「――じゃあ、本当に俺達の知っている『ロイヤルナイツのロードナイトモン』とは別人なんだね?」
俺が念を押すと、ロードナイトモンは立って木にもたれたまま頷いた。
「そうだ。肩書きは同じでも、私が以前にこの世界に来た事はないし、人間と顔を合わせた事もない」
俺は横に立つエンジェモンを見上げた。エンジェモンは俺達が会話している間ずっとロードナイトモンを見つめていた。俺の視線を感じてこちらに向き、微笑む。
「私も彼の言う事は事実だと思います。十年前のあの二人と違い、悪の気は感じられませんから」
「そうか」
肩の力がようやく抜けた。鉢合わせした時から違和感は感じていたし、目の前のデジモンを信じようと内心決めていたはずなのに。やっぱり心の奥に警戒心があったらしい。
「話を急かしてすまないが、私が元の世界に戻る手段はあるのか?」
ロードナイトモンの声に、俺は彼の方に顔を戻した。
「その点は心配ないよ。今は時空のゆがみが不安定だけど、エンジェモンが安定させてくれる。ただ、ゆがみから十二神族の部下が襲ってくるかもしれないから、あそこに近づくのは見通しのいい朝になってからの方がいいと思う」
「そうか……ならば安心だな」
口でそう言う割に、ロードナイトモンの表情は冴えない。表情と言っても変化するような表情筋はないんだけど。どこか遠くを見ている雰囲気や、時折組み替えられる足を見ていると何となく分かる。
「気になる事でもあるのですか?」
エンジェモンに聞かれて、ようやく自分の心境が表に出ていた事に気付いたらしい。
俺達に顔を向けて正直に話してくれた。
「実を言うと、元の世界に置き去りにしてしまった者がいるのだ。その者が不安に駆られているのではないかと考えていた」
「ロイヤルナイツの仲間?」
俺の問いかけに、ロードナイトモンが答えてくれる。
「将来ロイヤルナイツの一員になる定めを持つ者だ。だがまだ幼く、城で保護している。その者に、直ぐに戻ると約束してきた」
詳しい事情は分からないが、ロードナイトモンはその幼いデジモンの保護者であるらしい。しかも、お互いの事を心配し、大事に思っている。
「まるで、私と父母上のようですね」
エンジェモンが顔をほころばせた。一方のロードナイトモンは言葉の意味が分からず返事に困っている。
俺が助け船を出した。
「つまり、ロードナイトモンとそのデジモンは親子とか家族とかみたいだって言いたいんだよ」
言ってから、この説明でも分かりづらいかもしれない、と思い至った。
ボコモンやエンジェモンは俺達とずっと旅をしていたから、人間の感覚を理解している。でも、普通デジモンに「親子」関係はない。
「ごめん、親子や家族の概念って、デジモンは持っていないんだったっけ」
「知識としては知っている。人間の世界の事も情報として入ってくるのでな。だが――」
答えた後、ロードナイトモンは少し考え込んだ。
「いや、貴公達の言う通りだ。今の私が抱いているのは、人間の言う親子の情なるものに
静かに内心を打ち明けるロードナイトモン。俺は黙ってその顔を見つめていた。
人間は概念としてだけでなく、事実として親子や家族の関係を持っている。その全員が目の前の彼のような情を抱いているかというと、残念ながらそうではない。俺は身をもってそれを知っている。
輝二と母さんが十一年ぶりの再会を果たした後、俺も輝二の家に行った。そこで父さんと、輝二の母さんに初めて挨拶をした。お互いに何を話せばいいか分からなくて、他人行儀な会話しかできなかった。
もちろん、もう二人を恨む気持ちはないけれど、父さん達に対して「親子の情」があるかと聞かれると困ってしまう。
でも、本来親子や家族にならないはずのデジモン達が、ロードナイトモンやエンジェモンが、こうして近しい相手を思っている。
「それって、素敵な事だ。幸せな事だと思う」
自然とそんな言葉が出た。
ロードナイトモンからも安堵の声が漏れる。
「初めて会う人間にそう言ってもらえると何よりだ。私が保護しているかのデジモンも、いつかは人間と出会う定め。私がその時を見届けられるかは分からぬが」
その視線がつと空に向けられる。
俺も空を見上げる。暗い空に、三つの月が浮かんでいる。
「いい人に会えるよ、きっと」
少し声を大きくして言った。ここにいる三人に、そしてどこかにいる幼いデジモンに届くように。
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マグナモン・信也・友樹組に続き、今回はロードナイトモン・輝一・エンジェモン組でした。前回のオチとは段違いの落ち着きぶりである。←
今回初登場のデジモン