私は4年前にこんな記事を書き、
そしてこんなセッションをやっていた、らしい(笑)







誰かの期待に応えるために婚活をしているからなのです。

結婚はまず、相手と自分との関係を築くことから。

誰かの期待に応えるために相手を選ぼうとしていたのでは、もう一歩深く踏み込む勇気が出てこないのです。

期待に応えるとするならば、それは、
自分自身からの期待に応えなければなりません。

今まで「誰かの期待」に応えてきた皆さんにとって、
「自分自身からの期待」に応えることは未知の世界。

しかし、いい結果に繋がらずにもやもやとした思いを抱えているとするなら、それは、あなたの中の「本当のあなた」からのメッセージです。




もうすぐ結婚して丸11年。
12年目に突入するわけですが。

私は年々、
時間を重ねるごとに、


自由になっている


という感覚が増しています。


もちろん、家族がいるので、
自分が担う役割だったり、
それに伴うTODOはあります。


ごはんを毎日作るって、
本当に面倒くさいと思うし(笑)


子供たちが持ち帰るプリントや
宿題などの諸々も、
本当に面倒くさいと思うし(笑)


あーーー
独身時代が恋しいぃぃぃ~~!!!

とも思います。


二日に一度くらい、3分くらいは思ってる。

独身っていいなぁぁぁぁぁ~って(笑)


でも残りの時間、

24時間×2日ー3分
(誰か計算して)

は、今ここの、この時間を
幸せだなぁ~って感じている。


結婚して、
安心できる場所があり、
帰る場所があって、
話を聴いてくれる人がいる。


その居場所というのが私にとっては
とても大事で、

だからそれが手の中にある今、

私は独身時代よりも
より濃く自由を感じられるのだと思う。



実際、
私が選んだ旦那さんという人は、

結婚してから徐々にわかってきたことで、

いまだにその感覚が増し続けているのだけれど、


ほんとーに
ほんとーに

【信頼】

ということを、
根っから体現している人なのです。


自分に対しても、
他人に対しても。

そして日常起こるすべての出来事に対しても、

信頼しているから、

とにかく誰も責めないし、
何が起きても驚かない。

(急に虫が出てくると驚くw)



ちょっとこれけっこう大変な状況じゃね?


ということになってても、
基本、

「ダイジョブだよ」

と、笑って言える人。
心の底から。

疑いや焦りや不安が、
ない人。


そういう人と暮らしていると、
わりと臆病で慎重な私も、

え?
ダイジョブそうじゃね?

と思えてきて、

結構いろんなことを
余裕持って対応できるようになるから不思議。


そんな旦那さんだから、
私が好きなことをやっていることを
温かく見守ってくれるし、

私も罪悪感などほとんど持たずに
好きなことができるし、
(いや、持つときもまだあるねw)


落ち込んでも
泣いても
凹んでも

ただただいつも通りにしておいてくれるから、
私は安心して泣ける。


私は安心して、
自分自身からの期待に応えてあげられる。


誰かの期待に応えるのではなく、
自分の期待に自分が耳を傾けられたら。


もう、
結婚するとかしないとか、
結婚できるとかできないとか、
独身とか既婚とか、

どっちでもオッケーだし、
どっちでも楽しめる。


そんな風に感じるよ。



今、
婚活セッションとかやっていないのは、

そうだから。


結婚が目的でもゴールでもないから。


目指してもいいけど、
それより前に大切なことがあるからね。



オールオッケー。

全部大丈夫。


私もまだそんな風に思えないことも多いけど、

それすらもただただ感じながら、
自分という人を楽しんでいきたいと思ってるよ。


昨日、衆議院議員選挙の
期日前投票をしてきました。


今回の選挙、
SNSなどネットなどを見ている限り、
私の界隈では盛り上がりを見せていて、
興味関心が高く、熱を帯びていると
私は感じています。


そして、ひとそれぞれ、
いろんな視点から意見を発信していて、
それを読むのも面白い。


色々な意見に触れながら、
本当にみんなそれぞれ
「選ぶ」時の基準って違っていて。


だからこそ、
他の人の視点や意見を聴くことで、
自分がどんな基準を持っているのかが
浮き彫りになってきます。


今回あらためて気付いた、
私にとって一番大切なこと。


それは、【本物である】ということ。


自分自身に正直であり、
嘘をついていないということ。

公明正大であること。


その上で、
真の情熱を持っていること。

真摯であること。

真剣であること。



おそらく私は、目の前の人に
そんな姿を垣間見た時、

感情を動かされるのだと思います。



理屈とか理論とか、
私には難しくて、

それよりも、感覚なんです。

直観ともいうのかもしれないけれど、

その、
目の前の人の中にある、
真の欲望や熱意というものに、

私は一番惹かれる。


その人間らしさに、引力を感じるのです。




そういえば数日前、
相棒の麻子ちゃんのブログに
こんな記事がありました。







そうそう、
私も大好きな石井ゆかりさん。

もうかれこれ、
15年以上、彼女の星詠みの世界に触れています。


久しぶりにこの本を引っ張り出しました。


『蟹座』(石井ゆかり著・WAVE出版)


理屈や論理の上で悩むことはもちろん、あるのですが、心が了解した瞬間、理屈は主人から召使いにかわります。蟹座の人の感情は、王様として機能しています。ですから、その臣下である思考や感覚、直感などは、献策や忠告はできても、最終的には王様に従わざるを得ないのです。





いままで、
何か選択をする(した)際に

「良く考えて決めなよ」とか、

「もっと良く調べて理解しなよ」とか、

それはそれはよく言われてきました。


もっと慎重に、
もっと深く考えて、
もっと細かなところまで理解して、

って。


もちろん、
自分が必要と感じる時、
自分が知りたいと思った時は
そうしていますが、

細かく調べるほどに混乱して分からなくなる、

頭がフリーズして判断不可能になる、

ということも経験してきました。


自分の中で「決まった」という、
その瞬間は、

心動かされた時。


細かなことではなく、
その根底にある情熱や本物を感じた時。


そして、
信頼できると感じとれるほどに、

心の底から揺さぶられる想いが、
その人から感じ取れた瞬間。


私は「選ぶ」のだと思います。



カチッと、
心がそう決まったら、

もう揺るぎなく、
そう選び、動きだすのが私です。


そしてそれが、一番うまくいく。


臆病だけれど、大胆。



石井ゆかりさんの紡ぐ文章は、
清らかで透明で、
心にしみわたってきます。

この世界観が好き。


彼女の星詠みに出会った15年ほど前から、
飽きずに毎週楽しみにし、
大晦日も今か今かと待ちわび、

星占いから占星術へ。

星から宇宙へとつながってゆく、
この世界観に導いてくれたことは、

本当に素敵な出会いだったなと、
今感じています。



あぁ、話がそれたけど。


「選ぶ」ということも、
いろんな基準があっていいし、
正解もない。

みんな、正解。


でも、
その「選ぶ」という
意思と意図を放棄した瞬間から、

それは
自分を放棄することだと思っています。



どうせ、変わらないから。

どうせ、伝わらないから。

やるだけ無駄だから。



本当に、そうなのかな?

わからない、のではなく、

知らない、のではなく、

感じてみることから、逃げていないかな?



いつでも、選べる。

いつでも、選び直せる。


だから、自分の意思を示して、
それを「選ぶ」という行動が、
大事なことだと私は思うんだ。
点と点が繋がって面になり、

綿と面が繋がって立体となり、
立ち上がってゆく。


感情が大きく揺れ動くと、
その奥底にある「本物」が顔を見せる。


「本物」があることに気付くと、
それが一気に現実味を帯びて、
今ここに降り立つ。



そんな流れの中にいて、
大きなシフトチェンジの直前に、
今自分が立っているような気がしています。


今までだって
いつだって

私は自分に正直に在ったし、

それが周囲からは
面倒くさがられてきたことも
すごく多かったけれど、

そうじゃないようには
どうしてもできなくて、

だからもうそれは自分の性と受け入れて、

真っ直ぐに
正直にやってきた。


だけど、
その奥にまだまだ知らなかった
自分がたくさんいて、

そんな自分にも目を向けて、

もっともっとのびのびと
自分らしく私らしく
生きていけるような
そんな希望の光がみえてきた。


今までだって希望の光の中にいた、
つもりだったけれど、


より照度を増した。


そんな感じがしている。



怖いけれど、

それは

丸ごとの自分をそのまま、
そのまんま、

今ここで、

差し出してゆくということのような気がする。


それがどういうことなのか?

正直分からない。


してきたつもりだったけど、
まだ全然だったから、

もっと差し出していくというのは、

いったいどんなことなんだろう?



でも、面白そうだ。

でも、ワクワクするよ。


どんなシフトチェンジになっていくのかな。


私は、
私自身が、
とても楽しみだよ。
何気に過去記事をさかのぼっていたら、
4年前の自分が書いた記事にたどり着き。








あーぁぁぁーーー。

感慨深いねぇ。

まだまだ力入っているね~(笑)。



4年前は、長男5歳、次男4歳か。

まぁ、ちょっと落ち着いて、
彼らとの会話も成立してたね。


なつかしやー。笑笑



うんうん、でも必死に頑張ってたね。

頑張った、
頑張ったよ。

逃げずに必死に頑張った。


お疲れ様!

それで正解!


4年後はもう一回りぐるっと回って、
もうちょっと落ち着いていられるから、
安心して頑張りやー(笑)


次男が学校の授業で育てている蚕。


毎日持って帰ってきているので、
毎日せっせとお世話をし(私がw)、

とうとう昨日繭を作り始めました!






去年、長男の時も感動したけれど、
またしても感無量…。


お世話をして愛着があるのもそうだけど、

彼らはもう、
ただただ懸命に桑の葉を食べ、

休息してはまた食べ、

時が来ると脱皮して
新しく生まれ直し、

そしてまた食べて休み、

いよいよ、
もう十分だと感じると、

急速に食べることをやめて、

繭になる準備を始める。


場所を探して動き回り、
繭を作るのに
都合のよさそうな場所を選んで、

そこに
絹の糸を張り巡らせながら、
自分の外側に糸を紡いで、
繭を作っていく。

そしてその中で、
成虫になる準備を整えて、
その時を待つのだ。



誰に教わるわけでもなくて、
ただただ「知っている」。


葉っぱの食べ方も

脱皮の仕方も

繭のつくり方も

そして、「その時」も。



その自然な流れに逆らわず、
自らを疑わずに淡々と生きる、
その姿に感動するのかなぁ。



もちろん私たちは人間だから、
様々な思いや考えがあって、
煩悩もあるわけで、

だからこその面白さがある。



だけどもし、

わからない、とか

できない、とか

まだ無理、とか

そう思って足踏みをしている
何かがあったとすれば、

それはもしかすると
思い違いなのかもと思う。


わからない、のではなく、
もう知っている

できない、のではなく、
もうできる

まだ無理、なのではなく、
もう準備はできている



それを、
自分のどこかでは分かっているけれど、

認めて受け止めることが、
怖いのかもしれないね。


知っていたら、
もうできるのなら、
準備が整っているなら、

やらない言い訳ができないもんね。



それを今やってみたらどうだろう?

誰かに何かを言われたとしても、
だからといって、どうなんだろう?

自分自身は、どんな感じがするんだろう?



その時を知っている。

そのタイミングをちゃんと掴むことができる。


私はそんな自分を選んで、
信頼から前に進んでゆきたい。


そう、思うよ。


蚕から壮大な話へ(笑)





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