最初のロビーに戻って、正面の広い階段を上がる。壁に突き当たった所で階段は二つに分かれ、半円形の壁に沿って二階に伸びている。
上がってみると、二階に廊下が伸びていた。階段はまだ上に続いているけど、まずは二階に進む。
突き当たりには両開きの背の高い扉があった。ヴリトラモンでも楽に通れそうな大きさだ。
全開になったままの扉の向こうには、ディノビーモンの執務室に似た部屋があった。二十畳くらいのスペースの奥に机があって、壁は窓と本棚が並んでいる。床にはクリーム色のあせたじゅうたんが敷いてあった。時が経ってボロボロで、踏むと粉々に崩れた。
ディノビーモンの部屋と違ったのは、机のサイズだった。机もイスも低くて、幅も小さい。試しに座ってみると、俺の足がちょうど床についた。机の高さも無理なくひじがつける。
この机とイスは、人間の子どもくらいの体格に合わせて作られている。
「ここはルーチェモンの執務室か」
「うん」
俺のつぶやきに、ノゾムが生返事を返した。辺りを見回しても、ぼんやりしたユウレイばかりでフラッシュバックが起きる気配はない。
ノゾムが俺の手を引く。
「早く次の場所に行こう」
「そうだな。お前の過去を突き止めたいし」
俺が立ち上がりながら言うと、ノゾムはあいまいにうなずいた。
「僕自身のことも気になるんだけど。それよりみんながどうなったのか知りたい。ディノビーモンが永遠の城で倒されたのは聞いているけど、バドモンやケンタルモンはどこに行ってしまったんだろう」
この城が滅びて二百年。人間はもちろん、デジモンにとっても長い時間だ。三大天使のように進化を繰り返したデジモンならともかく、普通のデジモンは長くて百年。二百年前のデジモンが生きているとは思えない。
でも。
「ノゾムが今こうして生きているんだから、希望は持っていいんじゃないか? ノゾムがこの時代に来た方法を突き止めればいいんだよ。同じ方法でバドモン達が生きてるかもしれないぜ」
俺の励ましに、ノゾムがほほえんだ。
「うん。そのためにも、記憶を取り戻さないと」
机の裏手には扉の破壊された跡があって、小部屋に通じていた。
小部屋には開いたままの扉が三つ。
「どっちに行く?」
聞くと、ノゾムは順番に扉を指さす。
「左はディノビーモンの寝室、真ん中が使用人の待機室だったんだ」
「右は?」
「僕の部屋」
少し恥ずかしそうに答えて、ノゾムが右の部屋をのぞきこむ。
前触れもなく、頭に記憶が飛び込んできた。
小部屋を早足で駆け抜けて、自分の部屋の扉を開けて、飛び込んで閉める。
勢いよく閉めたせいで、思ったよりも大きな音を立てた。
自分でも驚いて、その場に立ちすくんだ。
扉にもたれて、ずるずると座り込む。膝に顔をうずめ、目をつぶる。
きつく、きつく。
でも、思い出さないようにしようとすればするほど、まぶたの裏に光景が蘇ってくる。
崩れ、蒸発していく建物。デジモン達の悲鳴。がれきの中から次々と浮かび上がるデジタマ。
止められたんだろうか。僕が止めようと思えば、止められたんだろうか。
執務室の方から、足音が聞こえた。ディノビーモンだ。しかも急いでいる。
扉の向こうで足音が止まった。
「……そこにいるんだろう」
僕は体を縮めて、両手を握りしめた。
「昨日、町が一つ滅びたと知らせが入って、急いでこの城に来た」
僕は答えない。
「あの町は、昨日君が見学に行っていたはずだ。デジモンの生活や市場の様子を見てくるだけの予定だったはずだが。何があったんだ」
珍しく僕が一人で出かけた日だった。前はディノビーモンが付き添ってくれていたけど、最近は忙しかった。
世界の地理も頭に入っていたし、目立った争いのない町だったし、散歩気分での遠出だった。
なのに。
「グレイドモンが待ち伏せてたんだ」
僕は重い口を開いた。
人型デジモンの指導者グレイドモン。僕が案内された部屋に彼がいて、外から鍵をかけられた。
話を聞くしかない状況にされた。
「嫌なこと、沢山言われたんだ。新しい制度への不満とか、僕がディノビーモンの邪魔ばかりしているから平和への道のりが遠のくんだとか、そもそもディノビーモン自身が政治をやるのに向いてないんだ、とか」
僕の悪口を言われるのは、まだ我慢できた。でもディノビーモンやケンタルモンが悪く言われるのは耐えられなくて。
「一生懸命反論したんだ。なのにグレイドモンは話を聞かないで一方的に言ってきて。それで……」
言葉じゃ勝てないと思った。
何が何でも負けたくないと思った。
頭も手足も火照(ほて)って、あっという間に膨れ上がった。
「それで、町ごと吹き飛ばしたのか」
扉越しに聞こえるディノビーモンの声には、疲れと失望が混じっていた。
ディノビーモンに嫌われたくない。僕は扉に向き直って声を上げた。
「他にどうしようもなかったんだよ! 僕じゃグレイドモンと一対一で話し合うなんてできなかった! でも言うことを聞くのも絶対嫌だった! 一度グレイドモンを吹き飛ばしたら、グレイドモンが剣を抜いて切りかかってきて、そうしたらもう、自分でも止められなかったんだ!」
扉の向こうは、僕が黙った後も静かだった。
「……グレイドモンも愚かだったな。君に強引に言うことを聞かせようとしたらどうなるか、想像できなかったのか」
ディノビーモンが分かってくれた。沈んでいた心が、明るくなる。
でもその直後、ディノビーモンは厳しく言った。
「だが、巻き添えになったデジモン達には謝らなければならない。いや、謝っても許されないことをやってしまった」
「どういう意味? 僕が間違ってたの?」
「間違っていたとは言えない。だが、やりすぎたことを謝る必要がある」
理解できなかった。正しいことをしたのに、どうして頭を下げなきゃいけないんだ。
「僕は行かない」
「だが」
「僕は自分を守ろうとしただけなんだ! だから謝りになんて行かない!」
扉にこぶしを叩きつける。数秒後、ディノビーモンが立ち去る音が聞こえた。
こぶしを床に落として、歯を食いしばる。
「大丈夫?」
急にバドモンの声が聞こえた。そうか、ララモンに進化して飛べるようになったから、足音が聞こえなかったんだ。
「ディノビーモンとけんかしたの?」
「……うん」
「ボクにできることある?」
「ないよ」
今は誰とも話したくなくて、つっけんどんに答えた。
「ケンタルモンも、心配してたよ」
「うるさい」
「…………」
「話、したくないんだ。あっち行っててくれ」
「あの、でも」
「行けったら!」
扉のそばから立ち上がって、ベッドに乱暴に寝転がった。
ディノビーモンもララモンも、僕のことを分かってくれない。
みんな大嫌いだ。
つないでいた左手が下に引っ張られて、俺は我に返った。
目の前でノゾムがしゃがみこんでいる。
「しっかりしろ、ノゾム!」
横にしゃがんで、肩をつかんでこっちを向かせる。
ノゾムは呆然としていた。涙が一筋頬を流れる。
「何これ。僕、ディノビーモンにもララモンにもひどいこと言ってる」
「落ち着け。二百年前のことだ。ディノビーモンはもういないし、ララモンもここにはいないんだ」
肩をさすってやってると、ノゾムも涙をぬぐって深呼吸を繰り返す。
そうしていながらも、俺は頭の中でさっきの光景を思い出していた。
俺がデジモンと戦えるのは、スピリットの力があるからだ。それがなければ、無力な人間の子どもだ。今のノゾムと同じように。
なのにさっきの会話では、ノゾムがグレイドモンを吹っ飛ばしたことになっていた。古代十闘士もまだいない時代に、スピリットがあるわけない。だったらどうやって。
俺達は、何か基本的なところで勘違いをしているんじゃないか――?
☆★☆★☆★
まずは、更新が遅れてすみませんm(__)m
フロ02を開始して以来、更新が一度もできなかった月は先月が初めてです。痛恨。
さて、今回で記憶巡りの平和な雰囲気は終了。色々と崩壊していきます。