石川県立航空プラザの保存展示機(その1) | 青春の1ページ航空機等撮影記録~since2019 New Edition~

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今年もこれから暑い時期になる・・・

明日から明後日にかけては寒気の南下で日本海側を中心に雪の予報になっており、寒くなるそうです。年末ごろに出ていた天気予報では、この3連休あたりまで気温が高いという予報だったように記憶しているのですが、やはり予報はあくまで予想であって、実際にはそうはならないということが実感できますね。

 

さて、3連休の中日となった本日は、地元に特にネタがなかったので撮影はお休みです。なので、久々に保存展示機の紹介をしていきます。今回は、昨年7月の小松空港の日帰り遠征の際に立ち寄った、石川県立航空プラザの保存展示機の紹介を2回に分けて進めていきます。

石川県立航空プラザは、小松空港の北側に1995年にオープンした、日本海側では唯一の航空機の博物館となっています。。小型飛行機からジェット戦闘機まで全17機の実機展示に加え、多数の模型やパネルの展示、簡単な風洞装置などを使って航空機の歴史や仕組み、飛行の原理などをわかりやすく解説しています。また、先代の政府専用機の貴賓室が展示されているほか、YS-11のフライトシミュレーター(1回500円)や6種類の簡易シミュレーター(1回200円) が設置されています。 入場料は無料(ちなみに、国内の航空博物館で入場無料となっているのはここのほか、浜松市の「航空自衛隊浜松広報館」、茨城県筑西市のザ・ヒロサワ・シティ内にある「科博廣澤航空博物館(2024年2月11日に「ユメノバ」としてリニューアルオープン。ただし、ザ・ヒロサワ・シティへの入場料金が別途必要)」などがあります)、営業時間は9:00~17:00、年末年始(12/29~1/3)を除き無休となっています(なお、2024年1月15日から2月7日までの期間は館内工事のため休館となります)。

では、まず展示物の中から以下の3点を紹介しましょう。

 

玉虫型飛行器(レプリカ)

 

「玉虫型飛行器」は、明治から昭和期の軍人・航空機研究家であった、二宮忠八(1866年~1936年)が、1893年(明治26年)10月に、玉虫の飛行をヒントにして有人飛行を前提にして設計した飛行機です。まずは翼幅2mの縮小模型を作成し、その後実際に飛行可能な機体を作成する予定にしていたのですが、動力源をどうするかという問題点があったことに加え(当初は足こぎ式のペダルでプロペラを回転させる方法で設計。最終的にはガソリンエンジンを動力にして設計)、資金不足による開発遅延が起きたこと、また開発中にアメリカのライト兄弟による世界初の有人動力飛行の成功などもあり、最終的には実機の製作には至りませんでした。ただ、ライト兄弟に先立ち、動力付き有人飛行機の着想を行ったことは、世界的な発見や功績は挙げていないものの、航空黎明期の先駆者としての功績と才能等を有していたことから、近年は日本航空機史上に名を刻む人物として認知されてきています。航空プラザに展示されている飛行器は、製作予定の実機の設計図をもとにして作成されたレプリカとなっており、主翼部分は固定式で波打った形の上翼と、可動式で操縦翼面として働く小型の下翼で構成された、無尾翼(ただし、機尾部分には推進用のプロペラを設置)の複葉機となっています。なお、このレプリカの動力設計は当初想定案だった、足こぎ式が採用されています。

 

先代政府専用機貴賓室

 

2019年まで運航されていた、先代の政府専用機(B747-400)で実際に使用されていた貴賓室部分が、防衛省から無償貸与の上、展示されています。2020年6月から展示を開始し、当初は2022年4月までの予定でしたが、期間が延長され現在も展示が行われています。なお、室内への立ち入りはできません。

 

航空自衛隊F-2モックアップ(☆)

 

航空自衛隊で運用された、F-2戦闘機のモックアップ(機首部分、燃料タンク、ランチャー)が、航空機実機展示エリアに一緒に展示されています。モックアップは、現在はCAD設計などのデータをそのまま3Dプリンターを使用してそのまま出力することもできるようになりましたが、この時代はまだCADデータを職人による手作業で木材整形していたため、このモックアップもすべて木製となっています。

 

ここから実機展示の紹介をしていきますが、入口周辺→屋内展示エリア→屋外エリアの順に進めていきます。

 

元エアロック・エアロバティックチーム Pitts S-2B Special(JA11AR)


ピッツ・スペシャルは、主に曲技飛行に使用される複葉機で、1944年から現在に至るまで製造が続けられています。翼幅と定員により2タイプ存在します。なお、日本で使用されたのはすべて複座型(2人乗り)の「S-2」となっています。

この機体は1996年のエアロック結成時に導入されたもので、エンジン出力の強化や、2名が乗った状態でも完全な曲技飛行を可能にした「S-2B」というシリーズです。2009年秋の耐空検査で胴体鋼管フレームに深刻なクラックが見つかり使用が困難となったため、2010年の活動停止とともに退役し、当プラザで展示されています。入口すぐの場所に展示されており、塗装は当初は現役時代のままでしたが、2016年頃に現在の塗装に塗り替えられています。

ちなみに、エアロックは航空自衛隊の主力戦闘機だったF-15で操縦技術の頂点を極めた、ロック岩崎氏により1996年に結成されたアクロバティックチームで、日本全国で開催されたエアショーだけでなく、アメリカで開催されたエアショーにも参加実績があります。2機のピッツS-2を使用して活動していましたが、2005年に1機を事故で失い(ロック氏もこの事故で死去されました)、以後は2010年の活動停止までこの「JA11AR」を使用して活動を続けました。

 

T&A式ジャイロプレーン GS-80(JE0126)

 

オートジャイロ(ジャイロプレーン)は前進することによる風の力で回転翼を回転させて揚力を得る航空機で、外観はヘリコプターに似ていますが、回転翼は前方からの風を受けて風車のように回転する構造で、ヘリコプターと異なりエンジンとはつながっていません。また、操縦席もヘリとは異なり開放スタイル(いわゆる「吹きさらし」状態)になっているものが大半となっています。こちらは1997年に個人の方が自作で製作されたもので、2015年まで使用されていたものを譲り受け、展示されています。こちらも入口すぐの場所に展示されています。

 

元・愛知県警察 Kawasaki Bell 47G-2(JA7316)(2枚目は☆)

 

ベル47は、アメリカのベル・ヘリコプター社によって開発され、1945年から1976年までに約5,600機が製造された単発エンジン・1軸ローターのヘリです。イタリアやイギリスのほか、日本でも川崎重工がライセンス生産を行いました。この機体は川重によるライセンス生産によるもので、1961年に製造されました。同社のライセンス生産機としては比較的初期のもので、愛知県警察所有(愛称「あかつき」)・名古屋飛行場(小牧)定置で使用されました。1978年に後継機の導入により退役し、中日本航空専門学校で教材として使用後、当プラザの開館時に譲受の上展示されています。屋内展示エリアに置かれていますが、当初設置されていた場所から移動しており、現在は屋内階段のすぐ近くで展示されています。

 

Evance VP-1(自‐001)

 

エバンスVP-1は、アメリカのエバンス・エアクラフト社が製造する単座の組立式飛行機で、機体の材質はアラスカ桧とボート用合板で、主翼と尾翼は羽布張りで仕上げられているほか、金属類については全て航空機規格のものが使用されています。

この機体は富山市内在住の方が自分で手作りした飛行機で空を飛んでみたいという願いから6年がかりで自作したもので、1986年5月に羽咋市の千里浜海岸砂地を滑走路にして約20分間の初飛行に成功しました。エンジンは空冷式の自動車エンジンを改良したものを搭載しています。1996年に所有者から譲受の上、当プラザで展示されています。なお、この機種は自作扱いで耐空証明が得られていないため、レジは「JA」ではなく、「自」から始まるものが充てられています。

 

Pilatus PC-6/B2-H2 Turbo-Porter(JA8221)

 

ピラタスPC-6は、スイス・ピラタス社により開発され、1959年から2019年まで製造された軽飛行機です。短い滑走距離で離着陸可能なSTOL多目的機として開発され、胴体は四角の断面を持つ全金属製セミモノコック構造で、強い強度を持っています。また、脚の構造も軟弱な地面や雪上での離着陸時に発生する衝撃に充分耐えられるようになっており、山岳、砂漠、氷原など、条件の悪い地形でも活躍可能な性能を有しています。エンジンは当初レシプロでしたが、1961年以降の製造機はターボプロップエンジンとなっています。

この機体は1979年に導入され、調布飛行場を拠点に、南極地域観測隊による観測用として使用されました。1994年に退役後、当プラザの開館に合わせて搬入され、展示されています。

 

元・航空大学校 Beechcraft E33 Bonanza(JA3442)

 

ビーチクラフト・ボナンザは、1947年から製造されている軽飛行機で、これまでに20,000機以上が製造され、セスナ172とともに現在まで製造が続く超ベストセラー機となっています。展示機となっているモデル33は1959年から製造されたモデルで、最初に登場したモデル35と比べて尾翼形状が標準的なものになっています。この機体は1969年に導入され、宮崎県にある航空大学校で、学生の事業用免許取得機として1992年まで使用されました。退役後は同校で一旦保管され、当プラザの開館時に搬入され、展示されています。なお、成田の航空科学博物館に展示されている「JA3440」とは同型機となっています。

 

元・北海道航空 Dornier Do 28A-1(JA5115)

 

ドルニエDo 28は、西ドイツ(当時)のドルニエ社(現:フェアチャイルド・ドルニエ社)で開発されたSTOLレシプロ双発機で、1959年から1980年までの間に製造されました。製造終了から40年以上が経過していますが、現在も一部機材は現役で偵察・監視業務に運用されています。

この機体は、1962年に阪急航空が導入し、大阪国際空港(伊丹)定置で遊覧飛行や各種取材・撮影などの運航に従事、1972年に北海道航空に移籍し、札幌飛行場(丘珠)定置で引き続き各種撮影等で1980年まで運航されていました。退役後は当初長野市内で屋外展示されていましたが、1993年に立川市の陸上自衛隊立川駐屯地へ移送されて修復作業が行われた後、1996年に当プラザへ搬入され、展示されています。

 

※撮影は2023.7.22(ただし、末尾に「☆」がついている画像は2023.7.29)