次男が学校の授業で育てている蚕。


毎日持って帰ってきているので、
毎日せっせとお世話をし(私がw)、

とうとう昨日繭を作り始めました!






去年、長男の時も感動したけれど、
またしても感無量…。


お世話をして愛着があるのもそうだけど、

彼らはもう、
ただただ懸命に桑の葉を食べ、

休息してはまた食べ、

時が来ると脱皮して
新しく生まれ直し、

そしてまた食べて休み、

いよいよ、
もう十分だと感じると、

急速に食べることをやめて、

繭になる準備を始める。


場所を探して動き回り、
繭を作るのに
都合のよさそうな場所を選んで、

そこに
絹の糸を張り巡らせながら、
自分の外側に糸を紡いで、
繭を作っていく。

そしてその中で、
成虫になる準備を整えて、
その時を待つのだ。



誰に教わるわけでもなくて、
ただただ「知っている」。


葉っぱの食べ方も

脱皮の仕方も

繭のつくり方も

そして、「その時」も。



その自然な流れに逆らわず、
自らを疑わずに淡々と生きる、
その姿に感動するのかなぁ。



もちろん私たちは人間だから、
様々な思いや考えがあって、
煩悩もあるわけで、

だからこその面白さがある。



だけどもし、

わからない、とか

できない、とか

まだ無理、とか

そう思って足踏みをしている
何かがあったとすれば、

それはもしかすると
思い違いなのかもと思う。


わからない、のではなく、
もう知っている

できない、のではなく、
もうできる

まだ無理、なのではなく、
もう準備はできている



それを、
自分のどこかでは分かっているけれど、

認めて受け止めることが、
怖いのかもしれないね。


知っていたら、
もうできるのなら、
準備が整っているなら、

やらない言い訳ができないもんね。



それを今やってみたらどうだろう?

誰かに何かを言われたとしても、
だからといって、どうなんだろう?

自分自身は、どんな感じがするんだろう?



その時を知っている。

そのタイミングをちゃんと掴むことができる。


私はそんな自分を選んで、
信頼から前に進んでゆきたい。


そう、思うよ。


蚕から壮大な話へ(笑)





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