落ち込んでいる時、ネガティブな感情に支配されているように感じます。
怯えている時、不安な感情に支配されているように感じます。
自分が、感情に圧倒されているような感じ。
うつ、不安障害では、
その感情の支配がずっと続くように、
何度もその感情に支配されそうに、
感じてしまいます。
そうではなくて、
「感情は、自分の一部である」感覚を
取り戻すと、圧倒された感じはなくなります。
そう感じるしかない世界で生きているような・・・
そんなふうに感じてしまいます。
「感情に支配されている」状態。
つまりは、感情が主人?
少しおかしいですよね。
だって、感情は「私」が生み出したものですから、
私が主人です。
感情は選べます。
感情を選べるようになるためには、
まずは、それを観察する側になる必要があります。
「感情や感覚lの中にいる」のではなくて、
「感情や感覚を観察する」側でなくては、
選ぶことができません。
「感情や感覚を観察する」というのは
- それは、どんな感じがするのか?
- それは、私に何を伝えたいのか?
- それは、私に何をさせたいのか?
それを観察するということです。
しっかり観察できて、
感情の観察者になれたとき、
感情からの支配から解かれます。
それにはコツがあります。
「いま、ここ」とか
「あるがままに感じる」とか
いう感覚です。
思考を追うとうまくいきません。
ネガティブな時は、ネガティブな考えが浮かぶように仕向けられています。
不安な時は、不安になる考えが浮かぶように仕向けらています。
そうなるように、私の心が感情を生み出しています。
だから、
ただ、あるがままに感じる
「あ~、こんな感じがあるんだ」と観察する
「あ~、こんな考えが浮かんできた」と観察する
「無いこと」にしても上手くいきません。
だって、あるんだから。
「無いこと」にしても、感情は無くなりません。
ただ、「観察することを放棄」しただけになってしまいます。
感情にのまれやすいのは、
無理もない面があります。
感情は、私達に
何かに気づかせたり、
何にかを考えさせたり
何か行動させたり
しようとしているものだからです。
危険から身を守るために。
何か目的に向かわせるために。
だから、感情はとても大切なもの。
でも、「私」の一部です。
「私」の一部が生み出したものです。
生み出した側が
生み出した物に支配されると
悪循環に陥ったりします。
危険を回避するために不安を作った側が
「不安は危ない」考えると
不安が増殖していく・・・・
そういう悪循環です。
「あ~不安を感じてる。なにか危険を察知したんだな~」と
ちゃんと観察できると、悪循環を止められます。
