宇宙人セグのオフィシャルブログ -17ページ目

「憲法記念日」には憲法の話を…

先日、「憲法改正に関する国民投票法案」が衆議院を通過した。
一言で要約すると、その内容はこうだ。
「国民投票の過半数の賛成をもって改正法案は可決される。」
単純に読めば、「あ、そう…。」と読み流す人も多いだろうが、実際に数字をシュミレーションして見ると首をかしげたくなる。

現在の日本の人口が約1億2千万人である。そのうち、有権者が約1億人。国民投票の投票率が60%と推測して、約6千万人。そこから改正法案可決成立には過半数の賛成が必要なので、3千万人…。
つまり、全国民の1/4未満の賛成でも憲法は改正されるのである。
(* 数字はあくまで概算)
実際に、さらに投票率が低くなれば、1/5でも改正されることになるわけだ。もっと言うと、「改正に賛成」の有権者は、ほとんどが投票し、「現状のままで良い」と考えている有権者は、棄権したり、投票行動を起こさない傾向があるので、何とも「憲法改正」の方に偏った法案であると言える。

さて、この憲法改正案。要は、「憲法9条」の改正である。つまり、戦後60年余り、「軍事力を持たず、行使せず。」を守り続けた日本という国のパンドラの箱を開けるか、否かの瀬戸際である。

もちろん、これに関しての意見は賛否両論があろう。
「日本は最近外国になめられているので、改正して軍事力を正式に持つべし。」という意見もあれば、
「世界に誇れる平和憲法なので、改正すべきでない」という意見もあり、討論番組などでも侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が交わされている。

だが、ここで善良たる日本国民には、立ち止まって考えてもらいたい。
憲法改正の是非にそれぞれが意見を言うのも結構だが、その前に、最も重要なのは、日本国民がこの「日本という国をどの方向へ向かわせたいのか」ということである。

日本は言論の自由が認められた国である。信教の自由も認められている。様々な思想の人々が狭い国土に点在しているわけだ。それゆえ、この国の与党の政治家たちは、自分が目指す国の方向性を明言しない。明言すれば、その方向性に賛成しない国民の選挙での得票が得られないからだ。
したがって、「美しい国、ニッポン」などという曖昧模糊(あいまいもこ)とした表現になる。

私なんか、この安部政権のキャッチフレーズを聞いて、こけそうになった…(笑)。

しかし、法案成立の内容や、与党幹部の講演会での発言(失言?)を聞くにつけ、与党はこの国をどの方向へ向けたがっているかは明確である。

さて次に、それじゃあ「国民はどうなの?」ということだ…。
日本国民が、この「国民投票」を「選挙」と同様の興味でしかとらえていないなら、与党の思う方向に国は動いていくだろう。
だいたい、我ら宇宙人から見ると、「こんなんでええんか?」と思うことがある。
それは、「日本の憲法改正」への国民の関心度である。東アジアの周辺国は、この「日本の憲法改正」にTV特集を組んだり、国民にアンケートをとったりして、かなりの関心の高さを見せている。
にも関わらず、当事国である日本国民の関心度は、あまりにも低いと言わざるを得ない。
このような現象は、稀有なことである。というよりも、はずかしいことだ。悪い言葉で言うと、あまりにも国民レベルが低すぎる。
どうか、日本国民には、もっと関心を持ってもらいたいし、日本政府には、国民の関心を煽ってもらいたい。

だいたい政府は低投票率になれば、「改正案」が通ると胸算用しているふしがある。政治に興味が薄い若年齢層を分母に組み込もうと、投票年齢を18歳以上に引き下げようとする案を打ち出しているのもこの表れである。しかし、世界的に見て、可決否決に関わらず「国の根幹たる憲法改正の国民投票率が低い」ということ自体が、世界的に見て恥さらしであること認識してもらいたい。

そして、その上で、「独自の軍事力を持ち、アメリカにも対等にモノが言える世界に冠たるニッポン」の実現を目指すのか、
はたまた、「これまでと同様に、アメリカの核の傘の下、優れた技術力と経済力で世界平和の理想を目指す」のか…。

今まさに、日本の舵(かじ)とりの行方を決する時期を迎えようとしているのだ。

そして、その方向性を決める権利があるのは、あなた方日本人一人ひとりなのである…。



PS:本日の画像のお題

「究極の選択!?(笑)」


kyuukyoku_no_sentaku