マーメイ海賊団が船を襲った数日後。
マーメイモンとガワッパモン、イッカクモンは出かける準備をしていた。
大柄なイッカクモンの背に、金目の戦利品を詰めた大きな袋を二つ乗せる。
「かしら、密売屋に行くの?」
ガニモンが声をかけてきた。マーメイモンは準備の手を止め、ガニモンと視線を合わせるためにしゃがんだ。
「ああ、留守番頼むぞ」
「じゃあ、これも売ってきて!」
ガニモンが小さな袋を差し出した。マーメイモンの手のひらに収まるくらいの大きさだ。
袋を空けると、小粒の赤い石が十数個入っている。光を反射してきらめく。
「いつもの
「うん。ワカメ取りの時に見つけた分」
海底の赤石谷と呼んでいる場所でよく見つかる、きれいなガラス石だ。大した額にはならないが、足しにはなる。
「あと、これはかしらの分!」
ガニモンが顔を赤らめながらハサミを伸ばした。
その先には、大ぶりなガラス石のついた髪ゴムがあった。石をゴムにくくりつけただけの不格好なものだ。
それでもマーメイモンは目を丸くして、喜んで受け取った。
「お前が作ったのか? すごいな。せっかくだからつけていくか」
「わーい!」
マーメイモンが毛先に髪ゴムをつける。ガニモンは両方のハサミを振り上げて嬉しがった。
その姿に軽く手を振って、マーメイモン達は出発した。
向かったのは、海に浮かぶ島の一つ。
島の入り江に着いたところで、一行は海の上に顔を出した。
マーメイモンがイッカクモンに手を向けた。
「イッカクモン、荷物を渡しな」
「かしら、そろそろおれも密売屋のところまで付いていくよ。陸を歩くのは、かしらよりおれの方が速いし」
イッカクモンの言葉に、マーメイモンは静かに首を横に振った。
「いい。あの野郎と会うのは、あたしとガワッパモンだけで十分だ」
「そうそう。楽しい奴じゃないからな」
ガワッパモンが深いため息を吐いた。
イッカクモンが渋々背から袋を下ろし、一つずつ渡す。
イッカクモンをその場に残し、マーメイモンとガワッパモンは砂浜に上がった。
砂浜に上がると、マーメイモンの速度は格段に落ちる。マーメイモンには、ガワッパモンのような足やイッカクモンのような強靭な腕がない。尾びれを地面につけ、錨を杖のように突きながら進むしかないのだ。
この海を縄張りにする海賊のかしらが、陸に上がるだけでこのザマだ。
陸に上がるたびに、マーメイモンは惨めな気持ちに襲われる。
横を歩くガワッパモンが、歩調を合わせてくれている。マーメイモンの息が上がっても、気づかないふりをしてくれる。その気づかいが、むしろ辛い。
入り江の岩場を抜けると、目的の村に入った。
村と言っても、ほぼ廃村だ。かつては漁村だったが、水質の悪化により魚が取れなくなり捨てられた。穴の開いた船や、砂に埋もれた網がその名残だ。
だが、こんな忘れられた村だからこそ住み着いたデジモンがいる。
朽ちかけた建物群の奥に、唯一手入れされた民家が建っている。マーメイモン達の目的地だ。
息を整えたところで、扉の丸い取っ手に手をかける。一定の角度で数回左右に回す。鍵の外れる音がする。
扉を開ける。中は棚が置かれ、雑然と物が置かれている。そこでは収まらず、床の上にも木箱が置かれている。
並んでいるのは食料品に宝飾品、中古の武器防具、マーメイモン達には使い道の分からない部品等々。
ほとんどが盗品か密輸品だ。
「おう、お前らか」
奥のカウンターから、ハンギョモンが顔を出した。いつもしかめ面で、眉間にはしわが寄っている。
この密売屋の店主。店に並んでいる商品はもちろん、客が要望すれば地方通貨や身分証明書まで扱っている。
盗品を売りに来るマーメイモン達とは顔なじみだ。
ハンギョモンがカウンターを軽く叩いた。
マーメイモンとガワッパモンは奥へと進み、袋の中身を空けた。カウンターに今回の盗品が並ぶ。
ハンギョモンは片目を軽く痙攣させながら、盗品を確認していく。時々指を折り、金額を数えてぶつぶつとつぶやく。
最後にマーメイモン達を見上げて告げる。
「全部で3740ビットだ」
「おい、今日はいつもに増してケチじゃないか?」
ガワッパモンは文句を言いながら、指輪を一つ手に取った。
「ほら、前にこんなの持ってきた時は、2000ビットもくれたじゃないか」
「あれは有名な細工師が作ったやつだったし、ちょうど高く買いたいって言ってる客がいたんでな。今回のこれは安物だ」
ハンギョモンは淡々と答えて、指輪を取り返した。
にらみつけるガワッパモンを、ハンギョモンが鼻で笑う。
「はっ。うちの金額に文句があるなら他を当たりな」
その言葉に、ガワッパモンはこぶしを握り締めて言葉に詰まる。
他なんて、知らない。地上もろくに歩けないマーメイモン達が頼れるのはここだけだ。
険悪になりかけた雰囲気を壊すように、マーメイモンが割って入った。
「そうだ、これも買い取ってくれ」
手のひら大の袋を空けると、中から小粒の赤い石が十数個こぼれ出た。
ハンギョモンは興味なさそうに数える。
「50ビットってとこだな」
マーメイモンは素直に頷く。少しは食料を買う足しになる。
ハンギョモンがマーメイモンの髪ゴムを指さした。
「その石も売っていくか? 5ビットくらいはつけてやるぞ」
マーメイモンはガラス石の髪ゴムを手で覆い、首を横に振った。
「これは売り物じゃない。仲間にもらった大事なものなんだ」
「ん。じゃあ、今日はこれだけだ」
ハンギョモンは買い取った額の硬貨をカウンターに置いた。それを横目に、マーメイモン達は店内の商品を見て回る。
この店で品物を売っても、マーメイモン達が金を持ち帰ることは滅多にない。
食料と、小さいデジモンのための薬。それを買うだけで金は消えていく。
買った物を袋に詰めていると、ハンギョモンが声をかけてきた。
「そうだ、もし次に船を襲う時に、割符を手に入れたら持ってこい」
「わりふ、ってなんだ?」
マーメイモンが聞き返すと、ハンギョモンがカウンターの下から木の札を取り出した。
マーメイモンとガワッパモンがそれを覗き込む。木の札の端には、何か黒い模様が描かれている。
「大きな町で商売をする時には、町での商売権を手に入れる必要がある。この割符は、商売権を持っている証明書だ。特に、十字路のバザールの商売権は条件が厳しくて、入手するのは難しい」
「つまり、十字路のバザールの割符を手に入れてこいってことか」
ガワッパモンの言葉に、ハンギョモンが頷いた。
「高く買うと言っている奴がいる。まあ、お前達はこんな風に端に文字が書いてある木の札を持ってくればいい」
「分かった」
マーメイ海賊団は全員字が読めないが、要するに目の前にあるのと同じような札を奪ってくれば良いのだ。
奪うのは得意だ。
☆★☆★☆★
お待たせしましたー。水の章2話目です。
マーメイモンが空気中を泳げることにするか迷いましたが、やめました。地べた這いずってる方が今のマーメイモンらしいし(ひどい)
密売屋のハンギョモンのイメージは、スターウォーズエピソード1のワトー(アナキンの所有主)です。辺境の偏屈な嫌な商人書こうとしたら、あれが思い浮かびました。っていう割にエピソード1は10年近く見てないけど←