おたまじゃくしのHIPHOP <4>
藻のトンネル いくつもくぐりながら
君と出会ってから ずっとおなじ散歩道
今夜も君とおさんぽ
虹色の泡の中 ぷくぷく おたまジャグジー
今宵は お祭
おたまたちが集まって
みんなで得意な踊りで 思うままにはしゃぐ
もちろん ぼくはヒップホップ
生えかけた手で踊る
手も もう前に出るんだよ
ちょっと すかしたあいつのダンスなんかに 負けないから
あいつは 隙あらば 君に流し目をする きざなくろいやつ
困ったように笑う君に ウィンクする
ぼくは負けない 負けられない
父さん譲りの この熱い
おたまこんじょう 見せてやる
一等取ったら
君の喜ぶ顔まっさきに見せてね
賞品の 君より大きな毬藻をあげる
君のおひるねまくらにぴったりだから
家まで ふたりのまぁるい頭で蹴って帰ろうね
縁日の ミジンコキャンディー
舐めながら
さざなみごとに
ふわふわ揺れて
くろいふたつのヨーヨー風船みたい
水面に浮きあがっては消える 虹色の泡といっしょに
池の銀河を 流されていく
もう一つ天が高くなったら
そこにはどんな空が
待っているのかな
どんな青が
待っているのかな
すかしたあいつに 負けちゃった僕を
そばでじっと寄り添ってくれる君
もっと足が伸びたら
かならず勝つからね
カエルになったら りくに上がれたら
もう負けないんだから
くやしくって やたら話しまくるぼくに
君はぽつりと言いました
「蓮の根っこのトンネルで
遊んでた頃が 懐かしいね」
もう あの散歩道のトンネルはくぐれない
ふたりのおっきなからだ
君にも 最近生えたばかりの
やわらかちっちゃなくろい足
君も本当は この ふわふわソウルを失うのが
不安なのに
ぼくを くろい笑顔でいつも包んでくれます
ぼくは世界を知らない
池の中のちっちゃなおたまだけど
この池の青しか 青を知らないけれど
はっきり解かるのです
君こそ 世界中で一番美しい 黒なのです
人間たちが花火をはじめたら
池の水面に 輪郭のない万華鏡みたいに きらきら反射して
ぼくたちは それから黙って花火を見ていました
今まで天と信じていたものは
ただの天井でした
花火の反射で ピンク色に染まる君の頬に
涙がつたうのを見たくないから
ぼくはそっと 君のやわらかなくろい頬に
くちづけしたのです
そして また一つ水面の夜空に
万華鏡みたいな花火
ゆらゆらゆれる 夏の夜でした
おたまじゃくしのHIPHOP <5>
今夜も満月 温かな光に包まれて
ぼくは 彼女の家に向かいます
彼女はいつも
細長いとげとげの藻のうしろに
隠れているのです
ぼくは藻で編んだ帽子を
彼女に渡すのです
つばが広いから きっと似合うよ
もう一つ天が高くなったら
そこには
どんな空が
待っているのかな
どんな青が
待っているのかな
りくに上がったら 白いお花を
君の頭に飾ってあげる
君のまっくろい顔に
まっしろいお花は
とても似合うはずだから
ぼくはお得意のヒップホップ踊りながら
手と足で軽やかに踊ります
ダンスの練習も完璧
あとは 陸に上がって
パパみたいな声で歌えたら最高
蓮の根っこについたとき
彼女のおうちの藻が
消えていました
岩場の後ろにも
だあれもいません
ぼくをからかっているだけだよね
早くそのまっくろい笑顔で
ぼくを出迎えておくれ
ぼくの可愛い彼女
早くそのくろいやわらかな頬を
ぼくに触らせておくれ
あまったれた おたまこんじょう
こんなぼくを
ずっと励ましてくれた君
ぼくは まるく黄色い満月に祈りました
早く彼女を見つけてください
でも
通りすがりの あのキザなやつが言いました
「お前さんは 街灯に拝むのかい?」
ああ あの満月は
人間の作った電球だったのです
ぼくが毎晩 踊っていた月明かりは
暖かさを全身に浴びていたのは
ただの ちっぽけな100ワットの電球だったのです
ぼくはとってもちっちゃいです
思っていたよりちっちゃいのです
「さっき大ナマズが通ったから、逃げ遅れたのかもしれないな」
ぼくの手も足も
おおきくなってきたけれど
ぼくはこんなの 要らない
君のお顔も触れない 手なら
君とお散歩できない 足なら
ぼくには必要ないのです
ぼくはちっぽけなおたまだから
おたまのまま ずっとここにいます
この池の底で
そして ずっと君の帰りを待っています
ぼくはダンスを踊ります
手ひれと足ひれを激しく動かしながら
ヒップホップを踊ります
月明かりと信じていた
パパとママを奪った人間たちの作った
ちっぽけな電球の下で踊るのです
今夜も満月
愛しいあの娘は かくれんぼ
ぼくの涙は 虹色の泡になる
優しい君のくろい笑顔が
くしゃくしゃになって 満開の花咲くような
笑顔でいてくれた
夏祭りで初めてキスしたとき
ぼくが 君にこの手で触れたのも
今思えば ほんの束の間
これから ずっとずっと 触れられると思ったのに
もっとそばにいればよかった
もっと撫でればよかった
もっと抱きしめればよかった
この生えかけのくろい手で
君のくろい笑顔は
ぽくの目の前に くろくふわふわ浮かんでは
消えていきます
目の前の虹色の泡の全てが 君に見えます
この伸びかけたくろいちいちゃな手で
何度も掴もうとするけれど
ふわふわやわらかな その頬に
もう 触れられないよ
ぼくはダンスを踊ります
君を待つ間
ずっとずっと 踊りつづけています
ぼくたち おたまじゃくし
池の水面プラネタリウム
蓮の根っこをよけながら
君と今夜も 水に溶けた満月の中
藻の散歩道
幾つも空に浮かんだ蓮の葉が
月をかくすから
ときどき 三日月 たまに 月食
おたまじゃくしのHIPHOP <6>
今夜も満月
この池の月だけ満月なのは
人間の街灯を
月明かりと信じていたからで
ぼくはまだ 本当の月を知りません
あれから 愛しの彼女に
名前をつけました
「ケロッピーナ」
ぼくには 名前がないけれど
彼女には名前が要るような気がしました
それは 名前でしか
もう存在が語れないからです
何にでも名前を付けることでしか 語れない
人間のようなまねはしたくなかったけれど
もう名前を呼ばないとならないのです
となりに 君はいないから
そのケロッピーナと金色の満月のことを
歌にして踊りました
藻の隠れ家は
とうに新しい藻に包まれて
彼女のことは みんな忘れてしまいました
あれから
ぼくは本当の月を見たくなりました
彼女のくろいほっぺたを
触れられない手なら 要らないといったけれど
彼女と散歩できない足なら 要らないといったけれど
そんなこといったら 彼女が
きっと涙をぽろぽろ浮かべてしまうのです
君のくろい顔を
いつかほんとうの笑顔で くしゃくしゃにしちゃうと
ゆびきり約束したのにね
なんだか ぼくは
りくに上がりたくなりました
他のやつらの列に従おうとは思わなかったけど
ここの池の空気が
とっても苦しく
重いのです
初めて「水圧」というものを感じたのです
パパの言ってた「大人のプレッシャー」です
そして ぼくは
四つの足で
堅い土を踏みしめました
重力に抗いたくて たくさん跳ねました
からだも緑色
ぴょんぴょんダンスを踊ります
声もとっても渋くていい感じ
とってもヒップホップも上達したんだ
ねえ 早くぼくを見に来てよ?
ケロッピーナ
ぼくだけの愛しい人
くろくてまあるい
ぼくだけの
恥ずかしがり屋のとびきりキュートな天使
彼女が藻の隠れ家に ある日 突然にいなくなったこと
それは ぼくらにはよくあること
仲間を失うことは日常で
でもたった一つの
笑顔を失うことが
こんなにも ぼくのふわふわソウルを
変えてしまうなんて
ぼくの心は 今は地上に向いています
もう あの天に近い池の底には
帰りません
ただここで ジャンプして
いつか本物の月を掴もうと
しているのです
ぼくはまだ 排気ガスで曇った空の向こうに
本物の月を見たことはありません
人間の作った 電球の満月の月明かりのもと
名前もないぼくたちが
ちいちゃいけど寄り添っていた
束の間だけが
ぼくの生きていた時間でした
ぼくの生きていた証でした
地上の生き物の からっぽソウルで
あの頃よりも 皮肉にもずっと上手い踊りを
踊っています
ぼくは おたまこんじょうを失いました
ぼくは ふわふわソウルを失いました
それから それから
もうカエルになった 今では
思い起こせないくらいたくさんのものを きっと 失いました
ぼくは おとなになりました
おたまじゃくしのHIPHOP <7>
春になり ようやく目が覚めました
水面に
蓮の花は
薄紫にゆらゆらと
おたまじゃくしの群れが
キーノートのように
緩やかに流れてゆきます
あの頃の
ぼくたちみたいに
寄り添っています
つらい冬は 冬眠で忘れられるけど
彼女のことを 忘れられるはずがありません
ぼくは恋人を作って
子孫を増やすという使命も果たさず
ただ ケロッピーナのことだけを
考えて
あの池の中の電球と錯覚したのより
ずっとちっぽけな
ほんもののぼんやりした月を
見ていたのです
冬眠する以外
跳ねるでもなく 鳴くでもなく 子供を作るでもなく
じっと ちっちゃな月を見ていた
カエル失格の ぼくなのです
おなかがぺこぺこに空いたときだけ
ショウジョウバエのお夜食を食べ
背中がからからに乾いたときだけ
池に飛び込みました
それ以外は ぼくはつるつるの小石と見まちがえるほどでした
冬眠から覚めて すぐ
ぼくの頭はすっきり覚めたのです
あの池で迷ったという
女の子のカエルの噂が
ぼくの開閉自在の耳に飛び込んだのです
ぼくは丸い目を よけい丸く見開きました
聞くところには
そのカエルは
大ナマズから逃げたまま そのまま遭難して
恋人のおたまじゃくしを探して
遠くの池に
旅に出たということ
そのカエルは
とても愛らしいつぶらな瞳をして
まっくろかった彼が好きなダンスを踊っているということ
旅をしながら
歌で 稼いでいるというのです
彼女の姿かたちを
うろ覚えのフナが
そこだけはちゃんと覚えていました
「もう見た目が変わっちまったんだ、見つけ出せる訳ないよ」
そう呆れると
彼女は 澄んだ瞳でフナを見つめながら 言ったのです
「彼がいまも無事ならば、もう黒くはないはず
でも 世界中で一番美しい黒い瞳を持っている
だから 必ず見つけ出せる確信があるの」
ケロッピーナ
ぼくの心の奥に
そっと仕舞ってあった
もう二度と開けない引出しのはずだった
あのふわふわソウルが
ふたたび目覚めた春なのです
そして おもむろに歌ったというのです
ぼくたち おたまじゃくし
池の水面プラネタリウム
蓮の根っこをよけながら
君と今夜も 水に溶けた満月の中
藻の散歩道
幾つも空に浮かんだ蓮の葉が
月をかくすから
ときどき 三日月 たまに 月食
歌いながら 涙を零した彼女
ぼくは彼女に白い花を
飾ってあげるはずでした
彼女はぼくを必死に探していたのに
何故ぼくは
こんなにも
死んだように生きていたのだろう
ぼくは立ち上がりました
そして 歌いました
カエルの短すぎる命は知っています
パパもママももう居ない
だからこそ
ぼくは生きたい
彼女のために
残りのカエル生を
彼女と生きたいのです
ぼくはぴょんぴょん跳ねました
パパのお話を聞きながら育った池が
夏祭りの季節には賑やかな
友達のいっぱいいた池が
見えなくなるまで
やわらかな彼女の頬にキスした池が
見えなくなるまで
ぼくは振り返りませんでした
待っててね ケロッピーナ
きっと探し出すからね
そこで生きて待っていてください
ぼくたち おたまじゃくし
池の水面プラネタリウム
蓮の根っこをよけながら
君と今夜も 水に溶けた満月の中
藻の散歩道
幾つも空に浮かんだ蓮の葉が
月をかくすから
ときどき 三日月 たまに 月食
ぼくは旅に出ました
ケロッピーナが待っていてくれるから
どこかで必ず
ぼくの愛しのケロッピーナ
ぼくがカエルであるという証に
君を探して見せるんだから
ぼくのこころに おたまこんじょうが
あのふわふわソウルが
ふたたび蘇りました
今度 出会えたら
もう離さないんだから
もうずっと一緒なんだから
愛しのケロッピーナ 無事でいてください
おたまじゃくしのHIPHOP <8>
池のお空に おっきなまっ赤な星が流れてく
あれをもみじというのだと
教えてくれたケロッピーナ
ぼくの池にも秋が来たのです
秋になって
自分の池に帰りました
もう ぼくのことを覚えてくれている
おたまだちもきょうだいもいないけど
今夜もこの池は温かい同じ匂い
あれから上手に飛べたのか
あれから上手に泳げたのか
ぼくは自信がありません
君が側にいないんだもの
でもね
ケロッピーナ
君が跳ねる姿が
君が泳ぐ姿が
見えるのです
堂々と
しなやかに
すいすい すいすい
だから
ぼくもこの池で
もう一度泳いでみるのです
あの時は見えなかったものが
きっと 見えてくるから
君に似合うカエルになりたくて
君はぼくに会えたときに
ぼくの飛び方が鈍くっても
ぼくの泳ぎがヘたっぴでも
柔らかいみどりの笑顔で
いつもみたいに許してくれそうだけど
それじゃだめなのです
ぼくは
君の側で飛ぶのが
世界で一番似合うカエルになりたいのです
君の側で泳ぐのが
世界で一番似合うカエルになりたいのです
だからぼくはこの池で
もう少し練習するよ
君に会える確信があるから
ぼくの太ももも ちょっとは逞しくなって
ぼくの歌声も ちょっとは低音も出るようになったんだよ
ちょっと ほんのちょっとだけ男らしくなったんだよ
でも他の奴らみたいに
蓮の葉の上で ケロケロなんて
浮わついた求愛の声じゃ鳴かないから
安心して待っていてね
ケロッピーナ
あの池の天井に流れる
まっ赤な星に
だいだいの星に
黄色い星に
願いをかけちゃうんだから
会えますように
愛しの君に早く会えますように
あのお星さまが
消えるまで
池の隅に流れて消えるまで
ぼくはもう他の池に旅に出て
地上から幾たびも本物の星を見たことがあるけれど
この池の中で
まだくろくてふわふわだった ぼくたちが見た
このふるさとの
秋だけに流れる星たちだけが
ほんものの お星さまなのです