2001年9月11日。
アメリカ同時多発テロが発生した日。
今日はグラウンド・ゼロで記念式典が行われています。
アメリカ国民ではない自分も、
思わず胸に手を当てて国歌斉唱をしてしまいたくなります。
あれから、10年。
もうそんなに経ったか・・・
昔も変わらずマイペースなテレ東以外は全局、
ワールド・トレード・センターの状況を流していたのを覚えています。
あの日の映像は何度見ても衝撃的です。
これをきっかけとして、アメリカは一つになったと言われます。
ただ10年経った今は、この事が徐々に風化されてきているとも指摘される。
被害者を追悼する事で当時の悲劇を思い出し、もう一度国が一つになる。
そして、次の世代にもこの事実を伝えていく。
この式典の意味はそこにあります。
当時のブッシュ大統領は、戦争という道を選択した。
果たしてその判断は正しかったのか。
国家に対するテロ行為は許せない。
“アメリカ・アズ・ナンバーワン”としてのプライド。
気持ちは分かる。
ただ、復讐には復讐しか生まれない。
今年もテロ未遂で逮捕なんてケースが何件かあった。
これはもう毎年繰り返される事だろう。
正しかったか、正しくなかったか。
結局のところ、それは結果でしか分からない。
フセインが死刑になり、ビンラディンが今年殺害された。
このテロの首謀者を捉えるのに、結局10年かかった。
その間に何の罪もない民間人が大勢犠牲になっている。
それでも、ブッシュは戦争を止めなかった。
まあ止めたら止めたで、また大問題になるのだろうけど・・・
結果だけ見れば、成功とはとても思えない。
ビンラディンが殺されたからといって、アルカイダが弱体化するわけがない。
今はそうでも、それは一時的なものであって、
長期的に見ればそうはいかない。
日本という国の中でオウム真理教を抑えるのとは、
あまりにも規模が違い過ぎるし、その実態も把握しづらいだろう。
彼らの中でもまた、今回の事が次の世代に伝承されていく。
10年後にまた大きな悲劇が起こらない事を願っている。
エピソードとして、当時のチケットカウンターの女性がチケットを切る時、
後に分かる搭乗する犯人を見て“この人は何かしそうだ”という事を感じていた、
という話が紹介されていた。
今でもその女性はそこで止めていれば、と後悔しているらしい。
そんな事、誰も責められない。
あの時こうしていれば。
あの時一緒に行っていれば。
違う日、違う場所に向かっていれば。
最後に笑顔で別れていただろうか。
後悔はキリがない。分かってはいるけれど。
それでも生きている人間は前に進まなければならない。
事実を忘れる事なく。