心が弱っているときは何をすればいいか。心理学者の内藤誼人さんは「『オウ(Awe)体験』と呼ばれる、星空を見上げたり大きな滝の前に立ち鳥肌が立つような感動体験をすると気持ちが前向きになることがわかっている。
てっとり早いのが、身近な場所で一番高いところに登る方法だ。山の頂上だか、大きな建物の屋上で下の街を見下ろしたりすると、小さなことで悩んでいる自分がバカバカしく感じるだろう」という――。(第8回/全8回)
※本稿は、内藤誼人『イライラ・不安・ストレスがおどろくほど軽くなる本』(明日香出版社)の一部を再編集したものです。
海のそばに暮らすだけでストレス解消できる
心理療法のひとつに、「転地療法」と呼ばれるものがあります。
激しい気分の落ち込みや、抑うつなどで悩んでいる人も、引っ越しをして気候の違うところで暮らしていると、さまざまなメンタルの病気がすっかり治ってしまうことがあるのです。
居住地を変えるので「転地」という言葉がついているのですね。
さて、もしこれから引っ越しを考えているのだとしたら、なるべく海のそばがいいかもしれません。なぜかというと、海のそばで暮らしている人のほうが心の病気になりにくいことが明らかにされているからです。
イギリス・デヴォン州にあるエクセター大学医学部のマシュー・ホワイトは、長期間のパネル調査によって、海のそばで暮らしている人のほうが、なぜか精神的に健康で、悩みなどとは無縁であることが多いという事実を突き止めました。
そういえば、沖縄には長寿の人が多いと言われています。沖縄は、年間を通じて気候が暖かいとか、他にもいろいろな理由があるのでしょうが、海が近くにあるということが大きな理由になっているのかもしれません。
海がそばにあるので、普通の暮らしをしているだけでも、ストレスが解消され、それによって長生きできるのではないでしょうか。
波の音のテープを流す、海に関する動画を観る
これから居住地を探すつもりの人は、「海のそば」ということも条件のひとつに加えてみるといいですね。身体的にも、精神的にも、健康でいられます。
残念ながら海がそばにないという人も、海のそばに出かけていけば心が晴れやかになります。旅行をするのなら海の近くを選ぶといいでしょう。ホテルを選ぶときにも、海のそばにあるようなロケーションがおすすめです。
そんなに頻繁には旅行に行けないかもしれませんが、心が落ち込んだり、やる気が出てこなくなったりしたときに、1年に何度か旅行に出向いて、思いきりストレス解消をしてください。
ありがたいことに日本は島国ですので、たとえ海のない場所に住んでいても、自動車で2、3時間も走れば、どこかしら最寄りの海に行けるのではないかと思います。日本人はその面ではとても恵まれています。
海に出かけるのが難しいのだとしたら、波の音のテープを流したり、あるいは海に関する動画などを観たりするだけでも、それなりにストレスは解消できるかもしれません。自分に効果がありそうだと思うものをいろいろと試してみてください。
マッケロンによると、大気汚染の指標である二酸化窒素の年間平均濃度が10ug/m3増えるたびに、人生満足度が11点満点の尺度で、0.5点ずつ減るそうです。
山に行くと、風景がきれいだからでしょうか、それとも大気汚染がないからでしょうか、自然と心がウキウキしてくるものです。
週末に自然の多いところで息抜きをし、明日へつなげる
山にキャンプに出かけると、まったく面識のない他のキャンパーたちともわりと気楽におしゃべりができます。山登りをしている人もそうで、お互いに自然に挨拶を交わしています。
お互いに幸せな気分で落ち着いた心になっているので、面識がなくとも警戒心を持たずに挨拶することができるのですね。
都会での生活に心身ともに疲れてしまい、田舎で暮らそうという人が増えているというお話を聞いたことがありますが、田舎暮らしは心理学的にいっても正解です。自然が多いところのほうが空気もおいしいので、ストレスを感じにくいのです。
平日は都会で暮らしていても、週末には田舎に出かけるという人も少なくないと思いますが、それも正解です。
週末に自然の多いところでたっぷり息抜きをしておけば、「さあ、また明日から頑張ろう!」という意欲や活力が生まれます。
結局のところ、海でも、山でも、とにかく自然が豊かなところであればストレスを発散できますので、そういう場所にちょこちょこと出かける習慣を身につけておくといいですよ。
年をとってから田舎に住もうとお考えの人もいるでしょうが、年をとるのを待たずに、さっそく今週の週末からでも田舎に出かけてください。心身によいことは、遠慮せずにどんどんやったほうがいいに決まっています。
神社やお寺に参拝、地蔵に手を合わせる
日本人は、欧米人などと比べると宗教心が薄いといわれています。統計にもよるのですが、だいたい6割以上の日本人が自分を無宗教だと考えているそうです。
でも、神さまでも、仏さまでもかまわないのですが、宗教心は持っていたほうがよいかもしれません。「私は、神さまにちゃんと守られている」と信じることができると、ストレスも感じにくくなりますし、悩み事を抱えたりしなくなります。
ニューヨークにあるイェシーバー大学のエリザー・シュネイルは、9万人を超える女性を約8年間追跡調査し、教会に頻繁に出かけるとか、宗教的な儀式を欠かさずにやっているという人ほど、心に安らぎを感じて、すべての死亡リスクを減らせるという結果を得ました。宗教心を持つことは、心の健康に役立つのです。
山の豊かな自然は心を癒してくれる
海の話をしたので、山の話もしておきましょう。
海のそばに住んでいる人は、メンタルが健康でいられるという話をしました。では、山はダメなのかというと、そういうことでもありません。
山には、豊かな自然がありますし、都会から離れているので空気もおいしいですからね。その意味では、山のそばで暮らしても、海のそばで暮らしている人と同じくらい、ストレスを軽減できるのではないかと思われます。
山のそばでは、自然の浄化作用が働いて、大気汚染もあまりありません。そういう場所も、やはり私たちの心を癒してくれます。
イギリスにあるサセックス大学のジョージ・マッケロンは、約400名のロンドン市民に対して調査を行い、住んでいる場所の大気汚染の度合いと、人生満足度には大きな関係があることを明らかにしました。
もともと宗教というものは、心の安寧を願って生まれたものですから、宗教心がある人ほど心に余裕を持てるのも、当たり前といえば当たり前です。
特定の宗教団体に入信しなくともかまいませんが、たとえば神社やお寺を見つけたら、ぜひ参拝させてもらいましょう。街中で小さなお地蔵さんを見つけたら、手を合わせてみましょう。
そういうことをちょこちょことやっていると、心がスッキリしてきて、ストレスも感じない体質になってきます。
神頼みをせず、「いつもありがとうございます」と感謝する
『成功している人は、なぜ神社に行くのか?』(八木龍平著、サンマーク出版)という本もあるように、神社によく行く人ほど宗教心が高く、ストレスも感じにくくなるので、仕事もうまく回るようになるのです。
なお、神社でお参りをするときには、「私のことを助けてください」というような、いわゆる神頼みをしてはいけません。
「神さま、いつもありがとうございます」と感謝するだけにしましょう。虫のいいお願いばかりされても、神さまも困ってしまいますからね。
読者のみなさんも、おそらくはほとんどの方は無宗教で、神さまなど存在しないと思っているかもしれませんが、「神さまがどこかにいて、自分のことをいつでも見守ってくれているのだ」と思えば、心に迷いが入り込むこともなくなるわけですから、
やはり神さまはいるのだと思っていたほうがいいかもしれません。
シュネイルが明らかにしたように、宗教心のある人は、心臓病やガンをはじめとして、あらゆる病気の死亡率が減らせるので、神さまを信じることはそれだけでもご利益があるのです。
メンタルが弱ったら、心震える感動体験を
星空を見上げたり、大きな滝の前に立ったりすると、私たちは鳥肌が立つような感動を覚えます。そのような体験のことを「オウ(Awe)体験」と呼びます。日本語にすれば「畏敬体験」となります。
だれでも人生で何度かは、こういうオウ体験をしていると思うのですが、メンタルが弱っているように感じるときは、ぜひオウ体験をしてみてください。心が震えて感動するような体験をすると、気持ちも前向きになります。
スタンフォード大学のメラニー・ルッドは、実験への参加者を2つに分けて、片方には「エッフェル塔にのぼってパリの街並みを見下ろす」場面をイメージしてもらい、もう片方には「知らない塔にのぼって平凡な風景を眺める」場面をイメージしてもらいました。
前者のグループは畏敬体験を感じてもらう条件です。それから、どちらのグループにも人生満足度を尋ねると、畏敬体験を感じてもらったグループのほうが人生満足度が高くなることがわかりました。
畏敬体験をすると、心が豊かになり、すべてのことに満足できるようになるのです。鬱々(うつうつ)とした気分がどうしてもつづいて悩んでいるというのなら、ぜひオウ体験をすることをおすすめします。
夜空を見上げ、美術館めぐりをするでもいい
てっとり早いのが、身近な場所で一番高いところに登る方法。山の頂上ですとか、大きな建物の屋上で下の街を見下ろしたりすると、小さなことで悩んでいる自分がバカバカしく感じます。
大きな仏像であるとか、大きな教会であるとか、そういうものを見ることも、やはり心が震えます。時折でかまいませんので、そういうオウ体験をしてください。
どこかに出かけるのがちょっと面倒だなという人は、空を見上げてください。特に夜空がおすすめです。夜空を見上げていると、本当に自分がちっぽけな存在に感じて、自分が宇宙に飲み込まれていくような、不思議な感覚を味わうことができます。
星の光というものは、何千年も、何万年もかけて地球にまで届くのですが、そういうことに思いをはせていると、自分の抱えている悩みや問題がものすごく小さなものに感じられるはずです。
また、オウ体験は、絵画や芸術作品を見ることでも感じることができます。偉大な作品は、見る人の心を動かしますので、美術館に出かけるのもよいでしょう。いいストレス解消になります。
ふだんは美術館などにはあまり行かないという人でも、たまには美術館めぐりもいいものです。だまされたと思って、一度足を運んでみてください。心がスッキリすることを体感できますから。
内藤 誼人(ないとう・よしひと) 心理学者、立正大学客員教授、有限会社アンギルド代表取締役社長 慶應義塾大学社会学研究科博士課程修了。社会心理学の知見をベースに、ビジネスを中心とした実践的分野への応用に力を注ぐ心理学系アクティビスト。趣味は釣りとガーデニング。著書に『いちいち気にしない心が手に入る本:何があっても「受け流せる」心理学』(三笠書房)、『「人たらし」のブラック心理術』(大和書房)、『世界最先端の研究が教える新事実心理学BEST100』(総合法令出版)、『気にしない習慣 よけいな気疲れが消えていく61のヒント』(明日香出版社)、『羨んだり、妬んだりしなくてよくなる アドラー心理の言葉』(ぱる出版)など多数。その数は250冊を超える。 ----------