僕は一人、トレイルモンに乗って、アキバマーケットに来た。
氷のエリアに、チャックモンとブリザーモンのスピリットを返すために。
今回オリンポス十二神族に結界を破られたことを反省して、各エリアの結界を強化することになった。そして、十闘士のスピリットなしじゃ強化なんてできない。
スピリットを運ぶ役は、誰かデジモンに頼むこともできた。でも、僕達は自分のスピリットを自分で運ぶことにした。
少しでも長く、一緒にいたいから。
スピリットの台座は アキバマーケット振興会長の家の地下に移動されていた。巨大ダルマストーブと結界、二つの生命線を同じ場所に置くのは危ない、と学んだ結果なんだって。
地下の台座には、ナノモンが待っていた。
「台座の調整は済んでいる。後は友樹がスピリットを置けば完成だ」
「分かった」
僕はデジヴァイスをポケットから出した。
デジヴァイスの読み取り部を台座に向けると、氷の闘士のスピリットが現れ、台座へと飛んだ。
二つのスピリットが台座の上で止まる。そこから天へと白い光が伸びた。
それを見上げて、ナノモンが満足げに言う。
「これで氷のエリアは安泰だ。さて、振興会長が友樹へのお礼のためにささやかだが食事を用意しているらしい。会場まで案内しよう」
ナノモンが先に地上への階段を上がっていく。僕はすぐに動けなくて、台座の前で突っ立っていた。
大切なスピリットとの別れなのに、すごくあっさりしている。
十二神族との戦いが終わっても、壊されたチャックモンの心は戻らない。会話したいと思ってもできない。
それでも僕は、スピリットに話しかける。
「ありがとう、チャックモン。もう一度、君に会えて良かった」
スピリットは、黙って浮いている。
「2年前はあっという間の別れでちゃんと言えなかったけど、今は言えるね。……さようなら」
きっともう、3度目はない。今度こそ最後の別れになる。
僕は涙をこらえて、スピリットに背中を向ける。
『友樹、またね』
僕はハッとして振り向いた。チャックモンの姿がスピリットに重なって見えた、気がした。
一瞬のことだったけど、僕はスピリットに笑顔で答えた。
「うん! またねっ、チャックモン!」
―――
スピリットを置いて戻ってきたのは、私が拓也と純平の次で2番目だった。
他のみんなが戻ってくるまで、まだ時間がある。
私は森の小道を抜けて、ある場所に向かった。
近づくにつれて、デジモンの声や重たいものを運ぶ音が聞こえてくる。すぐに視界が開けた。
そこでは、十二神族の世界から逃げ延びたデジモン達が大工仕事をしていた。
彼らは町の中で他のデジモン達と生きていくこともできた。でも彼らは、ここでひっそりと生きていくことを選んだ。ユピテルモンのせいだとしても、この世界を傷つけた責任がある。だから、世界の片隅に住む場所をもらえるだけで十分だ、って。
そして、人気のないこの森の中に、自分達の村を作ろうとしている。
ふと、材木を運ぶデジモン達の中に見覚えのある姿を見つけた。
「純平、みんなの手伝い?」
声をかけると純平は、ああと答えながら材木を置いた。
「何もしないで輝二達を待ってるのも暇だし、少しは力になろうと思って」
純平と一緒に、改めて辺りを見回す。
大きなログハウスが1つ。小屋が5つ。作りかけの家が十数件、井戸も掘りかけ。300人のデジモン達が住んでいくにはまだまだ足りない。
それでも働くデジモン達には、ここで生きていこうとする力強さがあった。
「そうだ泉ちゃん、始まりの家を見ていきなよ」
純平が私を大きなログハウスに案内する。
「始まりの家って?」
「中に入れば分かるから」
言われるままに、ドアを開ける。
そこには、200個近いデジタマが並んでいた。デジモン達が必死の思いで運んできた、これから生まれる命だ。
「この家、昨日できたばかりでさ。今日の午前中に、みんなと俺でデジタマを運び込んだんだ」
純平が満足げに、床一杯に並ぶデジタマをながめる。
デジタマを見回っていたバクモンが、私達に気づいて近寄ってきた。
「船を救ってくれた時はありがとうございました。おかげで私達も生きていけます」
「いいのよ、お礼なんて。みんなが頑張ってる姿を見られて安心したわ」
私が微笑むと、バクモンは照れ臭そうに肩をすくめてから、デジタマに顔を向けた。
「この中には、オリンポス十二神族のデジタマもあります。でもみんなで話し合って、どれが神のデジタマなのかは調べないことにしました。私達は神に頼らず、自分達の力で生きていくことにした。だから、オリンポス十二神族が生まれ変わったデジモンも、普通のデジモンと同じように育てるつもりです」
そう言うバクモンは少し寂しそうで、でも胸を張っていた。
「なあ、このデジタマ生まれそうだぜ!」
純平の声に、私とバクモンは水色のデジタマに駆け寄った。
デジタマにひびが入り、中からひょっこりと赤ちゃんが顔を出す。雪見だいふくに丸い耳と目をくっつけたような、可愛いデジモン。
「これはユキミボタモンですね」
バクモンの声を聞きながら、私は両手で赤ちゃんをすくいあげる。
私が知っているデジモンの生まれ変わりかもしれない。そうじゃないかもしれない。
どちらでも変わらない。私は指先で、赤ちゃんの頭を優しく撫でる。
「
―――
炎のエリアから戻ってすぐ、俺はトゥルイエモンに呼び出された。
内容は聞く前から分かっている。トゥルイエモンが調べてくれたこと――信也の胸に埋め込まれたスピリットのことだ。
「まず、我々の技術では信也の体を元に戻すことはできない」
俺は黙ってうなずいた。正直、予想はしてた。
信也はこれから、スピリットを抱えて生きていくことになる。
「その上で、一つ心配なことがある。君も知っていると思うが、人間世界とデジモンは相性が悪い。進化しなければ人間世界への影響は防げるだろうが、信也の体への影響が心配だ。スピリットを埋め込んだ人間が人間世界に行ったら体にどんな影響が出るのか、予想がつかない」
「そう、だよな。スピリットが心臓代わりをしている人間なんて、信也以外にいない」
フレイモンやスサノオモンになって人間世界に行ったことはあるけど、あれはスピリットの力をまとった姿だ。今の信也の状態とは違う。
「事情を知らない人間達の中で、スピリットのことを隠して生きていくのは苦しいだろう。もし、もしも信也が望むのならば、デジタルワールドで暮らすこともできる」
「……この話、信也にはしたのか?」
「ああ、もう話した」
「で、信也は何て言ったんだ」
「『それでも俺は人間世界に帰る。家族とケーキが待ってるんだ』、と。そう言った」
きっと、少し強がった笑顔で言ったんだろう。俺にはその顔が想像できた。
俺はトゥルイエモンの顔を見てはっきりと伝える。
「信也が帰るって言ったんなら、それでいい。俺があいつを見守るよ」
俺の言葉に、トゥルイエモンは苦笑して肩の力を抜いた。
「その力強い目、答え方、信也とそっくりだ」
「俺は信也の兄だからな」
俺は笑って答えた。
☆★☆★☆★
いよいよ次回、最終回です。星流のことなので長くなるかもしれませんが、1話としてまとめたいと思います。