9.11 Memorial ~The Tenth Aniversary~ | パーソナルトレーナー/写真作家 古川貴久 【Personal Trainer / Photowriter】 Takahisa Furukawa

パーソナルトレーナー/写真作家 古川貴久 【Personal Trainer / Photowriter】 Takahisa Furukawa

◆ピラティス・マスターストレッチ・ウェイトトレーニング
◆東京浅草、ポルトガル写真

2001年9月11日。


アメリカ同時多発テロが発生した日。


今日はグラウンド・ゼロで記念式典が行われています。


アメリカ国民ではない自分も、

思わず胸に手を当てて国歌斉唱をしてしまいたくなります。



あれから、10年。


もうそんなに経ったか・・・


昔も変わらずマイペースなテレ東以外は全局、

ワールド・トレード・センターの状況を流していたのを覚えています。


あの日の映像は何度見ても衝撃的です。


これをきっかけとして、アメリカは一つになったと言われます。

ただ10年経った今は、この事が徐々に風化されてきているとも指摘される。


被害者を追悼する事で当時の悲劇を思い出し、もう一度国が一つになる。

そして、次の世代にもこの事実を伝えていく。

この式典の意味はそこにあります。



当時のブッシュ大統領は、戦争という道を選択した。

果たしてその判断は正しかったのか。


国家に対するテロ行為は許せない。

“アメリカ・アズ・ナンバーワン”としてのプライド。


気持ちは分かる。


ただ、復讐には復讐しか生まれない。


今年もテロ未遂で逮捕なんてケースが何件かあった。


これはもう毎年繰り返される事だろう。



正しかったか、正しくなかったか。

結局のところ、それは結果でしか分からない。


フセインが死刑になり、ビンラディンが今年殺害された。


このテロの首謀者を捉えるのに、結局10年かかった。

その間に何の罪もない民間人が大勢犠牲になっている。


それでも、ブッシュは戦争を止めなかった。

まあ止めたら止めたで、また大問題になるのだろうけど・・・



結果だけ見れば、成功とはとても思えない。


ビンラディンが殺されたからといって、アルカイダが弱体化するわけがない。


今はそうでも、それは一時的なものであって、

長期的に見ればそうはいかない。


日本という国の中でオウム真理教を抑えるのとは、

あまりにも規模が違い過ぎるし、その実態も把握しづらいだろう。



彼らの中でもまた、今回の事が次の世代に伝承されていく。


10年後にまた大きな悲劇が起こらない事を願っている。



エピソードとして、当時のチケットカウンターの女性がチケットを切る時、

後に分かる搭乗する犯人を見て“この人は何かしそうだ”という事を感じていた、

という話が紹介されていた。


今でもその女性はそこで止めていれば、と後悔しているらしい。


そんな事、誰も責められない。


あの時こうしていれば。

あの時一緒に行っていれば。

違う日、違う場所に向かっていれば。

最後に笑顔で別れていただろうか。


後悔はキリがない。分かってはいるけれど。


それでも生きている人間は前に進まなければならない。


事実を忘れる事なく。