拉致問題は自衛隊の仕事ではない? | 月刊誌『祖国と青年』応援ブログ

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青木聖子とその仲間たちが、『祖国と青年』や日本協議会・日本青年協議会の活動を紹介したり、日々考えたことを綴ったりします!
(日本協議会・日本青年協議会の公式見解ではありません。)

 「祖国と青年」7月号では、「自衛隊は拉致被害者を救出できるか」とのテーマで荒木和博先生にお話を伺っています。

 

 このテーマは、皆さん関心ありますよね。

 

 ところが、「救出できるか」以前に、「拉致被害者救出は自衛隊の任務ではない」という衝撃的な事実が明らかにされています。

 

 以下、その部分をご紹介します。

 

 

 ――『自衛隊幻想』を読んで驚かされたことでもあるのですが、「自衛隊は拉致被害者を救出できるか」と問う以前の問題として、「そもそも自衛隊は拉致被害者救出を自分たちの任務として捉えていない」という現実があります。これはどういうことでしょうか。


 荒木 先日、共著者の荒谷、伊藤の二人が、本書をきっかけに自衛隊OBの勉強会に呼ばれたのですが、その席で、とある元陸将が、「拉致問題は自衛隊の仕事ではない。警察などに任せるべきで、何でも自衛隊と言ってもらっては困る」という趣旨の発言をしていました。「自衛隊の本質は『国防』にある」という言い方もしました。


 これはとんでもない間違いですよ。「国防」の中に、拉致被害者の救出、あるいは拉致被害者を出さないようにすることは入っていないのでしょうか。この方は国防問題の本も書いている方で、「この人にしてこの程度の認識なのか」と思いましたが、ある意味で、自衛隊の認識を象徴していると思います。


 ――「拉致問題は国防上の問題ではなく、一般の刑事事件だ。だから自衛隊ではなく、警察が対処すべきだ」という認識なのでしょうね。


 それでも、「自衛隊は拉致問題に一切タッチしない」というのはどう考えてもおかしいと思うのですが、なぜそのようなことになっているのでしょうか。


 荒木 根本的には、戦後体制といいますか、自衛隊が非常に歪な形でつくられたことから生じている問題だと思います。


 先の大戦で勝利したアメリカは、日本を二度とアメリカに立ち向かう国にさせたくなかったから、自分たちがつくった憲法を押し付けて、「日本はアメリカが守ってやるから、日本独自の国防力は持たせない」ということにしました。ところが、冷戦が始まり、昭和二十五年に朝鮮戦争が起こると、そうも言っていられなくなって、自分でつくった憲法に違反して、警察予備隊をつくってしまいました。これが元となって、昭和二十九年に自衛隊が発足するわけです。


 自衛隊は日米安保の中で位置づけられ、アメリカのコントロールというものが非常に重要でした。それで、アメリカにとっての安全保障問題は日本にとっての安全保障問題であるけれど、アメリカが関わる必要のない日本独自の安全保障問題は安全保障問題ではない、というふうにされてきた。それが、拉致問題には手をつけないという日本政府の確固とした信念につながったのではないかと思います。


 拉致問題は明らかに国防問題です。しかし、「国防問題である」と言ってしまうと、当然自衛隊が関わらなければならないことになり、そうなれば、これまでの虚構が全部ひっくり返されてしまいます。そういうことにしないでおこうというのが、これまでずっと続いてきた「ごまかし」で、その「ごまかし」の中に自衛隊がはめ込まれていた。だから、自衛隊にはそういう任務を与えないようにし、少なくとも「拉致問題は自分たちの仕事ではない」と考えさせるようにしてきたのだと思います。