「自分を客観視する」では、「心を客観的に観察するにはクールな心が必要」というお話をしました。
ですが、「心をクールにするには、客観的に観察することが必要」でもあります。
これを理解するためには、私たちの自動化されパターン化した反応を知る必要があります。
感情に飲まれてしまう(同一化)のは、この自動化した反応が関係します。
多くの人は、怒りの感情が生まれると、誰かを攻撃したり、誰かを批判する考えが浮かびます。
「当たり前のこと」と多くの人が思いますね。
でも、違います。
過去の経験から癖になったパターンというだけのことです。
人によっては、怒りが沸いたら「一旦その場から離れる」「まったく別のことを考える」というパターンの人もいるはずです。
思考や行動のパターンは快・不快の反応で決まりますが、人の感じる快・不快はよく似ているからパターンが似るだけです。
人の反応は似ていますが、それまでの経験が違うのでパターンは異なります。
多くの人は、外で起きたことや自分の中の感情に自動で反応して、パターン化した考えや行動をとります。
この時、多くの人は意図とは関係なく行動をしています。
- 気付いたら、スマホを見ている
- 気付いたら、怒っている
- 気付いたら、誰かへの不満を考えている
自分の意志によるものではないので、「当たり前」と感じますが、自動化したパターンでしかありません。
人はこのような自動の反応を沢山持っていて、ほとんどのことを自動で行っています。
この自動のパターンの行動ばかりをとっていると、生活に本質的な充実感が感じられなくなり、マンネリ感がでてきて人生がつまらなくなります。
特に強い感情を伴うと、意識が感情に向いてしまい、自分の意図や目的に意識が向きづらくなり、自動の反応に身を委ねた状態になりやすくなります。
- 怒りに我を忘れて、キレてしまう
- ある人への不満の考えが、頭から離れない
などは典型的な状態です。
このような感情に飲まれている状態を同一化もしくは、フュージョンと言います。
自分の意図・目的や都合とは関係なく、自動反応している状態です。
同一化していると意図にはそぐわない行動をとるだけではなく、同一化している感情が長引きます。
感情が作り出した世界にしがみつき、その世界感が同じ感情を感じさせ続けるのです。
今感じている感情に注意を向け直すと、しがみついていた世界感が過去のもので、今反応すべきことでないことに体感的に気づき、同一化か抜けることができます。
同一化から抜けることを脱同一化と言います。
うつ病克服などのよく使われる ACTというセラピーでも、脱同一化は大きなテーマの一つです。
脱同一化の基本は、自分の中で起きていることに意識を向けて、客観的に観察することです。
その中でも基本は、自分が感じていることを観察します。
- 首や肩の張りや緊張
- 頬のピリピリした感じ
- 胸の圧迫感
- 服が肌に触れる感触
- 風邪が顔に与える刺激
などをしっかり観察します。
それに慣れてきたら
- 自分の行動を細かく観察する
- 自分の思考の流れを細かく観察する
- 思考や何かしたくなる衝動を観察する
これができるようになると、自分の意図にあった感情や行動ができるようになっていきます。
私が提案するワークは、これらのエクササイズ的な意味や、意図した反応に変えていくリハーサル的な意味があります。
自分を観察するエクササイズはマインドフルネスで詳しく説明されています。
マインドフルネス瞑想(座禅)は、自分の呼吸を観察ることで、クールな心を作ったり、脱同一化して自分の中や外で起きていることを観察できるようになるスキルの鍛錬です。
以下の本では、比較的易しいものから順に詳しく説明されています。
この自分を観察するというのは、人独特の能力なのだと思います。
人はこの脳の力のおかげで、動物のように自動化されたパターンに従って生きるだけでなく、意図をもって行動を選べるようになったのだと思うのです。
でも、この能力が別の使われ方をすると、他の動物がしない "自分を苦しめる" ように働く場合もあります。
人特有の能力は、人が持った特権でもあり、人を苦しめる元でもあるように思います。
