天皇賞・秋に感じる、「競馬情報サイトを運営している社長さん」の思惑 | 小西聖一(元調教助手・元厩務員)のブログ

小西聖一(元調教助手・元厩務員)のブログ

調教助手として、厩務員として、競馬と長く関わってきた私が、ファンの皆様に「役立つ情報」をお伝えしたいと思って始めました。

全国の競馬ファンの皆さん、こんにちは。

小西聖一と申します。



今週の月曜日、10月26日は、美浦で厩舎を構えている鈴木伸尋先生にとって、61歳の誕生日だったんですよ。

前にも何度かこのブログで紹介していますので、知っている方も多いと思いますけど、静岡県出身の鈴木先生は、日大三島高校を卒業した後、日本獣医畜産大学(今の日本獣医生命科学大学)に進んでいます。

私も日本獣医畜産大学の卒業生ですから、先生は私にとって「大学の後輩」なんですよ。

大学を卒業してから、鈴木先生は、「シンボリ牧場」(千葉県成田市)で獣医として働いていて、当時、そこには、七冠馬のシンボリルドルフがいましたので、いい経験になったのでしょう。

その後、1986年の皐月賞を勝ったダイナコスモスなどを育てた沢峰次さんの厩舎で、1988年の4月から調教助手をやって、1997年の2月に調教師の試験に受かるまで、ずっと沢厩舎で腕を磨いていました。

1998年の5月に自分の厩舎を開業した鈴木先生は、その年に5勝しか上げられなかったのですが、次の年は15勝、3年目には18勝と、順調に勝ち星を増やしていましたし、6年目だった2003年には、チューニーを使ったクイーンCで初めて重賞を勝つなど、全部で18勝を上げて、今までで一番の「4億5738万円」という賞金を稼いでいましたし、その後、ニシノブルームーンを使った2010年の中山牝馬Sを勝つなど、今までにJRAで、重賞を3勝、通算で366勝を上げているんですよ。

そして今週、鈴木先生の厩舎は、

■10月31日(土)

東京5R・2歳新馬→ネオイリス
東京6R・2歳新馬→アポロドリーム
東京12R・3歳上1勝クラス→ネヴァタップアウト
福島8R・3歳上1勝クラス→アシャカマキシン
福島12R・三陸特別→ケイツーリラ

■11月1日(日)

東京10R・秋嶺S→ポップシンガー
東京12R・河口湖特別→アポロマーキュリー

と、全部で7頭を使いますので、きっと、「勝って自分の誕生日を祝いたい」という思いで、どの馬もキッチリ仕上げている筈ですから、どんな走りを見せてくれるのか、注目したいところです。

ここからは、昨日までも書いていますけど、もっと皆さんに私のことを知ってもらえるよう、自分自身について、改めて詳しく書いておきますね。

私は、日本獣医畜産大学を卒業してから、中央競馬で調教助手と厩務員をやっていました。

昔の写真を載せておきますね。



馬の前に立っているのが私です。

競馬の世界で働くようになったきっかけは、父が騎手と調教師をやっていたからです。

私の父は小西喜蔵という名前で、長く競馬をやっている方でしたら、きっと知っていると思います。

何しろ父は、まず騎手として、セントライトで1941年の牡馬クラシック三冠を勝っていますし、調教師としても、1957年の菊花賞を勝ったラプソデーや、1961年の天皇賞・秋を勝ったタカマガハラや、1965年の有馬記念でシンザンの2着だったミハルカスなど、走る馬を何頭も育て上げていますからね。

その息子として生まれた私が競馬の世界に入ったのは、ごくごく当たり前のことでした。

私は、大学を卒業してから、すぐ父の厩舎に調教助手として入り、1989年の3月に父が定年で引退するまで、ずっと小西喜蔵厩舎にいました。

先ほど書いた通りで、父は、騎手と調教師として、私が大学を卒業するまでに、もう素晴らしい実績を残していましたから、その厩舎に私が入ってから、馬について父から教わったことは、とても役に立ちましたね。

私は、父が定年で引退した後も、

5年ほど、佐藤林次郎厩舎に厩務員として所属
3ヶ月ほど、高市圭二厩舎に厩務員として所属
4年ほど、嶋田功厩舎に厩務員として所属

といった形で厩舎の仕事を続けましたが、こうやって、ずっと馬に関わる仕事ができたのは、父から色々なことを教わっていたからなのでしょう。

そしてここからは、栗東の角居勝彦厩舎が天皇賞・秋に使う、石川達絵オーナーの持ち馬キセキについて、私の頼もしい仲間の一人、「馬主のHさん」から届いた報告を紹介しておきますね。

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石川達絵オーナーの本業は、JR五反田駅と大崎駅と品川駅から徒歩10分圏内のところにある「住友不動産高輪パークタワー」(東京都品川区東五反田)に本社を構えて、スマートフォン向けのコンテンツ事業(音楽や動画や電子書籍の配信)などを手掛けている、「株式会社デジマース」の代表取締役社長ですわね。

また、石川オーナーは、「バローズ」の冠名でお馴染みの猪熊広次オーナーが代表取締役社長を務めている、「株式会社バローズ」の取締役でもありますわ。

「株式会社デジマース」は、「株式会社バローズ」から分社する形で2005年の6月に設立されて、その後は、「HAPPY!メロディ」、「HAPPY!うた」、「HAPPY!動画アニメ」、「HAPPY!デコメ」といった携帯電話向けのコンテンツを提供していて、2010年頃からは、当時、一気に普及し始めたスマートフォン向けアプリの提供も開始していて、現在では、写真加工アプリの「フォトデコレ」や、名前の通り、競馬情報を取り扱っている「WIN!競馬」というサイトや、人気アニメ「クレヨンしんちゃん」を起用した天気予報やカレンダーのツールなど、コンテンツを充実させていますの。

それに同社は、「妖かし恋戯曲」や「アイリス魔法学園~Vinculum Hearts~」や「にゃんらぶ~私の恋の見つけかた~」や「Spiral Memoria~私と出逢う夏~」といった「ニンテンドースイッチ」専用ゲームソフトの配信など、ニーズに合わせたコンテンツを提供し続けていますし、その他にも、広告代理業や、デジタルギフトコードを配布することでアプリやウェブサイトの利用を促進するソリューションシステムの「dgift」など、多岐に渡る事業を手掛けていて、2017年3月期の売上高は50億円という素晴らしい数字を残していますから、同社の代表取締役社長である石川オーナーは、「卓越した経営手腕を持つ優秀な人物」と言えますわね。

馬主としての石川オーナーは、2010年からJRAで馬を走らせ始めて、最初の年は未勝利でしたけど、それから一昨年までは、

2011年→2勝・獲得賞金2060万円
2012年→1勝・獲得賞金2123万円
2013年→2勝・獲得賞金3054万円
2014年→2勝・獲得賞金3415万円
2015年→3勝・獲得賞金5352万円
2016年→3勝・獲得賞金5615万円
2017年→12勝・獲得賞金2億9094万円
2018年→10勝・獲得賞金4億5523万円

と、順調に獲得賞金を増やしていましたし、特に一昨年は、今までで一番多い賞金を稼いでいましたわ。

ただ、昨年は、「4勝・獲得賞金2億2657万円」という物足りない数字に留まっていましたし、今年も先週までに10勝を上げていますが、獲得賞金は「2億0572万円」と、一昨年の半分にも達していませんので、現在のオーナーは、「早急に巻き返したい」と考えているのでしょうね。

また、石川オーナーは、「競走馬セール」に参加する機会が多くて、今年も、

■7月13日(月)~14日(火)の「セレクトセール」→2頭を8360万円で落札
■8月24日(月)の「HBAセレクションセール」→2頭を7535万円で落札
■8月25日(火)~28日(金)の「HBAサマーセール」→1頭を1210万円で落札
■10月19日(月)~20日(火)の「HBAオータムセール」→1頭を330万円で落札

と、計6頭を総額1億7435万円で落札していますの(落札金額は全て税込表記)。

当然、現在の石川オーナーは、「セールで投じた資金を早急に回収したい」とも考えている筈ですわ。

そういった中で、今週は、1着賞金1億5000万円(馬主の取り分は8割の1億2000万円)の天皇賞・秋にキセキを出走させますので、私が石川オーナーであれば、この馬を預けている角居先生に対して、メイチの勝負仕上げをお願いしますわね。

実際、私の元に届いている、最終追い切りについての報告が、

「一昨日の朝、坂路に入れられて、4Fが53秒0、終いの1Fが12秒4っちゅう時計を馬なりで出しとりました。ファルコニア(古馬2勝クラス)をコンマ8秒追い掛けて、楽な手応えで並びかけると、最後はコンマ2秒先着しとりましたわ。調子がエエ馬ならではの軽快なフットワークで走れとったし、追い切った後もイレ込むことなくどっしりと落ち着いとったから、力を出し切れるデキに仕上がっとるんやろう」

という内容でしたから、好レースが期待できると私は見ていますの。

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石川達絵オーナーが天皇賞・秋に使うキセキについて、「馬主のHさん」から届いた報告は以上です。

そうそう、昨日までのブログでも書いていることですが、今の私は、「パーフェクトホースマンズ」に所属していて、ここでは、ホームページとブログなどで、馬券に役立つ色々な情報を公開しています。

ですから、このブログを読んでいる皆様は、「パーフェクトホースマンズ」のホームページや、元JRA馬主の小栗範恭(おぐりのりやす)さんや、元JRA調教師の山田要一(やまだよういち)さんのブログも読むと、もっといいことがある筈ですよ。

★ パーフェクトホースマンズのHPはこちら ★

★ 元JRA馬主・小栗範恭のブログはこちら ★

★ 元JRA調教師・山田要一のブログはこちら ★

では、また次回。

小西聖一でした。