覚悟の政治に、知恵で応えよ

高市首相が食料品の消費税率を1%へ引き下げる方針を表明すると、案の定というべきか、メディアや識者、一部の野党、そして自民党内からも反対の声が噴出した。

 

批判の焦点は2つに集約される。財源をどう賄うのか、そして2年後に税率を戻すときの「揺り戻し」の増税感をどうするのかである。いずれも、軽い問題ではない。だが、この2つは本当に乗り越えられない壁なのだろうか。

 

まず、財源である。2年間で約10兆円、単年度に均せば約5兆円である。確かに大きい金額だ。しかし、我が国が毎年のように数兆円から、時に数十兆円規模の補正予算を編成してきた事実を思い起こせば、5兆円という数字は、決して捻出できない金額ではない。

 

首相は、まさにその知恵を絞ると述べ、赤字国債には頼らないと明言している。財源は、租税特別措置や補助金の見直し、税外収入で確保するという設計は、財政規律を投げ捨てるものではなく、規律の枠内で減税を成立させようとする試みである。

 

今ここで問われているのは、「財源があるか、ないか」ではない。「財源を生み出す知恵が、あるかないか」である。

財務省が糸を引くという見立て

巷では、反対の大合唱は裏で財務省が糸を引いているのだ、という見方がある。だが、これは今の政権の姿を正しく捉えていない。

 

財務省に政治家として最も強い影響力を持つ麻生副総裁は、「首相として決めたのであれば反対はしない」と述べ、首相の決断を受け入れた。その義弟でもある鈴木幹事長も財務大臣経験者だが、党内の調整をまとめる立場で手続きを前へ進めている。

 

そして、現在の財務大臣は片山さつき氏である。女性で初めて主計局主計官を務め、次官への最短路とされる主計局にあっていずれ初の女性事務次官かとも目された実力派だ。史上初の女性財務相として約20年ぶりに古巣へ戻ったその片山氏が、租税特別措置・補助金の見直しを担当大臣として担い、「責任ある積極財政」を正面から掲げている。

 

役所とは、政治が明確なリーダーシップを示せば、それに従って知恵を出す組織である。本丸の財務省が積極財政の実現へ舵を切っている以上、「財務省が抵抗の黒幕だ」という筋書きは、もはや現実とは合わない。

 

反対論が拠り所とするのは、せいぜい省内の一部やOBに残る不満の声であろう。だが、それを頼みにした主張は、出発点からして筋が悪いのである。

円安への「断固たる措置」が示すもの

折しも7月30日夜、ニューヨーク市場で円が急伸し、一時157円台まで、わずかな時間に5円ほど円高が進んだ。政府・日銀の円買い介入に、米通貨当局のレートチェックが重なった、日米連携の動きである。

 

中東情勢と原油高を背景に、円は約40年ぶりの安値圏に沈んでいたが、当局は、その動揺がこれ以上広がる前に、先手を打って抑え込みにかかったと見て良い。ここで見落としてはならないのは、積極財政に踏み出すその局面で、政権が通貨の信認という最も敏感な急所に、ためらわず手を打ったという事実である。米国と緊密な連携も明らかとなっている。

 

円安は放置しない、しかし財源は国債には頼らないという、攻めと守りの両輪を握るからこそできる差配だ。「規律なき拡張で円が売られる」という反対派の常套句に、政権はステルスな対応で答えてみせた。もっとも、介入の効き目には限りがある。だからこそ、国債に頼らぬ財源規律という一線を、政権は最後まで手放してはならない。

オールドと呼ばれるのは誰か

反対論の中核にあるのは、かつての財政規律至上主義に染まった発想である。「財源が、財源が」と繰り返すばかりで、ではどこからその財源をどう生み出すのか、その知恵を具体的に示せる者は少ない。

 

厳しい言い方になるが、そうした思考の硬直こそが、需要を冷やし、成長の芽を摘み、いわゆる「失われた30年」を長引かせた一因ではなかったか。物価高にあえぐ家計に、今こそ手を差し伸べるべきときに、机上の均衡論を振りかざして立ち止まる、その代償を払ってきたのは、ほかならぬ国民である。

 

政治のフェイズは、明らかに変わった。物価高対策として、「何もするな」と言う者はいない。争われているのは手段であって、目的ではない。

 

にもかかわらず、減税の中身や財源設計という土俵で論じることを避け、推進する側の振る舞いや人格に絡めて、「ばらまきだ」「選挙目当てだ」と論う、理論ではなく人物で反論するその態度こそが、まさに「オールド」の名にふさわしい。

 

新しい局面には、新しい発想で臨むしかない。古い物差しをいつまでも手放せない者が、変化に踏み出す者を、旧弊と嗤う倒錯は、そろそろ終わりにすべきである。

支持率「若高老低」が暴くもの

世論調査の数字は、時に意図せぬ真実を映し出す。高市内閣の支持率に現れた「若高老低」が、その典型である。日本経済新聞の調査では、29歳以下で7割台、70歳以上で4割台と、両者の差は最大で30ポイントに達した。歴代政権では見られない異例の開きである。

 

そして、日経はその一因を、世代によって政治の情報を得る手段が、SNSか、テレビ・新聞かという形で違う点に求めている。同じ政権を見ていながら、どこから情報を受け取るかで、評価がここまで裂ける。これは、水面下で何かが起きていることの証左ではないか。

 

よく聞くのは、「若者は新聞もテレビも見ず、ネットの偏った情報に踊らされている」という物言いである。だが、事実は真逆だろう。日々、玉石混交の情報の海を泳ぎ、複数の情報源を突き合わせて真偽を見極める若い世代こそ、実は最も鍛えられた読み手だ。

 

一方、朝夕の紙面と決まった時間のニュースに判断を委ねれば、その偏った語り口に、知らぬ間に染め上げられていく。そして今、その主要メディアは、ここまでやるかと思えるほどの「高市下ろし」に傾いているように見えてならない。

 

連日の粗探しと揚げ足取り、政策の中身ではなく印象で政権を削っていくのが常態化している。若い世代がそれを鵜呑みにしないのは、リテラシーの敗北ではなく、勝利である。

 

そのため、消費税も油断はならない。減税を「ばらまき」「財政破綻への道」と繰り返し刷り込む報道が続けば、その語りに最も浸された層から、減税不信の世論が醸成されていく。

 

若い世代が負担軽減を素直に歓迎する一方で、つくられた不安に足をすくわれる層が生まれるという、年代で割れる世論は、突き詰めれば、情報環境で割れる世論のことだ。

 

現に、支持率はこのところ下落に転じ、調査によっては政権発足後の最低水準を記録している。何もしなければ、つくられた空気に押し切られる。潮目は、甘くない。

突然の熊本地震

7月28日午後、熊本県で最大震度7、マグニチュード7.1の地震が発生した。県中央部を震源とし、津波注意報も出された。7月31日時点で、災害との関連を調査中の方を含め35人もの尊い命が失われ、1万人近くが避難を強いられている。

 

倒壊した建物の下では、今なお救助を待つ人がいる。時間との闘いが続いている。まずは、亡くなられた方々に深く哀悼の意を表するとともに、被災された全ての皆さまに、心よりお見舞いを申し上げたい。

 

その上で、政府の初動は素直に評価したい。地震発生の直後に政府は官邸対策室を設置、直ちに総理指示を発出し、2時間後には非常災害対策本部を立ち上げ、3時間半後にはすでに会議を行なっている。

 

自衛隊は、発災直後から航空機で情報収集にあたり、隊員態勢は3日目には約5,000名規模へと拡大した。食料や水、段ボールベッド、連日の猛暑をにらんだクーラーまで、避難所へのプッシュ型支援が各省庁を挙げて進んでいる。

 

高市首相は、「ニーズを踏まえ、政府一丸となって取り組む」と述べ、迅速に支援体制を整えている。阪神・淡路大震災で初動の遅れが厳しく問われて以来、東日本、2016年の熊本、能登と、我が国は幾度もの惨禍を経て、災害対応の仕組みを鍛え直してきた。

 

求められる前に必需品を送り込むプッシュ型の発想も、避難環境への細やかな目配りも、その積み重ねの産物である。単に速いだけではない。過去の教訓が血肉となった、きめ細かな対応となっている。したがって、高市政権だから早いというつもりはない。

 

しかし、この対応もまた、内閣の指示に直結している。災害は、統治の力量を最も過酷なかたちで映し出す。ここで判断を誤り、被災地の痛みに鈍い姿をさらせば、下降してきた支持はその坂をさらに転げ落ちるだろう。だが、被災地に寄り添う姿勢を最後まで貫き通せるなら、下げ止まらずにいた支持も、底を打ち、反転していくはずである。

2つの試練に立ち向かえるか?

いま、政権の前には、2つの試練が同時に置かれている。ひとつは、約束した減税を、規律を保ちながら実行に移すことであり、2年後の揺り戻しに備えて切れ目ない接続を用意し、財源も年末に向けて工程表として固める詰めを、最後までやり切れるかである。もうひとつは、災害に打ちひしがれた人々の傍らに、立ち続けることである。

 

この2つは結局、同じ一点に行き着く。決めたことを、語ったことを、現場で果たしきれるかである。差し伸べた手を引っ込めることなく、国民に安心を届けきる覚悟があるかどうかで、政権の評価が定まる。正念場は、これからである。

 

 

 

7月30日、高市首相は自民党の臨時役員会で、食料品の消費税率を、2027年4月から2年間に限り、1%へ引き下げる方針を表明し、法改正に向けた党内調整を急ぐよう指示した。

 

政府は8月上旬に方針を正式決定し、秋の臨時国会に関連法案を提出する構えである。党内には、財政規律の観点から異論も根強くあり、野党の多くも別案を掲げたままである。それでも首相は、「決断する時は決断をする」と述べ、前へ進む道を選んだ。

 

そこで、ここに至る経緯と与野党の反応を整理した上で、反対論の中でこの決断を貫く意義と残された課題、そしてその解決の道筋を整理してみたい。

悲願から実質ゼロを選択か?

高市首相の食料品減税への思いは一貫している。総裁就任前の昨年5月には、「食料品の消費税率は0%にすべきだ」と主張し、今年1月の衆院解散会見でも、食料品の消費税減税を「私自身の悲願」と語っている。

 

背景には、深刻な物価高がある。昨年12月の実質消費支出は前年比2.6%減少し、家計支出に占める食費の割合を示すエンゲル係数は、30.7%と過去最高を更新した。物価高への不満が政治を揺さぶり続けた数年間の、いわば臨界点で行われたのが2月の衆院選である。

 

与党は、食料品の消費税減税を掲げて圧勝し、公約は民意の裏付けを得た。選挙後の2月9日には、高市首相は食料品消費税率の2年間ゼロの実現に意欲を示すとともに、財源を赤字国債に頼らない方針を明言している。

 

その上で、超党派の「社会保障国民会議」で議論を進め、夏前の中間とりまとめを目指すとした。減税を単独で押し切るのではなく、恒久制度である給付付き税額控除へのつなぎと位置づけ、野党の協力を条件に掲げた点が、この間の議論の枠組みである。

 

同会議の実務者会議で議長を務める自民党の小野寺税制調査会長は、6月に議長案を提示した。これは、税率をゼロではなく1%とし、残る1%分(年約6千億円)に相当する規模で中低所得者に給付を行い「実質ゼロ」とする構想である。

 

ゼロではなく1%とした最大の理由は、実装可能性である。政府の見立てでは、レジ等のシステム改修は、1%なら最大6カ月で済み、2027年4月の実施に間に合うが、ゼロでは最大10カ月から1年程度を要し、実施が後ずれするとしている。

 

そのため、6月26日に政府は初めて財源案を示し、2年間で約10兆円を特例公債(赤字国債)に頼らず、補助金の見直しや税外収入で確保すると説明した。

 

しかし、各党の主張の隔たりは大きく、最後まで溝は埋まらなかった。7月27日、実務者会議では、意見集約を断念し、29日の親会議で各党の意見を併記した中間とりまとめを決定し、判断は首相に委ねることとなった。

 

首相は28日、麻生副総裁、鈴木幹事長と会談して1%減税の方針を伝達し、麻生副総裁は「首相として決めたのであれば反対はしない」と応じたという。その上で、30日の臨時役員会での表明・指示に至ったという経緯になる。

まとまらなかった実務者会議

自民党内の空気は単純ではない。28日の党税制調査会・社会保障制度調査会の合同会議では、財源が明確でないこと、市場の信認を失うリスクへの懸念が相次いだ。財政規律を重んじる立場からの慎重論は、今も根強い。

 

一方で、小林政調会長は、議長案を「アプローチとしては1つの有力な選択肢」と受け止めており、連立を組む日本維新の会も、もともと「2年間の食品消費税ゼロ」を共に掲げてきた側であることから、方向性そのものに異論がないことは明らかとなっている。

 

野党の反応は、多彩である。29日の国民会議で主要野党は、恒久制度としての所得連動型給付の導入には賛同しつつ、議長案に基づく消費税減税には反対を表明した。

 

国民民主党の玉木代表は、「2年後に実質増税になるときの緩和策も考えないと、中間層に大きなダメージとなる」と述べ、「食料品1%にこだわらず、よりデメリットの少ない方法」の検討を求めた。同党の古川税制調査会長は、かねてより「つなぎとして消費税減税を行う必要はないのではないか」と述べており、現金給付を主張してきた。

 

中道改革連合は現金給付に加え恒久措置としての減税を主張し、立憲民主党は食料品の税率ゼロを唱えている。さらに、れいわ新選組は消費税そのものの廃止を掲げ、チームみらいは減税自体に反対し所得連動型給付を対案とする。行政の側でも、総務省が地方財政に支障が生じないよう申し入れを行っており、立場はまちまちである。

 

しかし、ここまで指摘してきて気づくのは、「物価高対策として何もするな」という反対意見は、ほぼ存在しないことである。ゼロか、1%か、給付か、恒久か時限かという形で、争われているのは物価対策の手段であって、目的ではない。


したがって、手段を巡る意見の相違に対しては、誰かが一つの形に収斂させなければ、国民の手元には何も届かない。それが、今回の高市首相の決断につながる。

反対論の中で貫く意義

党内にも反対意見が多くある中で、ゼロの看板を諦めても減税にこだわるのはなぜかと考えれば、その意義は以下の通りとなる。

 

第1に、公約の履行である。高市首相は、1月の解散会見で食料品減税を悲願と語り、衆院選で信を問うて圧勝した。選挙で約束したことを、選挙後に実行する。当たり前のことだが、これまでこの当たり前のことが守られてきたとは言い難いのが日本政治だった。決断を先送りせず、期限を切って実行に移すことが、政治への信頼を回復する営みでもある。

 

第2に、実装可能性を優先したということである。ゼロの看板に固執すれば、システム改修の制約から、減税の実施は2028年にずれ込みかねない。1%案なら2027年4月に実施が可能であり、これなら後退ではなく前進となる。残る1%分は、中低所得者への給付で実質ゼロを担保し、国民の負担を極力減らそうとしている。

 

第3に、財政規律との両立を、制度の内側に組み込んでいる。財源は赤字国債に頼らず、補助金や租税特別措置の見直し、税外収入で確保する。国会で、債務残高対GDP比の安定的な低下を財政運営の中核に据え、市場からの信認を確保すると答弁してきたことから、減税と規律を二者択一にせず、両立の枠組みの中で減税を行おうとしている。

 

第4に、恒久制度への接続が明確なことである。2年限定の減税は場当たりの人気取りではなく、給付付き税額控除という恒久的な逆進性対策を導入するまでのつなぎと位置づけられており、主要野党も所得連動型給付の導入には賛同している。入口の手段で対立しても、出口の制度では与野党に接点がある。この接点が、今後の審議で合意を広げる足場ともなる。

 

第5に、熟議を尽くした上での決断であることだ。超党派の国民会議で半年にわたり議論し、各党案を併記した中間とりまとめまで作った上で、まとまらない責任を首相が一身に引き受けた。「決断前の意見であれば反対だが、首相として決めたのであれば反対はしない」という麻生副総裁の言葉は、決定前の議論と決定後の結束を峻別する意味を示している。熟議の果てに決断があり、決断の後に結束がある。この順序を回復したことの意味は小さくない。

残された課題と解決の道筋

それでも、もとより課題の多い取組である。想定される課題を列挙した上で、その解決の形を考えてみたい。

 

第1は、財源の具体化である。2年間で約10兆円という規模に対し、補助金・租税特別措置の見直しと税外収入で賄う方針は示されたが、積み上げの中身はこれからである。年末の予算編成・税制改正大綱に向けて、項目と金額を工程表として示すことが、市場の信認を左右する。恒久財源についても、早期に結論を得るとされており、先送りは許されない。

 

第2は、市場と金利への目配りである。折しも30日に、内閣府の試算で2026年度の債務残高対GDP比の悪化が示された。長期金利が上昇し、日銀の政策金利が1.0%にある局面での減税である。赤字国債不発行の堅持と、債務残高対GDP比の安定的低下を明示することが重要である。市場との丁寧な対話を欠けば、減税の効果は金利上昇で相殺されかねない。

 

第3は、2年後の「出口」の設計である。玉木代表の指摘は傾聴に値する。2029年4月に税率が8%へ戻れば、国民には実質増税と受け止められる反動が来る。解は明快で、2029年度に導入するとされる給付付き税額控除への切れ目ない接続を、法案の本則ないし附則に明記することだ。ここを曖昧にすると、2年後に「延長か否か」の政局の種を蒔くことになる。

 

第4に、事業者負担への支援である。レジや受発注システムの改修、価格表示の変更は、2027年4月の開始時と2年後の終了時の2度発生する。中小事業者への改修支援と、早期の実務指針の提示、十分な周知期間の確保が不可欠である。ここを怠れば、負担軽減策が、現場の混乱で評判を落とすという本末転倒を招く。

 

第5に、地方財政への手当てである。食料品分の消費税収の減少は、地方消費税や交付税原資に直結する。総務省の申し入れの通り、地方の財政運営に支障が生じない補填の枠組みを、法案とセットで明示すべきである。

 

第6に、給付の実務設計である。「実質ゼロ」を担保する1%分・年約6千億円規模の所得連動給付は、制度が複雑になれば届くべき人に届かない。マイナンバーと公金受取口座を活用した簡素で迅速な設計とし、政権が進めるデジタル行財政改革の成果を示す場とすべきだ。

次善にして、最善の一手となるか?

率直に言って、今回の減税案は、完全な案とは言えないかもしれない。ゼロを望んだ国民には物足りず、財政規律を重んじる向きには踏み込みすぎに映るだろう。

 

だが、2027年4月という確実な実施時期、実質ゼロの負担軽減、赤字国債に頼らない財源方針、恒久制度への接続、この4つを同時に満たす案は、議長案しかなかったのも現実である。

 

野党の反対論も、その多くが選挙で何らかの減税を公約に掲げてきたことを踏まえれば、減税という方向性そのものを否定するものではない。

 

選挙で約束した減税を、実行可能な形に収斂させることこそが、政治の信頼回復にもつながる道である。その意味で、今回の決断は次善にして、最善の一手であると言える。

 

無論、この減税案の評価はこれからである。8月上旬の政府方針決定、年末の予算編成、そして、今秋に予定される臨時国会での法案審議で、財源の中身と出口の設計をどこまで具体化できるかが、現実の評価につながるものとなる。

 

決めたことを、決めた通りに実行する。それが、有権者の負託に応えることでもある。課題も山積する中、どこまで国民の寄り添った制度にできるか、今後の動向も注視したい。

 

 

 

日本は本当に衰退した国なのか。人口減少、低成長、財政赤字、円安、デジタル化の遅れといった数字だけを見れば、そのような印象を持つ人は少なくない。しかし、国力をGDPや人口の順位だけで測れば、日本の実像を見誤る。

 

そもそも国力とは、経済規模、産業基盤、科学技術、教育、金融資産、防衛、外交、資源安全保障、社会制度、文化的影響力を総合したものである。この視点から見ると、日本は今なお世界5~8位圏の総合大国であることがわかる。

 

そこで、日本の国力を広範な国際指標から検証するとともに、中国が本当に大国と呼べるのか、その強さと脆弱性も含めて分析をしてみた。

日本は「力を失った国」ではない

日本の名目GDPは世界5位級、商品輸出は6位級、自動車生産は3位級、粗鋼生産は4位級である。産業用ロボットの稼働在庫は2位級、研究開発費と特許出願は3位級にあり、製品・輸出の複雑性は世界1位級と評価される。

 

さらに、対外純資産は世界3位級であり、円は主要な国際通貨としての地位を維持している。政府開発援助、外交網、国連への貢献、ソフトパワーも世界上位にある。

 

日本の産業的な強みは、単純な生産量だけではない。素材、部品、製造装置、精密機器、工程管理、品質保証など、簡単には代替できない産業の厚みにある。

 

完成品では海外企業が目立っていても、その内部で使用されるセンサー、モーター、特殊素材、工作機械、検査装置には、日本企業の技術が組み込まれている。日本は、世界のサプライチェーンの目立たない部分で、今なお不可欠な存在である。

世界最高水準の教育を活用できていない

教育も重要な国力である。日本のPISA学力は世界最高水準にあり、数学と科学はOECD加盟国で1位級、読解力も2位級である。成人の読解力、数的思考力、問題解決力も高い。

 

日本社会を支えているのは、一部の天才だけではない。製造、物流、医療、行政、防災、公共交通などを正確に運営できる、国民全体の平均的な能力の高さである。

 

ところが、この教育力が研究、起業、新産業、世界的な企業の創出に十分結び付いていない。日本は優秀な人材が不足しているのではなく、既にいる人材を活用する仕組みが弱い。

 

年功序列、組織間の人材移動の少なさ、博士人材の低い処遇、研究者の不安定雇用、失敗を避ける人事制度が、人材の可能性を狭めている。

 

基礎学力の高さを維持しながら、課題設定、データ分析、プログラミング、英語発信、研究体験、起業教育を強化する必要がある。大学も、研究大学、地域産業と連携する大学、専門職教育機関などへ機能を明確化し、資金を重点配分すべきである。

ストックの大国、フローの弱国

日本の国力を最も端的に表す言葉は、ストックの大国、フローの弱国である。過去に蓄積した技術、企業、金融資産、教育、インフラ、国際的信用は厚い。

 

しかし、人口、成長、生産性、起業、デジタル化、エネルギー自給といった、次の国力を生み出す流れが細くなっている。

 

日本の問題は、国力が存在しないことではない。現在持っている国力を、新しい産業、所得、税収、安全保障へ転換する仕組みが弱いということである。

 

この構造を変えなければ、現在の順位を維持することはできても、かつてのような勢いを復活するのは難しく、相対的な地位は徐々に低下する。

人口減少を前提に国家を再設計する

日本の人口は約1億2,300万人で、なお世界12位前後の規模を持つ。しかし、65歳以上の比率は約29%に達し、人口減少は労働力だけでなく、内需、税収、防衛人員、研究者、教員、医療従事者、地方インフラの維持能力を同時に低下させる。

 

出生率の回復は不可欠だが、出生した世代が働き手になるまでには約20年かかる。したがって、少子化対策と同時に、人口減少を前提とした国家設計が必要である。

 

行政、医療、消防、上下水道を自治体間で共同運営し、居住と公共サービスを集約する。物流、農業、介護、建設、行政にはAI、ロボット、自動運転を導入する。

 

少子化対策も一時金中心では不十分である。若年世帯の住宅費、教育費、社会保険料負担を軽減し、出産後も女性が所得と職歴を維持できる雇用制度を整える必要がある。

 

高度外国人材や留学生についても、単なる一時的な労働力ではなく、日本社会に定着し、研究、産業、地域社会を支える人材として受け入れるべきである。

財政再建は成長なくして実現しない

日本の政府債務はGDP比200%を超えている。だが、増税と歳出削減だけを財政再建と考えれば、経済が縮小し、債務比率はかえって改善しにくくなる。

 

必要なのは、名目GDP、賃金、企業利益、税収を増やす成長型の財政再建である。半導体、AI、ロボット、次世代自動車、蓄電池、造船、海洋、宇宙、防衛、バイオ、創薬、コンテンツなど、日本が勝てる分野へ複数年度で投資を集中する。

 

効果の低い補助金や基金は整理し、将来の生産性や安全保障に寄与する成長投資と、恒常的な経費を明確に区分すべきである。

 

また、日本企業が海外で得た利益や、巨額の対外資産を、国内の設備投資、研究開発、スタートアップ、賃上げへ還流させる制度も必要となる。

科学技術は「投入」から「成果」へ

日本の研究開発費は世界3位級である一方、高被引用論文やデジタル競争力では順位を落としている。研究への投入規模に対し、世界的な研究成果や事業化への転換が弱い。

 

若手研究者に5~10年単位の安定した研究資金を与え、博士人材の給与とキャリアを改善する必要がある。大学、企業、政府の間で研究者や専門人材が移動しやすい制度も欠かせない。

 

特許も取得件数だけでは意味がない。国際標準、ライセンス収入、製品化、スタートアップ創出へつなげなければならない。行政、医療、教育、企業間取引に残る紙、対面、個別システムも、生産性を下げている。

 

日本は技術を作る力は強いが、社会全体へ実装する力が弱い。行政手続きの原則オンライン化、国と自治体のシステム標準化、データ連携を期限付きで進める必要がある。

エネルギーと食料は最大の弱点

日本のエネルギー自給率は約15%で、G7最低水準である。食料自給率も供給熱量ベースで約38%にとどまる。中東情勢、海上交通路、資源価格、円安、輸出規制が重なれば、日本経済と国民生活は直接的な影響を受ける。

 

原子力、再生可能エネルギー、火力、蓄電池、水素を組み合わせ、電源を多様化する必要がある。安全性が確認された原子力発電所の再稼働を進め、送電網、地域間連系線、蓄電能力を強化すべきである。

 

重要鉱物は豪州、カナダ、ASEAN、インド、アフリカ、中南米へ調達先を広げ、備蓄、リサイクル、代替材料開発を進める。

 

食料では、農地集約、スマート農業、国産飼料、肥料原料の回収、種子・育種技術の保全が重要となる。食料自給率だけでなく、肥料、飼料、燃料、物流を含む総合的な食料安全保障が必要である。

中国は大国だが、無敵ではない

中国は約14億人の人口、世界2位の名目GDP、世界1位の製造業と商品輸出、世界2位の軍事費、核戦力、宇宙開発能力、国連安全保障理事会の拒否権を持つ。

 

中国が大国であることは否定できない。低賃金の組立工場という段階も既に超えており、AI、電池、通信、ドローン、宇宙、高速鉄道などで、世界の主要競争国となっている。

 

しかし、中国は完成された超大国ではない。人民元の国際化は経済規模に比べて限定的であり、不動産、地方債務、過剰生産、人口減少、社会保障、所得格差に深刻な問題を抱える。

 

戸籍、地域、住宅資産、政治的関係によって階層が固定化し、約3億人規模の農民工は都市経済を支えながら、教育、医療、年金、住宅で不利な立場に置かれる場合がある。

 

中国では、不満が存在しないのではない。不満を選挙、独立メディア、労働組合を通じて集約する経路が封じられているのである。

 

監視と検閲は短期的な安定をもたらす。しかし長期的には、悪い情報が中央へ届かず、政策判断を歪める。雇用や住宅への不安は消費を抑え、若者は結婚、出産、起業、投資を避けるようになる。

 

中国の将来に最も大きな影を落とすのは、大規模な反乱よりも、国民が国家の将来から静かに離脱することである。

中国崩壊論にも中国脅威論にも依存しない

日本は中国の崩壊を期待して政策を組み立てるべきではない。同時に、中国の規模に圧倒され、自国の強みを過小評価する必要もない。

 

一般的な経済交流、観光、文化交流は維持しながら、半導体、通信、AI、量子、軍民両用技術、重要鉱物については、安全保障の観点から管理を強化すべきである。

 

インド、ASEAN、豪州、台湾、韓国などとの供給網、技術協力、安全保障連携を強化し、中国への過度な依存を避ける必要がある。

 

中国を、過小評価も、過大評価もせず、強い分野には抑止力と競争力で対応し、相互利益が成立する分野では協力するという、現実的な姿勢が重要である。

日本再浮上の条件は?

日本の再浮上に必要なのは、過去の成功を懐かしむことではない。教育を研究と起業へ、技術を世界標準と収益へ、金融資産を国内投資へ、海洋面積を資源と安全保障へ、文化的魅力を産業と外交へ転換することである。

 

日本は国力を失った国ではない。厚い国力を持ちながら、それを次の時代へ移し替える仕組みが弱い国である。だからこそ、政策次第で浮上の余地は大きい。

 

今後10年は、日本が世界5~8位圏の総合大国として踏みとどまるのか、再び上昇軌道へ入るのかを決める期間となる。

 

高市政権が掲げる成長投資、戦略産業、経済安全保障、国家実装力の強化は、従来の政策運営の延長ではなく、蓄積した国力を次の成長へ転換する重要な布石として評価できる。

 

問われているのは、日本に力があるかどうかではない。その力を、未来の国力へ変えられるかどうかである。日本の国力は、決して低くはない。もっと自信を持つべきである。

 

参照(一般社団法人日本みらい研政策レポート)

日本の総合国力を読み解く

日本の総合国力を読み解く解説動画

 

 

2027年度予算の概算要求に向けた基本方針案が、与党に示された。この予算は、高市内閣が概算要求の段階から編成する初めての当初予算となる。骨太の方針2026が掲げる「責任ある積極財政」を、実際の予算制度に落とし込めるかどうかを占う最初の試金石でもある。

 

今回の方針案で最も注目すべき点は、通常歳出とは別に「『強く豊かな日本』投資枠」を設けたことである。

 

危機管理投資や成長投資などの、国内投資を通じて潜在成長率を引き上げる政策について、概算要求の上限を設けず、場合によっては事項要求も認める。日本成長戦略や地域未来戦略を踏まえ、複数年度にわたる事業を、予見可能な形で実施する方針としている。

 

従来の概算要求では、各省庁が前年度予算を基準とした上限の中で要求額を調整するため、長期間を要する研究開発や産業基盤整備も、単年度ごとに予算を確保しなければならず、その結果、政府支援の継続性が見えず、大型投資を決断しにくいという問題があった。

 

新たな投資枠では、事業の性質や効果が現れるまでの期間を考慮し、基金の活用を含めた複数年度の予算措置を可能にする。

 

特に、経済安全保障上重要な分野については、GXやAI・半導体に続き、複数年度分の財源を確保した上で、特別会計で区分管理する方向である。造船、量子、重要鉱物なども、その対象として想定されている。

強く豊かな日本投資枠とは何か

こうした環境の中で、今回の方針案で打ち出した中心的な仕組みが、『強く豊かな日本』投資枠である。単に予算を増やす枠のようにも見えるが、本来の狙いは、国として重要な投資を、単年度の予算に閉じ込めず、数年間の見通しを持って進めることにある。

 

現在の予算制度では、各省庁は基本的に前年度予算を土台に要求額を考える。しかし、半導体工場、造船所、研究施設、エネルギー設備、港湾、送電網などは、一年では完成しない。

 

政府の支援が翌年度も続くのか分からなければ、企業は大規模な投資を決断しにくい。自治体も、工場を受け入れるための道路、用地、電力、工業用水などを計画的に整備できない。

 

そこで、今回の案では、日本成長戦略や地域未来戦略に沿った政策について、通常の要求上限とは別に必要額を求められるようにした。金額をすぐに決められない事業については、項目だけを先に要求する「事項要求」も認める方向である。

 

特に、経済安全保障上重要な分野では、複数年度分の財源を確保し、特別会計などで区分して管理することも検討するとしている。GX、AI、半導体をはじめ、国内投資によって成長力と危機対応力を高める政策を、継続的に支えようという考えである。

補正予算を便利な後付け予算にしない

さらに、もう一つ注目したいのは、補正予算への依存を減らす方針である。日本では近年、当初予算を抑え気味に編成した後、秋から冬に経済対策をまとめ、大型の補正予算を追加することが繰り返され、政権の浮揚策としても使われてきた。

 

だが、毎年行うことが分かっている政策や、数年間続ける事業まで補正予算に入れるのは、本来の姿とは言いにくい。企業や自治体から見れば、政策がいつまで続くのか分からず、長期的な計画を立てにくくなる。

 

高市首相は、恒常的に必要な政策については、できるだけ当初予算に盛り込む考えを示している。「強く豊かな日本」投資枠も、そのための仕組みである。

 

熊本での地震のような大規模災害、中東情勢の急変、感染症、金融危機など、予算を組んだ時点では予測できなかった事態には、補正予算や予備費を使って迅速に対応しなければならないため、補正予算そのものを否定するものではないが、大切なのは役割分担である。

 

平時から必要だと分かっている政策は、当初予算で計画的に実施する。想定を超える危機が発生した場合は、補正予算で機動的に対応する。この区別を明確にすることが、「補正予算頼みからの脱却」の本当の意味である。

防災も成長投資の一部である

成長投資という言葉から、多くの人は半導体、AI、宇宙、先端医療などを思い浮かべるはずだ。しかし、不確実な時代には、経済を止めないための投資も成長政策の一部となる。

 

地震で、道路や港湾、電力、通信、工場が止まれば、全国の生産や物流にも影響が広がる。熊本を含む九州は、半導体、自動車、電子部品、農業などの重要な生産拠点である。産業が一地域に集まることで、災害時には供給網が一斉に止まる危険もある。

 

耐震化、非常用電源、代替輸送路、通信網、上下水道、河川、避難所などへの投資は、災害が起きた時の被害を減らす。酷暑への対応として、学校や病院の空調、農業施設、電力網を整備することも必要である。

 

こうした事業は、実施した直後に利益を生むとは限らないが、危機管理投資の成果は、利益の大きさだけでは測れない。災害や有事の際に、どれだけ人命と経済的損失を守れるかという視点で評価する必要がある。

物価が上がれば、同じ予算でもできることは減る

今回の方針案では、賃金や物価の上昇を予算要求に反映する方針も示されている。これは当然のように見えるが、今までにはない重要な変化である。

 

例えば、建設資材や人件費が1割上がったのに、公共工事の予算を前年と同じにすれば、実施できる工事の量は減る。介護施設や保育所への委託費を据え置けば、職員の賃金を上げることが難しくなり、人手不足がさらに深刻になる。

 

予算額が同じでも、物価が上がれば実際に提供できるサービスは少なくなる。名目上の据え置きが、実質的な削減になる場合があるため、社会保障費については、高齢化による増加に加え、経済や物価の動きを反映するとしている。

 

こども・子育て、防衛、地方交付税についても、それぞれの計画や骨太方針との整合性を踏まえて要求するとしている。物価上昇を、機械的に予算へ上乗せするだけでは不十分であり、必要な増額と無駄な支出を丁寧に見分ける作業が求められる。

投資枠を「何でも入る財布」にしない

新しい投資枠には期待が持てる一方で、注意も必要である。要求額に上限を設けない仕組みは、使い方を誤れば、単なる歳出拡大の抜け道になる。「成長」「防災」「経済安全保障」と名前を付ければ、どの事業でも認められるということになってはならない。

 

成長投資であれば、民間投資をどれだけ呼び込んだか、雇用や所得をどれだけ増やしたか、国内生産や技術開発にどのような効果があったかを検証する必要がある。

 

危機管理投資であれば、災害や供給途絶による損失をどれだけ減らせるのか、代替手段を確保できるのかを確認しなければならない。

 

補助金や基金についても、予算を積み上げるだけでは意味がない。使われずに残っている資金や、成果の乏しい事業は見直し、必要であれば国庫へ返納すべきである。今回の方針案では、補助金や基金の点検結果を概算要求と予算査定に反映する方針を示している。

 

積極的に投資することと、無駄を認めることは別の話である。使うべきところには大胆に使い、効果の乏しい支出は厳しく改める。その両方が必要となる。

問われるのは予算の大きさより実行力

2027年度予算を、積極財政か緊縮財政かだけで評価するのは適切ではない。円安、物価高、金利上昇、株式市場の変動、中東・ウクライナ情勢、中国の威圧、地震、酷暑、豪雨など、多くのリスクが重なる中で、政府が何もしないことも大きな代償がある。

 

一方で、すべての要求を認め、国債で支出を増やし続ければ、金利上昇や財政への不信を招き、円安と物価高をさらに強める可能性もある。必要なのは、何を守り、何を伸ばし、何を見直すかという優先順位である。

 

エネルギーを安定して確保する。食料や重要物資の供給網を強くする。半導体や造船などの国内産業を育てる。道路、港湾、電力、通信を災害に強くする。子育て、医療、介護の現場を維持する。

 

これらを、別々の政策として考えるのではなく、日本の経済と暮らしを支える一つの基盤として、総合的にメリハリをつけて整備していくのが重要である。

 

今回、示された概算要求に向けた基本方針案からは、予算を一年ごとのつぎはぎから、複数年度を見通した戦略的な仕組みに変えようとする方向が読み取れる。課題は明確であり、2027年度予算に賭ける高市首相の思いが透けて見える。

 

問われるのは、先の読めない時代に必要な政策を見極め、継続して資金を投入し、それを産業、雇用、所得、安全へと結び付けられるかである。バラマキの数字合わせではなく、危機を乗り越え、将来をつくる力が試される予算となるか、今後の動きを注目したい。

 

 

第221回国会が閉会した。閉会後の7月27日には、高市首相が出席する衆議院予算委員会の閉会中審査も行われ、今国会をめぐる一連の論戦は、ひとまず一区切りを迎えた。

 

高市首相に対しては昨今、「首相の国会出席が少ない」「選挙で約束した法案を実現していない」「公約にない法案ばかり審議している」「約束を守らず、嘘ばかりついている」「そのため支持率が下がった」などの批判が繰り返されている。

 

しかし、こうした批判が妥当かどうかは、一部の審議や報道だけを見ても判断できない。国会での質疑時間、提出法案数、成立率、公約の工程、支持率と政党支持率の推移を丁寧に比較することでわかることも多い。

 

実際に、2000年以降の歴代政権の事例と比較してみたら、高市政権は総理の予算委員会出席時間を近年より抑えながらも、野党の質疑比率を高く確保し、政府提出法案をすべて成立させた政権であるということが判明した。

閉会中審査を含めた出席は38時間30分

第221回国会の衆議院予算委員会においては、高市首相は7月24日の国会閉会までに、予算委員会の質疑に7回出席し、合計35時間30分にわたって答弁した。さらに、国会閉会後の7月27日にも、3時間の首相出席の閉会中審査が行われている。

 

双方を加えると、高市首相の衆議院予算委員会への出席は8回、合計38時間30分となる。閉会中審査は、形式上は第221回国会の会期中の審議ではないが、国会最終日の予定が延期されたものであることから、第221回国会の審議時間に加えている。

 

その上で、2000年から2026年までの27国会を調べてみると、首相出席の審議は短い方から数えて9番目程度に位置している。そのため、直近の政権と比べれば少ないのは事実だが、過去最短というのも誤った認識である。

 

高市首相が出席した38時間30分の審議時間は、2000年代の内閣の平均を約2時間30分上回っている。民主党政権以降は、「首相を予算委員会に50時間前後拘束する国会運営」が半ば慣例化していたが、これを2000年代に近い水準へ戻した形となる。

 

したがって、メディアや野党が審議時間が短いと主張するのは、自分たちに都合の良い期間を切り取って比較しているだけであり、印象操作に近いものがある。

 

また、首相が委員会に出ることと、国会審議の質が高いことは同義ではない。省庁の個別事業、行政手続、地方の個別案件、過去の発言、週刊誌記事の真偽まで、あらゆる問題に首相本人の答弁を求める仕組みが、効率的であるかは検討の余地がある。

 

なお、ここでの数値は、2000年から2024年までは公開資料に基づく推計であり、2025年と2026年は質疑者別の時間を集計した実測値を中心としている。歴代順位は、政治的傾向を把握するための参考値として見る必要がある。

野党の質疑は30時間59分、全体の80.5%

ここで注目すべきは、首相の出席時間が近年より短くなった一方で、その時間に占める野党質疑の割合が極めて高いことである。衆議院では、与党が圧倒的な多数であるにもかかわらず、野党に手厚く質疑時間を配分していることがわかる。

 

予算委員会における高市首相の出席時間の38時間30分のうち、野党の質疑は30時間59分あり、野党質疑比率は80.5%となる。これは、2000年以降で最も高い水準である。

 

首相の答弁時間の約5分の4が野党に割り当てられており、「野党との論戦を避けた」「野党の質問機会を奪った」という批判とは整合しない。一方で、野党の多極化が進んでおり、1党あたりの割合で見た場合は、質疑時間が減ったと感じる野党がいるのも理解できる。

 

しかし、野党全体の質疑時間は、2010年代以降の平均よりは短いが、2000年代の平均を9時間以上も上回っており、2000年以降の27国会中では、短い方から12番目程度とほぼ中位に位置しているため、今国会の野党の持ち時間は、議席数で比べても多い方である。

 

そのため、第221回国会での首相の出席時間は近年では短い方だが、野党の質疑時間は中位程度を確保しており、配分比率で見れば過去最高水準であるという特徴がある。

 

従って、「首相が野党の質問から逃げている」というのは適切ではなく、首相の拘束時間全体は抑えながらも、野党に対しては8割以上の質疑機会を確保したと表現するのが正しい。

海外と比べて日本の国会拘束は長い

各国との比較では、制度が異なるため単純比較はできないが、日本の国会が首相を長時間拘束する傾向があることは、かねてより指摘されてきた。

 

英国の首相質問は、原則として毎週水曜日の約30分間に集中して行われ、担当分野の詳細は、各省の大臣が責任を持って答弁する。ドイツなど他の議院内閣制諸国でも、首相本人が各行政分野の個別問題を何十時間も連続して答弁を求められる仕組みとはなっていない。

 

日本では、首相が各省庁の細かな行政問題にも答弁を求められる一方で、党首同士が国家の基本政策について集中的に論争する機会は少ない。そのため、首相の出席時間を減らすには、制度全体の再設計も必要となる。

 

国会改革を進めるのであれば、党首討論の定例化や国家の基本政策は首相が答え、個別政策は担当大臣が責任を持って答える、同じ質問の反復は避ける、質疑通告を早期化・適正化する、首相出席の委員会と担当大臣中心の委員会を整理するなどの対応が求められる。

 

首相を長時間拘束すること自体を審議の目的とするような国会運営は、国際比較上も適切ではない。拘束時間の長さではなく、政策論争の質と、問われた事項については政府が適切に説明責任を果たすという、2つの質を高めることが重要である。

法案成立率は最高水準の100%

国会運営の成果を測るもう一つの数字が、内閣提出法案の成立率である。2001年から2026年までの通常国会、または通常国会に代わる国会に提出された内閣提出法案は合計2,029件、このうち成立したものは1,842件で、期間全体の加重平均成立率は約90.8%である。

 

これに対し、第221回国会では、内閣提出法案64件がすべて成立し、成立率は100%となった。最後まで残っていた建築物省エネ法改正案と予防接種法改正案も、会期延長後の7月24日に参議院本会議で可決された。

 

2001年以降、通常国会またはその代替国会で政府提出法案が100%成立したのは、2022年の岸田内閣で61件中61件と、2026年の高市内閣の64件中64件の2例だけである。100%成立は、2000年以降の国会運営と比較しても最高水準の実績となる。

法案数を絞っただけではない

成立率が高いのは、提出法案を少なくしたからではないかという見方もあり得る。確かに、2001年から2026年までの提出法案数の平均は約78件であり、高市政権の64件は長期平均を下回っている。

 

小泉政権期には、2003年に126件、2004年に127件が提出されており、法案数そのものでは及ばないが、近年は政府提出法案数自体が減少しており、2020年から2025年までの平均は約61件となる。高市政権の64件は、近年の平均をやや上回る件数である。

 

したがって、「極端に法案を絞り込み、成立率だけを高く見せた」と評価するのは難しい。近年並み以上の64法案を提出し、そのすべてを成立させたというのが実態である。

ねじれ国会との比較で分かる国会運営力

法案の成立率は、政権の政策遂行力だけでなく、衆参両院の議席構成、野党との協議、法案の内容にも左右される。2001年以降で成立率が特に低かった国会を見ると、2008年の福田内閣が78.8%、2011年の菅内閣が80.0%、2012年の野田内閣が66.3%である。

 

いずれも、衆議院と参議院で多数派が異なる「ねじれ国会」の影響を強く受けた時期である。これに対し、高市政権は自民党と日本維新の会の連立を軸にしながら、法案ごとに国民民主、中道、参政党、チームみらいなどとも協議し、成立に必要な合意を形成した。

 

国家情報会議設置法案は、衆議院で自民、維新に加え、中道、国民、参政、チームみらいが賛成し、参議院でも可決された。2026年6月3日に公布され、法律第28号となっている。

 

この実績は、「野党を無視して法案を押し通した」というより、法案ごとに異なる政党との合意形成を行った結果と見るべきである。

政府法案以外でも連立合意を実行

政権の実績を、内閣提出法案だけで測ることも適切ではない。国会では、政党間の合意に基づき議員立法で成立させる法案も少なくない。高市政権下では、国旗の損壊等の処罰に関する法律案が、自民、維新の会、国民民主、参政党の共同提出で議員立法として成立した。

 

外国の国旗を損壊した場合に刑罰がある一方、日本国旗については同様の規定がないという制度上の不均衡を改める法案であり、紆余曲折を経ながらも成立した。

 

また、副首都整備を含む国家社会機能継続性確保法案も、自民と維新の会が協議して提出した議員立法である。同法案は、首都直下地震や大規模災害、テロなどに備え、国家機能の継続性を確保するため、副首都となり得る地域の整備や政府機能の分散を進める。

 

審議の過程では、政府に毎年の国会報告を求める修正なども加えられた。高市首相は、副首都法案と定数削減法案を、連立合意のセンターピンと位置付けており、定数削減法案は次の国会で審議が行われる予定である。

 

政権公約や連立合意の実行状況を評価する際には、内閣提出法案、与党提出の議員立法、他党との共同提出法案、予算措置、行政組織の新設、閣議決定、制度設計の着手などを合わせて検証する必要がある。

公約は約束された期限ごとに評価

選挙公約には、実施時期の異なる政策が混在している。高市首相は施政方針演説で、自民党の政権公約と日本維新の会との連立政権合意書に掲げた内容を「一つ一つ実現していく」と明言したが、公約の全てを第221回国会で成立させるとは説明していない。

 

公約には、今国会で成立を目指すもの、次期国会で提出するもの、国民会議などで制度設計を進めるもの、複数年度で実施するもの、各党協議を経て結論を出すものなどがある。

 

例えば、時限的な食料品の消費税率ゼロは、選挙前の記者会見で、給付付き税額控除を含む社会保障・税一体改革を議論する国民会議で検討すると説明し、スケジュール感を示していた。そのため、第221回国会で即座に税率をゼロにする約束ではない。

 

出産費用の自己負担軽減、給付付き税額控除、社会保障制度改革なども、それぞれに制度設計や法案提出の時期が示されている。

 

期限が到来していない段階で、今国会で成立していないから公約違反と断定するのは、工程を無視した評価である。一方で、衆議院議員定数削減など、今国会では決着しなかった項目も残っているのは事実である。

 

したがって、高市政権の公約評価は、成立・実施済み、一部実施、法案提出・審議済み、制度設計中、与野党協議中、未着手、期限未到来を、区別して行うべきである。重要なのは、約束された期限までにどこまで進んだかを評価することである。

公約にない法案ばかりという批判

国会では、公約に明記された政策だけを審議すればよいというわけではない。政府には、社会経済情勢の変化、災害、感染症、外交・安全保障、行政上の制度不備、最高裁判決への対応などに応じ、必要な法案を提出する責任がある。

 

公約に一字一句書かれていない法案を提出したこと自体を問題視すれば、政府は選挙後に発生した課題へ対応できなくなる。

 

評価すべきなのは、公約外の法案を提出したかどうかではなく、公約実現を放棄していないか、法案に必要性と合理性があるか、国会で十分な審議が行われたか、政府が国民に説明したかである。

 

高市政権では、政府提出64法案を成立させる一方、公約や連立合意に関する法案、議員立法、予算措置、制度設計も並行して進めている。したがって、「公約にない法案だけを審議し、公約には手を付けなかった」という批判は、実際の政策進捗とは一致しない。

小泉内閣に匹敵する高い支持率

支持率についても、歴代政権との比較が欠かせない。報道各社の平均では、高市内閣の支持率は、2025年10月63.8%、11月70.5%、12月69.0%、2026年1月65.2%、2月66.6%、3月64.8%、4月64.0%、5月62.6%、6月61.4%、7月54.6%と推移している。

 

2025年11月の70.5%を頂点に、2026年7月までに15.9ポイント低下しており、支持率が下落基調にあることは否定できないが、高市内閣は発足から支持率は高く、政権発足直後には80%を超えたものもある。これは、小泉内閣に次ぐ高い水準である。

 

したがって、現在の支持率低下には、異例に高かった発足時の期待値、いわば「発足時プレミアム」が平常水準へ修正される過程も含まれていると考えるべきである。

小泉政権も高支持率から大きく下落

高市内閣と比較しやすいのは、小泉内閣である。小泉内閣は2001年の発足直後、各社の世論調査で70~80%台という極めて高い支持率を記録した。しかし、その後は経済情勢、構造改革への反発、閣僚人事、外交問題などを受けて大きく低下した時期もある。

 

それでも、郵政民営化など政策上の争点を明確にし、選挙によって国民の信任を問い直すことで支持を回復し、5年以上にわたる長期政権を維持した。つまり、発足時に70~80%台の高支持率を得た政権が、その後15~30ポイント低下すること自体は珍しくない。

 

重要なのは、支持率が一時的に下がったかではなく、政策課題を明確にできるか、成立させた制度が成果を生むか、支持低下後に回復局面を作れるか、選挙で改めて信任を得られるかである。

 

高市内閣の7月の54.6%という支持率は、ピークから見れば大幅な下落だが、2000年以降の多くの政権と比較すれば、なお高い水準にあるということである。

麻生政権末期とは異なる構造

支持率低下が政権交代に直結する局面では、政権支持が下がるだけでなく、その支持が野党へ移る。2009年の麻生内閣では、支持率が10%台まで落ち込み、民主党の政党支持率が自民党を上回った。

 

民主党は政権交代の受け皿として認識され、衆議院選挙で308議席を獲得し、実際に政権交代を実現した。これに対し、現在の高市政権では、内閣支持率が低下しても、主要野党の支持率は大きく上昇していない。

 

2026年6月から7月にかけての調査では、自民党と維新の合計支持率は約2.3ポイント低下、掲載された野党各党の合計は約0.4ポイント上昇、支持政党なしは約1.3ポイント上昇となっている。

 

政権への不満の多くは、野党支持ではなく、無党派化や判断保留へ向かっている。これは、2009年の政権交代前夜とは明確に異なる。国民は、高市政権に注文を付けているが、同時に、野党を代替政権として積極的に評価しているわけでもない。

政権批判だけでは野党支持は増えない

2000年以降の政党支持率の推移を見ると、与党への批判が強まれば、自動的に野党の支持が上がるわけではない。

 

2009年に民主党が支持を伸ばしたのは、麻生政権への批判だけが理由ではない。民主党が、政権交代の受け皿として認識され、具体的なマニフェスト、候補者、組織、政権構想を持っていたからである。

 

現在の野党が政権支持率の低下を取り込めていないのは、政権批判の量が足りないからではない。批判の先にある政策、財源、工程、政権構想が十分に伝わっていないからである。

 

国会では、物価高、外交、安全保障、社会保障、地方政策などに関する実質的な質疑も行われた。したがって、野党質疑のすべてを「中身がない」と決め付けるべきではない。

 

一方で、週刊誌報道、発言の一部分、人物関係、過去の動画などを材料にした追及が繰り返され、法案や予算に対する具体的な代案が見えにくくなった場面も少なくなかった。

 

疑惑を検証し、政治家の説明責任を問うことは国会の役割である。しかし、報道された疑惑と、客観的に確認された事実は区別しなければならない。

 

根拠が確定していない情報を前提に人格や動機を攻撃し、同じ質問を繰り返すだけでは、国民には「政策論争ではなく、相手を傷つけることが目的化している」と映る。

 

支持率が下がっても野党支持が上がらない背景には、こうした国会論戦への冷めた視線もあると考えられる。

人格批判より対案が求められている

野党が政権を批判すること自体は、議会政治に不可欠である。政府に誤りや不透明な点があれば、厳しく追及しなければならない。しかし、政権担当能力を示すためには、批判だけでは足りない。

 

物価高を批判するのであれば、どの税を下げ、どの給付を行い、財源をどう確保するのかを示す必要がある。社会保障改革を批判するのであれば、給付と負担のどこを変えるのかを示す必要がある。

 

外交・安全保障政策を批判するのであれば、中国、ロシア、北朝鮮、米国との関係をどのように構築するのかを示さなければならない。法案に反対するのであれば、単に廃案を求めるだけでなく、修正案や対案を提示することが望ましい。

 

人格批判や誹謗中傷に近い言葉を重ねても、政権を担う準備があることの証明にはならない。国民が見たいのは、誰をどれだけ強く批判したかではなく、自分たちの生活をどう改善するかである。

メディア報道が逆に政権を支える構図

メディア報道にも検討すべき点がある。首相の衆議院予算委員会への出席時間だけを示し、国会出席率が低いと報じれば、参議院、本会議、他委員会、閉会中審査、外交日程などは見えなくなる。

 

第221回国会についても、当初予算審査の35時間30分だけを示せば、7月27日の閉会中審査3時間は反映されない。政府提出法案の成立状況についても、会期途中の数字を最終結果のように扱えば、64件すべてが成立した事実を見誤る。

 

公約についても、「今国会で成立」「次期国会へ提出」「制度設計を開始」という工程を区別せず、今すぐ成立していないものをすべて「公約破り」と報じれば、政策評価ではなく印象評価となる。

 

疑惑報道においても、疑惑が報じられた、関係者が主張した、客観的証拠が確認された、違法性が認定された、という段階を区別しなければならない。

 

こうした区別を欠く報道が続けば、政権批判を強めるどころか、「また印象操作ではないか」という反発を生み、政権支持層を結束させる可能性がある。

 

高市政権の発足後、批判的な報道が強まる局面で、逆に支持率が上昇した時期があったことも、こうした反作用と無関係とは言い切れない。

 

もっとも、世論調査だけで報道と支持率の因果関係を証明することはできない。メディア不信は政権を一時的に下支えしても、国民生活を改善する実績の代わりにはならない。

支持率維持より政策実行を優先

国家情報機関、皇室制度、国旗損壊、副首都、外国人政策、経済安全保障などは、いずれも賛否が分かれやすい政策である。

 

支持率の維持だけを優先するのであれば、対立を生む法案は先送りし、給付や補助金など、短期的に受け入れられやすい政策だけを前面に出す方が政治的には安全である。

 

しかし高市政権は、国論を二分する可能性のある政策についても、国会での審議と法案成立を進めた。高市首相自身も、選挙の段階から、国論を二分する政策を推進するには国民の明確な信任が必要であるとの考えを示していた。

 

つまり、対立を生み得る政策を進めること、その結果として一定の支持を失う可能性を、選挙前から説明していたことになる。この点から見れば、支持率の低下は、単なる失政の結果だけではなく、対立を避けずに政策を進めたことによる政治的コストという面もある。

 

もちろん、対立的な政策を進めたというだけで、その内容が正当化されるわけではない。法案の必要性、立法事実、基本的人権への影響、財政負担、制度の運用については、今後も厳しく検証されるべきである。

高市政権の現在地

質疑時間、法案成立率、支持率という3つの指標を、2000年以降の歴代政権と比較すると、高市政権の特徴は明確である。

 

首相の予算委員会出席時間は、2010年代以降の平均よりは短いが、2000年代を上回り、2000年以降では短い方から9番目程度であり、極端に少ない水準とは言えない。

 

野党質疑時間と配分率は、2000年以降ではほぼ中位に位置する。首相出席時間に占める野党質疑比率は80.5%であり、2000年以降では最も高い。そのため、首相の拘束時間は近年より減らしながら、野党の質問機会の比率は削っていないと言える。

 

政府提出法案成立率は、内閣提出法案は64件中64件が成立し、成立率は100%である。2001年以降では、2022年の岸田内閣と並ぶ最高記録であり、法案数も近年平均を上回る。

 

公約・連立合意の実行は、公約や連立合意に関連する政策が、政府法案、議員立法、組織新設など複数の方法で進められており、一部に未達や継続審議となった項目はあるが、公約を何一つ実現していないという評価は成立しない。

 

内閣支持率は、発足時は小泉内閣に次ぐ最高水準であり、ピークから約16ポイント下落しているが、7月平均でも54.6%を維持しており、歴代政権との比較では高い水準にある。

 

野党への支持は、2009年の麻生政権末期とは異なり、内閣支持率の低下が大幅な野党支持増につながっていない。支持率低下分の多くは無党派層や態度未定層へ移っている。

 

これらの内容から判断すれば、高市政権は、国会答弁時間の長さより立法成果を優先し、野党へは高い質疑比率を確保しながら、対立的な政策を含む法案を成立させた政権と位置付けられ、支持率を一部失いながらも、野党への政権交代期待は高まっていないと分析できる。

次の焦点は「成立数」から「生活実感」

今国会における立法実績は高いが、法案を成立させれば政策が成功したことになるわけでもない。今後の焦点は、成立した制度が国民生活の改善につながるかである。

 

第1は、物価と実質賃金である。高い法案成立率を示しても、食料品やエネルギー価格の上昇が続き、家計の負担が軽くならなければ、支持率の回復にはつながらない。

 

第2は、未完了の公約である。定数削減、消費税を含む負担軽減策、出産費用、給付付き税額控除、社会保障改革など、次の国会で何を提出し、いつ実施するのかを示す必要がある。

 

第3は、成立法の運用である。国家情報会議、副首都、経済安全保障、皇室制度などの仕組みが実際に機能するか、権限濫用や制度の形骸化を防ぐ仕組みが働くかが問われる。

 

第4は、国会改革である。総理出席を減らすだけではなく、党首討論を定例化し、担当大臣が政策の詳細について責任を負う仕組みに改めなければならない。

 

第5は、国民への説明である。政策の工程と実施時期を繰り返し示し、成立したもの、進行中のもの、期限未到来のもの、未達のものを明確に区別する必要がある。

支持率を左右する3つのシナリオ

今後の政治情勢は、大きく3つに分かれる可能性がある。

 

第1のシナリオは、成果が見え、支持率が回復するシナリオである。成立した法案の効果が見え、実質賃金、物価、教育費、医療費、地方経済などで改善が実感されれば、支持率は再び上昇する可能性がある。

 

小泉政権が支持率を上下させながら長期政権を維持したように、政策の争点化と成果によって再浮上する余地は十分にある。メディアや野党による批判が、客観的な事実を欠いた人格攻撃や印象論に傾けば、その反作用によって政権支持層が再結集する可能性もある。

 

第2のシナリオは、50%前後で安定するシナリオである。政策への評価と反発が拮抗し、支持率が50%前後で推移する可能性もある。

 

この場合、野党が支持の受け皿にならなければ、高市政権は一定の安定を維持できる。ただし、無党派層が増え続ければ、平時には安定して見えても、選挙時に有権者が一気に動く不安定さを抱える。

 

第3のシナリオは、生活実感が改善せず、支持率が続落するシナリオである。物価高が続き、公約の実施が遅れ、成立法の効果が見えなければ、支持率はさらに低下する。

 

野党が財源と工程を伴う現実的な対案を示し、政権を担う準備を整えれば、2009年のように政権批判が政権交代期待へ転化する可能性が生まれる。逆に、野党が人格批判や疑惑追及に依存し続ければ、支持率低下分は無党派層に滞留し、政権交代にはつながりにくい。

結論

2000年以降の歴代政権と比較した結論は明確である。

 

高市首相の衆議院予算委員会への出席時間は、2010年代以降の政権の中では短かったことは事実である。しかし、出席時間38時間30分は、2000年代の平均は上回っており、2000年以降で見れば極端に短い水準ではない。野党質疑は30時間59分確保しており、首相出席時間に占める割合は80.5%と、野党の質問機会を一方的に奪ったとも言えない。

 

政府提出法案は、64件すべてが成立し、成立率は2001年以降で最高水準である。国家情報会議、国旗損壊、副首都、皇室制度など、公約や連立合意に関連する政策も、政府法案、議員立法、組織新設などの形で進められた。

 

支持率は、ピークから下落しているが、発足時が2001年以降で小泉内閣に次ぐ最高水準であったことを考慮する必要がある。さらに、低下した分が主要野党へは大きく移っておらず、2009年の政権交代前夜とは状況が異なる。

 

参照

数字で読み解く高市政権の国会運営

数字で読み解く高市政権の国会運営解説動画