映画『オッペンハイマー』を観て感じること。 | seikomaruのブログ

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劇団TIME LIMITS主宰。芝居のコトだけじゃなく、色々なコトを自由気ままに書いて行きます☆

昨日は忙しくて深夜帰宅して、数時間しか寝てないのに早朝から映画館に来るあほな私真顔


映画館で、何ものにも邪魔されず集中できる時間ってすごく好きなんですが、うっかり選んでしまったのがアカデミー賞をとったというだけで実は大して予備知識なく見てしまったクリストファー・ノーラン監督の『オッペンハイマー』でした。



原爆の父といわれているオッペンハイマーの、ある意味ドキュメンタリーのような史実です。


まず、俳優は素晴らしいです。そして、淡々と進むだけのストーリーで3時間超えですが、私は一瞬たりとも飽きることはなく見続けました。


エンターテイメントと捉えるのであれば、素晴らしい作品だったと思います。


でも、日本人である自分が思うことは、この映画にアカデミー賞を与えるべきではなかったとやっぱり思います。アメリカの傲慢さ、倫理観、クズだなと思う。


観ている間に、日本人であれば辛くなるようなシーンもあります。やるせないと言うか、なんというか。


ただ、ナショナリティは置いておくとして、あえて客観的な視点で言うのであれば、人を殺すだけの原爆を開発した人も、人を救う機械やロケットを開発した人も、科学者という立場で言えば、どちらも本当に人生を賭けて打ち込んだ結果に生み出されるものなんだなと。善悪とか、人を傷つけるための兵器だとか、恐らく根本的なところに興味があるわけではなく、科学者のサガとして、潤沢な資金、世界に認められる功績、そして科学者としての探究心。そういう、開発されたものが違うものであればむしろ賞賛されている人もいるような、そういうものでもあるのだなと。


そして、戦争というものはどちらも無傷ではいられないものだから、そこに利用されたものと言う意味では、加害者と被害者は表裏一体でもあるのだろうと。


日本でも、もう戦争を知っている人は少なくなっていて、原爆の記憶も薄れている時代です。


逆に、この映画見ることで、決して忘れてはいけない歴史なのだとあらためて思う人も多いかも知れない。


朝の映画館はいつも人が少ないのですが、今日はそれでも半分以上は埋まっていました。そして、アニメ映画かアイドル映画でも観に来たのかなと思ってしまった若い子たちのグループが、意外にこの『オッペンハイマー』を選んで観に来ていることに、驚くとともに、少し希望を感じたのも事実です。


日本人にとっては、とても感想を言いにくい作品だし、どう感じて良いかわからない作品だと思う。


それでも、こうやって自分の中で、色々と考えるきっかけにはなりました。