2026年2月末のホルムズ海峡の事実上の封鎖以降、日本のメディアではおおむね2つの種類の論調が強調されている。一方は「日本は中東依存度が突出しているから危機的である」と煽るもの、もう一方は「高市政権は何もしていない」と政権批判に直結させるものである。
だが、いずれの論調も、政府が公表している事実関係を踏まえているのか、いささか心許ない。そこで、経済産業省や資源エネルギー庁、内閣官房などが示している公表数値を一つずつ確認しながら、現状を冷静に評価してみたい。
資源エネルギー庁の公表データによれば、2026年1月末時点で日本の石油備蓄は約254日分約7,445万klにのぼっている。世界的にも厚みを持った備蓄である。経済産業省は中央危機後の4月10日、日本の包括的な備蓄量が約6,862万kl・約243日分であると公表した。
政府は3月以降、段階的に放出を進めてきた。3月16日に民間備蓄15日分の放出を開始し、3月26日には1978年の制度創設以来2回目となる国家備蓄第1弾30日分を放出、産油国共同備蓄も約6日分を活用、5月初には国家備蓄第2弾20日分の追加放出を予定している。
産油国共同備蓄も含めると合計71日分相当の備蓄放出であるが、仮にこれらの放出分を使いきっても、備蓄は約5,023万kl・178日分が残る計算である。代替調達を50%と仮定すれば、180日後でも約4,322万kl・153日分の備蓄が温存される計算になる。
これは「数か月で備蓄は枯渇する」状況とは程遠い数字である。石油が足りなくなるという危機感だけが独り歩きしているが、政府公表データを見る限り、量的な不足が現実問題として日本国民の生活を脅かす段階には、今のところ至っていない。
高市政権は何もしていないという主張も、事実と符合しない。時系列を追うと、日本政府の動きは国際的に見ても極めて迅速である。3月11日、高市総理は備蓄放出方針を会見で表明した。これはIEAが4億バレルの協調放出で全加盟国合意に至るより前のことである。
日本が単独で動いた直後にG7が緊急会議を開き、IEA加盟32カ国の協調放出が全会一致で決まった。日本が先に市場安定シグナルを出し、世界がそれに続いたという構図は、複数の専門メディアが指摘するところである。
3月19日にはガソリンの激変緩和措置が始まり、制度開始前に190.8円であったガソリン全国平均小売価格は170円程度、軽油157円程度、灯油139円程度の水準まで低下した。日米首脳会談では、米国産原油の生産拡大とアラスカ産の日本での共同備蓄構想が議論された。
3月23日には参院本会議で高市首相自身が中央アジア、南米、カナダを代替調達候補として明言した。4月21日には、メキシコのシェインバウム大統領との電話会談で原油100万バレルの輸出に合意している。
これらを「何もしていない」と評価するには、あまりに具体的な動きが多すぎる。むしろ、危機発生から1か月余の間に、これだけ多角的な外交カードを切った政権を、戦後の日本で他に挙げることは難しい。
経済産業省の4月10日公表の資料によれば、4月時点で前年実績比で2割以上、5月には過半の代替調達に目処がついたとされている。特に米国産は5月に前年比約4倍まで拡大する見通しで、日本向けタンカーが4月末から5月末にかけて随時到着予定である。
国別に整理すると、米国本土からは5月に約36万バレル/日の規模、INPEXが権益を持つ中央アジアからは日量計約78万バレルの一部を日本向けに振替、ロシアはサハリン2のLNG年約400万トンを継続供給、メキシコからは7月に100万バレルが到着予定といった具合だ。
アラスカ産原油の共同備蓄構想は最終調整段階にあり、中南米やアフリカについても個別契約で進展している。ナフサ調達も、4月の中東以外からの到着量を平時の45万klから90万klへと倍増させる見通しが示されている。
代替調達は絵に描いた餅と批判する声もあるが、すでに第一船が到着し、5月までに前年比4倍規模の積み上げが進む実務段階にある。世界で最も中東依存度が高い国にも関わらず、想定を上回るスピードで多角化が進展している。
政府の対応がまずいのであれば、市場はそれを正確に映し出すはずだ。ところが日経平均株価は危機発生後も基調を崩さず、6万円の大台も突破した。エネルギー危機の最中にもかかわらず日本株が崩れない事実が何を意味しているかは、自ずとわかる話しである。
外交面でも、日本の存在感は明らかに高まっている。各国との首脳協議での成果に加え、首脳陣の訪日も相次いでいる。ホルムズ海峡封鎖という危機下で、原油の9割超を中東に依存する国が、パニックに陥っていない事実そのものが、国際社会の関心を集めている。
中東以外からの代替調達拡大、官民連携、IEA協調、産油国への直接働きかけという多面的アプローチは、エネルギー安全保障の教科書的対応そのものである。海外メディアの評価が冷静なのに比べ、国内メディアが不安を煽る論調に染まっているのは残念だ。
もちろん、現状を手放しで楽観視するつもりはない。本当の課題は備蓄量の枯渇ではなく、地域・業種別の偏在である。全国合計では足りていても、医療、農業、漁業、地域交通、製茶業のような特定業種への配分が滞る局所的な目詰まりが発生している。
これに対し政府は元売直販ルートの拡大、前年同月並み供給ルールの徹底、買い急ぎ抑制など、具体的な対応を進めており、し尿処理施設や茶製造に必要なA重油、塗料用シンナー、住宅設備メーカーTOTOのユニットバスといった個別案件では改善も確認されている。
ナフサや石油化学製品では、プラスチック、塗料、接着剤、合成繊維、医薬品原料など産業の奥深くまで影響が広がっており、燃料油に比べて事態は見えにくくなっているが、出荷制限から従来の実績並み出荷へ方針転換するなどの動きも出ており、改善は進んでいる。
原油価格の高騰とその価格転嫁の問題は少しややこしい。ガソリン価格などは補助金で店頭価格を抑制している段階にあるが、財政負担の累積と出口戦略が中期的には論点となってくるため、この問題は今後の動向を注視する必要がある。
今回の危機で最も冷静に見据えるべき問題は、時間軸の問題である。米国は中間選挙を控えており、それまでに紛争が解決の方向に進む蓋然性は高い。しかし、現時点ではいつこの紛争が解決されるかが見えないため、不安感が拭えないという状態になっている。
政府のベースケース(代替調達率50%)で試算すれば、日本の備蓄は半年経過後でも153日分が残り、その後も備蓄が枯渇するまでは1年近く余裕がある。この時間的余裕の中で事態が拗れた場合は追加策を準備すれば良いので、ここで焦る必要はない。
いますぐ節約、補正予算で支援という方向に走るのは、危機対応として時期尚早であるばかりか、むしろ不必要な不安と行動を国民に強いることになる。冷静な経済運営という観点からは、このような発想はセンスの良い政策判断とは言い難い。
この時間的な猶予は、米国産共同備蓄構想や産油国共同備蓄拡大、ナフサ調達の多角化、再エネや原子力の活用といったエネルギーの構造転換を進める好機でもある。この間に腰を据えて対策を講じることができるかどうかが、日本にとっての最大の安全保障政策となる。
中国からの威圧的な行動が高まり、中東で石油危機が起きている中でも、通常の経済活動を維持できている状況に、世界の評価は高い。ガソリンスタンドで長蛇の列を作ることもなく、株価は史上最高値を連日のように更新していることに、驚きの目が集まっている。
海外の評価と反対に、危機を煽り政権を批判すること自体が目的化した日本のメディアの論調には、2つの問題がある。第1に、それは事実に基づいていないということだ。政府公表データを見れば、量的な石油不足の懸念は当面ないことが明確に示されている。
第2に、それは国益を損ねるということだ。買い占めや過剰発注、需要家の不安を煽る報道などは、本来必要のない目詰まりを生み出し、本当に必要な業種への供給を阻害する。政権を批判をするなとは言わないが、批判をするならそれは事実に基づいて行うべきだ。
日本にとって最大の関心事は、石油の確保よりこの紛争を長引かせないことにある。そのためには、これまでの対策を通じて生まれた時間的余裕を活かした働きかけと、事態が拗れた場合に備えることが重要である。高市政権の真価が問われるのは、これからである。
参考動画 中東情勢を踏まえた日本の石油確保の対応についてのシミュレーション
明日からゴールデンウィークとなる。本ブログはこの期間はお休みをいただき、次回は5月7日から再開する予定である。皆さん、良い休日を!





