自分の住まう街の図書館で、こんなポスターが壁に貼られているのに気づいた。
今年度の、小学校教員資格認定試験に関するお知らせのポスターだ。
このポスターの存在はかねてより知っていたけれど、まさかこんなところで出くわすとは。
それくらい、教員不足に対して必死ということか。
(※基本的に図書館内では撮影が禁止されていることは存じておりますが、この写真ならびにこの趣旨ならば、禁じられている趣旨に抵触しないはずなので、あえて失礼しました。それでもダメなら、どんとこい)
自分の住まう街の図書館で、こんなポスターが壁に貼られているのに気づいた。
今年度の、小学校教員資格認定試験に関するお知らせのポスターだ。
このポスターの存在はかねてより知っていたけれど、まさかこんなところで出くわすとは。
それくらい、教員不足に対して必死ということか。
(※基本的に図書館内では撮影が禁止されていることは存じておりますが、この写真ならびにこの趣旨ならば、禁じられている趣旨に抵触しないはずなので、あえて失礼しました。それでもダメなら、どんとこい)
「note」のほうへしたためた記事を、こちらにもコピペしておきます。
12年かけて、はじめて前職時代についてリアルに触れました。
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今年度最後の日曜日。今日もわたしは、住まう街の図書館にPCを持ち出し、仕事に関する調べ物をしたり、図書館の雑誌棚に並んでいるなかで、業務に関わる内容のものに目を通したりし過ごしている。
ちなみに、午前中はドライブがてらお墓参りをしてきたのだが、その帰り道に、むかし会社員だった時代によくお世話になったラーメン店を発見して、つい寄ってしまった。
福しんイオンレイクタウン毛呂山店
十数年ぶりに逢った親友を力任せにハグするかのように、がむしゃらにもやしラーメンを頬張りつつ、スーツ姿で、同じメニューをよく注文していた、二十代・三十代の自分のことを、否が応でも思い出す。
二十代の頃、わたしは仕事に邁進していた。
三十代半ば、わたしは管理職となり、なんちゅうかもう、肩で風切って歩いていた、かもしれない。
三十代後半、わたしは肩書をみっつ持ち、そこまで会社がわたしを重用してくれていることに、有難みすら感じていた。
三十八歳で、わたしは身体の調子も、心の調子も、ゆるーく損ない始めていたことに自覚を始めた。
そして三十九歳。わたしは、籠一杯の代休取得を行使しつつ、その後休職期間に入り、結局、そのまま退職する道を選んだ。
福しんのラーメンを食べる機会をすっかり失くしたわたしは、家庭でハウス・ハズバンドをしながらジョン・レノンを気取りつつも、「これからどうするべ」、と熟考した過程で、そういえば幼い頃、小学校で教鞭をとる自分を夢想したことがあるのを思い出した。
夢想どころか、小学校2年生だったわたしは、もしその頃に卒業アルバムで「将来なりたいもの」を先に書いておけ、なんて無茶ぶりをされていたら、間違いなく、
と、記していたはずだ。ドラマ「熱中時代」、毎週観てたもんな。
そんなかつての記憶を思い出したわたしは、いろいろ調べた結果、
広く一般社会に人材を求め、教員の確保を図るため、大学等における通常の教員養成のコースを歩んできたか否かを問わず、教員として必要な資質、能力を有すると認められた者に教員への道を開くために文部科学省が開催している試験です。
大学生の頃に教育課程をとらなかったわたしでも、第3次試験まで連なるテストに合格すれば、教員免許状が即いただけてしまう、なんとも痛快な試験の存在を知る。
最終合格率が10%程度という情報を知って、一瞬ひるんだものの、こんな制度に出会ってしまったからには、もうやるしかない。つか、やりたい。つか、「受かってみせようぞ」。
退職したのは2012年の五月。認定試験の一次試験が九月さいしょの土日。
この四か月間は、大学受験のときの、軽く倍は勉強したな。
しかも、二次試験には実技試験があったもんで、体育と音楽を選択していたわたしは(※現在の試験とは異なるかもしれません)、勉強の合間に近所のピアノ教室に通って「冬げしき」を弾きながら歌えるよう特訓したり、近所の市立体育館でバスケットボールやサッカーの練習に励んだりもしたっけ。
おかげさまで、九月の一次試験、十月の二次試験、そして十一月の三次試験(二日間かけて、筑波大学付属小学校にて授業研究や指導案作成、討論会などを重ねた)とこなし、同年12月24日。
たしか書留郵便だったかな、わたしあてのクリスマスプレゼントが午後届いて、夫婦で抱き合って喜んだっけ。
ちなみにその後は、在勤した証明書をかつての勤務先に貰いに行ったり、県庁に出向いて大量の書類を作成・提出したり、免許センターに年内最終営業日に駆けつけて運転免許を取得したり(持っていなかったんかい!)、そんな慌ただしい年末を過ごし、お正月を挟んで少し落ち着いたと思いきや、年明けた一月八日には、
「教員免許状は、いま発行中なんだけどさ、もうそれを待てなくてさ、さっそく働いてくれんかい。」
とばかりに、二月一日には、教員として初勤務を果たしたわたし。
慣れない運転と、慣れない教員生活で、アップアップだったなぁ…。(目を細める)
今や、すっかり教員生活にも慣れたわたし。そりゃそうだ、正規採用となり既にまる十三年が経とうとしているのだから。
五日前に行われた卒業式では、なんと三年連続で「6年生担任」として参列した(←特別支援学級担任なのです)ことも、わたしにとっては、もはや過去の話。
いまは、来週に控えている始業式・新年度に向けて、こうして図書館で英気を養っている、そんなところです。
・・・というわけで、
について、ちょうどいい機会だったので、思い切って記してみました。
わたしは、教員ブログ
(【小学校教員資格認定試験】合格を経て教員になった、五十路おやじの戯れごと第2部第7章)
を始めてもう12年経つのだけれど。
そちらにも、サラリーマン時代の頃のことも込みで、ここまで当時の様子を詳しく書いたことは、たぶんなかったような気がする。
きっと、12年もの時間が、必要だったんだろうな。
今回、
ライフネット生命とnoteのコラボコンテスト「#正直になってよかったこと」の存在を知り、そちらへの投稿を兼ねて、記事をしたためました。
3月になって、毎日のようにスーパーに行っては、「まだか、まだか」と待ち望んでいいた商品。
ようやっと、今年も、店頭に並びました。
先日、54歳になったわけですが、徐々に食生活も変わっていくのを我ながら感じ取っていますが、この豆腐は、わたしにとり心強い味方です。ありがたき。
3月の三連休。
たぶん毎年そんな感じで過ごしている気がするが、二日間は来年度の特別支援学級の教育課程づくり、そして最後の一日で指導要録づくり、今年もそんな過ごし方だった。
教育課程づくりでは、ややもすると、徒労感が半端ない瞬間もあるのだが(特に、R8年度の時間割を、半ばでっち上げで作らなくてはならない瞬間)、まぁしゃあない。できるだけ省力化して作りながら、いちおう、来年度の本当の時間割についてぼんやり構想する。
(いかんせん、交流学級の時間割が存在しない分、結局は絵に描いた餅なのだが)
先日、つけっぱなしのTVから偶然、おもしろい番組が放映されていて、風呂上がりについ最後まで通して観てしまった。
#ろうなん 2月号 ろう学校×就職 “働く”にどう備える? | ハートネットTV | NHK
番組のなかで、体験者のかた(食の世界で働いてらしゃる)が仰っていたことが、とても印象的で、膝を百万回打ってしまった。こんなことばだ。
『大事なのは、「相談する勇気」です』
いや、わたしもまことそう思う。
究極、自立とは、「自分でできると判断できることは自分でやる」
&
「自分でできないと判断できたら、そのときは助けを求める」
だと思っているので、まさにどんぴしゃかと。
わたしたちは、おのおのの職場で、「相談する勇気」を培うための支援を行っているのだ。少しずつ、少しずつ。時間をかけて。
「生活科の資料をいただけるでしょうか」
三日前1/8、初めての方からの突然のメールを受信。
内容は、小学校教員資格認定試験の生活科対策に関する資料をご所望、との旨。
その日のうちに、添付資料として返信する。
実は毎年、この内容のメールを、いまだにいただいている。
こちらの記事としては、6年半前に記して以降触れていなかった件なのだけど、実際には毎年、対応しているのです。
むろん、オファーをうけるたびに、無条件に快諾して、できるだけ速やかに対応しているつもり。
それはそうと、後輩のみなさん、がんばってください。
そういや、今年の試験は、5月実施なんですって!うわ。
もし自分が14年前に、5月実施をされてきたら、合格できたかどうか。。。
(わたしの時は9月実施でした)
あけましておめでとうございます。
大みそかは、紅白での三山ひろしの歌唱をよそに、129名のけん玉隊に注目をしながら、名著『成瀬は信じた道を行く』を再読してひとり激アツだったセッキーです。
ちなみにその後は、この日のためにとっておいた、三部作の三作目『成瀬は都を駆け抜ける』、はじめてページをくくり、そのまま読了。感動的な年始を迎えた次第です。
初任校で5年を過ごし、その後現任校で7年目イヤーを、あと三か月で終えようとしている昨今。
小学校教員資格認定試験ネタは、もはやすっかりですが、その代わり、時が経てばたつほど、
『あの試験を経て免許ホルダーとなった者が、いまだに元気いっぱいがんばっている』、
そんな記録をしたためることができる、それをモチベーションに、今後も可能なかぎり続けていければと思います。
去年の秋から、noteの方で始めてみた、
「からだにやさしい」+「サ活」=『やサ活』
について、精力的にログを重ねようとしている、この年末年始です。
そちらの方も、よろしければ、ぜひ。
いわゆる冬休みのあいだに、なんとしても制覇しておきたい本の数々。
とくに『成瀬』は、待ちに待った三作目(にして最終作)なのだが、やはりここは改めて一作目から読み直し、怒涛のエンディングを迎えたい。なんでも、過去二作の登場人物が現れるらしいので!
なお、年末年始のあいだにしたいことは他にもあって、本田秀夫先生の『にじいろ子育てチャンネル』も観ていない回が溜まってしもたし、『こども発達支援研究会』の会員にもこの冬登録したので、そちらのキャッチアップも忙しい。
これらは、箱根駅伝観ながらになってしまうかしら。(後輩に失礼だ)
小学校でいじめ 同級生の保護者に賠償命じる判決 東京地裁 | NHKニュース
都内の小学生の児童が、同級生から殴る蹴るの暴行を受けていた「いじめ」に関して、東京地裁が賠償を命じたというニュース。
わたしが気になるのは、同級生の保護者に対して賠償を命じた旨につづく話。以下抜粋。
一方で学校側の責任については「男子児童と同級生の身体的接触の多くは休み時間に行われていて、担当教諭が容易に認識できたとは認められない」として、区に対する訴えは退けました。
休み時間に起こった出来事について、担当教諭(まぁ、主に担任だろう)がなかなか認識できなかったということに対して、いろんな思いが渦巻いている。
ひとつ。
「そりゃ、担当教諭の視界の中で、堂々とは行われなかったのだろうな」、という単純な感想。
ひとつ。
「休み時間にこそ、子どもの素が現れるのは畢竟」、という思い。
わたしは、特別支援教育コーディネーターとして、可能な限り、業間休みや昼休みには、校庭に出て子どもたちの様子を確認したり、時には逆に、そんな休み時間に校舎内に滞っている子どもたちの様子をぶら~っと観て回ったりしているのだが、こういう時間、もっと言うと、たとえば予鈴が鳴って校庭の子どもたちがサッカーボールなどを携えて校舎に戻る過程などを注視して、子どもたちのリアルを、できるだけつぶさに観察するようにしている。
なんならわたし、尿意や便意を感じたら、業間休みや昼休みにさしかかる前に、いつも済ませている。つまりそんな気働きをしながら、子どもたちの世界を注視している。それくらい、休み時間って、実は気にすべき。
ひとつ。
「休み時間とはいえ、『こと』に気づかなかった担当教諭にも、一定の非がある」という認識が、下されなくてよかった、と言う思い。
さきほど、尿意や便意の話をつい記してしまったが、われわれだって、トイレでリラックスはしたい。しかし、そんな瞬間すら(ある意味)許さない、なんて見方がされてしまうと、さすがにそれはおかしいし、そうでなくても、またぞろ、教員の成り手を逓減させることにつながりかねないよ。イヤほんと。
ひとつ。
ただ。
とはいえ。
「担当教諭、まったく気づかなかったの??(じつは気づいていたのでは?)」という思い。
そう、実はわたしがいちばん感じるのはここからの話で、なにか察したり、予兆を感じたりすることができたのならば(そうあって欲しい)、その危機感を周りに伝えるべきだし、周りも、教職員全体で、ことに当たるべき。
担任の先生が、せめてトイレくらいは行けるように、作戦を講じるべきだったのでは、と感じる。
つか、どの教職員も、その「不穏な空気」を感じなかったのか??と、ぶっちゃけ思ってしまうし(当該校の先生方には失礼ですが)、「殴る蹴る」レベルの暴行ならば、なおのことですよね。
隗より始めよ、な話で、わたしも勤務校で気を付けなくては、と、改めて襟を正しました。
明日からも気を緩めず、でも表情は緩めつつ!、がんばろうかな。
2022年12月24日。
小学校教員資格認定試験の3次試験に合格したという一報がとどき、ダイニングでつまと喜び合った。それはつまり、小学校教員としての人生が、じきスタートするということ。
2022年12月28日。
実は運転免許を持っていなかったわたし、この年の6月?だったかな、教習所に通い始めて、免許センターの年内最終営業日、無事運転免許を取得。それはつまり、勤務先に、マイカーで出勤するための態勢を整えたということ。
2023年1月17日。
わたしのセカンドステージのスタートが整いつつあるのを見て、つまはつまで新車の購入話を進め、この日、我が家にN-BOXくんが来る。
つまが使ったり、わたしが使ったりしながら(基本わたしが通勤に使っていた)13年間、お世話になったクルマを、今日、卒業すると夫婦で決定。
いわゆる3学期から、わたしはN-BOXくんに代わる新しいパートナー、N-BOX customくんで、出勤を始めるはずです。
ここ一週間ほどで降ってわいたように進んだ、クルマの購入話。
まだ何年か乗ることもできたけれど、お疲れさま、ありがとう、N-BOXくん。
この十年そこらの、わたしの第2の人生に、並走してくれてたね。忘れないよ。