七色遠景 -15ページ目

おたまじゃくしのHIPHOP <9>


池のお空に おっきなまっ赤な星が流れてく
あれは雨上がりの道路に消えた
とうさんとかあさんの てのひらかなあと
呟いたジャック
あれはもみじというのよと言ったら
少しかなしそうにしていましたね
わたしの池にも もう秋が来ました
ジャックのことを
忘れようとして
わたしのそばには今
ジャッキーがいます
一文字違いです
鳴くのはとても上手いです
踊りもとても上手いです
ハエもたくさん取ってきます
でも
彼はジャックじゃありません
お世話になった小母さんが
勧めてくれた はたらきもののまじめなカエルです
つややかなみどりです
あなたがどのくらいみどりなのか
まだ会えないから
疲れるほど想像を繰り返したけれど
目の前のつややかなみどりと
まだ見ぬみどりと
どちらがよりみどりなの
と小母さんに問われました
あなたが今ひとりぼっちのみどりなのは
まっすぐなあなたのことだから
苦しいほどに解かるけれど
わたしのみどりは曖昧で
他のみどりにも混じりそうで
きっと鮮明で瑞々しいみどりのあなたを
見つけ出すことが出来ずに迷っています
あの蓮の根っこのトンネルで迷子になったときのように
曖昧なみどりのわたしは
この池からもう飛び出すことが出来なくて

ジャッキーはいいカエルです
とても大切にしてくれます
わたしは婚礼の日までに
娘のように可愛がってくれている
小母さんと
姉妹のように慕ってくれる
小母さんの娘たちと
白い花でブーケと首飾りを作ります
あれから三日後に 池に戻ったら
ジャック 
まだおたまのわたしが 大ナマズに狙われた場所に
あなたが落としていった
わたしのための藻で編んだ みどりの帽子
ずっとかぶらずに鞄に詰め込んで旅に連れて行った
みどりの帽子
もう小さくなりすぎて わたしの頭には入らないのです
片目の上に乗せられるくらいです
あんなに大切にしてたのに
わたしには もう入らないのです

小母さんは泣いてるわたしに
何も尋ねません
小母さんも昔は同じようなことがあったから
わかると 
いつか言っていました
明日の命はわからない
カエルにはよくあることです
好きな相手と結ばれないなんて
カエルにはよくあることなのです
水辺に咲く白い花は
あなたが
おとなになったわたしに似合いそうだって
言ってくれました

似合っていますか
今 どこにいますか

頭に白い花を飾ったみどりのわたしが
水面にゆらゆら映ります
ゆらゆら ゆらゆら


おたまじゃくしのHIPHOP <10>


今月の満月の夜は
この池で一番大きな蓮の葉の上で
婚礼の儀式です
小母さんの娘たちが
ぴょんぴょん飛びながら
祝福の歌を歌います
ジャッキーの両親は嬉しそう
小母さんは珍しくおめかしの紫の蓮の葉のドレス
もう わたしには 仲間がいて 家族がいて
もう 孤独じゃないのです
泳ぎつかれて 水かきもボロボロになったとき
助けてくれた ここのカエルたち
わたしはあなたが似合うといった
白い花のブーケを頭につけて
水草のベールをめくられたとき
目をそっと閉じました
ジャッキーの大きなまなこが近づきました
つるんとしたみどりの大きな唇が近づきました

いつか
誰も探しに来てくれない
誰も迎えに来てくれない
まだ手足のないわたしが
迷子になって泣いていた時に
蓮の根っこのトンネルまで
夜通し探して
見つけに来てくれたのは
ジャック あなたでした
トンネルの中では見分けにくい
くろくてふわふわのえがお
まっすぐなひとみ
あなたは今どんなみどりでも
わたしにとっては
ふわふわソウルのままのあなた

目の前に あなたのふわふわのくろいえがおが
くろい風船みたいに浮かぶのです

わたしはぴょんぴょん逃げました
もう
小母さんの元にはいられません
ごめんなさい
世話になった この池ともお別れです
どこに行こう
どこに行こう
そうだ
あの池に
おうちに帰ろう
きっと懐かしい顔も誰もいないことでしょう
それでも帰りたい
あそこは ジャック
あなたと育った池だから
あなたと踊った池だから
あなたと笑って あなたとキスをした
池だから
これからたったひとりでも
ちっとも孤独じゃないのです

ケロッピーナは逃げ出した
池からぴょんぴょん逃げ出した

あなたの
迷いない鮮やかなみどりに
少しでも近づけたなら
もう一生 
あなたに会えなくても
わたしは
とても しあわせなみどりなのです

半透明な連なりの中で生まれたときから
うつくしいみどりに
なるために
わたしたちは生まれてきたのです

いつの間にか忘れていた たいせつなことを
今 確かに思い出したのです
ありがとう
さあ 池に帰ろう
わたしたちが生まれた あのふるさとの池に

ケロッピーナは飛び跳ねる
故郷に向かって飛び跳ねる
ぴょんぴょんぴょんぴょん
すいすい すいすい

おたまじゃくしのHIPHOP <11>


一年が経ちました
池に浮かぶ蓮の花は柔らかな焔のようです
ぼくは冬眠から覚めると
卵からふ化して
おたまじゃくしになったはずなのです
そしてきっと
手足が生えていたはずなのです
そしてそのうちしっぽが取れて
今のすがたになったはずなのです
それなのに
それなのに
過去のことを忘れていたのです
ぼくはカエルだから
池の端に小さな泥の温もりを作って
蓮の葉でお布団こしらえて
そこで眠りました
ぼくにわかることは
ぼくを覚えていてくれる家族がいないということと
ぼくが誰かを探していたことです
そして
お母さんが教えてくれたゆびの吸盤で数える寿命の方法です
命の数を数えるような 
人間のようなまねはしたくないけれど
記憶の失いやすいカエルだからこそと
お母さんが教えてくれました
冬眠に入る前に 小枝でゆびに傷をつけました
手をひろげると
もう傷つけられるゆびがありません
もし 次に暖かい蓮の葉のお布団で眠ると
ぼくはもう目が覚めないのです
ぼくのおおきな瞳を溶かしちゃうかと思うほど 
涙が零れました
命が惜しいのではありません
きっとこうして切り刻んだしるしを入れている誰かを
ぼくはさがしていて
きっとぼくと探している誰かの切り傷の数は同じで
その誰かもきっとぼくのことを探していて
その誰かがきっとかなしんでいて
そう考えるとぼくはおたまじゃくしに戻ったように
丸くなって泣いてしまうのです
まあるいまあるい 
あのくろいふわふわソウルになったように
手も足もいらないから
あの頃に帰りたいと

ぼくは あの頃が どの頃かもわからずに
思い出せないのに 思い出しては泣くのです


おたまじゃくしのHIPHOP <12>最終回


夏の夜の闇から 雲が途切れて


白い月明かりが見えました

ぼくはショウジョウバエを捕らえて

他の時間は眠るか

ゆっくり喉を鳴らしていました

体がだんだん言うことをきかなくなってきました

あの頃みたいに

池の周りを高く飛んだり

ダンスしたりも出来なくなりました

月まで響く声で歌も歌えなくなりました

ぼくは歌とダンスが好きだったのは覚えていたのだけれど

それがどんなものか

忘れていました

その時 池の中から歌が聞こえます

リズムに乗ったヒップホップです



ぼくたち おたまじゃくし

池の水面プラネタリウム

蓮の根っこをよけながら

君と今夜も 水に溶けた満月の中

藻の散歩道

幾つも空に浮かんだ蓮の葉が

月をかくすから

ときどき 三日月 たまに 月食


ぼくは水面に浮かぶ金色の月を砕くようにして

急いで池に飛び込みました

おたまじゃくしたちが蓮の根っこのトンネルを潜りながら

ダンスしています

手拍子を叩きながら

透き通った綺麗な声で歌うカエルが

こちらを振り向きました

澄んだ温かな瞳が見つめます


「ジャック?」

ぼくは咄嗟に答えていました

「ケロッピーナ……」

ゆびに傷をつけなくても

失われない記憶がありました

ぼくたちは互いに互いのつけた名前で呼び合いました

蓮の根っこのトンネルで

いつまでも遊んだぼくのくろい恋人

時は 彼女をこの世のどのみどりより透き通った

朝露に濡れる若葉のようなみどりに変えていました


ケロッピーナは一度だってぼくを忘れませんでした

ぼくはケロッピーナを冬眠から覚めたら忘れていたのです

誰かを探していたことはわかっても

君だということがわからなかったのです

ぼくはもうケロッピーナに顔向けできません

でもケロッピーナは言うのです

「記憶は、忘却の出来ない人間が捨てられないおたまじゃくしのしっぽ。
わたしたちにはなくていいの」

それに、とケロッピーナは涙を零しながら付け足しました

「わたしのほうが記憶をなくしたあなたより、
記憶を持ったまま忘れようとしました。ひどいことです」

ケロッピーナは結婚式から逃げ出したことを話して泣きました

ぼくの腕の中で

ケロッピーナのすべすべしたみどりの背中を

ぼくは優しく撫でました

そして顔を上げたケロッピーナの

柔かな

ほほと

くちびるを

生まれてはじめて触りました

夢にまで見た感触です

あのとき

みどりの手が生えてから

ずっとぼくの手のひらが

君のことを触るためだけに

池の深い深いところの水を

たった今まで掻き分けていたのです

ケロッピーナもぼくの顔を触りました

すこしずつ確かめるように

ぼくは頬に触れたケロッピーナの手を取り

陸まで泳ぎました

ふたりで すいすい

すいすい すいすい

そして

池の端に咲く

可憐な白い花を摘んで

ケロッピーナの頭につけました

ぼくは世界中のカエルに会ったことはないけれど

世界中のどのカエルよりもきれいです

ケロッピーナは笑顔を浮かべました

くろかった頃の 彼女の翳はもうありません

本当に

ほんとうに

微笑んでくれたのです

ぼくたちは

手に手を取ってダンスをしました

池に棲むおたまじゃくしやカエルたちが

何事かと

驚いて水面や蓮の葉の上に顔を出します

ぼくは池のみんなに華麗なヒップホップを披露しました

昔よりちょっとゆっくりだけど

ケロッピーナも一緒に飛び跳ねて踊りました

つぎにこの池に訪れる四季は

ぼくたちには もう見ることは出来ないけれど

ぼくたちは今

生きている最高にうつくしいみどりなのです


おたまじゃくしはたましいの色

カエルはいのちの色

生きる時間が短いとしても

ぼくはカエルに

いや おたまじゃくしに生まれてきたことを

ほんとうに感謝しているのです

ぼくはケロッピーナを抱きしめました

可憐なぼくのみどりの天使よ
二度ともう離さないんだから

ケロッピーナは微笑みました

ぼくは生きている間

ずっとずっと笑顔で

君のとびきり可愛いみどりのお顔を

もっともっとくしゃくしゃにしちゃうんだから

ぼくたち おたまじゃくし

池の水面プラネタリウム

蓮の根っこをよけながら

君と今夜も 水に溶けた満月の中

藻の散歩道

幾つも空に浮かんだ蓮の葉が

月をかくすから

ときどき 三日月 たまに 月食


<おしまい>

青紫


ある夏、わたしの買ってきた麦茶用のペアのグラスを見て

「あなたは青に一点赤を混ぜたような、青が好きだね」

昔付き合っていたイラストレーターの人が言った

「ぼくは青に一点黄色を混ぜた青が好きだ」

と、その色の100円ライターのオイルを揺らせて見せた

彼の青は、エメラルドグリーンに近く
わたしの青は、青紫に近い

彼は青に一点混ざった黄色のように
子供のように無邪気な残酷さを秘めていた
わたしは理解できなかった

わたしには青に一点混ざった赤のように
炎のように激しい情熱を秘めていた
彼は理解できなかった

同じ青なのに、混ざることはなかった