マーケティングの先生
企業を内外要因から分析し、強み、弱み等を具体的に上げていく事によって、その企業が良い企業なのか?時代に逆行しているのか?などを計っていく。
その、マーケティングの講義があり、聞きに行った。
講師の思考の展開の仕方に呆気に取られる。
理論がではない、思考の基本となっているものが明らかに自分とは違うのだ。
どこがどう違う?何がどう違う?
経験や、年齢ではない。
自分が今いる位置の延長線上に存在を感じることが出来ない。
通っている私塾の先生は延長線上に存在を感じることが出来る。
何故、そう感じるのか?と、問われればちょっと困る。
思考構造が違う?目線?切り口?基本的な価値観????
只、魅力的な人であるのは間違い無いが、謎である。
先生へ
先生自身が先生自身を分析したときにどのように分析されますか??
私塾第9回
挑戦とは頭で考えることではなく体で感じることである。
いよいよ私塾も残すと後1回。
私塾の先生に出会わなければ今の自分は無いと言える。
今回私塾の先生 が言ったことは、挑戦し続けた自分に対して、何故挑戦し続けられたかといった事を塾生に聞いた。
塾生から様々な意見が出たが、自分自身が思ったのは先生が、自分に正直であり続け、いい加減だったからだと思う。
後、先生自身が欲を持ち続けたこと。
欲の重要性は実感できる。
欲は動く原動力になる。
欲に流されるのではなく、欲をエネルギーとして動く、動けば人が、モノが、欲がシンクロしてくる。
先生がこの私塾を通して伝えたいのは、夢、目標を持つこともそうだが、それに向かって動くこと、何より自分を信じることだと思う。
自分を信じるから夢を目指して動くことが出来るのだと思う。
7/15ブロガー集会
『腐りそうな日本の世直し』というタイトルのブロガー集会を背番号11さんが主催で行われた。
京都で開催され、参加した。
参加して、世の中には色んな方がいるのといった印象が強く残った。
『まだまだやな、俺…』
感想をひと言で言えばコレですわ。
と、同時にフッっとある台詞が頭をに浮かんだ。
『一歩ずつ、一歩ずつ』
上記の台詞は先日リヤカー引いて世界中を歩き回 ったオッサンが言ってた台詞だ。
”永瀬忠志”リヤカーマンとか何とか呼ばれている。
その人が言っていた…、『一歩ずつ、一歩ずつ』
『そういや、あのオッサンこんなこと言っとたな…。(何でそんな無礼な言い方が出来るかというと、この人俺の母校の教師である)』
『分かっとる…一歩ずつやろ…、ったく…やったろうやんけ。』
第3回投資塾
投資塾の3回目に参加した。
自分の学びとして、新しい観点、銘柄選択、コミュニケーションがあった。
講義の内容は前回、前々回の復習といった面が強かったが、それ以外に、背番号11さんの後輩がゲスト講師として講義をしてくれた。
聞かせる内容の話だった。
短期トレード
株式が短期で上昇する理由は複数ある。
材料、仕手、トレンド、等等あり、短期トレードを狙う場合、自分が何をターゲットとにしているかをしっかり意識していることが大事。
長期トレード
今が仕込み時ですね。(ニヤリと笑っとった)
銘柄選択する際にもいくつか注意点、観点を教わった。
これは、今後自身が投資を行っていく際にも大きく影響を受けた。
講師曰く3ヵ月あればここまでは誰でもこれますと…、後は本人次第って感じ。
テスト
背番号11さんが投資についてのテストを皆に行ったが、これが結果としてテストの出来云々以外に投資塾内の打ち解けを促したように思える。(あくまで自分が座っていたテーブルのメンバー間での話)
会話の中において、初対面から顔見知り、知り合いといった過程でもう一歩踏み込めない遠慮を超えた感がある。
これは、自分の中で大きかった(最近人とのコミュニケーションを意識して取っていくよう心がけている)
もちろん嬉しかったし。
『利己からくる利他』 『キレイと感じる知』
先日私塾の一泊合宿があり、参加した。
今回は私塾の先生以外に、もう一人先生を交えて合宿を行った。
私塾の先生の教えと今回教えて頂いた先生の教えが自分の中に吸収できたら無敵なんではないだろうか?大げさな話かもしれないがその位ボリュームとバリューがあった。
●『それでいい。』
私塾の先生が自分に向けて言ってくれた言葉だ。
この言葉でスッとした。
自分の中で以前からずっと考えていたことがあった。
世のため、人のため、誰かの笑顔、誰かの役に立つ、自分を動かす動機の中に、前述したような人のためにといった気持ちが自分には無い。
自分のためにといった気持ちしかない。
周りの人間が目標や夢を語った時にはその中に自分以外の存在(世の中の人)が入っていることが多い。
勿論自分自身その方がいいのは分かっているが、理屈で理解しているだけである。
感情では納得していない。
理屈を自分に納得させようとしても当然無理が出てくる。
『世の中のために何をしたい?』 『社会に対してどう影響力を発揮したい?』と質問されたとしても、上辺で当たり障りないこと言っても感情が乗ってないからバレバレになる。
本音で回答すれば『別に、世のため、人のために何かとは考えていない。』と気持ちを込めて言える。
生意気、傲慢、人が集まってこない、支えてくれない、こんな考え方に対してはそんな意見が出てきても仕方が無いと自分でも思う。
利己的人間、利他的人間、どちらが受けがイイかと言えば当然利他的人間に決まっている(もちろん100%利他的な人間などいないと思うが…)
只、無理に利他的に立ち回ろうとすれば、本心から来る利他ではないため、偽善になってしまう。
上記のような利己的な思いを強く持っていて、利他的な思いを自分に中に自分自身の思いとして宿すことが出来なければ、逆に当人にとっては葛藤、自己矛盾、自問自答、難しい言葉を列挙したが要は悩むのである。(利他的は正論故に反論、批判が困難なため、利己的を、利他的よりも正当化しにくい)
この悩みの中で自分は無理やり利他的意義を自分の中に見出そうとしていたが出来ず、堂々巡りをしていた。
今回の合宿で私塾の先生が人間が持つ欲求の段階を語ってくれた時に堂々巡りが止まった。
『それでいい。』
今、利己的であっても構わない。
順番に満たしていけば最後に利他的な欲求が来ると。
最初から段階飛ばして考えると逆にゴチャゴチャしてややこしくなるから順番にいけばイイと。
この言葉がキッカケで…、文字だけで読めば悪党みたいな文章になるが…、利己意識(要はジコチュー)が強化された。
無理して飲み込んでた利他を吐き出してスッキリした。
こういった経緯踏まないジコチューよりは利他的で、利己的なジコチューやとはおもってるんやけどね…。
けど、上記の欲求の段階を踏んでいくことで最終的に利他的な欲求に到達するならば、利己的な欲求として利他が発生するのではないだろうか?利己から来る利他。
発生元が利己であるが故に強く、大きい利他欲求になるのではないだろうか。
●『知力』
久々に大きな知力に触れた。
大学生の時にもその時の教授に対して同じ感覚があった。
あの時と同様に底知れないと感じた自分の感情に、自身が呑まれてる感じ、畏敬と圧倒された感じがした。
何かのCMでも使われていたようなキャッチコピーだろうが、『”本物”はすごい』である。
底知れないという感情はざっくばらんな表現を用いれば”畏怖”である。
知に触れて感じる畏怖は自分が知らない、到底思いつかない、といった現在自分自身が持つ知をはるかに上回る知に触れたときに、それを駆使している相手に感じる。
『怖』という字が入っているが別に怖いというわけでは無い。
むしろ、畏怖→圧倒→畏敬→好奇心、と来る。(自分はこうなる)
大きな知に触れると好奇心旺盛になる。
自分は何に対してでも、練り上げられたモノ、コトに対してはキレイだと感じる。
上記の表現にもあるように『”本物”はすごい』である。
だから、練り上げられた知力を見聞きしたときも(今回ことね)それらをキレイだと感じる。
もっと適切な表現があるかもしれないが、自分はこの”キレイ”という表現が例え適切でなかったとしても気に入っている。
自分がそう感じるモノ、コトに触れたときは、畏怖→圧倒→畏敬→好奇心、ってな感じになる。
けど、知をキレイと感じたのは本当に久しぶりだった。
普段、私塾で教わっていないこちらの先生は、『毎日朝起きて今日は何があるか楽しくてしょうがない。』と語っておられた。
呆気に取られた。
嘘は言ってない…、自分の直感がそう感じた(いわゆるノンバーバルコミュニケーションってヤツ)
呆気にとられて理由聞くのを忘れた、今度ちゃんと聞こう。
余談
最後に上記の先生方が対談したが、自分の中では激論酌み交わしを期待していたのに、意気投合してしまい、若干拍子抜けした。
心底キレイ
以前勤めていた会社の女性の結婚式に招待されたので出席した。
何度か結婚式に出席したことがあるが、新婦側として結婚式に出席するのは今回が初めてだった。
新婦側で出席することで、新郎側で出席していた時には感じなかったことを感じた。
何を感じたかというと、新婦が心底キレイだと感じた。
今までも新婦をみて、確かに、カッコも顔きちんとしていて『あぁ、キレイやなぁ』とは思ったが、今回は思わず見とれてしまうくらいキレイだった。
立ち位置が変わると、見え方が全く違う。
彼女の幸福や、笑顔に対して自分が喜ぶ事が出来るからこそ見えた、感じることが出来たキレイなのだろうと思う。
今までは新郎側だったから、対新婦に個人的に思う気持ちが薄かったんだろうと思う。
あまり、深く考えずにキレイだったと捉えればよいのだろうが、自分としてはあまりにキレイだったので(普段からキレイな人だった(メッチャ怖かったけどね…))何でだ?と考えてみた。
新郎にせよ、新婦にせよ、彼、彼女の幸せに対して素直に喜べるならその結婚式は自分にとっても良い時間を過せることになるので、招待されたら極力出席したほうがいいと思う。
ついでにそう思える相手が新婦の場合は非常にキレイな姿も見ることが出来るオマケ付き。
イイ結婚式でした。
超大国の横暴
輸入再開が概ね決定となり日本の食に再びアメリカ産牛肉が入ってくるのも時間の問題となった。
外食、小売共に半分は歓迎の姿勢がある。
消費者も同様の姿勢をとっている人達もいるだろう。
それは需給のマッチであるから特に問題ではない。
引っかかるのは輸入再開のために米国議会が提案した法案と農務長官のコメントだ。
議会が提案した法案とは、米国産牛肉が順調に輸入再開されなければ日本の輸入製品に大幅な関税を掛けるというものだ。
これを知ったとき…、少しキタナイ言葉ですいません。
『なめてんのか?あっ?』と思った。
政治と米国の畜産業界との強い関係でこれは仕方が無いといってしまえばそれまでだが、いくらなんでも露骨過ぎではないか?主張の筋があまりにも通らなさすぎる。
輸出国である日本に対しての露骨な圧力だ。(このコメントを述べてた米議員の笑顔が悪党以外の何者にも見えませんでした)
農務長官にいたっても、『日本国内で米国産牛肉がキチンと流通するまで安心しない』とのコメント…。
もう産業界とガッチリ組んで日本に対しての圧力を掛けてくる。
ちなみにこの長官、以前にも『米国産牛肉で人体に異常が出る確率は偶然交通事故に遭う確立より低い』とコメントしていた。
確かに確立、数字の話ではそうだろうが、輸入の早期再開を促すために、もう少し言い方が考えられたのではないだろうかと思う。
米国内では、国民は牛肉を消費しているし、過剰反応だという意見もあるが、自国の商品を他国に輸出する祭に、相手国の基準を満たして輸出するのが当たり前だと思う。
それが出来ない(したくない)がために国家規模での押し売り姿勢はどう考えてもおかしいとしか言えない。
向こうがそんな露骨に攻めてくるならこっちも国家単位で不買行動でもすればよいのではと、気の抜けた考えが頭をよぎる。
もちろん日本に向けての輸出条件(全頭検査、個体追跡)をキチンと満たしてやっていこうとした米国内の畜産会社もある。
ちなみにこの会社は設備投資を行い、日本向けの出荷体制を整えたのだが、他の畜産業者からの圧力もあり上手く機能させることが難しいようである。
米国農務長官『今後、些細な問題等で米国産牛肉の流通が止まることはないだろう。』
この、些細な問題は前回の背骨混入のことを指しているのは間違いない。
ということは、再びあのような事態が起こることを米国側の方が確信している。
再び輸入停止を防ぐために今回必要以上に強い圧力をかけているとしか思えない。
事前に色々問題があったとしても、実際に入ってきてしまえば…、日本に溶け込んでいくのであろう。
当の牛からしたら知ったこっちゃ無い話だが…。
第七回 私塾
構想力、調和力、戦略的思考、自分の(相手の)物語を話す能力。
構想力
始めから終わりまでのシナリオを構成する、場当たりでは無い。
物語の筋書きが出来る。
全体を見る力、個々の細かな部分に囚われないこと。
全体を見る力を常に意識していく。
調和力
絵で考える。
絵は全体を考えて描いていく。
全体でまとまるというこ事、個々の部分がおかしい場合があっても最終的に全体でまとめる力。
全体像を掴み、バランスを意識する。
全体を把握することを心掛け、何かに偏るのを防ぐ。
戦略的思考
最後に勝つ能力、全てに勝つ必要が無い。
力の分散、力の集中、力の抜き入れ。
全戦全勝することはない。
最後に勝つことが出来たらそれで良い。
自分の(相手の)物語を話す能力
始めと終わりがあり、中身を繋げていく。
自分の物語を作り、話せる力
自分を曝け出す、きれいな言葉で自分を語ることを意識しない。
現在~今している事、したこと
過去~現在を選択した過去の自分
未来~5~10年後の自分(自分の物語を意識すれば大きなWillが持てる)
※Will…やり遂げる意思、覚悟、決意
オマケ
2、8の法則
例えば10割の仕事の内、成果を上げている仕事は2割である。
また、10人従業員がいれば成果の8割は2人の従業員が出している。
組織をうまく回そうとするときは、この2人を動きやすくすることを考える。
そして、残りの8人の中から2人に近い動きをしてくれている人を選抜していく。
コレ大事やわ…。
今回…
この2、8の法則の話が無ければ構想力も誤った形で構想していったんではないかと思う。
組織、もっと小さく言えばチームにおいても成果を出していない人間、モチベーションが高くない人間に着目することを意識した組織を構想することになってしまう。
8割に注目するから周りは反対者ばかりになり、自分がイライラしてしまう。
賛成、応援の2割だけ見ていれば楽に、スムーズに動いていくことが出来る。
必要なのは、聞かなければ、学ばなければいけないのは…
達成者、挑戦者(何か成功者っって言うよりシックリくる)の考え方と決断、実行の基準だと思った。
そうでなければ今回の例のように違った構想力を発揮し、進んでいきかねなかった。
”アナタ”と”あなた”
知人からメールをもらった。
内容が自分にとって心の整理に繋がったため、本人に了承を得て記載させてもらおうと思います。
『○○コンサルタントより提案です。
2年後”アナタ”はとある人物に出資します。
そのために”アナタ”は投資で資金を作らなければなりません。
”アナタ”は約束をしてしまいましたから、そのためにはとてつもなく投資の勉強をする必要があります。
(ひょっとしたら投資以外でもお金をつくる必要もあるかもしれません。
ともかく、”アナタ”はその人物に与えられる資金を作らなければなりません。)
そして…。
”あなた”は2年後、起業をします。そのためには、誰かに出資してもらわなければなりません。
出資してもらおうと思うのですから、きちんとしたビジョンを作っておかなければなりません。
そのためには、社会の動向、自分の考えなど、日頃から磨いてきちんと明確にしておかなければなりません。
さて。
ここでいう、”アナタ”と”あなた”は同一人物、つまりどちらも○○さん(←自分の名前です)、あなた自身なのです。
あなたは、投資家として起業を出来るくらいの利益を生み出せるようになるのです。
そして、起業家として、出資者を納得させるだけのビジョンを明確に持つのです。
「?」と思われるかもしれませんが、つまりはこういうことです。
投資家の”アナタ”は投資のプロとして資金作りをします。
起業家の”あなた”は投資家の”アナタ”に投資してもらえるような構想をもたなければなりません。
投資家の”アナタ”と起業家の”あなた”はもちろん同一人物ですが、会社をつくる時は、さまざまな力を持った人が集まることが多いでしょう。
今回はその役割を2つに分け、その両方を自分で行うわけです。
投資家の”アナタ”は起業家の”あなた”に出資出来るだけの資金を作る。
起業家の”あなた”は投資家の”アナタ”を納得させるだけのビジネスプランを作る。
2人の人物を演じ分けるわけです。
目的を分割することで計画もたてやすくなるかもしれません。
また、違う人物と、仮に考えることで、客観視できるかもしれません。
これはあくまで一つの意見ですので、必ずしもこの方法が最善ではないかもしれません。
考えるヒントになれば幸いです。』
…こいつスゴイわ…。
時代が変わった
『時代が変わった』
背番号11さんの事務所で、背番号11さんの先輩にあたる人との話で出てきた台詞だ。
ごく自然に、何か意図するわけでなく出てきた台詞だった。
『あっ、この人はスゴイ人だ』と、ピンときた。
今時の連中、昨今の若者、昔は、俺たちの時代は…、今の10代、20代を良くない意味で指す言葉はたくさんある。
『時代が変わった』この言葉もその一つだと思う。
だが、上記の言葉の中には若者を”悪い”という文字は含まれていない。
では、何故良くない意味で使われるのだろうか、それは文字を言葉として使用したとき起こる。
言葉は文字とは違い人が発声している。
人には感情がある。
発した言葉には感情が乗る。
それは聞く人間に伝わる。
文字による言葉はどうということは無い。
好き、嫌い、どちらを言葉にしても乗せる感情によってどちらの意味としても相手に伝える、伝わることが可能である。
言葉では無く、感情の内容によって発せられた言葉(文字)に意味が付くのである。
そういった点で、『時代が変わった』この台詞を聞いたときに感じたことは、ただ、時代が変わった、といった言葉である。
悲観、苛立ち、憂い、憤り、悪い感情は何もこもっていなかった。
本当に揺らぎの無いニュートラルな言葉だった。
その上で感じること、思うこと、アドバイスを述べてくれた。
時代の変化をニュートラルに受け止め、考えることが出来るのは凄いことだと思う。
背番号11さんの言う『Knowledge Flow』ではないだろうか。
もう一つ気付かされたのはコミュニケーションについてだ。
自分自身も知っているはずだったが、改めてハッとさせられた。
伝えようと心底思わなければ伝わらないとうことである。
中国語が話せるから、英語が話せるから、中国人と英語圏の人とコミュニケーションがとれるわけではないのだ。
日本語が話せるから日本人同士でコミュニケーションが成立しているわけでは無い。
伝えようとするからコミュニケーションが成立するのだと痛感した。
この人とはもっとじっくり話ししたいと思った。