3.11 | パーソナルトレーナー/写真作家 古川貴久 【Personal Trainer / Photowriter】 Takahisa Furukawa

パーソナルトレーナー/写真作家 古川貴久 【Personal Trainer / Photowriter】 Takahisa Furukawa

◆ピラティス・マスターストレッチ・ウェイトトレーニング
◆東京浅草、ポルトガル写真


久し振りの更新になります。


5年前の3月11日。


私はピラティス資格取得コースの最中で、

中目黒のスタジオ内にいました。


リアルタイムで流れる映像はその場で見る事はなく、

一夜をそこで過ごしたのを覚えています。


5年という区切り、という名目で、

今年は多くの津波の映像が

あえて流されているように感じます。


被災者にとってはどこにも区切りはなく、

ただ、特別被災しなかった人たちにとっては

5年という歳月でどうしても当時の記憶が

薄らいでしまっているのは否めない。


だからあえてその大多数者に向けて、

当時の津波の映像、現実、放映を控えていたものも

今ここでしっかり伝え、改めて考え、感じてもらう。


メディアにとっては大切な役割だと思います。



私は生まれて小学校3年2学期までという中途半端な時期まで

多賀城市で育ちました。


その後、いわき市、福島市を経て、

中学2年から予備校までの間を仙台市で過ごしました。


なので、多賀城市の地形というのは何となく記憶にあるのですが、

友人の話を聞くと、ここまでは波なんて来ないだろうという所まで

津波が届いていたようです。


当然そう思っていた人たちの多くが

津波の被害にあってしまったのだと思います。



改めてテレビで映像を見ると、

助かっている人たちの中には間一髪のところで逃げ切ったという人も

多くいらっしゃるようです。


そして、逃げ切れずに波に飲まれてしまった人たちと、

その様子を高台から見てしまっていた人たち。


自分たちには想像も出来ないほどの精神的傷、

というか刻まれてしまった記憶が残ってしまっているのだと思います。



被災者にとって区切りはありません。


ただ、特別被災していない人たちとしては、

この3.11という日を一つのきっかけとして、

今一度当時起こった事を再確認する。


3月11日近辺だけ取り上げられているという批判もあったりしますが、

それでもメディアは3,11きっかけで、

風化を防ぐ意味でもしっかりと現実を世間に伝えていく事が大切だと

個人的には思います。



何の脈略もない文章になってしまいましたが、

改めて亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、

被災地の一日も早い復興を心より願っています。