核3万発のムダ遣い
地球人というのは「愚かな生命体」である。
現在、地球上には約3万発の核爆弾があるという。
この量はというと、全人類を5回~7回絶滅させることができる量である。
一方で、飢えに苦しむ多くの貧しい人々を抱え、一方で、国家と国家の力の均衡を図る目的だけのために無駄な最終兵器を必要以上につくるのであるから、我々宇宙人から見ると、地球人類というのは、摩訶不思議な生命体であるともいえる。
近代戦争、つまり第二次世界大戦より後の戦争は、その終結に明確な「勝ち負け」などなくってしまった。
一昔前の戦争といえば、軍対軍のみの戦いであった。いわば、軍人どうしの殺し合いで、戦いの雌雄が決していたわけだ。だが、近代戦争というと、それだけでは済まなくなった。
戦術、武器性能の向上、情報伝達手段の近代化により、軍民一体となって士気高揚し、「自分一人になっても戦い抜く」という決心が人民全体に浸透するからだ。
朝鮮戦争しかり。ベトナム戦争もまたしかり。
国家間、民族間戦争で、明確な「勝利」を手にするためには、「相手の絶滅」しかないのである。つまり、「核爆弾」のような大量破壊兵器で、相手国の全てをこの世から消滅させる方法を行使しないと真の勝利は得られないわけだ。
「核」を使わない通常戦争では、どこの国であっても、現在のイラクのような状況になってしまうのだから。
「核」を使わないと戦争は終わらない…。
ベトナム、イラクと通常戦争で辛酸を舐めさせられた米国は、そのことを学んだにちがいない。
それを見ていた、多くの大国の指導者もまた同様であろう。
しかし一方で、「核」を持たざる国のリーダーたちは、「核」を持つことで、少なくとも「戦争に負けない」という確信を得たにちがいない。
「核」さえ持っていれば、相手も「核」を使わない。というか、使えない。使えば、そこには「勝者」も「敗者」もなく、お互いの絶滅という結果しか残らないからだ。
つまり「核」を持つことは、「自国の存続が保障」される究極の方法なのだ。
インド、パキスタンに続き、近くて遠い隣国、北朝鮮も「核」を持った。
中東のユダヤ人国家、イスラエルも極秘裏に「核」を持っているという。
今後、この傾向は益々続くであろう。そこには、「自国の存続」という大義名分が存在する。他国から「核攻撃」されないという保障がある。国のリーダーにしてみれば、「自国の平和のために『核』を保有する。」というその国にとっての正義がそこにあるのだ。
だから、「金正日」のような人物の出現は必然であって、決して偶然ではない。むしろ、そういった世界の流れが、彼のような人間を生み出したと言えまいか…。
近い将来、この地球は、現在は核保有国どうしの間でのみ使われている「核の均衡」という言葉で満たされるであろう。
そうなると、「核の使用」は、相手国どころか、自国民はおろか全人類の絶滅を意味することになるので、実際には、戦争で「核」を使う可能性はなくなるだろう。人類はそれほどバカではないからだ。
それでは、「核」とは何か?
己れの国の権威、他国との交渉を有利に導く「看板」にすぎないのである。
繰り返して言おう。1発当り、約5億ドル。600億円もの使えない「看板」を何発も作って、「ご満悦」な地球人類。
本来カネを使うべき、地球環境の回復や食料供給を蔑ろ(ないがしろ)にし、我れも我れもとどの国も「看板」を建てたいと思っている状況。
これこそが現在の真の国際状況なのである。
この状況を作った人類を「愚かな生命体」と言わずして何というのか……!?
PS:本日の画像のお題
「見栄っ張り。」
現在、地球上には約3万発の核爆弾があるという。
この量はというと、全人類を5回~7回絶滅させることができる量である。
一方で、飢えに苦しむ多くの貧しい人々を抱え、一方で、国家と国家の力の均衡を図る目的だけのために無駄な最終兵器を必要以上につくるのであるから、我々宇宙人から見ると、地球人類というのは、摩訶不思議な生命体であるともいえる。
近代戦争、つまり第二次世界大戦より後の戦争は、その終結に明確な「勝ち負け」などなくってしまった。
一昔前の戦争といえば、軍対軍のみの戦いであった。いわば、軍人どうしの殺し合いで、戦いの雌雄が決していたわけだ。だが、近代戦争というと、それだけでは済まなくなった。
戦術、武器性能の向上、情報伝達手段の近代化により、軍民一体となって士気高揚し、「自分一人になっても戦い抜く」という決心が人民全体に浸透するからだ。
朝鮮戦争しかり。ベトナム戦争もまたしかり。
国家間、民族間戦争で、明確な「勝利」を手にするためには、「相手の絶滅」しかないのである。つまり、「核爆弾」のような大量破壊兵器で、相手国の全てをこの世から消滅させる方法を行使しないと真の勝利は得られないわけだ。
「核」を使わない通常戦争では、どこの国であっても、現在のイラクのような状況になってしまうのだから。
「核」を使わないと戦争は終わらない…。
ベトナム、イラクと通常戦争で辛酸を舐めさせられた米国は、そのことを学んだにちがいない。
それを見ていた、多くの大国の指導者もまた同様であろう。
しかし一方で、「核」を持たざる国のリーダーたちは、「核」を持つことで、少なくとも「戦争に負けない」という確信を得たにちがいない。
「核」さえ持っていれば、相手も「核」を使わない。というか、使えない。使えば、そこには「勝者」も「敗者」もなく、お互いの絶滅という結果しか残らないからだ。
つまり「核」を持つことは、「自国の存続が保障」される究極の方法なのだ。
インド、パキスタンに続き、近くて遠い隣国、北朝鮮も「核」を持った。
中東のユダヤ人国家、イスラエルも極秘裏に「核」を持っているという。
今後、この傾向は益々続くであろう。そこには、「自国の存続」という大義名分が存在する。他国から「核攻撃」されないという保障がある。国のリーダーにしてみれば、「自国の平和のために『核』を保有する。」というその国にとっての正義がそこにあるのだ。
だから、「金正日」のような人物の出現は必然であって、決して偶然ではない。むしろ、そういった世界の流れが、彼のような人間を生み出したと言えまいか…。
近い将来、この地球は、現在は核保有国どうしの間でのみ使われている「核の均衡」という言葉で満たされるであろう。
そうなると、「核の使用」は、相手国どころか、自国民はおろか全人類の絶滅を意味することになるので、実際には、戦争で「核」を使う可能性はなくなるだろう。人類はそれほどバカではないからだ。
それでは、「核」とは何か?
己れの国の権威、他国との交渉を有利に導く「看板」にすぎないのである。
繰り返して言おう。1発当り、約5億ドル。600億円もの使えない「看板」を何発も作って、「ご満悦」な地球人類。
本来カネを使うべき、地球環境の回復や食料供給を蔑ろ(ないがしろ)にし、我れも我れもとどの国も「看板」を建てたいと思っている状況。
これこそが現在の真の国際状況なのである。
この状況を作った人類を「愚かな生命体」と言わずして何というのか……!?
PS:本日の画像のお題
「見栄っ張り。」
