映画『オリエント急行殺人事件』再見 | 普通人の映画体験―虚心な出会い

普通人の映画体験―虚心な出会い

私という普通の生活人は、ある一本の映画 とたまたま巡り合い、一回性の出会いを生きる。暗がりの中、ひととき何事かをその一本の映画作品と共有する。何事かを胸の内に響かせ、ひとときを終えて、明るい街に出、現実の暮らしに帰っていく…。

2017年12月23日(土)吉祥寺プラザ(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-11-19、JR吉祥寺駅北口サンロード突き当たり左)で、16:45~鑑賞(再見)。
同年12月8日、新宿ピカデリーで初見(本ブログ〈December 28, 2017〉)。



◆本作の監督兼主演を務めたケネス・ブラナー(Kenneth Branagh、1960~)にインタビュー Real Sound 2017.12.15-『オリエント急行殺人事件』ケネス・ブラナーが語る新ポアロ像 「白黒つけられる時代ではない」
――本作の脚本を手がけたマイケル・グリーンは、『ブレードランナー 2049』『LOGAN/ローガン』など、これまでの作品でも人間の命をテーマに扱っていますが、『オリエント急行殺人事件』でも同様のテーマ性を感じました。実際に出来上がった脚本を受け取ったときの感想を聞かせてください。
ケネス・ブラナー(以下、ブラナー):まさにその通りで、グリーンは作家として、人間への洞察が鋭く深い人物なんだ。今回の脚本も、殺人事件をただの謎解きやパズルと見なすのではなく、人々の苦しみや痛み、情熱、人を失ったときの悲しみなどと結びつけたものになっていた。人間の感情を非常に理解しているところに、とても感動したよ。

――アガサ・クリスティの原作小説も、シドニー・ルメット監督が手掛けた1974年の映画版も世界的に有名な作品ですが、仕上がったものに自分の色を加えていくことについては、どんな意識で臨みましたか。
ブラナー:(ブラナーが演じた)名探偵エルキュール・ポアロが、“人間は、どれだけ獣より優れているのか”を追求するところに僕は惹かれた。物語の初めでポアロは、「この世の中は悪と善で分かれていて、中間などない」と言っているけれど、話が進むに連れてその信念は揺るがされてしまう。そういった部分を強調した映画にしたいと思ったんだ。ポアロはこの事件に関わったことで、人間の苦しみや悲しみ、正義というものを、時には踏みにじらなければならないということを学ぶ。以前と違う自分に変化することは彼にとって、複雑な過程で、その様相のなかでのポアロを描く点は、ほかのどの作品とも違うと思っているよ。

――ルメット版でアルバート・フィニーが演じていたポアロよりも、あなたのポアロはもっと人間味があると感じました。
ブラナー:もちろんアルバート・フィニーとは違うね。彼のポアロは40年前のもので、簡単に比較対象にはできないけれど、彼は彼なりの人間味がある力強く素晴らしい演技を見せていた。原作小説に“ポアロは首をかしげる“という表現があるけれど、アルバートは、駅に来るとき(少し大げさに首を振るジェスチャーを見せて)こうやってやっているんだ(笑)。アガサ・クリスティは33作の長編、50作の短編を書いていて、その中にも様々なポアロ像があり、100人の俳優が演じられるくらいのネタがあるんだ。そういう意味でアルバート版ポアロを非常に参考にした部分もあるね。僕の場合は、過去に失恋した女性カトリーヌの写真を出すといった、ロマンチックな部分を強調している。他のポアロで見るシニカルだったり、理想主義的だったりする部分も少し描いているし、様々な違いを見つけることができると思うよ。自分なりに考えて、ポアロ像を構築してきたんだ。

――最後にポアロが“選択”を迫られる場面もルメット版とは大きく違います。2017年という現在に、正義や人が生きていくということを描く意味として、この選択に行き着いたのですか。
ブラナー:この映画を通してポアロは、人間味のあるやり方について悪戦苦闘する。最終的に被害者たちの苦しみや痛みを認め、理解する一方で、“目には目を歯には歯を”という復讐の思想は動物的であるといった考えは持っていて、法の支配も信じて疑わないんだ。だから、事件は解決したけれど、彼の中では解決していないはずで、矛盾を抱えながらもポアロは列車を降りていく。人生を黒と白に分けることは不可能で、世の中はバランスよくできているものではないんだよね。

――本作のエンディングの方が、ルメット版より納得のいくものがありました。最後のカットも素晴らしかったです。
ブラナー:(最後は)ポアロが重荷を背負っていく心象風景を表したいと思った。原作小説は、“事件は解決した、これで終わり”という締め方で、オリジナル映画版ではシャンパンまで飲んでいる。でも、現代はそうはいかない。白黒はっきりつけられる時代ではない灰色の世界を、われわれは毎日生き延びているんだ。

――(『シンデレラ』『ハムレット』など)あなたの作品は豪華絢爛なイメージがあったのですが、今回の室内劇ということで、狭い空間でどう手腕を振るうのか興味がありました。
ブラナー:列車内というのは非常に限られた空間で、その中から外の風景をいかに効果的に使うかは考えた。終盤のシーンでは、絵画「最後の晩餐」を意識したワイドな見せ方もしたし、列車の外にある雪崩をしっかりと映して、映画全体の開放感にもこだわった。その一方で、列車内のカメラワークにも気を遣って、例えば、死体を乗客たちが発見するシーンでは、死体そのものをあえて映さず、観客達が乗客たちと同じ視点で見ていることを意識した。また、別のシーンでは、窓越しにカメラを置いて、人物の顔が三面に映るように撮ったカットもあって、嘘をついていることを表現したんだ。この映画には、そんな仕掛けがいくつも存在する。乗客たちの気持ちが落ち着かないのと同じように、観客たちをソワソワさせるカメラワークにしているんだよ。

――今回主役と監督を兼任しましたが、演技をしながら、監督として作品全体を見ていく必要がありますよね。両側面からのジャッジが求められていたわけですが、その点は?
ブラナー:撮影中に(ゲアハルト・ハードマン役の)ウィレム・デフォーから「ポアロは事件を演出し、あなたは映画を演出している」と言われたよ。確かにそうだよね(笑)。それに、ポアロを演じるために、9か月間を準備に費やしたのだけれど、僕の監督の仕方が次第にポアロに近づいていることに気づいたんだ。非常に几帳面なのポアロの性格が僕に乗り移っていたように感じたね。

――すでに本作のシリーズ化が決定していますが、次はどんなテーマを考えていますか。
ブラナー:先日、マイケル・グリーンがLos Angeles Timesのインタビューで、いかに『ナイル殺人事件』が若い頃の彼に影響を与えたかについて語っていた。僕もこの小説には非常に大きな影響を受けて、盲目的な恋愛にはどういう危険が及ぶのかという点が興味深かった。次回のテーマは、そういったものになるんじゃないかな。このシリーズが続いていくのなら、事件ごとにポアロのキャラクターは変わっていくはずだ。“ポアロはこういうときは必ずこういう行動を取る”という風に固定された人物ではなく、事件ごとに学び変化していくと思っている。そのほうが娯楽としてもおもしろいからね。やっぱり、愛をテーマにしたものが一番おもしろいと思う。多くの人は言わないけど、アガサ・クリスティの小説は実はセクシーで情熱的な部分もあるから、そこを開拓するといい題材になっていくと思っているよ。

丸レッドケネス・ブラナー監督作の本作(2017年版)は、1934年にアガサ・クリスティ(Agatha Christie、1890~1976)が発表した長編推理小説“Murder on the Orient Express”を原作としている。
原作は著者の長編としては14作目、「エルキュール・ポアロ」シリーズとしては8作目にあたる。日本語初訳は『十二の刺傷』(柳香書院刊、延原謙訳、1935年)の題名で刊行された。1932年に実際に起きた“リンドバーグ愛児誘拐事件”と、豪華国際寝台列車オリエント急行を組み合わせたセンセーショナルな内容と、その奇抜な結末から著者の代表作の一つに挙げられている。
なお、同作は戦後、『オリエント急行の殺人』または『オリエント急行殺人事件』の邦題で出版を重ねてきた。ex. 延原謙訳『オリエント急行の殺人』(早川書房、1954年)、蕗沢忠枝訳『オリエント急行の殺人』(新潮文庫、1960年)、古賀照一訳『オリエント急行殺人事件』(角川文庫、1962年)、久万嘉寿恵訳『オリエント急行殺人事件』(講談社文庫、1975年)、中村能三訳『オリエント急行の殺人』(ハヤカワ・ミステリ文庫、1978年)、茅野美ど里訳『オリエント急行殺人事件』(偕成社文庫、1995年)、安原和見訳『オリエント急行殺人事件』(光文社古典新訳文庫、2017年)、等々。

メモ 私がアガサ・クリスティの“Murder on the Orient Express”に初めて出会ったのは、大学1年の「英語」授業の時だった。
当時の私の見るところ、高校英語の延長である大学の英語授業は、基本的にレベルが低く、全体として馬鹿馬鹿しいほどに面白くない授業が多かった。唯一の例外が、アガサの同作を原文で読んだ一授業。それは原書購読ならぬ、教養英語の一環として小説のところどころを拾い読みする程度のものだったが、アガサの推理小説の予想外の面白さを知らせるに足る授業だった。
私は小中高時代、アーサー・コナン・ドイル(Arthur Conan Doyle、1859~1930)とエドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe、1809~49)、両者の推理小説については、魅力に憑かれて、くまなく読み漁っていた。
そして今度は大学時代を通して、『オリエント急行殺人事件』をきっかけにして、『アクロイド殺し』(1926年)、『ABC殺人事件』(1936年)、『そして誰もいなくなった』(1939年)をはじめ、アガサ・クリスティの推理小説(長編&中短編)の大半を、それこそ夢中になって読みふけり、むさぼるように読み進めるにいたった。

本 アガサ・クリスティ原作Murder on the Orient Express
うずまき The Armstrong Case
《Although the subject of the novel is Ratchett's murder, the drama that led to the murder happened a couple of years earlier with the murder of Daisy Armstrong.
Ratchett is an American passenger on the Orient Express. Poirot immediately suspects he is evil, therefore when Ratchett claims he is getting death threats and needs Poirot's help, Poirot refuses. Ratchett is the victim of the murder on the Orient Express. It is revealed that he is actually the child murderer Cassetti, who was not punished by the legal system.
Daisy Armstrong is the 3-year old daughter of Sonia Armstrong and Colonel John Armstrong. Daisy's maternal grandmother is a famous stage actress. Daisy is kidnapped by Cassetti and held for ransom. After her wealthy family pays the ransom, Daisy is found dead. Her family and friends describe her as ''the delight of the house.'' 》(Study.com

ナゾの人 Characters
(以下の文中の英文は、SparkNotesShmoopからの引証。SparkNotesは【 】内、Shmoopは【 】内。)
The Investigators
Hercule Poirot
ベルギー出身の私立探偵。中東での仕事を終えた彼は、イスタンブール発カレー行きのオリエント急行に乗り、ヨーロッパへの帰途に就く途中で殺人事件に巻き込まれる―。
エルキュール・ポアロは「灰色の脳細胞」を十全に活用できる賢さを持つと自認し、自らを世界最高の探偵であるとする自信家である。女性には優しく、物腰柔らかで、常に整理・整頓を心掛け、身なり(特にぴんとはね上がった大きな口髭)に注意を払い、乱雑さには我慢できない。捜査には容疑者たちとの尋問や何気ない会話に力点を置き、会話から人物の思考傾向・行動傾向を探っていく。容疑者全員を集め、ポアロの辿った推理過程を彼らへ説明しながら真犯人をその場で指し示す。アガサ・クリスティが生み出した、この架空の名探偵は、シャーロック・ホームズ~アーサー・コナン・ドイルの推理小説シリーズの主人公である私立探偵~などと同様、時代を越え現在にまで至る支持を得た名探偵の一人である。
【A retired Belgian police officer. Poirot is Christie's most famous detective and is known for his short stature and long, curly moustache. Poirot is very intelligent, extremely aware and instinctual and is a brilliant detective. The novel is generally written from his perspective.】
Monsieur Bouc
オリエント急行を運行する「ワゴン・リ」社のベルギー人重役で、ポアロとはポアロがベルギー警察にいた時期からの知人。【The director of the Compagnie Wagon Lits and formerly worked for the Belgian police force with Poirot. Traveling on the Orient Express, M. Bouc asks Poirot to take the case. M. Bouc provides comic relief in the novel, constantly frustrated with the case and confused by Poirot.】
Dr. Constantine
ラチェットの検死を行なったギリシャ人医師。【The coroner aboard the Orient Express. Dr. Constantine is often Poirot or M. Bouc's sidekick and is present for most of the evidence gathering. Dr. Constantine examines Ratchett's body and determines when he could have been killed.】

The Victim
Ratchett
60代のアメリカ人実業家。一見柔和そうに見えるが、眼光や雰囲気には狡猾で獰猛な態度が表われている。デイジー・アームストロング(Daisy Armstrong)を誘拐して身代金を奪った後、彼女を殺害した犯人で、本名はカセッティ。莫大な保釈金を支払い釈放された後、名前を変えて外国で暮らしていた。
【Real name Cassetti, kidnapped and murdered the young Daisy Armstrong for money. The Armstrong family murders Ratchett because he escaped punishment in the U.S. Poirot describes Ratchett as a wild animal.】

The Suspects
Hector Willard MacQueen
アメリカ人青年で、ラチェットの秘書。―実は「デイジー・アームストロング誘拐事件」を担当した検事の息子。【The young American Hector MacQueen is Mr. Ratchett's secretary. His father was the District Attorney on the Armstrong case, and he has no problems whatsoever owning up to his dislike of Ratchett.】【Ratchett's personal secretary. Hector is truly in cahoots with the Armstrong family.】
Edward Henry Masterman
中年のイギリス人男性で、ラチェットの執事。―実は戦時中はジョン・アームストロング大佐(Colonel John Armstrong)の従卒で、戦後はアームストロング家の執事。【The quiet Mr. Masterman, an Englishman, is a foil to the Italian, Foscarelli. On the train, he works as Ratchett's valet. He served as Armstrong's batman in the war, and later his valet. Mr. Masterman provides an alibi for Foscarelli, as he stayed awake in their train car due to a toothache.】【Masterman is not a terribly colorful character, mainly referred to by his function—"the valet." Masterman is very polite and obedient, perhaps even haughty.】
Antonio Foscarelli
自動車のセールスマンで、アメリカに帰化した、色の浅黒い陽気なイタリア人。―実はアームストロング家の運転手。【The loud and talkative Italian man, Antonio Foscarelli provides a foil to the taciturn English valet, Mr. Masterman. Foscarelli's Italian heritage attracts M. Bouc's suspicions, as M. Bouc believes that all Italians are knife-wielding murderers.】【Revealed by Poirot, Antonio was the Armstrong's chauffeur. Antonio loved dear little Daisy and tears when he speaks of her.】
Mrs. Hubbard (Caroline Martha Hubbard)
陽気でおしゃべり好きな、中年のアメリカ人女性。ポアロの犯人探しを意図的にミスリードしようとする謎めいた未亡人。―実はソニア・アームストロング(Sonia Armstrong)の母親/殺されたデイジーの祖母で、女優のリンダ・アーデン。【Mrs. Hubbard is the elderly American woman who is always talking about her daughter – and she's played with gusto by America tragic actress Linda Arden. As her confession in the last chapter reveals, Linda Arden is the grandmother of the murdered Daisy Armstrong, and the mother of Mrs. Armstrong (Daisy's mom) and of the Countess. As a skilled actress, Linda Arden fits perfectly into what is characterized throughout the novel as a highly theatrical murder. A strong-willed woman, she offers to take the blame for the murder plot, declaring that she would have "stabbed that man twelve times willingly".】
Princess Natalia Dragomiroff
ロシア貴族の老婦人。―実はソニアの後見人(godmother)で、リンダ・アーデンの親友。【A Russian princess. Princess Dragomiroff is a generally despicable, ugly old lady; her yellow, toad-like face puts off Poirot.】【Princess Dragomiroff was the godmother of Linda Arden's children and a close friend to the actress. She represents fierce loyalty and the triumph of mind over matter.】
Hildegarde Schmidt
中年のドイツ人女性で、ドラゴミロフ公爵夫人の忠実なメイド。―実はアームストロング家の料理人。【Hildegarde Schmidt is a German lady's maid to Princess Dragomiroff, and an incredibly loyal one, at that. She is the former cook at the Armstrong house.】
Countess Helena Andrenyi
ルドルフ・アンドレニ伯爵の美しい若妻(エレナ・アンドレニ伯爵夫人)。―実はソニアの妹。【The sister of Sonia Armstrong, did not murder Ratchett. Because the Countess is closest to the Armstrong case, she attempts to conceal her identity by dropping grease on her passport and smudging the name label on her luggage. The Countess is quite young, dark haired and beautiful.】【The beautiful Countess is the daughter of Linda Arden and the sister of the late Mrs. Armstrong. Like her mother, she is an excellent actress, though it's the grease smudge on the Countess's Hungarian passport that ultimately gives her identity away to Poirot. Her husband defends her innocence until the end, and he's telling the truth, since he did the stabbing for her.】
Count Rudolf Andrenyi
フランス外遊途中のハンガリー人外交官。妻のエレナを事件にあまり関わらせないよう擁護している。【A very defensive man who tries to conceal the true identity of his wife, Countess Andrenyi. The Count takes his wife's place in the murder.】
Colonel Arbuthnot
インドからイギリスへ帰る途中の英国軍大佐。―実はアームストロング大佐の戦友。【A friend of Colonel Armstrong, and father of Daisy Armstrong. Like Mary Debenham, Poirot suspects him because he called Mary by her first name on the train to Stamboul. Colonel Arbuthnot is hard-willed, polite and very "English."】
Mary Debenham
バグダッドで家庭教師をしていたイギリス人女性。―実はソニアの秘書兼デイジーの家庭教師(governess)。【Daisy Armstrong's governess. Mary Debenham is a calm, cool and unruffled lady, instrumental in the planning of Ratchett's murder. Poirot is most suspicious of Mary because of conversation he overhears between herself and Colonel Arbuthnot on the train to Stamboul.】
Greta Ohlsson
敬虔なスウェーデン人宣教師。―実はアームストロング家の乳母。【The yellow-haired Greta Ohlsson was the nurse at the Armstrong house. We are constantly told that she has yellow hair and a face that looks like a sheep. Poirot is usually gentle and kind in his interrogation of her.】【The Swedish lady was Daisy Armstrong's nurse and is a very delicate type—not meant for murder.】
Cyrus Bethman Hardman
ラチェットから身辺護衛を依頼された(と称する)、アメリカ人の私立探偵。―実はアームストロング家の、濡れ衣を着せられ自殺したメイド、スザンヌの恋人。【Mr. Hardman is an American private snoop, hired by Mr. Ratchett to guard him. In reality, he is the man who loved the young nursemaid who tragically threw herself out of a window when accused of being involved in the Daisy Armstrong murder. His presence on the train ensures that no outsiders are wrongly accused of the crime.】
Pierre Michel
ポアロたちが乗るオリエント急行のフランス人車掌。―実は自殺したメイド(デイジー・アームストロングの子守役)、スザンヌの父親。【Father of the suicidal nursemaid of Daisy Armstrong, is the Conductor of the Orient Express. Pierre, like the other servants does not initially receive much scrutiny—he is not a top suspect. However, as the novel progresses, his involvement in the murder is proven essential.】

映画 1975年5月17日、シドニー・ルメット監督作『オリエント急行殺人事件』(原題:Murder on the Orient Express、製作年:1974年、製作国:イギリス、英国公開日:同年11月22日、米国公開日:同年11月24日)が日本で公開された。アガサ・ファンとなった私は、公開直後の同作を東京・渋谷の映画館に勇んで出かけて行き、じっくり堪能した。
シドニー・ルメット(Sidney Lumet、1924~2011)と言えば、知る人ぞ知る名作『十二人の怒れる男(原題:12 Angry Men、米国公開:1957年4月、日本公開:59年8月)が出世作である。私は高校時代にこの硬派な「社会派」映画を観て、強い感銘を受けた。そのリアリズムに徹した骨太な演出のもと、「走る豪華ホテル」という、限定された狭い空間を最大限利用して映画の“華やかさと楽しさ”を詰め込んだ作品こそ、『オリエント急行殺人事件』にほかならなかった。
このルメット版(1974年版) 『オリエント急行殺人事件』は、英俳優のアルバート・フィニーがエルキュール・ポアロ役を演じたのをはじめ、リチャード・ウィドマーク、ローレン・バコール、ショーン・コネリー、イングリッド・バーグマン、アンソニー・パーキンス、マーティン・バルサム、ヴァネッサ・レッドグレイヴ等々とメガスター総出演映画だ。オスカー受賞者や演劇界の重鎮、世界的に名前が知られている銀幕のスターが一堂に会した文字通りの“オールスター・キャスト”作品!1975年の第47回アカデミー賞では、主演男優賞・助演女優賞・脚色賞・撮影賞・作曲賞・衣装デザイン賞の6部門でノミネートされ、スウェーデン人宣教師のグレタ・オルソンを演じたバーグマンが助演女優賞に輝いている。 
このゴージャスなミステリ大作では、イングリッド・バーグマン、ローレン・バコール、バネッサ・レッドグレーブ、ジャクリーン・ビセットらの女優陣の活躍が目立つが、ショーン・コネリー、アンソニー・パーキンスらの抑えた好演も見逃せないし、こんな大物揃いのキャスティングで全員が何ら不自然さもなく見事なまでに各々が際立つ存在感と個性を発揮している。

雪の結晶1974年版ストーリー
1930年、ニューヨーク、ロングアイランドに住む大富豪アームストロング家の3歳になる一人娘が誘拐された。20万ドルという巨額の身代金が犯人に支払われたにもかかわらず、幼児は死体となって発見された。悲報のショックで夫人も亡くなり、アームストロング(Colonel Armstrong)自身も度重なる不幸にピストル自殺を遂げてしまう。事件後6ヵ月目に犯人が逮捕されたが、莫大な金力とある種の秘密勢力を利用して証拠不十分で釈放されるという結果に終わった。それから5年後。トルコのイスタンブールから、アジアとヨーロッパを結ぶ豪華な大陸横断国際列車オリエント急行が、さまざまな乗客を乗せて、パリ経由カレーに向けて発車しようとしていた。ベルギー人の有名な探偵エルキュール・ポワロ(アルバート・フィニー)も乗客の一人で、ロンドンへの帰途につくところだった(ちなみに、字幕では、2017年版が「ポアロ」であるのに対して、1974年版が「ポワロ」となっている。真冬だというのに珍しくオリエント急行の1等寝台車は満員で、偶然出会った古い友人で鉄道会社の重役であるビアンキ(マーティン・バルサム)の取りはからいで、ポワロはようやくコンパートメントで落ち着くことができた。やがて列車は動き出し、3日間の旅が始まった。2日目の深夜、列車は突然スピードをおとした。前夜から降り続いていた雪で線路が埋まり、立往生してしまったのだ。ポワロは周囲の静寂で眼をさました。隣室で人が呻く声を聞いたような気がしたのだ。同時に車掌を呼ぶベルが鋭く廊下に響いた。オリエント急行は雪の中に立往生したまま朝を迎えた。そしてポワロの隣りのコンパートメントにいたアメリカ人の億万長者ラチェット(リチャード・ウィドマーク)が、刃物で身体中を刺されて死んでいるのを執事のベドウズ(ジョン・ギールグッド)とポワロが発見した。コンパートメントに残された燃えかすの手紙には、5年前に起きたアームストロング家の幼女誘拐事件に関連する文面が発見された。ポワロはビアンキに依頼され、この事件の解明を引き受けざるをえなかった。そして早速、国籍も身分も異なる同じ1等寝台の車掌と12人の乗客たちの尋問を始めた。まずはラチェットの秘書ヘクター・マックイーン(アンソニー・パーキンス)、さらにこの車輌の車掌のピエール・ミシェル(ジャン=ピエール・カッセル)、ベドウズ、ハバード夫人(ローレン・バコール)、宣教師グレタ・オルソン(イングリッド・バーグマン)、ハンガリーの外交官ルドルフ・アンドレニ伯爵(マイケル・ヨーク)とその夫人(エレナ・アンドレニイ伯爵夫人、ジャクリーン・ビセット)、ドラゴミロフ公爵夫人(ウェンディ・ヒラー)とそのメイド、ヒルデガルデ・シュミット(レイチェル・ロバーツ)、英国軍人アーバスノット大佐(ショーン・コネリー)、女教師メアリー・デブナム(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)、車のセールスマン、フォスカレリ(デニス・クイリー)、私立探偵と名乗るハードマン(コリン・ブレイクリー)の順だった。尋問していくに従い、ラチェットがアームストロング誘拐事件の真犯人であることが判明した。ポワロの明晰な頭脳で、全く関係のないと思われた13人の関係性が次々と明らかにされていく。そうしてポワロは、意外な真犯人の名を口にするのだった…。



▼【1974版Trailer


▼【1974年版Train departing


演劇1974年版(旧作)|2017年版(新作)】 キャストの比較
主人公
・【1974年版】Albert Finney as Hercule Poirot|【2017年版】Kenneth Branagh as Hercule Poirot
旧作のポアロを演じたのは、これまで5度アカデミー賞にノミネートされているアルバート・フィニー(1936~)。ピタッと7:3に分けられた黒髪に、くるんと巻いたシャープな黒髭という凝った役作りで好評を博したが、彼がポアロを演じたのはこの1作だけ。新作では、シェイクスピア俳優として有名なケネス・ブラナー(1960~)が白髪交じりのグレーの髪をオールバックにし、モコモコした同色の「immense(立派)」な口髭・顎髭も蓄えた、スタイリッシュなポアロを堂々と演じている。

被害者
・【1974年版】Richard Widmark as Ratchett/Casetti|【2017年版】Johnny Depp as Ratchett/Cassetti
殺人事件の被害者であるラチェットを演じたのは、旧作ではデビュー当時、その風貌から“ハイエナ”と呼ばれたリチャード・ウィドマーク(1914~2008)。新作では、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズで海賊ジャック・スパロウ役を務め、老若男女問わず世界的にその名を知られたジョニー・デップ(1963~)。

容疑者たち
・【1974年版】Anthony Perkins as Hector MacQueen|【2017年版】Josh Gad as Hector MacQueen
ラチェットの秘書ヘクター・マックイーンを演じたのは、旧作では1960年代を代表する青春スター、アンソニー・パーキンス(1932~92)。新作では、『アナと雪の女王』(2013年)のオラフ役(声)や『美女と野獣』(2017年)のル・フウ役で知られるジョシュ・ギャッド(1981~)。

・【1974年版】John Gielgud as Edward Beddoes|【2017年版】Derek Jacobi as Edward Henry Masterman
ラチェットの執事(valet)の名は、原作でエドワード・ヘンリー・マスターマン、旧作でエドワード・ベドウズに改変され、新作で原作と同じ。演じたのは、旧作ではイギリス演劇史に名を残す名優で、「20世紀最高のハムレット役者」と謳われるジョン・ギールグッド(1904~2000)、新作では主に舞台俳優として活躍し、特にシェイクスピア劇に数多く出演しているデレク・ジャコビ(1938~)。

・【1974年版】Denis Quilley as Gino Foscarelli|【2017年版】Manuel Garcia-Rulfo as Biniamino Marquez
原作のアントニオ・フォスカレリに相当する役柄。1974年版のデニス・クイリー(1927~2003)がシカゴで自動車販売をしている陽気なイタリア人(ジーノ・フォスカレリ)を、2017年版のマヌエル・ガルシア=ルルフォ(1981~)がキューバで脱獄し、アメリカで自動車販売を行ない成功した陽気な実業家(ビニアミノ・マルケス)を、それぞれ演じている。

・【1974年版】Lauren Bacall as Harriet Belinda Hubbard/Linda Arden|【2017年版】Michelle Pfeiffer as Caroline Hubbard/Linda Arden
旧作ではハリウッド黄金時代を代表する女優ローレン・バコール(1924~2014)が気が強く男勝りなハバード夫人を、新作では『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』(1989年)、『アンカーウーマン』(1996年)など多くの素晴らしい作品に主演したミシェル・ファイファー(1958~)がブロンドが目立つ色気あるハバード夫人を、それぞれ演じている。

・【1974年版】Wendy Hiller as Princess Dragomiroff |【2017年版】Judi Dench as Princess Dragomiroff
老齢のロシア人貴婦人、ドラゴミロフ公爵夫人を、旧作ではウェンディ・ヒラー(1912~2003)~『旅路』(1958年)でアカデミー賞助演女優賞を受賞~が、新作ではジュディ・デンチ(1934~)~イギリス演劇界で確固たる位置を占め、『007 ゴールデンアイ』(1995年)から「007」の上司“M”に扮して映画『007』シリーズの醍醐味に一役買う~が、どちらも貫録十分に演じている。

・【1974年版】Rachel Roberts as Hildegarde Schmidt|【2017年版】Olivia Colman as Hildegarde Schmidt
礼儀正しく口数が少ない中年女性、ヒルデガルデ・シュミット(ドラゴミロフ公爵夫人のメイド)を演じたのは、旧作ではレイチェル・ロバーツ(1927~80)、新作ではオリヴィア・コールマン(1974~)。どちらも実力派女優よろしく丁寧で味わい深い演技を披露している。

・【1974年版】Jacqueline Bisset as Countess Helena Andrenyi|【2017年版】Lucy Boynton as Countess Helena Andrenyi
ルドルフ・アンドレニ伯爵の夫人、エレナ役を、旧作ではジャクリーン・ビセット(1944~)が知的で上品な健康的な美しさで、新作ではルーシー・ボイントン(1994~)が(体調を崩して薬を常用中のためか)病的な危うい美しさで、それぞれ鮮明に縁取っている。

・【1974年版】Michael York as Count Rudolf Andrenyi|【2017年版】Sergei Polunin as Count Rudolph Andrenyi
ルドルフ・アンドレニ伯爵は、旧作のマイケル・ヨーク(1942~)版ではハンガリーの外交官で社交が上手、しかし新作のセルゲイ・ポルーニン(1989~)版ではハンガリー出身の貴族で著名なダンサーながら、愛想が悪く喧嘩っ早くて獣性丸出し…。ポルーニン自身、ウクライナ出身の世界的ダンサーで、バレエ界きっての異端児・反逆児といわれる人物。ここでは、彼の素顔に迫るドキュメンタリー映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』(2016年)を地で行くような造型表現が垣間見見える。

・【1974年版】Sean Connery as Colonel Arbuthnot|【2017年版】Leslie Odom Jr. as Dr. Arbuthnot
アーバスノットは旧作では原作と同じ英国軍大佐であるが、新作では大佐ではなく軍医に変更される。アーバスノット大佐を演じたのは、言わずと知れた『007』シリーズの初代ジェームズ・ボンドのショーン・コネリー(1930~)。ドクター・アーバスノットを演じたのは、ブロードウェイ・ミュージカル『Hamilton』に出演し、2016年のトニー賞でミュージカル主演男優賞を受賞した(アフリカ系アメリカ人)レスリー・オドム・ジュニア(1981~)。

・【1974年版】Vanessa Redgrave as Mary Debenham|【2017年版】Daisy Ridley as Mary Debenham
律儀で聡明な、アーバスノットと親しい女教師であるメアリー・デブナムを演じたのは、旧作ではブロンドカーリーヘアの、余裕綽々たるヴァネッサ・レッドグレイヴ(1937~)~イギリスを代表する女優の一人であり、パレスチナ問題でシオニズム批判を表明するなど反体制の闘士としても知られる~。新作では、ブラウンの髪の、風貌も演技も瑞々しいデイジー・リドリー(1992~)~2015年の『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の中心的な役柄であるレイ役を射止め、一躍世界中の注目を集める~。

・【1974年版】Ingrid Bergman as Greta Ohlsson|【2017年版】Penélope Cruz as Pilar Estravados
旧作では、原作と同じ役名のグレタ・オルソン~元は乳母で今は宣教師をしている苦労人風の中年女性~を、ヨーロッパとアメリカで活躍したスウェーデン出身のスター女優、イングリッド・バーグマン(1915~82)が演じている。新作では、グレタ・オルソンに代わる、信心深い宣教師ピラール・エストラバドスを、『それでも恋するバルセロナ』(2008年)でアカデミー賞(助演女優賞)を受賞した最初のスペイン人女優ペネロペ・クルス(1974~ )が演じている。ピラール・エストラバドスはアガサ・クリスティの別作品“Hercule Poirot's Christmas”(1938)(村上啓夫訳『ポアロのクリスマス』早川書房、1984年)に登場するキャラクターで、新作ではこの名前のみを借用。バーグマンもクルスもきらびやかな美しさを封印し、地味な演技に徹している点が特筆に値する。

・【1974年版】Colin Blakely as Cyrus Hardman|【2017年版】Willem Dafoe as Gerhard Hardman
旧作では、原作と同じ役名のサイラス・ハードマン~ピンカートン探偵社(Pinkerton)に勤める探偵~を、コリン・ブレイクリー(1930~87)~ビリー・ワイルダー監督の『シャーロック・ホームズの冒険』(1970年)でのワトソン役の好演で評判を呼んだ、北アイルランド出身の庶民派タイプの俳優~が演じている。新作では、原作のサイラス・ハードマンに相当する役柄ながら、オーストリア人の教授を名乗る人種差別の激しい人物、ゲアハルト・ハードマンを、ウィレム・デフォー(1955~)~『プラトーン』(1986年)および『シャドウ・オブ・ヴァンパイア』(2000年)でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされた、多才な才能と強烈な存在感を印象づけるアメリカの性格俳優~が演じている。

・【1974年版】Jean-Pierre Cassel as Pierre Michel|【2017年版】Marwan Kenzari as Pierre Michel
オリエント急行の車掌ピエール・ミシェルを演じたのは、旧作では性格俳優としてフランスを代表する国際スターとなったジャン=ピエール・カッセル(1932~2007)。新作では、『セブン・シスターズ』(2016年)や『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』(2017年)などに出演し、注目度上昇中のオランダ人俳優マーワン・ケンザリ(1983~)。新旧のピエール車掌は、アームストロング家の自殺したメイドとの関係で、原作から設定が少し微妙に変更されたキャラクターとなっている。原作上のピエール車掌が当のメイド、スザンヌ(Susanne)の父親であったのに対して、カッセル版がポーレット(Paulette)という名のメイドの父親であり、ケンザリ版が原作と同名のスザンヌの“brother(兄)”である。

主人公ポアロの協力者
・【1974年版】Martin Balsam as Bianchi|【2017年版】Tom Bateman as Bouc
オリエント急行を運営する鉄道会社の重役は、原作でベルギー人のブーク(M. Bouc)だったのが、旧作でイタリア人のビアンキ(Signor Bianchi)に変更され、新作で原作と同じブークとなる。演じたのは、旧作では『十二人の怒れる男』(1957年)、『サイコ』(1960年)、『ティファニーで朝食を』(1961年)などで名脇役ぶりを発揮したマーティン・バルサム(1919~96)。新作では、イギリスのTVドラマ『ダ・ヴィンチと禁断の謎』(2013~14年)や『ジキル&ハイド』(2015年)で知名度がアップしたトム・ベイトマン(1989~)。キャラクターの年齢設定について特徴的なのは、原作のブークおよび旧作のビアンキがポアロと同世代であるのに対して、新作のブークがめっきり若返って年配のポアロより随分と年下である点。

・【1974年版】George Coulouris as Dr. Constantine|【2017年版】該当なし(原作→旧作で登場したギリシャ人の医師コンスタンティンの場合、新作ではアーバスノットが軍医という設定になったため、対応するキャラクターは存在しない)。
旧作では、ラチェットの死体の検分をしたりするなど、ポアロの捜査に協力するDr. Constantineを演じたのは、an English film and stage actor、ジョージ・クールリス(1903~89)。クールリスと言えば、斬新な構成と演出で現在に至るまで映画史上最大の傑作として高く評価される『市民ケーン』(原題:Citizen Kane、1941年、オーソン・ウェルズ弱冠25歳の処女作)で新聞王「ケーン」の後見人「ウォルター・サッチャー」に扮している。

▼【1974年版|2017年版Side-by-Side
(A side-by-side, shot-for-shot comparison between the 1974film and 2017film adaptation of “Murder on the Orient Express”.)