七色遠景 -13ページ目

赤い旅行バッグと女の子


わたしはよく「出産・育児」ジャンルをうろうろしているけれど、本当に保育士さんになりたかったくらい子供が好きなのです。


急に飛行機に乗ることになり、
大手スーパーで、旅行バッグを選んでいたときのこと。
母親の元を離れたまだ小学校に上がってないような、
長い髪の女の子が近寄ってくる。
「ママはどしたのー?」
「……」
話しかけるわたし。離れる女の子。
でも、女の子はわたしが気になるらしく、またそっと近寄ってくる。
一度、その女の子より小さい男の子を抱えたお母さんが通りかかり
「こっちいらっしゃい」
わたしを胡散臭いものを見る目で見遣り過ぎ去る…。
わたしが呼んだんじゃないのに……。
ちゃんと「お母さんどこ行ったの」って聞いてるのに…。
でも、最近、世の中物騒だから仕方ない。

女の子がズックを持っているので
「靴買ってもらったのー。よかったねぇ」
「……」
黙りこんでるので、お母さんにまた訝しげに見られても困るので、
話しかけるのをやめると、スタスタとその場から去る女の子。
で、まだ優柔不断なわたしは旅行バッグを選んでいて、
とうとう最後の二個に決まった。
赤と茶色。
いつの間にか、また女の子がそばでじっと見ている。
わたしは屈みながら
「ねぇ、どっちがいい?」
女の子は、赤を指差して、わたしを見上げて、
にこっと微笑んだ。
意思の疎通が出来た!
普通、無難に茶色だろうなと思いつつ、
「じゃあ、これにしよう」
せっかくだから、わたしは赤い旅行バッグを買うことにした。

旅行バッグを抱えて、レジに並ぶと、
何人か後ろが小さな子の手を引くそのお母さんだった。
小さい子が二人もいると、スーパーに行くのも大変だろうなあと思いつつ。
女の子はまだこっちをじっと見ている。
「面倒見ていただいてしまったみたいで、どうもありがとうございました」
お母さんがさっきと打って変わって、わたしに会釈をしている!
「さっきから、おねえちゃんのところに行くー、ばっかり言うんですよ」
喋れたのか!しかもそんな嬉しいことを。

手を振ると、ズックを抱えたシャイな女の子は、
さっきのにこっという笑顔は見せてくれなかったものの、レジが済んで赤いバッグを抱えるわたしに手を振ってくれた。
あ、あのズック赤かったな。
お揃いかあ。

灯台



夜明け前の黒い海
灯台の緩やかに回る光 
夜釣りをする人の小さな光
岬の小さな灯台は
海風に吹かれるわたしの湿った黒髪のつむじの天辺で
白い光を届け続ける

届かない光
この夜の波の音に呑まれて
届かなかった言葉
あなたの知らない
わたしの真っ黒な海
届かなかった
小さな光

それでもわたしの灯台は
回り続ける
もうあなたでない
ほかの誰かが見つけてくれるまで

おたまじゃくしのHIPHOP <1>


ぼくたち おたまじゃくし
池の水面プラネタリウム
蓮の根っこをよけながら
君と今夜も 水に溶けた満月の中
藻の散歩道
幾つも空に浮かんだ蓮の葉が
月をかくすから
ときどき 三日月 たまに 月食

最近 君と泳いでいても
他のみんなに笑われる
まだ みんなまあるいのに
この広がったあしはなあに
月明かりに浮かぶ 見慣れないぼくのからだ
見ているだけで かなしい気持ち
君と少し形がちがう
長くたれた足 泳ぐたびに水に揺れる関節
ゆびの先のまあるいのはなんの役に立つの
りくに上がるまでわかんない
でも まだりくに上がれない
むかし パパがため息まじりに言ってた
「ああ、おたまじゃくしの頃はよかった」

いつか 君にもあしが生えたら
りくにあがって おとなになった君と
競争しようか
跳ねるだけ
空も飛べずに ただ跳ねるだけだけど
それがおとなのデート
とびでた瞳で ぼくをもっとはっきり見られるから
今よりいいわと
うれしいことを言ってくれる
草むらに響く鳴き声で ぼくを見つけるから
草むらに隠れても無駄よ
君って なんて可愛いんだろう
君はまだおたまじゃくし

池の水面プラネタリウム
蓮の根っこをよけながら
君と今夜も 水に溶けた満月の中
藻の散歩道



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おたまじゃくしのHIPHOP <2>


りくに上がるのは決して楽しいことじゃないさ
でも ここで くろいふわふわのまま いたいなんて
甘ったれた おたまこんじょう
君はいつも遠くを見られる
君って なんてかっこいいんだろう
おとなのデートは 重力しょうぶ
いつまでも 水のなかの くろいふわふわ
そんなのムリだよね
ああ 君って なんて物分かりがいいんだろう
物分かりのいいおたまじゃくし
ぼくにはなれないや
この地球の重力を知るために
ぼくは このふわふわソウルを失いそう
透明な卵のまん中の くろくてかたいスピリット
パパから教わって 実はすこしだけ知ってるんだ
りくに上がる前から
ぼくの顔は目が飛び出て よく見えるようになる
生えてきた指先で 地をつかむ吸盤ができる
背中には 草とおんなじ色の斑点ができる
口が大きく横に広がって 大きな声で鳴く
ああ でもこの声はぼくもかなり好き
地上には分からないことばかり
でも この大きく響く声で
大好きなヒップホップも歌えるし
卵からかえった日から ずっと大事にしてた
このくろいぼくのまんなかの ふわふわソウルを
忘れないで歌にするから
そして 地上がどんなところであっても
君を見つけ出せるから
いつか あの雨上がりの道路に消えた 
ルート72って看板の 変な地響きの音のする道路に消えた
ぼくのパパとママだって
見つかるかもしれないよ
パパとママがいなくなった
あの 七色の虹のかかる地平線の向こうを
君といっしょに探そうか

君はかぶりをふるけれど
そんなに 物分かりのいいふりは
あしの生えたぼくを ゆううつにさせる
だって 君のかなしい予感は
いつだって 当たるんだもの

おたまじゃくしのHIPHOP <3>


今夜も はちみつみたいな満月
ネックレスみたいに
半透明の連なりの中に
ぼくは閉じ込められていました
くろいちいさなたましいが
たましいそのままのかたちで
ゼリーみたいな殻から出てきました
ぼくが大体この池の
危険なものをわきまえられるようになった時
ぼくのきょうだいは
ほとんどいませんでした
カエルのパパは ぼくにいつも
陸の話を聞かせてくれました
ぼくのからだがおとなになりかける前に
ぼくは恋を知りました
彼女はいつでも笑みを浮かべて
本当はみんな気付かない何かを ひとりで知っているような
そんな笑顔だから
ぼくは彼女にこらえきれずに言いました
「おたまじゃくしに生まれてくるなんてもったいない
君は神様の手違いで きっと他の何かだったんだ
おたまじゃくしは かえるにしかなれないよ」
でも 君は言いました
神様とぼくらしか 地上と水を自由に行き来できないこと
地球で天国に一番近いのは 水の中であること
そして ぼくと出会えるために
おたまじゃくしに生まれてきたのだと
ぼくは彼女のふわふわの頭を
尾ひれで迂回しながら そっと撫でました
そして 早く手足がほしいと
思えるようになりました
あんなに かえるになるのを おそれていたのに
君のやわらかなからだを
いちにちも早く触りたいと
そう思うのです
今夜も この池の中は満月
得意のヒップホップとダンスで
君を笑わせてみせる
そんな憂いは 月明かりに溶かして
きっといつか
本当の笑顔で
君のくろい顔を
くしゃくしゃにしちゃうから