ガルルモンは、少年王の姿を探して城内を歩き回った。
自室、ディノビーモンの執務室、謁見室――。
ふと思いついて、先程ガラスの破片が撒かれていた場所に足を向ける。引っかかったデジモンがいないか、見に戻るかもしれない。
ガルルモンの肉球が床を踏みしめる。元から足音のする種族ではなく、静かに廊下を進む。
「ちえっ」
舌打ちが聞こえた。
ガラスがあった場所に、少年王が立っていた。きれいに片付けられた床を見て、残念そうに唇を尖らせている。
ガルルモンはもう数歩近づいてから、声をかけた。
「いたずらの度が過ぎます、殿下」
少年王の肩が驚きで跳ね上がった。ガルルモンを視認してすぐ、駆け出そうとする。
ガルルモンの足が床を蹴る。素早く少年王の進路に回り込んだ。
少年王は眉をしかめながら立ち止まった。逃げられないと観念したらしい。
「何しに来たの」
少年王がつっけんどんに聞く。
ガルルモンは淡々と答える。
「捕まえて叱りに来ました。いつもと同じです」
その答えに、少年王が更に眉をしかめる。
「廊下にガラスの破片を撒けば、俺だけでなく他のデジモンも怪我をする危険があります。城の者を傷つけるようないたずらは」
「そうやって前と変わらない風にしてれば大丈夫とでも思ってるの」
ガルルモンの説教は、少年王の鋭い早口に遮られた。
少年王がガルルモンを睨んでいる。
「みんな、あの日から僕のこと怖がってる。ガルルモンも同じだろう」
少年王の言葉には一理ある。
ララモンは少年王の過激ないたずらを制止できなくなった。
ケンタルモンは、自分で少年王を探そうとせず、ガルルモンに体よく押しつけた。
だが、ガルルモンは少年王の目をまっすぐに見据えて、答える。
「毎日のように仕様もないいたずらを仕掛けてくるワルガキなど、怖くはありません」
思いがけない答えだったのだろう。少年王が目を丸くしてひるんだ。戸惑って、ガルルモンから視線を逸らす。
その反応を見て、ガルルモンは一つの確信を得た。
一瞬迷った後に、「殿下」と声をかける。
「無礼を承知で申しあげます。最も殿下のことを怖れているのは、殿下自身ではございませんか」
「っ!」
少年王ははっと息を飲んだ。ガルルモンから目を逸らしたまま、こぶしを握りしめる。
図星だったらしい。
ガルルモンは少年王の顔を見ながら、ゆっくりと語りかける。
「殿下は、類まれなる力を持ってお生まれになった。この世界で貴方に比肩する力を持つ者はいないと言っていい。――だからこそ、誰も貴方に戦い方を教えようとはしてこなかった」
少年王は膨大な力と、赤ん坊のような無知を併せ持って生まれてきたという。
政治のことはディノビーモンが、学問はケンタルモンが教えている。
だが、兵士が学ぶ戦いの初歩すら学んでいない。学ぶ必要がないと誰もが思っていた。
「しかし今、殿下は自分の中にある膨大な力の使い方が分からずにいる。また暴走することを怖れておられる」
いたずらが過激になったのも、不安の表れだろう。
少年王が、ガルルモンに視線を戻した。先程のような強気の表情ではなく、その目は途方に暮れたように揺れていた。
「僕は、どうしたらいい」
「戦い方を学ぶべきです」
ガルルモンははっきりと答えた。
「学べば、力を制御する術も身に付きます。そうすれば、怖れは自然と消えるでしょう」
少年王はガルルモンの言葉を飲み込むように、何度か頷いた。
さて、誰が指南役になるか。ガルルモンは数体のデジモンを思い浮かべた。
ディノビーモンは実力があるが政務に忙しい。ここは近衛兵の誰かが受け持つことになるだろうか。
「ガルルモン、教えてくれる?」
少年王の言葉が、一瞬理解できなかった。
「俺が、ですか?」
ガルルモンの上ずった声に、少年王が深く頷く。
「ガルルモンに教えてほしい」
今度はガルルモンが戸惑う番だった。
「信頼くださるのは嬉しいですが、俺は一介の兵士です。それに、殿下とは種族が異なりますので、戦い方も違います。ここは、似た種族に教わった方が」
少年王の表情を見て、ガルルモンの言葉が止まった。
少年王は、寂しそうな顔をしていた。
草原の町を滅ぼしてから、少年王は複数のデジモンに怖れられている。少年王に本心でぶつかってくるデジモンはまれだ。
ガルルモンは、今の少年王が信頼できる数少ないデジモンなのだ。
ここで断れば、少年王はガルルモンに裏切られたと思うだろう。
ガルルモンは決意を固めた。
少年王の前で前脚を折り、臣下の礼をとる。
「かしこまりました。殿下の仰せとあらば、身に余る栄誉を賜りましょう」
ガルルモンが顔を上げると、少年王と目が合った。
「ありがとう、ガルルモン」
そう言って、少年王は小さく微笑んだ。
久しぶりに見る笑顔だった。
☆★☆★☆★
少年王とガルルモンの関係は、ここから更にずぶずぶになっていきます。
ガルルモンが、ここで見切りをつけられるほど冷淡な性格だったら、この先苦しまずに済んだでしょうに、ね。