだと知った男から、「町から町へと走るだけで金をもらえる」という仕事を持ちかけられる。最初は荷物の中身を知らずに積み荷を受け取っては運んでいたアールだったが、ほどなくそれが大量のドラッグであることに気づく。それでも90歳の老人が疑われることはほとんどなく、メキシコの麻薬カルテルの“運び屋”として、たった一人で順調に仕事をこなしていく。一方、麻薬取締局の捜査官ベイツ(ブラッドリー・クーパー)たちの捜査も徐々にアールに狙いを絞っていく。ラトン(アンディ・ガルシア)率いる麻薬カルテルもアールを監視している。果たして後悔の念を抱きながらも、「これが最後だから」、「あと一度だけ」というアールの祈りは届くのだろうか…?

▼予告編

2019年3月19日(火)TOHOシネマズシャンテ(東京都千代田区有楽町1-2-2、JR有楽町駅・日比谷口徒歩5分)で、19:45~ 鑑賞。

「女王陛下のお気に入り」⑶

作品データ :
原題 THE FAVOURITE
製作年 2018年
製作国 アイルランド/アメリカ/イギリス
配給 20世紀フォックス映画
上映時間 120分


「女王陛下のお気に入り」⑴
「女王陛下のお気に入り」⑵

『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』のヨルゴス・ランティモス監督が、18世紀初頭のイングランドを舞台に、絢爛豪華かつ斬新な映像世界で贈る、稀代の宮廷ドラマ。女王アン(Anne Stuart、1665~1714)の寵愛を得ようと2人の女官が熾烈な駆け引きを繰り広げる泥沼の愛憎劇をシニカルな筆致で描き出す。主演のアン女王役には本作の演技で第91回アカデミー賞主演女優賞に輝いたオリヴィア・コールマン。共演に『ラ・ラ・ランド』のエマ・ストーンと『ナイロビの蜂』のレイチェル・ワイズ。

ストーリー :
18世紀初頭、ルイ14世が統治するフランスと交戦中のイングランド。病弱で気まぐれな女王のアン(オリヴィア・コールマン)は、彼女の幼馴染みで、イングランド軍を率いるモールバラ公爵の夫人サラ(レイチェル・ワイズ)を公私にわたって頼っていた。そこに、サラの従妹で没落貴族の娘アビゲイル(エマ・ストーン)がやって来て、宮廷の実権を握るサラに頼み込み、召使いとして雇ってもらうことになった。やがて巧みに女王の歓心を買うことで、侍女に昇格したアビゲイルだったが、彼女の中に“生き残り”を賭けた~一度は没落したが、「上流階級」への返り咲きを狙う~野望が芽生え始める。夫が総指揮を執る、戦争の継続を巡る争いにサラが没頭しているうちに、アビゲイルは着実に女王の信頼を勝ち取っていく。一方、女王を操り宮廷で不動の地位を築いていたはずのサラは、一見従順で愛らしいアビゲイルの、その秘めたる野心に警戒心を抱くようになるが…。

▼予告編



▼ フィーチャレット映像(A Matter Of Perspective) :



▼ 特別映像 ― オリヴィア・コールマン(Olivia Colman、1974~)/エマ・ストーン(Emma Stone、1988~)/レイチェル・ワイズ(Rachel Weisz、1970~) :



▼ 特別映像 ― 全編を「ハットフィールド・ハウス(Hatfield House)」1か所のみで撮影 :
[ハットフィールド・ハウスはイングランドのハートフォードシャー(Hertfordshire)にある、15世紀末に高位聖職者の邸宅として建造された建物。エリザベス1世(Elizabeth I、1533~1603)が幼少期を過ごした館でもある。]



▼ 特別映像 ― 撮影監督ロビー・ライアン(Robbie Ryan、1970~) :



▼ 特別映像 ― 衣裳デザイナーのサンディ・パウエル(Sandy Powell、1960~) :



◆ ヨルゴス・ランティモス(Yorgos Lanthimos、1973~)監督インタビュー(webDICE-骰子の眼 2019/02/14) :
──王室を舞台にした物語に惹かれた理由は?あなたを引きつけたものは何ですか?
僕にとって興味があるのは権力者であって、王族であることは重要じゃない。当時のイギリスで権力を握っていたのが王族だったというだけだ。権力を持つ人々なら、同じような物語が政治家や独裁者やその他の権力者でも作れる。絶対的な権力によって生み出されるものが、不条理なんだ。そんな状況下では不条理がまかり通り、権力者たちが大多数の生活を左右する。
だから、特定の時代や王室、国家を正確に描くことが重要だと思ったことはない。権力を持った一握りの人間が、その他大勢の人生に影響を与えられる。そんな選ばれた人物の社会的地位に興味があった。実在の人物や歴史からインスピレーションを受けたが、その大部分は再考した。今の時代にもある同じような課題を認識し、共感できる映画になったと思っている。

──歴史劇の定石にとらわれない設定や演出はどのように考えたのですか?
この作品ではさまざまな要素を利用して、現代的な感覚を持たせた。脚本作りの段階から、共同脚本家のトニー・マクナマラとも相談し決めたんだ。現代的な言葉を用いて、当時風の話し方はさせないとね。衣装にも工夫を凝らした。服装は当時を再現したが、現代的な生地も取り入れている。本作に登場する人々の立ち居振る舞いは、ダンスや歩き方立ち姿までかなり現代的だ。音楽は当時のものもあれば、現代的なものも混ざっている。そんなふうに撮影した。だからこの作品はさまざまな要素が組み合わさり、現代的な作品でありながら、今に通じる部分やモダンなひねりがある。

──女王アン、彼女と恋愛関係にある側近サラ、そして侍女アビゲイルという3人の女性をどう描こうとしたのでしょうか?
最初から目指したのは、彼女たちをできる限り複雑に描くことだった。この話は誰もが簡単に読んだり調べたりできるし、彼女たちの一面だけを見て短絡的に、こういう人物だと決めつけがちだ。僕たちが作り上げたかった登場人物というのは、話が進むにつれて、本人が変遷を遂げ観客の見方も変わる人物だ。必ずしも善人と悪人を区別できず、強者と弱者も決めがたい。この物語ではアビゲイルが、宮廷にやって来る。彼女は比較的、世間知らずで不運な人生からはい上がろうとしている。しかし多くの困難に直面する。そこで生き抜くために、ある種の行動を余儀なくされ、いろんな経験をするんだ。観客から見て彼女が築く人間関係は、常に本物なのかどうか判断しがたい部分がある。だが考えさせるところがいい。
レイチェル演じるサラもそうだ。国家を動かす自信に満ちた強い女に見えるが、女王に特別な愛情を抱いてる。それも物語の途中で疑いたくなるから不変ではない。オリヴィア演じるアン女王も同様だ。彼女を無力な弱い女王ととらえるのは、極めて短絡的だね。この作品を通して見えてくるのは、彼女が悩める女性であることだ。強力な君主ではなかったかもしれないが、サラやアビゲイルと過ごすうちに、彼女に変化が起こり予期しないことを成し遂げる。本作の最大の狙いは3人の女性を一面的にとらえず、彼女たちのさまざまな側面を描くことだね。
エマの演技には驚かされた。彼女のこれまでのキャリアには、このような役はなかったので、今回それを目の当たりにできたことは非常によい体験だった。

──宮廷の撮影にあたってはどのような考えがありましたか?
照明は基本的には、何もしなかった。夜の屋外の撮影では全く何も見えなかったので、照明を使うことが数回あったが、残りはすべて自然光で撮影した。スクリーンに映るのは、我々がその日そこで見たもので、これも映画の一部として捉えるのが私は好きだ。夜のシーンでは蝋燭の灯りを使った。こうすることで、最も重要で本質的な部分である役者の演技とカメラの動きに時間を集中することができる。

──そして、衣装はサンディ・パウエル(Sandy Powell、1960~。『恋におちたシェイクスピア』(1998年)、『アビエイター』(2004年)、『ヴィクトリア女王 世紀の愛』(2009年)の3作品でアカデミー賞衣裳デザイン賞を受賞―引用者註)が担当しています。
シルエットは史実のまま、素材や色で遊びたかった。サンディと話し合って、色を限定したら面白くなると思いついた。ほとんどの色を白黒に限定した。そして、シルエットが機能するなら、革やデニムなど現代の素材でも何でも試した。
2019年3月19日(火)角川シネマ有楽町(東京都千代田区有楽町1-11-1 読売会館8F、JR有楽町駅・国際フォーラム口前ビックカメラ上)で、15:30~ 鑑賞。

「有楽町で逢いましょう」

作品データ :
英題 Chance Meeting
製作年 1958年
製作国 日本
上映時間 97分

初公開 1958年1月15日

映画『有楽町で逢いましょう』

1957年に開店した「有楽町そごう」(現在は「角川シネマ有楽町」が入っている読売会館)のキャンペーンソングとして作られた、ムード歌謡歌手・フランク永井の同名ヒット曲が主題歌の恋愛映画。東京と大阪を舞台に、2組の男女による恋愛模様が展開する。芸能雑誌『平凡』連載の宮崎博史の同名小説を『サザエさんの青春』の笠原良三が脚色し、『九時間の恐怖』の島耕二がメガホンを取る。主演は『穴』の京マチ子/菅原謙二、『地上』の川口浩/野添ひとみの各コンビ。ほかに小野道子、浪花 千栄子、北林谷栄、叶順子、北原義郎、山茶花究などが助演している。色彩は「大映カラー・総天然色」。

ストーリー :
フランス帰りの新進デザイナー小柳亜矢(京マチ子)は、パリ仕込みの奇抜なデザインで大阪の女性をあっと言わせた。意気揚々、彼女はその夜の列車で東京に向かった。偶然隣りに乗り合わせたスポーツで鍛えあげた逞しい体の建築技師・篠原練太郎(菅原謙二)の足を踏んだのも気がつかない興奮の仕方であった。それでも練太郎が、亜矢が花形デザイナーとして紹介されている週刊誌を事もなげに丸め、駅弁にパクつくのを見て、柳眉を逆立てるのだった。
数日後、亜矢の店に、彼女が日ごろ可愛がっている女子短大生・篠原加奈(野添ひとみ)が訪れた。亜矢の入念なデザインの服を兄に散々酷評されたので仕立直してほしいというのだ。亜矢は不在で、ちょうど居合わせた亜矢の弟、大学のフットボール選手の武志(川口浩)は「どれでも好きなのを持って行けよ」と加奈に言って、二人はすっかり仲好くなってしまう。ところが、これを知った亜矢はカンカンになり、加奈の兄のところに押しかけたが、意外にも兄とは篠原練太郎のことだった。“勝気”と“朴念仁”とのトンチンカンな論争をよそに、加奈と武志は仲良く語り合っていた。
ある日、補欠の武志の奇蹟的プレーで逆転勝ちとなった試合の帰り、武志は加奈の寮の窓によじ登って彼女と熱い口づけを交わした。しかし、これが舎監に見つかり、またまた亜矢と練太郎の“大論争”を引き起こした。加奈と武志はどんどん仲良くなり、結婚を考えるようになる。しかし、両親に先立たれてから弟を自分の稼ぎで大学に通わせている亜矢にとって、そんな話は問題外。亜矢に加奈との結婚を反対された武志は、大阪の乳母よね(浪花千栄子)のもとへ行こうと有楽町で加奈と合うこととなったが行き違う。何も語れないまま加奈を東京に残して独り大阪に旅立つ。
その日、百貨店「そごう」では亜矢のファッション・ショーが開かれていたが、散々な悪評に終わった。ショーの失敗、弟の家出、人生の壁にぶち当たってしょんぼりした亜矢に、練太郎はどこか惹かれるものを感じてきた。仕事のため大阪へ来た練太郎、それを追うようにこれも大阪にやって来た亜矢。二人は加奈と武志の結婚を許し、さて、自分たちについては、当分有楽町の女神の前で逢うしかない、と語り合うのだった―。

■私感 :
私は本作を、3月19日当日、「京マチ子映画祭」で鑑賞した。
同映画祭~大女優・京マチ子のデビュー「70周年」を記念し、代表作32本を一挙に上映~は、本年2月23日から3月21日まで、東京・角川シネマ有楽町で開催された。
私がこの映画祭の情報を知ったのは3月18日のこと。〈シマッタ!あの京マチ子の映画がたくさん上映されるというのに、遅きに失した!〉
私は慌てて、「映画祭」上映スケジュールと当方の都合を適当に按配(あんばい)して、残り少ない作品から何とか本作『有楽町で逢いましょう』を選択し鑑賞した次第。

本作は無性に懐かしく忘れがたい作品である。
本作が初公開されたのが1958年1月15日。公開直後かどうかは全く記憶にないが、恐らく同年の1月か2月に、私は本作を観たのではないか。はっきりしている点は、少年時代の私が大学生の姉Masakoと連れ立って北海道の田舎の映画館で鑑賞したこと。その後、1980年代に入って、たしかVHSで2回ばかり観たように思うが、映画館では今回が何と約60年ぶり2度目の鑑賞となった。
初鑑賞時の私は、率直な感想を日記に記している。「今日の映画、面白かった!京マチ子も菅原謙二も川口浩も野添ひとみも、みんなよかった。…野添ひとみは初々しく可愛い!京マチ子は色っぽく迫力があり何か目立つ!…それより何より、フランク永井の歌が素晴らしかった!胸のときめきを感じた。うれしいような、切ないような…」

実は、私はこの映画がきっかけとなったのか、1958~60年頃から次第に学生時代→社会人時代を通して、京マチ子という、どこか色っぽく大人びた、芯の太い女優に特別な関心を向けてきた。
1958年以前にも、映画少年の私は彼女の出演作を何作か観ていた。例えば、『新平家物語 義仲をめぐる三人の女』(衣笠貞之助監督、1956年)、『夜の蝶』(吉村公三郎監督、1957年)などだ。そこでは別段~これはわが心身の成熟度合いに関わる問題なのか~、彼女は私の印象に色濃く残るような俳優ではなかった[『新平家物語 義仲をめぐる三人の女』については、主演(「木曽義仲」役)の長谷川一夫だけは今も私の記憶にしっかりと刻み込まれている!]。
しかし、やがて私は、銀幕のヒロイン・京マチ子こそ、様々な女性の人生や業を演じてきた、本格的な存在感のある、日本一の演技派“美人”女優であると思いつづけ、今日にいたっている。

京マチ子(1924~)は1949年、25歳の時に大映に入社し、本格デビュー。翌年、『羅生門』(黒澤明監督)に出演、戦後だからこそ表現できる新たな女性像(「真砂」役)を、ダンスで鍛えた体で見事に体現。同作がベネチア国際映画祭サン・マルコ金獅子賞(グランプリ)、アカデミー賞名誉賞(最優秀外国語映画賞)を受賞し、国際的にもその名が知られるようになる。さらに53年に主演した『雨月物語』(溝口健二監督)がベネチア国際映画祭サン・マルコ銀獅子賞(※金獅子賞が該当なしのため、事実上のグランプリ)を、同年の『地獄門』(衣笠貞之助監督)がカンヌ国際映画祭グランプリ(最高賞)を立て続けに受賞したことから、“グランプリ女優”と呼ばれるようになり、国際女優としての地位を決定づけた。

私は60年代の初めに、まず手始めに同上3作を何度か鑑賞。この記念すべき名作を堪能後、1960年代から2000年代にかけて、彼女の出演作(1960年代以前の作品を含む)を手当たり次第に~映画館で、VHS/DVDで~観づけた。記憶がぼやけて思い出せない作品も少なくないが、今も消えがたく京マチ子という名を記憶にとどめる作品は―
『痴人の愛』(木村恵吾監督、1949年)
『源氏物語』(吉村公三郎監督、1951年)
『愛染かつら』(木村恵吾監督、1954年)
『千姫』(木村恵吾監督、1954年)
『赤線地帯』(溝口健二監督、1956年)
『八月十五夜の茶屋』[原題:The Teahouse of the August Moon、製作国:アメリカ、監督:ダニエル・マン、共演:マーロン・ブランド(Marlon Brando)、グレン・フォード(Glenn Ford)、エディ・アルバート(Eddie Albert)、1956年]
『忠臣蔵』(渡辺邦男監督、1958年)
『赤線の灯は消えず』(田中重雄監督、1958年)
『細雪』(島耕二監督、1959年)
『鍵』(市川崑監督、1959年)
『浮草』(小津安二郎監督、1959年)
『流転の王妃』(田中絹代監督、1960年)
『釈迦』(三隅研次監督、1961年)
『黒蜥蜴』(井上梅次監督、1962年)
『女の一生』(増村保造監督、1962年)
『女系家族』(三隅研次監督、1963年)
『他人の顔』(勅使河原宏監督、1966年)
『千羽鶴』(増村保造監督、1969年)
『華麗なる一族』(山本薩夫監督、1974年)
『金環蝕』(山本薩夫監督、1975年)
『妖婆』(今井正監督、1976年)
『男はつらいよ 寅次郎純情詩集』(山田洋次監督、1976年)

今にして思えば、1958年の時点で、本作『有楽町で逢いましょう』を介して、私は実質的に初めて京マチ子に出会ったと言えよう。

宝石赤 「京マチ子映画祭」予告編 :


本作が私にとって極めて思い出深いのは、京マチ子のことに加えて、さらに本作のテーマソング「有楽町で逢いましょう」によっている。それは、1957年5月25日に開店した「有楽町そごう」(正式名称は「そごう東京店」)のキャンペーンソングとして同年11月に発表された、独特の都会的ムードをもった歌謡曲<作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田正/歌唱:フランク永井>だった。

(1)
あなたを待てば 雨が降る
濡れて来ぬかと 気にかかる
ああ ビルのほとりの ティー・ルーム
雨も愛(いと)しや 唄ってる
甘いブルース 
あなたと私の合言葉
「有楽町で逢いましょう」

(2)
心に沁みる 雨の唄
駅のホームも 濡れたろう
ああ 小窓にけむる デパートよ
今日の映画(シネマ)は ロードショウ
かわす囁(ささや)き 
あなたと私の合言葉
「有楽町で逢いましょう」

(3)
悲しい宵は 悲しいよに
燃えるやさしい 街灯り
ああ 命をかけた 恋の花
咲いておくれよ いつまでも
いついつ迄も 
あなたと私の合言葉
「有楽町で逢いましょう」


フランク永井(1932~2008)は宮城県出身。歌手を目指して上京、米軍キャンプのクラブ歌手をへて55年、ビクターの専属歌手となる。初期こそジャズを歌っていたが作曲家・吉田正の勧めで歌謡曲に転じ、ささやくような甘い低音で歌った「有楽町で逢いましょう」が発売から半年で約50万枚を売り上げる空前の大ヒットとなり、一躍スターダムにのし上がった。
その後、「魅惑の低音」と称された独自の豊かな低音を武器に、師である作曲家の吉田正とともに都会的でジャズテイスト溢れるムード歌謡のジャンルを切り開き、何とも魅力的な数多くのヒット作・話題作を世に送り出し、歌謡界には比較的珍しい非・演歌系の大御所歌手として存在感を示しつづけた。

私の両親JiroとMisaoは共に、フランク永井のヒット曲・代表曲のほとんどが好きだった。特に「有楽町で逢いましょう」、「こいさんのラブ・コール」「東京ナイト・クラブ」「君恋し」「おまえに」を愛好・愛唱し、Misaoにいたっては、それらを誰にともなく、しきりに小声で口ずさむほどだった。
私自身はもともと日本の流行歌・歌謡曲には大して興味がない質(たち)だ。少なくとも少年時代の私は、その種の歌に興醒めする体験を幾度も重ねていた。
ところが、本作に初めて接した時、私はのっけから予想外の場面に出くわし、私の歌謡曲に対する生来の姿勢の修正を余儀なくされる。
フランク永井自ら登場して主題歌の「有楽町で逢いましょう」を歌う冒頭シーン。画面上のこととはいえ、私は一瞬、今一番旬な芸能人が“生歌”を披露する舞台を見ているかのような感覚に襲われた。オープニングと同時に現役歌手が登場し主題歌を披露することに意表を突かれた私だが、その歌に聞き入るほどに知らず知らず哀調を帯びた美声に釣り込まれていくのだった…。スローバラードのゆったりしたテンポ!バリトンボイスの魅力!声自体が甘くソフトで切なく惚れ惚れするほど美しい!

この「有楽町で逢いましょう」と出会って以来、私はフランク永井の一ファンになるとともに、歌謡曲・流行歌自体に、時代の偏見に囚われることなく正対し、それらから自らの持ち歌を選ぶ機会に恵まれるようになった。

フランク永井は2008年10月27日、肺炎のため死去(享年76歳)。彼は1985年10月21日に自殺を図り一命を取り留めたが、後遺症から療養に専念していた…。
私の場合、この数十年間変わらず、日本の“歌謡曲”と言えば、即刻何の躊躇(ためら)いもなく、いの一番に念頭に浮かべるのが、日本のムード歌謡の第一人者・フランク永井が歌う「有楽町で逢いましょう」にほかならなかった。

He is one of my favorite singer. His music accompanied me through my juvenile age. He attempted suicide and finished his life in a sad way. But the voice should stay long with me.

宝石ブルー 音譜 主題歌・挿入歌「有楽町で逢いましょう」 :
[本作冒頭で、フランク永井(1932~2008)は自ら出演してテーマソング「有楽町で逢いましょう」を歌唱。また、同曲は劇中で挿入歌としても使用されている(彼の映像はなく、声だけ)。]
2019年3月19日(火)ヒューマントラストシネマ有楽町(東京都千代田区有楽町2-7-1 有楽町イトシア・イトシアプラザ4F、アクセス:JR山手線・有楽町駅中央口から徒歩1分)で、13:00~ 鑑賞。

utoya-poster

作品データ :
原題 UTØYA 22. JULI
製作年 2018年
製作国 ノルウェー
配給 東京テアトル
上映時間 97分

ノルウェー公開 2018年3月9日
日本公開 2019年3月8日

「ウトヤ島、7月22日」

2011年7月22日にノルウェーのウトヤ島で起きた戦慄の無差別乱射テロ事件を映画化した実録サスペンス・ドラマ。たった一人の極右の青年によって69人の若者が犠牲になった悪夢の惨劇を、標的となったサマーキャンプに参加していた一人の少女の視点から、72分間ワンカットによる臨場感あふれる映像で描き出す。監督は『おやすみなさいを言いたくて』『ヒトラーに屈しなかった国王』のエリック・ポッペ。出演はアンドレア・バーンツェン、エリ・リアノン・ミュラー・オズボーン、ジェニ・スヴェネヴィクら。

ストーリー :
2011年7月22日、午後5時過ぎのウトヤ島。ノルウェーの首都オスロから北西40キロに位置するこの島では、毎年の恒例行事であるノルウェー労働党青年部のサマーキャンプが催されていた。参加した大勢の若者たちはキャンプを心から楽しんでいたが、少し前(午後3時17分)にオスロ中心部の政府庁舎で爆破事件が発生したとの知らせが届き、かすかな動揺が広がっている。
そんな中、カヤ(アンドレア・バーンツェン)は、電話の向こうで不安げな母親に「ここはウトヤ島よ。世界一安全だから何も心配いらないわ」と言い聞かせた。豊かな自然に囲まれたウトヤ島は、まさしくこの世の楽園のような場所に思えた。
無数のテントが張られたキャンプ場で、妹エミリア(エリ・リアノン・ミュラー・オズボーン)と気まずく口論を交わしたカヤは、ワッフルを食べている仲間たちと合流する。「イスラム系組織の仕業じゃなければいいけど」「テロかどうかもわからない。ただのガス爆発かも」「アルカイダの可能性もある」「憶測で言うべきじゃないわ」。そんなふうにお互いの意見をぶつけ合い、誰かが「バーベキューはまだかな」とつぶやいた直後、遠くから何かが爆発したような音が聞こえてきた。すると爆発があった方角から、数人の若者がこちらへ猛然と走ってくる。「逃げろ!」。カヤは慌てて仲間たちと建物の中に避難するが、周囲の誰ひとりとして事態を把握できていない。絶え間なく鳴り響く音は銃声のようであり、少しずつカヤたちがいる建物の方へ迫りつつあった。
「こっちに来る!」。その場に居合わせた全員が一斉に外へ飛び出し、カヤは転倒して足にケガを負った友人を支えながら必死に走った。そして森に駆け込み、数人の仲間とともに木陰に身を隠す。銃声に混じって人の叫び声も聞こえてきた。そこに頭から血を流した少年が新たに逃げ込んできて、「犯人は警官だ。警官が人を撃っている」と信じがたいことを証言する。「撃たれた人は?」「たくさんいる」。誰もがかつて経験したことのない恐怖に身を震わせていた。ここにジッととどまり続けるべきか、それともどこかへ逃げるべきか。困難な選択を迫られる中、カヤには別の重大な心配事があった。
やがて仲間たちは水辺に向かって走り出すが、カヤはひとり反対の方角にあるキャンプ場へ向かう。黄色のセーターを着ている妹のエミリアを捜すためだ。しかし、恐る恐るたどり着いたテントにエミリアの姿はなく、森の中に舞い戻ったカヤは泣きじゃくりながら母親に電話をかけた。「どうしよう。エミリアがいないの…でも、大丈夫。必ず見つけるから…パパもママも愛してる」。そう言い残してカヤは、エミリアを捜すために再び走り出した。このとき最初の銃声からすでに30分近く経過していたが、なぜか警察が助けにやってくる気配はない。銃声と悲鳴が飛び交う悪夢のような極限状況のもと、あてどなく島のあちこちを駆けず回るカヤの行く手には想像を絶する光景が広がっていた…。
アップ
※ノルウェー連続テロ事件 :
2011年7月22日、ノルウェーの首都のオスロ政府庁舎爆破事件とウトヤ島銃乱射事件が連続して発生。 政府庁舎爆破事件により8人、ウトヤ島銃乱射事件により69人がそれぞれ死亡。この計77人が死亡した事件は、ノルウェー国内において第二次世界大戦以降の最悪の惨事とされている。
ノルウェー警察当局により、両事件は極右思想を持つキリスト教原理主義者のアンネシュ・ベーリング・ブレイヴィク(Anders Behring Breivik、1979/02/13~)(当時32歳)が起こした連続テロとされており、共犯者は確認されていない。単独犯としては現在、世界最大の大量殺人犯と言われる。ブレイヴィクはクリスチャン・シオニズムを支持し、イスラム教・移民・多文化主義・マルクス主義を憎悪し、移民を受け入れ援助するノルウェーの在り方を否定していた。インターネットで発表した文書内でも移民受け入れの拡大を進める左派を非難していた。動画サイトでは同趣旨の「テンプル騎士団 2083年」という12分の動画も投稿していた。
【政府庁舎(Regjeringskvartalet〈the Government Quarter〉)爆破事件】 2011年7月22日午後3時17分、首都オスロの中心部にある17階建ての政府庁舎付近でブレイヴィクが仕掛けた爆弾が爆発。最上階には首相府があったが、ノルウェーのストルテンベルグ首相は執務室におらず自宅にいたため無事だった。このほか石油・エネルギー省の庁舎で火災が発生するなど付近の建物が被害を受けた。事件直後に警察によって付近の道路が全て封鎖されたほか、市民に対しオスロ中心部からの避難が指示された。ブレイヴィクが仕掛けた爆弾は車爆弾であるとみられ、爆弾の重さは約950キロと推定されてい
る。
【ウトヤ島銃乱射事件】 オスロ近郊にあるウトヤ島ではノルウェー労働党青年部の集会が行なわれ、10代から20代までの青年約700人が参加していた。政府庁舎爆破事件直後にブレイヴィクはタクシーでウトヤ島の近くまで行った後に警察官の制服を着てボートで島に上陸し、爆破テロ捜査を口実に参加者を整列させ、午後5時過ぎより銃を乱射。彼は確実に殺せるよう各人に2発ずつ撃ち込んで殺していった。集会は大混乱に陥り、乱射から逃れるために島から泳いで脱出する者もいた。また、島からは爆発する前の爆弾が発見されており、さらなる被害拡大を狙っていたとされている。翌23日には同党党首であり、かつて同青年部の代表を務めたこともあるストルテンベルグ首相が現地入りすることが予定されていた。

▼予告編



◆ エリック・ポッペ監督 インタビュー(クーリエ・ジャポン〈COURRiER Japon〉-“「映画化」に意義はあるのか─ノルウェー史上最悪の連続テロ事件を描くということ” 2019.3.7) :
[エリック・ポッペ(Erik Poppe):1960年、オスロ生まれ。ノルウェーの新聞社やロイター通信社のカメラマンを経て、スウェーデン・ストックホルムの映画・ラジオ・TV・演劇大学で撮影を学び、1998年に『Schpaaa』で監督デビュー。ジュリエット・ビノシュ(Juliette Binoche、1964~)が報道写真家を演じた長編『おやすみなさいを言いたくて』(2013年)で、モントリオール国際映画祭の審査員特別賞を受賞。また、ナチス・ドイツに侵攻され、降伏を迫られたホーコン7世の実話に基づく歴史ドラマ『ヒトラーに屈しなかった国王』(2016年) 本ブログ〈February 23, 2018〉が、アカデミー賞ノルウェー代表作品に選出された。]

──このウトヤ島での事件は、日本のわれわれにも大きな衝撃をもたらしました。当時、本国ではどのような状況でしたか?
「第二次世界大戦以来、ノルウェーで最も悲劇的な事件だと伝えられた。われわれの国は基本的に平和で静かなので、信じがたいほど動揺が広がったよ。TVのニュースや新聞で報道されていたが、何が起こったのかを冷静に理解するまで1年くらいかかったと思う。
事件後の1週間くらいは、多くの市民が近所で集まって慰め合い、あちこちに花を供えていた。政治的思想や出身地に関係なく、あのとき私たちは『ひとつの国民』として団結していたと思う。そして、二度とこんな事件を起こさないためには何をすべきかが話された。本当に残酷な思い出だ」

──犯人に対して、人々はどういう感情を抱いたのでしょう。
「それに関しては、冷静に判断できるまでさらに数年を要したと思う。犯人が裁判にかけられ、どんな証言をしたか。その素顔や真の目的が細かく分析され、何が事件を引き起こしたかが語られた。そこから今後の対策への議論へ発展するまで、事件から3〜4年かかったんじゃないかな。
同時にその頃、ネットで目につくようになったのが、極右集団のヘイトスピーチだった。極端なヘイトは、ネットだけでなく議会でも出るようになり、私は民主主義への脅威を感じたよ」

──そのような時期に、事件を映画化しようと決意したわけですね。
「そうなんだ。まず事件の生存者や遺族と話す機会を作ったのだが、私が映画を作ることは、彼らに事件を思い出させることだと強く感じた。そこで犯人側の視点は入れず、あくまでも被害者の視点に立った映画を撮ろうと決意し、それを生存者や家族も承知してくれたんだ。
殺人犯が出てくる映画はたくさんあるが、被害者側の映画はそれほど多く作られていない。ガス・ヴァン・サントの『エレファント』(コロンバイン高校の銃乱射事件の映画化)もすばらしいけど、あれも加害者が中心だ。エンターテインメントとして、そのほうが作りやすいんだと思う。
被害者をメインにする作りは、監督の私にとっても、そして観客にとってもチャレンジになると感じたね」

──この事件の映画化は、同時期にもう1本(ポール・グリーングラス監督の『7月22日』〈原題:22 July、Netflixにより2018年10月10日配信-引用者註〉)進んでいました。
「私が今作の準備を始めた頃、別の映画が作られるという情報は届いていなかった。だから私が作品を構想するにあたって、影響を受けたということはない。
やがてポール・グリーングラスが制作を始め、犯人を中心にした作りになる映画だと知った。グリーングラスは才能のある監督で、心から尊敬しているけれど、公開の時期も近いので『競争』になると思ったよ。
作品の視点以外にも大きな違いがあり、私の映画は収益が出たら、生存者や遺族の団体に寄付することにしてあった。一方、あちらはネットフリックスという大きな会社に支えられているし、(劇場公開ではないので)収益も数字で示されない」

──グリーングラスの映画に対しては、ノルウェー国内で反発もあったと聞いています。
「犯人をつけあがらせると抗議する人もいた。犯人はナルシストで、おそらく刑務所内では王様のような気分でいるだろう。ポール・グリーングラスが自分の映画を撮ると知れば、さらに喜ぶに違いない。そうした想像が、生存者や遺族の心を傷つけたんだ。
もちろん私の作品に対しても、事件からの時間を考えると、映画にするのは早すぎるという意見もわずかにあった。しかし全体には好意的に受け止められ、多くの人が映画をサポートしてくれたよ。
グリーングラスの映画に対しては、『ネットフリックスが儲けのために作った』と反発する人が多かった」

──それにしても、この『ウトヤ島、7月22日』での「72分間ワンカット」という手法は大胆ですね。
「この作品にとって、どんな表現方法が正しいのか。それを思い悩みながら、40人もの生存者や、その他にも遺族らを取材し、警察の記録も閲覧して、事実を組み合わせて脚本を書いていった。
生存者たちの証言には共通点があったんだ。最初の発砲から犯人が拘束されるまでの72分間が『永遠』に感じられたという。何が起こっているのか、何人が撃っているのかもわからない。そして誰も助けに来てくれない。なぜ自分たちが狙われているのか…。そうした彼らの共通の思いから、『72分』という長さが重要と考え、映画で体感させることにした。
現在のテクノロジーではあらゆる描写が表現できるが、時間の感覚は実際にその長さで表現するしかない。そこから一人のキャラクターの視点をリアルタイムで追うというアイデアが生まれ、すべてを可能にするのが、ワンカットの手法だと行きついたわけさ」

──ワンカットというのは、演じるキャストたちにも大きな試練ですよね。
「そのとおりで、最大の難問は、これほど過酷な状況をリアルに表現できる若者を探すことだった。私は約1年かけてノルウェー中を探し回り、主人公の少女(アンドレア・バーンツェン)をようやく見つけたとき、映画のゴーサインが灯ったと感じたよ。彼女がいれば、ワンテイクという無謀な挑戦も可能になるとね」

──プロの俳優は使っていないのですか?
「全員がアマチュアだ。そのため、リハーサル期間が3ヵ月におよんだよ。週6日のペースで、いくつかのシーンに分けて準備をして、それを組み合わせていく。2ヵ月くらいで俳優たちが慣れてきたところで、カメラマンが加わり、新たな緊張感が生まれた。
最初は舞台となる島を想定して、オスロ郊外のスタジオでリハーサルを行い、『ここで走る』など段取りをすべて決めた後、ロケ地の島へ移動し、月曜から金曜までの5日間が本番の撮影となった。各日1回だけ一発勝負で撮り、最高のものを本編で使うことにしたんだ」

──たとえば主人公の腕に蚊が止まったら、そこをアップで映すなど、偶然の出来事に合わせてカメラが動いています。
「われわれクルーは本番中、島のボートハウスで待機し、大きなスクリーンに映されるカメラのショットと、島中に取り付けたマイクからの音声をチェックし、何かを発見したらカメラマンに指示を送っていた。
じつは血ノリの成分の一部が、虫を引き寄せることがわかり、月曜と火曜は同じ場所で蜂が現れた。水曜は何も現れず、4日目の木曜に主人公の腕に蚊が止まったんだ。カメラが彼女の顔に寄ったところ、その彼女の視線が腕に動いたので、カメラマンが蚊をクローズアップした。あれはカメラマン自身の判断だ。
結局、完成作に使ったのは、この木曜のバージョンで、あの蚊は、彼女の喪失感や絶望感を強烈に象徴することになった。よく『蚊はCGですか?』と聞かれるので、私は『いや、蚊を訓練して演技させた』と冗談で答えている(笑)」

──こうした衝撃的な実話を映画化することは、どんな意味をもつと考えますか?
「映画は社会を変えることができると信じている。今作を最初に上映したベルリン国際映画祭の記者会見で、あるジャーナリストから『芸術家として、この事件を映画化する必要をどう考えているのか?』という質問が出た。私は『芸術では事件を解決できない。しかし観る人に、疑問を提示することができる』と答えたんだ。
私が重要だと思うのは、このような事件を扱う際に、対象となる人々や社会への敬意を絶対に忘れてはならないこと。作品に関わる全スタッフで、亡くなった人への愛と敬意を共有することだ。そしてできる限り、真実に近づく努力が必要で、そこには慎重さも要求される。
この作品はホラー映画のような恐怖も与えるかもしれないが、作り物のホラーは非現実的な要素が多い。悪役が顔を見せ、生き残ったりもする。私の作品は真実を通して、人間と、その日常がどんなものかを表現している。
ストーリーの核となるのは、人間の心の美しさ。おたがいを助け合う心。何か災害が起こったとき、誰かを助けたいという本能を受け入れること。
スーパーヒーローではなくても、われわれ一人一人が誰かを助けられる。それこそが真実であり、私がこの映画で伝えたいことなんだ」
2019年3月15日(金)吉祥寺オデヲン(東京都武蔵野市吉祥寺南町2-3-16、JR吉祥寺駅東口徒歩1分)で、17:45~鑑賞。

「キャプテン・マーベル」

作品データ :
原題 CAPTAIN MARVEL
製作年 2019年
製作国 アメリカ
配給 ディズニー
上映時間 124分


「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」シリーズの21作目で、MCUでは初めて女性ヒーローが単独で主役となったアクションエンターテイメント。「アベンジャーズ」結成以前の1990年代を舞台に、過去の記憶を失った女性ヒーロー、キャプテン・マーベルの戦いを描く。『ルーム』で第88回アカデミー賞主演女優賞に輝いたブリー・ラーソンがキャプテン・マーベル役で主演。サミュエル・L・ジャクソン、ベン・メンデルソーン、クラーク・グレッグ、ジュード・ロウらが共演。監督は、マーベル映画では初の女性監督となるアンナ・ボーデンと、ボーデンとともに『ハーフネルソン』などでコンビを組んできたライアン・フレック。

ストーリー :
1995年、ロサンゼルスのビデオショップに突然、謎の女性、キャプテン・マーベル(ブリー・ラーソン)が空から降ってくる。彼女は驚異的なパワーの持ち主だが、身に覚えのない記憶のフラッシュバックに悩まされていた。その記憶に隠された“秘密”を狙い、自在に姿を変える正体不明の敵が彼女を狙う。彼女はS.H.I.E.L.D.(シールド)の敏腕エージェント、ニック・フューリー(サミュエル・L・ジャクソン)と出会う。彼女の謎に満ちた存在(地球外超人)に興味を示し、行動を共にしていくフューリー(後に最強ヒーローチーム“アベンジャーズ”結成の立役者となる!)。地球に大きな脅威が迫る中、二人は協力して彼女の失われた記憶~「私は何者か?」~をめぐる壮絶な戦いに身を投じていく。その記憶に隠された過去の大きな秘密が明らかになるとき、衝撃の真実が現われる…。

▼予告編



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