☆幸せのメカニズム☆本当の私へ還る道 -73ページ目

☆幸せのメカニズム☆本当の私へ還る道

韓国在住タロットリーダーです。

アンニョンハセヨ  ラビです

今はセラピストのラビというよりは、1人の母親としてのラビの話が続いています。

セラピストの視点からの話はもう少し先になります。

前回のお話はこちら
ダウン


羊水検査の最終結果を待つ間、家族で少し笑顔になれたのは、家族旅行の間でした。

5月の頭、結局は旦那が1人で家族旅行を計画してくれて、イチョンに2泊3日で行ってきました。


ここまでのブログしか読んでないと、私の旦那がかなり酷い旦那さん‼︎のイメージになりそうですが、後でちゃんと挽回しますので、どうか、ラビの旦那さんって酷い人って思わないでくださいね。


イチョンでは、自然に触れたり、テオの為にエバーランドに行ったり、アウトレットにお買い物をしに行ったりしました。

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素敵なホテルでした。
私を元気付けようとしてくれて、ありがとう。


なのですが…
この頃から、テオがご飯を食べなくなりました。

テオがご飯を食べない日々はこの先もずっと続きます。

しかも、旅行の最終日には、生まれて初めて40度の高熱をいきなり出して、ぐったり意識がなくなるということがありました。

さっきまで元気だったのに、イチョンのアウトレット内でベビーカーで少し寝て起きたら高熱…という感じでした。

急遽、ナビで近くの病院を探して、車で病院に向かう間、テオに呼びかけても反応がなくなって、私はテオ!テオ!と泣き叫んでいました。

神様、お腹の赤ちゃんだけでなく、テオまで連れて行こうとしているのですか?
どうか、どうか、それだけは許してください。

と何度も何度も祈りました。

急遽駆け込んだ病院では、うちは小児科がないから見れないと門前払いをされ、紹介された小児科のある病院に向かう間も、怖くて怖くて、震えました。


幸い、小児科で注射を打ってもらったら徐々に熱が下がり、テオも意識がはっきりしてきて、旅行はそのまま打ち切りとなり、家路に着きました。

小児科では、熱の原因は喉の風邪だと言われましたが、熱が平熱に戻っても、一向にテオはご飯を少ししか食べません。

そのまま5月10日のテオの健康診断の日を迎えてしまい、体重が少し前よりぐっと落ちてしまっているのが分かりました。


テオは、どうしてご飯を食べてくれないんだろう…

子供はママの影響を強く受けるから、きっと私のせいに違いないと思っていました。

テオ、泣いてばかりのママでごめんね。



このお話の始まりはここからです。

アンニョンハセヨ  ラビです

今はセラピストのラビというよりは、1人の母親としてのラビの話が続いています。

セラピストの視点からの話はもう少し先になります。

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羊水検査の最終結果が出るまでは、結果的に2週間以上かかりました。

その間、私が毎日何をしていたか、思い出せない空白の日も何日かあります。

でも、その時期に一番私を支えてくれたのは、韓国人のママ友たちでした。

テオが保育園に通い始めることによって、平日の昼間に少し余裕ができるからと、もともと遊ぶ約束をしていた韓国人のママ友が何人かいて、なんとなくの流れで、会う前に、私の今の状況を話すことになりました。

私がまともな状態でないことを心配してくれて、外にご飯を食べに連れ出してくれたり、ちゃんと食べてないのではと心配して、おかずを6品もうちまで届けてくれたり、お昼ご飯を食べにおいでと家に招待してくれたり…

もちろん、私の話も聞いてくれたり、一緒に泣いてくれたり、韓国人の立場から、私の置かれている状況なら、韓国では人はどのような選択をするのか…といったアドバイスをくれたり、本当に本当に助けられました。

すでに、全てが終わり退院した今でも、私を心配して、おかずを届けに行くよ!わかめスープを作りにいくよ!と言ってくれているママ友もいて、本当に韓国の皆様に助けられました。


直接会うタイミングはなかったけど、日本人のお友達で、流れで、私の当時の状況を話すことになった方々もたくさん心配してくれて、本当に本当に心の支えになりました。


そして、今、ブログを見たよと連絡をくださる皆さんの暖かさに、本当に癒されています。


皆さん、本当にありがとうございますえーん
もう少し、お付き合いいただけたら嬉しいです。




このお話の始まりはここからです。

アンニョンハセヨ  ラビです

また、セラピストのラビというよりは、1人の母親としてのラビの話に戻ります。

セラピストの視点からの話はもう少し先になります。

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羊水検査の最終結果を待つ日々は本当に長かったです。

中間結果で陽性が出ている以上、それがひっくり返ることはないし、最終結果が陽性であることも分かった上で、何もできず、ただ、病院からの電話を待つだけの日々は、単なる苦痛の日々でした。


私は羊水検査の中間結果を聞いた日から、毎日欠かさず飲んでいた、葉酸も、ビタミンDも、病院から出されたサプリも飲むのをやめてしまいました。

飲んだって仕方がない。意味がない。
そう思えて、飲むのが面倒になり、ずっと食卓の上に放置されたままになりました。

それを見ていた旦那が、
『なんで飲まないんだ!自分の為に飲め!』
と私に怒ってくる。そして、

『羊水検査の最終結果はまだ出ていないんだ、泣いてないで、5月の連休の旅行の計画でも立てろ!』
とその時の私には到底できないことを言ってきました。

私はボロボロ泣きながら
『中間結果が陽性なのに、最終結果が陰性なわけないじゃん。望みなんてないよ。
どうして、もっと優しい言い方ができないの?ねぇ、私がこの精神状態で、旅行の計画なんか立てられるとでも本気で思ってるの?』と叫びました。

もう、夫婦仲もボロボロです。

旦那は

『ラビがネガディブな情報ばかりネットで調べて泣いているから、ポジティブな情報を見たらいいと思って言ってやってるだけなのに!』

と、私に怒鳴ってきます。
そして、余計に泣き叫ぶ私。
でも、確かにその時私がネットで検索していたものは中期中絶というワードに関するものばかりでした。


本当は、5月の連休は、テオを連れて沖縄に旅行に行きたいね!と話していた私たち。
なのに今は、沖縄旅行の話なんて、最初からなかったかのような状態のまま、4月も終わろうとしていました。

ちなみに、旦那が私に立てろと言ってきた旅行の計画というのは、沖縄旅行のことではなく、国内旅行の計画のことです。
旦那はもともと、4月末から5月頭にかけて、会社が6連休になっていました。

羊水検査の中間結果を聞いた後、私は頑張って一時的に元気を出して、沖縄には行けないけど、国内でもいいから、4人で旅行に行きたいと旦那に言ったことがありました。

結局は行動に移さなかっけど、イブちゃんがお腹にいるうちに、お腹はまだ小さいけど、家族でマタニティ写真を撮りたいとも。

今となっては、撮っておけば良かったなぁ…と少し思います。



このお話の始まりはここからです。